25.恩を返す時
医務室――。
「遅かったですね」
医務室でルネが椅子に座りながら、リヴィとライアンに話しかけた。
「ちょっと雑談もしたので」
ライアンはそう答えた。サロメからの伝言を伝えるだけなら時間がかかり過ぎている。
「そうですか。それで――よりを戻す事にしたんですか?」
リヴィとライアンは目を見開き、互いの顔を見合せた。
「ライアン言ったの!?」「リヴィ言ったのか!?」
2人は同時に声を出した。
「やっぱり……」
ルネはそう呟いて軽く一息吐いた。
「カマかけたの?」
「そうです。なんか怪しいと思ったので……でも本当に付き合っていたとは」
「なんで分かったの!?」
「久しぶりに会ったわりに、ライアンの身長が伸びた事にふれないですし、最近会ったのかなと。リヴィに会えて嬉しそうなライアンに対して、リヴィは複雑そうでしたしね。ライアンはよりを戻したいのかと。それに、ライアンの服借りるの最初嫌がったでしょ。元恋人の服だったから嫌だったのかなと。こんなもんですかね」
気まずそうにリヴィはルネを見ていた。
「その、伯父様には――」
「言ってもライアンなら大丈夫だと思いますよ。カルム伯爵とミストラル伯爵の手前、交際に反対はしないと思います。この2人は懇意にしてるでしょ」
リヴィはライアンをチラッと見た。ルネが言っていた事はライアンもそう思っており、リヴィに伝えていた事だった。
「でも……面倒くさくない?」
「んー。多少面倒かもしれません」
「だよね。やっぱり言わないで」
「そうですか。ですがなるべく早めにレオに言った方がいいです」
「なんで?」
「リヴィは今年16歳でしょ。周りが放っておかないって事です」
ライアンは眉をひそめた。リヴィはよく分かっていなかったが、ライアンは分かっていた。
リヴィへの縁談は一切彼女の耳には入っていない。それはレオナールが全て止めているからだった。レオナールを越えてリヴィへ直接言おうものなら、どうなるか分かっていた為そんな事をする猛者はいなかった。
それによりリヴィは、自分には一切縁談の願いは無いと思っていた。
学校の友人達は数人程、卒業の前にお見合いをし、婚約をし、そして花嫁修業をしながら16歳になるのを待っている。それらを見ていた為、自分は何故そんな話が無いのかと思った時もあった。かといって、あったらあったで嫌なのだが――。
しかしライアンの耳には入ってくる。どこの貴族が縁談を申し込んだらしい、と。その度に冷や冷やしていた。だがレオナールが言っていない事を言う訳にもいかず、やきもきしていた。
「結婚出来る年齢だからって事? みんな私の事放っておいてるよ?」
「んー。そんな事無いですけどね。現に姉さんは、ユージェヌをリヴィにどうかなって思ってますし」
その事を聞いてライアンは眉がピクリと動く。ユージェヌは、ルネの姉ソレイユレーヌの2番目の息子であり、ライアンやリヴィの友達であった。
「ユージェヌを? そんな話聞いてないけど」
「姉さんはレオにはまだ言ってないです。姉さんはね。でもいつかは話がありますよ。それだけじゃない、他にも話はあるでしょう。だから早めにね」
「じゃあ白百合号降りて、次に帰港してきたら言う?」
ライアンを見ると彼は何度も頷いていた。そもそも彼は、付き合った時に「レオナール様に言おう」と言っていた。だがリヴィがレオナールの数々の面倒な事件から拒否をしていた。
「それがいいかもしれませんね。そういえばライアンは、ヴァルになんて言ってここに来たんです? ヴァルは何をレオと話すんです」
「え、ああ、その……」
「ヴァルおじ様は伯父様と話してるの?」
「そうそう。言ってなかったね。うん、2人で話してて、ちょっと、その……」
「何?」
「リヴィ、怒らないでね。2人は俺の将来について話してて、その……」
「……だから何?」
「――前に、リヴィにも話したけど、俺やっぱり――」
すると、扉が開きヴァルが入ってきた。
「おー、いるな。遅くなってスマン」
左手に4通の手紙を持っていた。
「ルネ、ライアンをありがとな。それからライアン。あとはリヴィ次第だ」
ライアンはリヴィの視線を感じたが、見る事をしなかった。ヴァルは、持っていた手紙の1通をリヴィに渡した。
「リヴィ、レオから。これ読んで虹霓会議までに王都ラファル邸に返信してくれ」
「王都ラファル邸に? え、お――」
