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20.浮気疑惑

***


「リヴィ、荷物ありがとう。それから会うの久しぶりですかね? ライアンです」


「うん……え?」


(どうしてここにライアンが!?)


「安心して下さい。ライアンはサロメから全部聞いてますから」

「サロメさんから!?」

「そうみたいです」


(どうしてどうしてどうして!?)


 リヴィは頭の中が混乱していた。平静を装いつつ笑ってみるも、顔が引きつっている。


「久しぶり、リヴィ」


 それに対してライアンは嬉しそうだった。微笑み、愛おしい者を見るようにリヴィを見つめる。少し卑怯な手ではあるが、やっと会えたのだ。嬉しくてたまらなかった。


「ひ、久しぶり」

「話には聞いていましたが、声が凄い」


 ライアン視線はリヴィの瞳から物足りない胸元へと視線が移動した。


「聞き慣れるのには時間が要りますね。私もまだ慣れません」


 ルネは苦笑いをしライアンを見ると、ライアンは慌ててリヴィの胸元から視線を外した。


「2人は、最後に会ったのいつです?」

「ラファル邸で行われた、収穫祭で会ったのが最後です」

「では3、4カ月ぶりくらい?」

「ええ、そうです。久しぶりにどうしてるのかなと、会いたくて……」


 本当は先月会っている。だが付き合っていた事は秘密なので、ライアンはそう言ったのだろう。


 ライアンとはラファル邸で行われる集まりで何度も会っており、友人としての付き合いは数十年と長い。だが恋人としての付き合いは数カ月と短い。


 片思いをしていた人だったが、諦めていた。将来、カルム伯爵になる人だったからだ。

 リヴィは婿になる人を探さなければならない。諦めるのには十分な理由だった。だがライアンの恋人の存在を知る度に悲しかった。そんなある日、何故かライアンから交際を申し込んでくれた。


 幸せだった。

 先月までは。


 ライアンの浮気――手紙では違うと言っていたが――を目撃して終わった。三日三晩部屋に引きこもり、食事はエマに持って来てもらった。


 リヴィはライアンから目を逸らしたが、ライアンはじっとリヴィを見ていた。

 ルネはテーブルへと向かい、リヴィが先程並べた品々を棚や引き出しへとしまっていく。ライアンはルネが此方を向いてない事を確認すると、リヴィの耳元で小声で話した。


「2人で話したい」


 程よい甘さのブラックベリーの香りが、鼻腔をくすぐる。


(贈った香水、まだ使ってたんだ……)


