14.ライアン
白百合号出港の日。
夕方、オワゾーの上刻――。
一隻の定期船から、青年が大型鞄を右手に持ってジャード港を降りる。鶯色の騎士学校の制服を着た、背の高い青年だ。整った顔立ちをしているが、その顔が勿体ない程に憂鬱な顔をしていた。
日は沈み、光源灯が道を照らしていた。港に並ぶ酒場からは笑い声が聞こえ、数人の女は街角に立ち、男に声をかけている。
1人の女が青年に歩み寄り、一晩の代金を口にして声をかけた。だが青年の顔をしっかり確認すると、ハッとした顔をして下がった。
「お兄さん、馬車使わないか? 女避けにもなるよ」
「あー……いえ、大丈夫です」
レンタル馬車屋の男性に声をかけられた。だが彼の家は港から歩いて10分程と近く、特に借りる必要もない。
「あれ? ライアン様。すみません、暗くて分かりませんで。また身長伸びましたね」
「あ、はい。まだ伸びてますね」
ライアンは父親だけでなく母親も女性にしては背が高いせいか、身長が180センチメートル近かった。そして騎士学校で体を鍛えているだけあって、無駄のない筋肉がついていた。
「ヴァランタン様にもう少しって所ですかね。そういえば少し前に白百合号は出港しましたよ」
「みたいですね。なかなかタイミングが合わなくて」
ライアンは港を振り返り、白百合号の専用桟橋がある方向を見て苦笑いをした。
「学校はどうしました?」
「今日終業式で、休暇に入ります」
「ああ、なるほど」
「では――」
ライアンは会釈をして立ち去る。休暇であるというのにライアンの足取りは重かった。時折溜息を吐きながら家に着いた。
「ただいま戻りました」
いつもは直ぐに執事が出迎えてくれるが何故か来なかった。そのままリビングへと入ると母親サロメが1人掛けのソファに座って出迎えた。
「おかえり、浮気息子」
「う、浮気む……」
持っていた荷物を落とし顔を引きつらせた。
「リヴィがそう言ったんですね!?」
「そうよ『別れたのはライアンの浮気のせい』って」
「別れた!?」
ライアンは頭を抱え、絶望の表情を浮かべる。
「浮気もしてないですし、別れてもいないです……」
「あら、でもリヴィは先月別れたって」
「別れてませんし、何より浮気じゃないんです!!」
「じゃあ本人にちゃんと言いなさいよ」
サロメは腕を組んでライアンを睨みつけた。
「言おうとしても聞いてくれなくて……手紙も毎日送りましたが返信もなく……やっと来たと思ったら、『1カ月くらいは考えたい』って……何なんですか1カ月くらいって!? 1カ月も待ってられません!!」
ライアンはツーブロックの髪を掻き乱しながら上を見上げた。
「あー。これから本人忙しいのよ」
「母さんリヴィと仲良いでしょ! なんとか話だけでも聞いてくれるように言って貰えないですか!? 本当に本当に浮気なんかしてないんです!! 騙されたんです!!」
「何をどう騙されれば他の女と腕組んでキスするの? 母は擁護できません。もう……ライアンがそんな事をする子だったなんて、とても悲しいわ」
「ち、違っ……」
ライアンはふらっと壁に手を着き、そんな事まで聞いているのかと絶望した。
「いや……そうですけど……でも、本当に……リヴィに説明したいんです」
サロメはじっとその姿の息子を見て溜息を吐いた。
「昔、貴方のお父さんにも、そんな事あったの思い出したわ」
「へ?」
「すっごく昔だけど浮気疑惑があったの。その時必死に弁明しようとしてるのを思い出したわ。なんて言ったと思う? 『裸の女と同じ部屋に居ただけ』……笑っちゃうでしょ」
「と、父さんのそんな話は聞きたくなかったです……」
「まぁでも浮気してなかったわよ。本当に『裸の女と同じ部屋に居ただけ』だったのよ。その女はレ――いや、それはいいわね。それより、本当に浮気してないのね?」
