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15.白百合号

 スフェンヌ港。

 昼前、セルパンの上刻――。


 ジャード港を出港しスフェンヌ港へ着いた。スフェンヌ港はジャード港よりも大きい港だ。一般の船と商船のみが出入りするジャード港と違い、スフェンヌ港は軍艦も出入りしている。

 桟橋が何本も伸び、船の大きさと用途によって停泊する場所が分けられていた。


 だがそことはまた違う、一隻だけが停泊出来る特別な桟橋――白百合(リスブロン)号専用桟橋がある。


 ヴェストリ地方にある港には、全て白百合(リスブロン)号専用桟橋があった。これによりすぐに白百合(リスブロン)号を把握することが出来る。

 これは港管理者にとっては重要であった。


 そして今まさにその桟橋に白百合(リスブロン)号が停泊している。


 3本マストに全長約55mのガレオン船。

 船首には風の精霊シルフィードをイメージした女神像が、妖精の羽を広げ百合の花を髪飾りにした彫刻が施されていた。大事そうに短剣を胸元で持ち、目を閉じて微笑んでいた。

 船尾楼にはラファル家の紋章である、隼と短剣が描かれている。その紋章を囲むように幾つもの百合の花が彫刻されていた。



 白百合(リスブロン)号、船内のヴァルの部屋――。


「リヴィ、今日俺は用事がある。ルネと一緒に行動してくれ」

「分かった」

「2人だけの時は良いが外では敬語使うのと、副船長って呼ぶのも忘れんなよ」

「はぁい。はぁ、楽しみ!」

「そうか……」


 キラキラとしたリヴィの目と違い、ヴァルは眠そうにしていた。




 昨日――。


 リヴィは1度、父アルベールに連れられて白百合(リスブロン)号に乗ったことがる。だがそれは幼い頃なので記憶にない。

 白百合(リスブロン)号に姿を消して乗り込んだリヴィは、最初にヴァルの部屋を案内してもらった。


 ヴァルの部屋は中甲板にあり、中には2段ベッド、小さいクローゼット2つ、そして机と椅子があった。椅子以外は固定され動かなかった。ベッドの上段はアルベールのベッドだったが、今はヴァルの私物を置いていた。それらを退かしてリヴィが休憩出来るようにしてくれた。このベッドをアルベールが使っていたという事を聞けただけで、リヴィは嬉しかった。

 案内された後、ヴァルは仕事をしに上甲板へ行った。


 次にルネに医務室に連れて行ってもらった。

 医務室はヴァルの部屋より広かった。下甲板の船尾側にあり、そこはルネの部屋でもあった。

 2段ベッド1つと1段のベッドが1つあり、壁に固定されていた。1段のベッドは患者用でもありルネのベッドでもあった。

 患者で埋まる事はほぼないらしく、2段ベッドにはいろいろな荷物が置かれていた。ベッドにはカーテンもついており便利だなと思った。


 それから多くの本や、よく分からない瓶詰めの物、引き出しに薬関係の物が入っている大きな棚があった。

 机は横に大きく、薬を作る道具や何と書いてあるか不明な書類が、ペーパーウェイトの下に乱雑に置いてあった。机の前の壁にも、同じような書類が小さな釘で大量に貼り付けられており、壁を覆い尽くしていた。シャワー室兼トイレの部屋は、医務室の奥にあった。

 船員達はあまり使わないらしい。


 部屋を案内してもらった後は、ルネから許可を貰い姿を消して船内を歩き回った。人に当たらないように注意しながら歩き回ったが、何箇所か行かなかった所もある。

 下甲板の船首側の部屋と、上甲板だ。


 下甲板中腹辺りには狭いキッチンがあり、同じ顔の女性3人が準備をしていた。

 その先の船首側の部屋は、牢屋が左右3つずつある部屋があった。そして更に奥には部屋があり、錠前がしてあった為入れなかった。


 上甲板に行かなかったのはレオナールがいた為だ。最初は姿を消している為行こうとした。だが上甲板と中甲板を繋ぐ階段から、船尾楼甲板にいるレオナールをじっと見ていた所、目が合った。

 リヴィの心臓は止まりそうになった。

 レオナールは姿の見えないリヴィをじっと見つめ、不思議そうな顔をしながら目を離した。


 リヴィはそっと階段を降りた。


 ある程度見た後は疲れた為、ヴァルの部屋に戻った。そして上段のベッドに上がるとぐったりと横になった。

 姿を消す魔法は思った以上に疲れ、眠るつもりは無かったが寝てしまった。


 リヴィが船内を探索し終え、部屋で寝ていた頃――ヴァルは上甲板で船員に指示を出して仕事をしていた。乗り込んだ時はレオナールは居なかったが、上甲板に上り少しするとレオナールが来た。