 リヴィは下唇を噛み、少し悩んだ後――頷いた。


「ルネさん、ちょっとお願いが。母からリヴィへの伝言がありまして、内緒の伝言なので2人だけになれる所はありますか?」


 ルネは仕舞おうとしていた、薬液の瓶を持った手を止めて振り向いた。


「私にも内緒なのですか?」


 瓶を抱えて不思議そうにライアンを見ていた。ライアンはじっと見透かすようなルネの瞳にドキッとした。


「ええ……そうです」


 何となく怪しむような目で見ているような気がするのは、こちらに後ろめたい気持ちがあるからだろうかと、ライアンは思った。


「そうですねぇ……では、ヴァルの部屋はどうです? まだ時間かかりそうなのでしょ?」


「はい――多分ですけど」

「ならヴァルの部屋で話したらいいです」


 リヴィは立ち上がり医務室を出る。ライアンはリヴィの後をついていった。ルネは2人が立ち去ると、何かを考える様な表情で品物を仕舞った。




*****


 リヴィはヴァルの部屋の扉を開けて、ライアンに入るよう促した。ライアンが部屋に入ると、リヴィも入り扉を閉めた。


「リヴィ――会いたかった」


 ライアンはリヴィを抱き締めようとするも、リヴィは腕を伸ばして拒否をした。


「やめて」


 ライアンは広げた腕を気まずそうに戻した。リヴィは伸ばした腕を下ろし、ライアンを睨みつけた。


「その髪似合ってるよ、可愛い。長い時も可愛かったけど」

「そんなのいい!! どうやって――なんて言ってここに……――何で来たの!?」

「話がしたかった。手紙は読んだんだよな?」

「読んだよ」


 エマに言われて一通開けた日、今まで来ていた手紙を全て読んだ。


「ライアンは私からの手紙読まなかったの?」


 そしてその手紙を読んだ後、返信をしている。


「読んだよ。でも1カ月って何!? って思うだろ。それとちょっと父さんと話もしたくて……でも、それより今はちゃんと話そう。あれは浮気じゃないんだ」


 リヴィはムスッとした顔でライアンから視線を外し、手紙の内容を思い出していた。


 手紙には【浮気じゃない。手紙ではなくちゃんと会って話したい】そう書いてあった――が、リヴィは現場を目撃している。


 何故目撃したのかといえば、その日会う約束をしていたからだ。


 デートの時はいつも王都へ行っていた。ヴェストリ地方でのデートは、ライアンもリヴィも顔が知られている可能性が高かったからだ。王都が安心かと言われるとそうでもないのだが、ヴェストリ地方で会うよりマシだろうと思ったからだ。


 わざわざ馬車で何時間もかけて行った。苦じゃなかったのは会える楽しみがあったからだ。


 だが待合せ場所に行くと、見知らぬ女と腕を組んおり、目の前でキスをされた。そしてその女に、『彼女は貴女だけじゃないのよ』と言われた。


 ――意味が分からなかった。


「聞いてもよりを戻すかどうかわからないよ」

「より!? そもそも別れてないだろ!」

「あの日別れたよ。『さようならライアン。あの女の人とお幸せに』って言ったじゃん」

「言ってたけど『うん、分かった』なんて言ってないだろ! そもそも『別れよう』とも言ってもないし言われてもないだろ! だから別れてない!」


 言われてみればそうかもしれない。

 だがそうは言われても、こちらとしては1度終わっている。


「でも私の中では別れてる」

「ダメダメ。そういうのは良くない。ちゃんと話し合わないとダメだろ。一方的なのは良くないと、俺は思うね。それにお互い納得しないと、集まりがある時気まずいと思わない?」


「…………私、部屋に引きこもるからいい」

「いや、駄目だってそれ! レオナール様も皆も心配するよ!!」

「そうかな」

「そうだよ!! だから1回『別れた』ってのは無しだ。ちょっとした喧嘩だ。な?」

「ちょっとした?」


「……ちょっと……してないな。大喧嘩だな。初めてする大喧嘩だ――いいな、リヴィ。これは大喧嘩だ。ここを乗り越えるかどうかが大事なんだ。な?」


「乗り越えられないかもよ」

「そんな事考えたらダメだ。1回挑戦しよう。何事も挑戦してみるもんだろ?」

「うーん……」


「だから、俺はよりを戻しに来たんじゃない。仲直りをしに来たんだ」


 不満は残る。

 胸に何か引っかかったようなモヤモヤ感があったが、自分もしっかり「別れよう」とは言っていない。

 だが――。


「でも浮気した」

「してないんだって!」

「じゃあ他の女と腕組んでキスした」

「そ、それはした。でも! それでも! まだ別れてないだろ?」


 そう強く何度も言われると、不思議なもので、そうなのかなと思ってくる。


「もう一度、よーく考えて。確かに、あの日俺は元カノと腕を組んでた。そんでキスした。リヴィはそれを見た。でも『別れよう』とは言ってない。だから別れてないだろ」


「……あの人元カノだったんだ」

「そこに突っ込む!? 頼むよリヴィ。2人だけの時間があとどれくらいあるか分からないんだ。これじゃ話が進まない。なんで元カノがあそこにいたのかも説明する。だから、別れてないって言ってくれ」


 リヴィは悩んだ。あの時の悲しみはまだ心の中にある。


「……じゃあ話聞いて、よりを戻すかどうかを考えるってのは?」


 ライアンは言葉に詰まったが「……分かった」と仕方なく答えた。これ以上『別れた、別れていない』論争をしていたくない。とにかく話を聞いて欲しかった。


「じゃあ早く話して、時間無いでしょ。それでどうするか考える」


 そしてリヴィは腕を組んだ。


(こんな事なら乗る前に話を聞くべきだったな……)


 騎士学校が休みの日に、何度かライアンはラファル邸に来ている。

 その度に体調不良という事で追い返していた。


 ライアンは1度大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐いて話し始めた。

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