「レオ宛にな」
リヴィはその手紙を受け取り、訝しげにヴァルを見た。
「伯父様から私に? 何で? あんまり読む気分じゃない」
「駄目だ、読め」
仕方なく手紙を開いた。内容はライアンをリヴィの専属騎士にしたいと書いてあり、リヴィの意見を聞くものだった。
リヴィは手紙から目を逸らさずに「私、前に嫌って言ったことあるの」と、奥歯をぐっと噛みながら言った。
「ああ、聞いてる。前に『要らない』って言われたってな」
だがリヴィの言う前と、ヴァルの言う前には違いがある。
「そう――前に言ったの」
リヴィの視線は手紙からライアンへと移った。瞳には怒りの炎が灯る。
ライアンはその瞳を見てそらすしかなかった。
付き合い始めた時の話だった。
ライアンはリヴィに、専属騎士になりたいと話している。リヴィはそれを拒否した。だがライアンは諦めきれず何度も話し、その度に若干喧嘩っぽくなってはライアンが折れていた。
「だから、要らない。ライアン、ごめんね」
そう言って雑に手紙をしまった。
「リヴィ、ちょっとだけでいいから考えてくれよ。考えるだけ、な?」
「嫌だ! 考えない!」
「……ほぉ……そんな事言っていいのかリヴィ」
ヴァルはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ここに乗れているのは一体誰のお陰だ? ん?」
リヴィは顎が外れそうな程に口を開けた。
「あの時言ってたろ。いつか恩を返すってな。その恩を今返してもらう」
ヴァルは腕を組んでふんぞり返っていた。ルネは小声で「卑怯」と呟き、ヴァルに一瞬睨まれた。
「ずるい!」
「そうだ、大人ってのは狡い生き物なんだ。でもな、考えろって言ってるんだ。付けろとは言ってねぇだろ。レオと違って、まだ優しい方だと思うけどな」
だがやはり狡いと感じる。リヴィは俯き、下唇を噛んだ。
「リヴィ……リヴィが白百合号に乗るのが夢だったように、ライアンはリヴィの騎士になるのが夢なんだ。検討だけでもしてやってくれ」
そう言われリヴィは顔を上げた。
「検討だけ、検討だけする。でも、検討してダメなら仕方ないでしょ」
「ああ、それならいい」
「――なら検討する。会議の少し前に出すからね」
そして手紙をベッドの横に置いていた、袋状の荷物入れに雑に入れた。
「よし! それでいい。それでな、ライアン。お前は虹霓会議までこの船に乗る」
「「え!?」」
驚いた声を出したのは、リヴィとライアンだった。
「そしたらさっさと答えを聞けるだろ。だからこの船に乗ってろ。新学期前か……まぁ、ちょっと過ぎるかもしんねぇけど、1カ月くれぇで降ろしてやる」
「に、荷物も何も持ってきてないです」
「だから今から買いに行くぞ。その前にサロメに手紙を書かなきゃな。ライアンが白百合号に乗るって。手紙出す次いでに買い物だ。行くぞライアン」
そして2人は部屋を出た。
リヴィは頭がクラクラしていた。
(楽しい船上ライフはどこに……)
未練があったライアンとはよりを戻した。ライアンが来た時は複雑だったが、結果としてそれはまぁ良かった。だがこれでは再び喧嘩状態である。
「リヴィ、大丈夫です?」
ルネは、魂が抜けかかったリヴィに声を掛けた。
「――うん、ルネおじ様。私が寝ていいベッドは上下どっち」
医務室にはベッドが3つ。1段しかないベッドは、基本ルネが使っている。後は2段ベッドである。
「どちらでも構いませんよ」
「分かった。じゃあ下とりあえず使うね」
「ええ、どうぞ」
リヴィは下のベッドに寝っ転がり、カーテンを閉めた。そして枕に顔を付け、思いつく限りの罵詈雑言を叫んだ。
***
「父さん、レオナール様になんて言ったんです?」
「『ライアンに社会勉強させるから、乗せさせてくれ』って頼んだ」
ヴァルは部屋でサロメへの手紙を書き綴っている。
「あー、いやそうでは無く……あのままだと、騎士の話は駄目そうだったので」
「ああ、そっちか。それは色々と話したさ。お前の為だからな。気にすんな」
ヴァルは、羽根ペンを走らせるのを止めた。そして、灯した蝋燭で赤い蝋を温めると封をした。
「その……ありがとうございます」
「あんま父親らしい事してやれてねぇしな、そのお詫びだ……よし、これでいい」
書き終えた1通と、レオナールから預かった3通を手に取り、2人は再び部屋から出ていった。




