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16.相談

 スフェンヌ港ミストラル邸――。


 ミーズガルズ王国の大体の貴族は、領地以外に邸宅を複数所有している。


 ミストラル家も同じで、1つはここスフェンヌ街にある。スフェンヌ街にあるミストラル邸は、ミストラル家長男であり、ヴァルの兄コンスタンとその家族、使用人達が住んでいた。

 本邸よりは小さいがスフェンヌ街では1番大きな邸宅だった。




「――まあこんな感じなのだよ、ヴァル」


 応接室にあるソファに七三分けのオールバックに口髭を蓄えた、40代半ばの男が座っている。服装はロングジャケットにベストと長ズボン、そして首元には装飾用のスカーフを巻いた堅苦しい格好をしていた。

 話していた内容はライアンの事である。


 向かい側に座るヴァルが、貰ったコーヒーをサイドテーブルに置く。ヴァルは難しい顔をしてコンスタンの話を聞いていた。

 

「悩みはしたが、やはり留年させる訳にはいかないだろう」

「別に留年させても何も言わねぇよ。ライアンの自業自得だ」

「これは、お前の為でもあり父上の為でもある。いくら父上がカルム卿と仲が良くても、『私達の孫を留年させました』なんて言えるか?」


 そう言われ、確かにな、と考える。


「この事セレスは?」

「言ってはいないがもう知っているだろう。セドリックが話しているはずだ。学校でライアンが試験を落としたのは噂になったからな」


「噂? 何で?」


「ライアンは成績優秀な上に、父親のお前も有名だからだ」

「家の問題じゃねぇの? ミストラルとカルムの孫なんだから」

「『子犬が試験を落とした』なんて言われているんだ。ヴァルの息子として見られてるだろ?」


 コンスタンは腕を組んで苦笑いをし、ヴァルは眉をひそめた。


「だが噂は一応、補習合格ではなく追試で合格した事にはなっているがね」

「よくバレなかったな」

「追試は学校で受けたが、補習はここで受けさせてる」


「……なんと礼を言えばいいか」

「何も言わなくていい。礼を言って欲しかった訳じゃないからな。強いて言うなら――」


 コンスタンは大きく溜息を吐いた。


「ライアンと会って話して欲しかったよ」


 心の底から残念そうな顔をコンスタンはする。明らかに、今回のライアンはおかしかった。何があったかを、親子で話して解決して欲しかったのだ。


「タイミングが合わねぇんだ」

「言えば延ばしてくれただろう? それともラファル侯爵と上手くいっていないのか?」

「いいや? とっても上手くいってますよ。ただ今回は、こっちもこっちで大変で……」


「ん? 何があった?」

「獅子が子獅子と衝突して獅子の神経が衰弱」


「……なんの冗談だそれは。それともお前が作った早口言葉か?」


 コンスタンは鼻でフッと笑う。


「冗談じゃなく、これは本当の話だからな」


 ヴァルは溜息を吐いて頭をかいた。コンスタンは眉を上げて驚いた顔をした。


「珍しい事もあるものだ。――にしてもオリヴィア様は凄いな。ラファル侯爵を落ち込ませる事が出来るんだから」

「そうだろ? でも子獅子(リヴィ)はそれがどんなに凄い事かわかってねぇけどな」


「そうだろうな。井の中の蛙? いや、巣穴の中の子獅子? うーん、こんな所か。だが良かったよ。私はてっきりラファル侯爵が遂にヴァルの態度に嫌気がさしたのかと」


 ヴァルは鼻を鳴らし、コーヒーをとった。


「何の事やら。俺は何時でも何処でも誰にでも、礼儀正しいだろ?」


 そう言ってニヤリと笑いコーヒーを飲む。コンスタンは眉を上げ、視線を外しながら「そうだったな」と呆れたように呟いた。


「でも今度会えたら話すよ」

「サロメ嬢に感謝しなさい。そういった事はサロメ嬢任せなんだからな」

「言われなくても、常に感謝してますよ」


 ヴァルは微笑みコンスタンをみる。コンスタンは鼻で一息吐き、軽く微笑み俯いた。


「そうだな、要らぬ心配だった。お前がいい歳なのをつい忘れてしまうよ。さてそろそろお昼だ。食べていくといい」

「いや、船に帰るよ」

「なんだ残念だ。となると、私1人だな」

「愛しい妻はどうした?」

「王都でバレエ鑑賞」


「……言ってくれたら明日にしたぞ。午前中まではここにいるからな」

「いや、構わなかったよ。私は行く予定では無かったからね。言葉も出さず、クルクルヒラヒラ踊っているバレエの、何がいいのか分からなくて途中寝てしまうんだ。そして毎回妻に怒られる」


 コンスタンは苦笑いをし、ヴァルは軽く笑った。


「じゃあ、俺はこれで」

「馬車を用意しよう」


「失礼致します、コンスタン様」

 

