17.再会
白百合号、下甲板――。
昼過ぎ、ムトンの上刻半頃――。
顔の下半分を布で隠し、船内をリヴィは歩いていた。両手にはルネから預かった荷物を抱え、1人医務室へと行く。
船員達にはルネや他の新人達と一緒に挨拶をした。そしてルネはレオナールと話してくる為、上甲板で別れて船長室へ入っていった。
医務室への扉を開け、荷物をそっと床に置いた。
「はぁ、重かったぁ……」
疲れを吐き出すように呟き、顔のベールを下へとずらした。
品物を袋から出して手に取った。テーブルへ並べておくよう言われていたので、1つずつ丁寧に並べた。
瓶詰めにされた薬液や、粉薬、薬草、魔鉱石等を取り出し種類も分けた。薬液と粉薬には全てルネの実家が経営している、テュルビュランス社のカラスの印が描かれている。
じっくり見ながら出していると、何個か見た事ある薬もあった。白い紙に包まれているのは風邪薬だ。
(レーヌさんがくれる薬だ)
これは何回か貰った事があった。
リヴィは熱が出るような風邪を引くと、テュルビュランス家次期当主であり、ルネの姉であるソレイユレーヌが呼ばれる。ただの風邪であろうが治るまでラファル邸に泊まって行く。毎度毎度、申し訳ない気持ちになった。
袋から荷物を出し終わり、1度背伸びをしてベッドの上に座った。
ベッドに腰掛けたまま上半身だけ横になると、ハーブの様な香りとほんのり甘い大人っぽいバニラの香りがした。
ルネの香水の香りである。
(……そういえばここは、ルネおじ様のベッドだった)
リヴィは立ち上がって今いるベッドではない、2段ベッドの下側に寝っ転がった。
ミーズガルズ王国で男性が香水を付ける習慣があるのは、ここヴェストリ地方と南のスズリ地方だけだった。
海に面したこの2つの地方は船乗りが多く、お風呂やシャワーにあまり入れなかった事が始まりでは無いかと言われ、どちらが発祥か論争も起きている。だがこの説自体本当かどうか分からないので、皆ネタとして話す程度である。
なので香水はルネだけでなく、ヴァルやレオナール、そして他の船員達も付けていた。リヴィの香水はレオナールから貰った物なので付ける事は出来なかった。
新しく香水を購入する事も考えたが、それはそれで面倒だった。ラファル領の香水屋に行き、何時もと違う香水を選べば、「領主様へですか?」と聞かれる。
「違います」と言えば、「恋人への贈り物ですか?」と聞かれるだろう。そこで「自分のです」と答えると、何故か「オリヴィア様は恋人の存在を隠している」と変な噂が立つ。
これは実際起こった事だった。
では「そうです」なんて言ってしまったら、街中大変な事になり、話しを聞いたレオナールから面倒な問い質しが始まるに決まっている。
(……めんどくさ)
安易に想像でき非常に面倒な事だった。
レオナールの事は好きだが、変な所――特に男性関係が面倒だった。
ウォレンカリア祭で、同級生の男の子からチョコレートを貰っただけでも煩かった。お返しをするルペルティヌス祭はもっと煩く、母オデットに助けて貰った。
男性関係について口を出してくるわりに、婚約者は決めない、自由にしていいという矛盾があった。1度指摘をするも「それはそれ、これはこれ」と意味のわからない事を言われて終わった。
だが1度だけ危険を冒して香水を買った事がある。
ライアンの誕生日プレゼントの為だ。
香水を贈るのはヴェストリ地方では定番だった。先程ベッドから香っていたルネの香水は、バニラの香りが好きなルネの妻、ラウラが贈った物である。
エマを連れて行きエマの恋人に贈る香水を探すという偽装工作をした――因みにエマに恋人はいない。
危険を冒した甲斐あって、プレゼントした際にはとても喜んで貰った。
(香水……別れた後、捨てたかな……)
とても気に入った大好きな香りだった。あの時の香水の行方を考えたが、考えた所で意味は無い。悲しい思い出は陸に置いて、今から楽しい船上生活を送るのだ。
手紙も来ていたがライアンの事はそれから考えたい。気持ちを入れ直すように両頬を叩き、新しい生活を考えた。
白百合号での生活は、ここ医務室がリヴィの拠点になる。リヴィオはルネの手伝いをメインに仕事をする。ルネの手伝いは父アルベールもやっていた事なのだと教えられた。
アルベールが寝ていた場所はヴァルと同じ部屋だったが、リヴィは医務室で寝る事になった。流石にただの新人が副船長と同じ部屋はおかしいからだ。
ヴァルの部屋と違い医務室は人の出入りはあるが、他の船員達と一緒に寝るよりマシだろうという、ヴァルとルネの判断である。
「他の人達と一緒にハンモックで寝てみたい」と言ってみたが願いは叶わなかった。ハンモックには若干憧れていたので悲しかった。落ち込んでいたのが分かったのか、アルベールもハンモックで寝ていなかった事を教えられ、納得した。
だがベッドが埋まるような事があれば、他の部屋でハンモックでも可能だと言われたので、不謹慎ながら埋まればいいのにと思った。
リヴィは鼻歌を歌いながらルネを待った。
扉の外から木の床をブーツで歩く足音が聞こえる。扉を開く音が聞こえたが、カーテンは開けなかった。ルネかどうか分からなかったからだ。
「リヴィ、開けますけどいいです?」
ルネの声がしたので、自分からカーテンを開けた。
「おかえ――……」
ルネの後ろにいる人物を見て言葉を失った。
意味がわからなかった。顔が引きつりリヴィの動きが止まった。
「リヴィ、荷物ありがとう。それから、会うの久しぶりですかね? ライアンです」
そこにはあの時の香水を纏ったライアンが立っていた。