「してません! 神に誓って!」
「なら今から言う事を頭に叩き込んで、明日スフェンヌ港に行きなさい。リヴィそこにいるから」
「え! また!? そこから帰ってきたんですけど!」
「じゃあ聞かない?」
「……いえ、聞きます。リヴィと話せる為なら」
「そうね、そうしてもらわないと……授業が身に入って無いみたいだし」
「……なんの事ですか?」
サロメは立ち上がり傍のライティングデスクから手紙を出し、差出人が見えるようライアンに渡した。
【コンスタン・ヴァン・ミストラル】
「昨日届いたわ」
「……伯父さんからの手紙がどうされました?」
「読んでご覧なさい」
ライアンは封が開いてある封筒から手紙を取り出した。
内容はここ1カ月ライアンが授業を上の空で聞いている事、演習のミスが多い事、期末試験を座学、実技、共に落とし、補習を受けて留年を回避させた事が書かれていた。
「こ、これは……」
「校長先生直々の心配のお手紙ね」
「わざわざ、なぜ……」
「優秀だったのに、いきなりそんな事になれば心配になるでしょ。貴方の伯父で校長なんだもの」
「う……」
ライアンは肩を落とした。
騎士学校は、ノルズリ地方、アウストリ地方、スズリ地方、そしてヴェストリ地方の地方騎士学校と王都騎士学校に大きく分かれそれぞれ独立している。
そのうちヴェストリ騎士学校は、ミストラル家が代々経営運営をしていた。現理事長はライアンの祖父ステファン・ヴァン・ミストラルであり、校長はライアンの伯父コンスタン・ヴァン・ミストラルであった。
この2人はヴァルの父と兄でもある。
「試験を落としたのはリヴィだけが原因ではありません」
「そうなの? じゃあ他に何が原因なの」
ライアンは一瞬言うことを躊躇したが、こんな手紙も来ているのに言わないのもどうかと考え、口を開いた。
「進路に悩みがありまして……」
そう言って俯き口を閉じた。サロメは眉を上げて思ってもいなかった答えに驚いた。
「割合は?」
「まあ……進路2のリヴィ8ですけど」
「もう! 結局リヴィじゃない! 呆れて何も言えないわ!」
「す、すみません……この手紙、父さんは読んだのですか?」
「当たり前でしょ。誰宛だと思ってるの」
そう言われハッとする。母親宛だと勝手に思い込んでいた。封筒を裏返して宛名をみる。
【ヴァランタン・ヴァン・カルム】
父親であるヴァルの名前が書いてあった。ライアンは目を見開いた。
「何か言ってました?」
「『スフェンヌでコンスと話してくる』って」
「そんな……っていうか父さんもスフェンヌにいるんですか?」
「今2人一緒にいるの。説明するから。スフェンヌに行ったらお父さんと進路について話してきなさい。悩んでるんでしょ」
ライアンは休暇が終われば騎士学校2年となり、海科、陸科の2学科に分かれる。
ヴェストリ地方は海に面しており人気は海科だった。それ故、成績優秀でなければ入れない。しかし海騎士は花形職であり陸騎士に比べ給与も良く、女性にもモテる。
だが陸科に入れば陸上にある主要施設の警備員になる事ができ、比較的楽で安全であると言われている。
「確かに悩んでいますが……」
「その前に母さんに教えてね、全く。でも行くのは明日よ。そういえば夕飯食べたの?」
「いえ、まだです」
「じゃあ食べに行きましょう。弟達は今日と明日はカルム邸に泊まるから、2人でね」
「――シゴーニュ達はどうしたんですか?」
「昨日から旅行に行ってもらってるの。もうすぐ帰ってくると思うけど。何故か話すわ――あら? そういえば、また身長伸びたのね」
サロメとライアンは家を出て夕飯を食べに出かけた。
やっと相手が出てきました。