 応接室に従僕(フットマン)が入ってきた。


「ちょうどいいところに来たな。ヴァルが帰る。馬車を用意してやってくれ」

「いえ、お客様です。コンスタン様とヴァランタン様に」

「ん? 2人に?」

「はい」


 コンスタンとヴァルが顔を見合わせた。

 扉から現れたのは――。


「ライアン!?」


 ヴァルは驚きの声を上げ目を見開いた。


「お久しぶりです、父さん。伯父さんも、この間はありがとうございました」


 ライアンがソファ近くまで来ると、ヴァルは微笑んで立ちがった。


「久しぶりだな、元気だったか? でもどうしてここに?」

「元気ではあります。ここに来たのは父さんと話したくて。母さんから、伯父さんに会うと聞いたのでここだろうと」


 そして軽く抱擁を交わした。


「そうか……にしてもまた身長伸びたな」

「あ……はい」


 ライアンは苦笑いした。久しぶりに会う全ての人に毎回言われるこの台詞は、聞き飽きている。


「学校の事は聞いた」


「……怒ってます?」

「いいや、怒ってねぇ。父さんが成績の事でとやかく言ったことねぇだろ? 留年しても何も言わねぇよ……母さんは言うけどな。けど、何があった? その話をしに来たのか?」

「はい」


 コンスタンは微笑みヴァルを見た。


「私は席を外そう。2人で話すといい」

「いえ、伯父さんも居てもらって構いません」

「え……いいのか?」


 そう言ってヴァルをみやり、微笑んだ。


「やはりお昼は食べて行くといい。元々量を多く作っているから、2人増えた所で問題ないからね」

「そうだな。そうするよ」



*****



 数刻後――。


 玄関ホールで3人が立っていた。お昼を食べ終え、ヴァルとライアンは外へ出ようと玄関ホールにいた。2人を見送る為にコンスタンは後をついて行く。


「ライアン……もしその夢を実現させてぇなら、この事はレオと相談しなきゃならねぇ」

「分かってます」

「俺もフォローはしてやるが、どうなるか分からねぇよ」

「はい」


「ヴァル、帰る前に少しいいか」


 玄関を出る1歩手前で、コンスタンに呼び止められた。


「ライアン、先に乗っててくれ」


 ライアンは頷き、そのまま玄関を出て馬車に乗り込んだ。ヴァルはコンスタンに向き合った。


「良かったな。原因が分かって」

「まあな」


 ヴァルは安心していた。成績が良かったライアンが、このまま地に落ちてしまうのではと不安だったのだ。


「だが、あれは叶うかどうか」

「分かってる」


 ヴァルは難しい表情で腕を組んだ。


「取り敢えず船に戻る。コンスにはいつも助けて貰ってるな。礼を言うよ」

「いいんだ。さっきも言ったように気にしなくていい――だが、1つお願いがある」


 コンスタンは上着の内ポケットから封蝋がされた手紙を出した。


「ラファル侯爵はこの間、都合がつかず集まりを開かなかったろう。それで父上が、虹霓会議の日の夜に王都ミストラル邸で簡単な集まりを開く。出来れば統括のラファル侯爵にも参加して頂きたい」


 そう言ってコンスタンは、ヴァルに手紙を渡した。

 魔具管理家当主は、その地方の貴族を取り纏める統括もしている。統括は、繋がりを守る意味も込めて集まりを開く。


 ヴェストリ地方の由緒ある貴族であれば、催事にはレオナールが招待状を送る。そして、ラファル邸に集まった際に仕事の話をする者も多い。1日しか集まらないのでは無く、最低でも3日以上は集まっていたので、話しやすかったのだ。

 やる事は、昼はラファル家が管理している狩猟場で狩りを楽しみ、狩り場近くで食事をする。夜は盛大な宴会を開く。酒を飲み、賭事を楽しんだ。その合間合間に仕事の話をしている。


 ヴァルは受け取った手紙をじっと見つめた。


「ああ、招待状か」

「そうだ。父上から預かった。それからな、虹霓会議(こうげいかいぎ)の日。セレスも行くからな」


 見つめていた手紙への視線を、素早くコンスタンへと移した。そして心底嫌そうな顔で「なんで?」と聞いた。


「集まりに参加したいんだそうだ。それから、そんな顔するな。お前の愛しい兄だぞ」

「俺の愛しい兄はコンスだけだ。セレスを愛したことはない」

「嬉しい事を言ってくれるじゃないか。だが、私にとっては2人とも可愛い弟だよ」

「俺が可愛いのは分かるけど、あいつをよく可愛いなんて思えるな」


 ヴァルは信じられないと言う表情で、コンスタンを見た。


「ははっ、そう言うな」

「しかも最近、手紙でセドリックとリヴィの仲介を頼んでくるんだぞ」


「……ああ……なるほど」


「なんだよ」

「いや、なぜ集まりに参加したいなんて、言ってきたのかと思ってたんだ。ラファル侯爵にセドリックをオリヴィア様に推したいのだよ」

「あいつの面の皮どうなってんの!? 何回『無理だ』って返信したか。郵便料金で馬車1台買えるぞ!」

「大袈裟な」


 コンスタンは笑っているが、ヴァルはイライラの頂点にいた。


「……じゃあもう行く。手紙は渡すよ」

「頼んだ」


 ヴァルは仏頂面で頷き、ライアンが乗っている馬車に乗り込み、馬車は走り出した。

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