 レオナールの荷物を従僕(フットマン)ジャンが運び入れ、終わるとジャンは白百合(リスブロン)号を降りた。レオナールとヴァルが上甲板で指示を出し、準備が終わると白百合(リスブロン)号は出港した。

 

 そしてヴァルはレオナールと甲板で話した後、船長室に入り仕事をしていた。



 夜中――。

 レオナールと交代し、ヴァルが上甲板へと出てレオナールは船長室に入った。

 ヴァルは1度自室へと戻り、リヴィの様子を見に行くと彼女は寝ていた。リヴィの様子を確認すると、上甲板へと戻り再び仕事をしていた。


 ヴァルは1日寝ていないのである。船に居る時はよくある事なのだが、陸に上がり、正常な生活をするとやはり少し眠かった。


「副船長はどこに行くんですか?」


 リヴィは首を傾げて聞き、ヴァルは目を擦りながら返事をしようとした時、扉を叩く音がした。リヴィはすぐに姿を消した。

 ヴァルが扉を開けるとルネが入ってきた。リヴィは安心して姿を現した。


「リヴィ、準備はいいですね? 外に出ますよ」

「はい」

「俺も出る。レオと話してこねぇと」

「昨日話せなかったんです?」

「話そうと思ったけどよ……」


 ヴァルは、チラリとリヴィを見た。


「心ここに在らずって感じでな」

「ああ。……じゃあ行きますか。リヴィ、姿を消して。薬は忘れないよう今飲みましょうか」


 リヴィが変声薬を飲んだ後、3人は部屋を出た。リヴィはルネの後ろを歩き、スフェンヌ街へと降り立った。




*****


 船長室――。


「そんなの言えば2、3日帰港期間伸ばしたぞ」


 革張りの1人用の椅子に、レオナールが足を組んで座る。テーブルには赤ワインのボトルと、銀のグラスが置いてあった。そして、そのテーブルを挟んだ向かい側の椅子にヴァルは座っていた。

 

 船長室は会議室でもあった。昼間でも光源灯をつけなければ暗い船内と違い、船長室は天窓や船尾、側面に窓が有り明るかった。


「まぁ、たまに会えてるし」

「会えてはいるが、過ごせてはいないだろう」


 ヴァルは何も言えず気まずそうに視線を外した。


「息子達と過ごしたくないのか?」

「そういう訳じゃねぇよ。過ごしたいさ」

「じゃあ言えよ。息子達がこの日帰ってくるって」

「帰ってきてから知ったんだ。それに今回はあまり長居しない方が良いんじゃねぇかな、って思ったんだよ」


「帰ってきてからでも言えばいいだろ。何で――おい、冗談だろ。俺に気を使ったとか言わないだろうな」


 レオナールは顔をしかめてヴァルを見る。ヴァルは軽く溜息を吐いた。


「……どうだろな」

「ふざけるなよ。お前に気を使われる程、落ち込んでなどいない」

「多少落ち込んでる」

「撤回する。微塵も落ち込んでいない」

「じゃあリヴィと気まずくねぇんだな。2、3日長く居ても」


 レオナールは一瞬言葉に詰まり「ない」と言った後、俯いた。


「ほれみろ」


 ヴァルは背もたれにもたれた。レオナールは仏頂面で軽く溜息を吐いた。


「……それで、ライアンは何故そんな事になったんだ。ずっと成績良かったんだろ?」

「さぁな」

「本人に聞けば分かっただろうに」

「分かってるって、そんな事はよ。でもそこら辺のフォローはサロメのがいいだろ。それに本人に会ってようが会ってまいが、コンスには会いに行かなきゃならねぇ」

「何故」

「補習で合格させてるからだ。完全な身内贔屓じゃねぇか」


 騎士学校では本来テストを落とした者はもう一度テストを受けさせる。そこで合格点に達していない場合は留年となる。

 ライアンの場合、実は2回テストを受けさせ共に落としていた。そしてヴァルの兄コンスタンが補習を受けさせ、特例で留年を免れさせたのだ。手紙にはその事がしっかり書かれていた。


「コンスに借りを作った」

「コンスタン殿なら何とも思っていないだろう。手紙を寄こしたのも純粋に心配だったからだ。セレスタン殿だったら別だろうけどな」


「……それは心の底からそう思う」


 ヴァルは俯き頭をかいた。


「――でもそれで、コンスに会いにいく。御礼言わなきゃならねぇし。新人はルネが取ってくる。いいよな?」

「別に構わない。それにもうルネは行っているなら、許可なんか要らないだろう」


 ヴァルは立ち上がり船長室を出た。

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