18.リヴィオ
少し前――。
白百合号の船長室には、レオナールがテーブルの上に何枚もの書類を広げ、椅子に脚を組んで座っていた。
1枚1枚目を通し、読んだ後は書類がぴったり入る小さな箱に仕分けしている。
「レーオー、います?」
扉を叩く音とほぼ同時に、ルネが微笑みながら部屋に入って向かいの椅子に座る。
「何だ」
「買い物をしてきたのと、新人の報告です」
「ああ、そうか」
「先に。これ、購入品です」
購入品の領収書をレオナールへと渡した。買った物は、薬草、粉薬、魔鉱石等、医療に使うものである。レオナールは領収書を受けとり目を通す。
「では、新人について説明しますね」
レオナールは新人に興味がなかった。――と言うのも、ころころと入れ替わりが激しかったからだ。
だがやはり説明無しと言うのも嫌なので、ある程度は教えて貰っていた。なので一応、新人であろうと名前は分かってはいる。
「新人は3人。1人目はテオ、船大工見習いですね。ドニが助手を1人欲しがってたので雇ってます。他2人はエミリオとリヴィオ。リヴィオは私のお手伝いをしてもらいます。以上です」
「――ちょっと待て」
領収書から顔を上げて、ルネを見据えた。
「え? 何です? あ、そうですよね。ちょっと気になりますよね。この3人、兄弟ではありませんよ」
「そんな事は全く気にしていない」
レオナールは手に力を入れているので、持っていた領収書の端が皺になっている。
「リヴィオ? お前、そいつ名前で選んだだろう」
キッっとルネを睨みつけ、ルネは腕を組んで口の端を悪戯に上げた。
「んー。ちょっとだけですけど」
「ちょっとじゃ無いだろう! 100パーセントだろう!」
ルネは鼻で一息吐いて呆れたように話し出した。
「別に名前に『リヴィ』が入っているくらい何なんです? お手伝い欲しかったですし、呼びやすいからいいかなって思ったんです。そんなに気になります?」
「そこに悪意が無ければな! だがルネの場合は悪意がある!」
「酷いですね。悪意なんか無いです。むしろ善意です」
「善意!? お前、意味を分かって言っているのか!? 『人に嫌がらせをして楽しむ』って意味ではないんだぞ!」
「失礼な。レオが落ち込んでるので、何か少しでも元気付けようと。そしたら、たまたま名前に『リヴィ』が入っている子がいたのでこの子を採用したら喜ぶかなって」
「どこをどう考えたらそうなる!」
「名前を呼ぶ度にリヴィを思い出せるじゃないですか。私、リヴィって呼ぼうかなって思ってます」
そう言ってルネは天使――いや、悪魔のような微笑みを浮かべ、レオナールは呆れたように口を開けた。
「今日ほどお前をぶっ飛ばしたいと思った事は無い」
「レオは普通に『リヴィオ』って呼べばいいじゃないんです?」
「ああ、そうする。決して『リヴィ』とは呼ばん」
「次いでだから言いますけど、ある事が理由でフェイスベールを着けて短剣を持ってます」
「ある事?」
「まあ、宗教上の理由です」
「宗教上? ミーズガルズ人じゃないのか?」
ミーズガルズ人は殆どの人々が六神教という宗教を信仰している。
アルフヘインに住む精霊王を第一神、パランケルスを第二神、四大精霊を第三神とした宗教である。第一神から第三神の順番通りに序列がある。第二神と第三神が逆なのでは、という話し合いは、数百年前にされているが、王族がパランケルスの血筋である以上、逆には出来ずそのままである。
そしてこの宗教には何かを身に着けるという決まりはない。
「本人はミーズガルズ人ですけど、片方の親が違うみたいでどこかのマイナー宗教だそうです。やっぱ気になります? 名前に『リヴィ』が入るだけに?」
「別に!」
イライラを含んだように返事をした。
「短剣もどんな短剣が知りたくないです?」
「いや! 全く知りたくない!」
ニヤニヤと笑うルネに対してレオナールはずっとルネを睨みつけていた。
「報告はそれだけです」
部屋を出て行こうとルネは立ち上がった。
「それではこれで」
ルネが部屋から出ていくと大きく溜息を吐き、背もたれに深く寄りかかって足を伸ばした。
「何故そんな名前の奴を……」
ポツリと独り言を呟き、右手人差し指にはめられた、当主の証である指輪を見た。
帰港していた5日間、リヴィとはまともに会話も出来なかった。1人外出はされなかったものの、リヴィはオデットの仕事について行き日中ほぼ居なかった。夜の食事は一緒に摂ったが楽しい空間とは言えなかった。
王都に行く事をもう1度打診してみたが、聞きたい返事では無かった。乗せなければ仲直りなど到底無理な事は分かっていたが、危険な事はさせたくないという気持ちがどうしても勝ってしまう。
白百合号に乗って仕事をしていれば、少しは気は紛れるだろうと思っていたがそうなりそうにない。
休憩をしようと持っていた領収書をテーブルへ置き、ワインを飲んだ。
*****
ルネは船長室から出ると一息吐いた。大きな仕事を終えた気分だった。船長室を1度見た後、医務室へ戻ろうと歩き出した。
「ルネ」
名前を呼ばれ左を見ると、タラップからヴァルが上がってくる所だった。
「おかえりなさい。私はひと仕事終えてきましたよ」
そう言いながら船長室をみる。
「どうだった?」
「案の定名前に反応を。でも散々煽ったので、私達が居る前ではリヴィを呼びつけたり直視したりする事は無いでしょうね。なんなら避けてくれるかも。短剣の事も言いましたので、何か思っても見せろとは言われないでしょう」
「そうか……ならよかった。リヴィは?」
「医務室です。荷物を持って行って貰うついでに休憩をさせてます。魔法も使ったので疲れてるでしょうからね」
「『魔法疲れ』ってアルは言ってたな。よく寝てたの思い出すよ」
「そうですね……懐かしいです」
2人は亡き親友を思い出し、微笑んだ。
「では私も戻ります」
「お、じゃあその前に……」
ヴァルはタラップの下を見て、上がって来るように合図を出した。木の板を歩く音が聞こえ、ライアンが白百合号に乗り込んできた。
「ライアン!?」
「お久しぶりです。ルネさん」
「久しぶりですね……また背が伸びましたね」
ルネはそう言って手を身長を測るようにライアンの頭の辺りまで持っていった。
「前回会った時は、私を越しそうって感じでしたが、もう越しましたね」
「そうだな。今はレオを越したか同じくらいだな」
「そうですね……それで、どうしてここに?」
「まぁ、レオに相談があるのと、リヴィに久しぶりに会いてぇみてぇだから会わせてやろうかと」
「え!?」
「安心しろ。ライアンは知ってる。だから俺らがレオと話した後、ライアンを医務室に連れて行って欲しい」
「待って下さい! 知ってる? どこまで??」
「全部だ。サロメからな」
ルネは驚いた表情でライアンを見た。
「リヴィの事は全部聞いてます。母がせっかくなら会ってきたら、と」
「なんでレオに相談しに行くかは後で言う」
「……ライアンの成績に関係あります?」
「ある」
ヴァルがライアンを見るとライアンは気まずそうに俯いた。
「じゃあ行ってくる。ライアン、来い」
ヴァルとライアンは船長室に向かった。ルネはその場で待機した。




