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10.最高な日

 リビングで3人は話していた。時計を見ると、2人が話し合いを始めてから約2刻程経っている事に気付いた。


 こんなに話してくれているなら期待したいという気持ちと、でもやはり駄目だったらという気持ちが交差しモヤモヤしている。

 時が経てば経つ程緊張した。


 そして――。


「お嬢様方。ご歓談中失礼しますよ」


 ヴァルが部屋に入ってすぐの壁に腕を組んで寄りかかって立ち、その横にルネがいた。


「もっと早く結論出るかと思ったけど――ちゃんと考えてくれたのね」


 サロメはヴァルを見て口の端を上げた。


「そりゃあもう、検討に検討を重ねたさ」

「何度も休憩を挟みましたけどね」


 2人は溜息を吐いた。


「私達は席を外す?」

「いや、聞いてもらっていい。協力してもらう事もあるからな。あと……座らして」


 2人は椅子へと座り水を貰う。ヴァルは1口飲んで大きく息を吸って吐いた。


「まず話し合いの結果、条件を飲むなら乗せれる」


 リヴィの顔はぱっと明るくなったが、『条件』と言われキョトンとする。


「条件?」

「そうだ。それが飲めねぇならこの話は無しだ。いいな?」


 リヴィはコクリと頷いた。


「まず乗るのは1カ月だけだ。だが降りたいと思ったらいつでも降りて構わない。ただし2カ月がいいとか3カ月がいいとか、伸ばす交渉は駄目」


 リヴィは少し考え「うん、大丈夫。乗れるだけ嬉しいから」と答えた。


「期間はいいな。後はこれが凄く重要だ。レオには内緒で乗せる。乗ってる間はリヴィが白百合(リスブロン)号にいる事をバレねぇようにしなきゃならねぇ。だから……」


 ヴァルは一息置く。

 そして――。


「男装をしてもらう」


 部屋が静まりかえった。

 リヴィは目を丸くし、口を開けている。


「え……男装……?」

「そうだ。それで――」

「髪を切ります。今じゃないですけどね。5日後です」


「ねぇ、それって髪まとめて帽子に入れるとかじゃ――」

「サロメの言いたいこともわかる。けど帽子取れたら意味ねぇし、何も坊主って訳じゃない。顎くらいまでだ」

「大丈夫。髪は伸びるし問題ないよ」


「あと顔の下半分を隠します。フェイスベールってやつですね」

「分かった」

風の剣(シルフィード)は装飾でバレる。柄も鞘も布で隠す。なるべく魔法は使うな。海賊に遭ったら傍でフォローはしてやる」


「……伯父様の護衛は?」

「レオはそこら辺の海賊なんてワイン片手に勝てるから心配する事ねぇよ。それから、あとは何だ……ああ、服だな。服は息子の着なくなったのをやる」


「え、ライアンの?」

「そうだ……新品がいいとか言うなよ? 着古してるくらいがいいんだからな」

「違う。その……悪いなって思っただけ。別に何だっていい」


 一瞬サロメを見遣る。

 サロメはリヴィの気持ちを汲み取り、苦笑いをしていた。元彼の服を借りると言うのは、何とも言えない気持ちである。


「そうか。まぁそれで、5日目は朝早く家にこい。髪切ったりするからな、忙しいぞ。ああ、大事な事忘れてた。白百合(リスブロン)号降りる時はちょうどいい港で下ろす。だからもしかしたら1カ月より少し短いかもしれんし、少し長いかもしれん。そこは了承してくれ」

「大丈夫!」


「降ろしたら、手紙を速達でオデットに送る。だからリヴィは、そこで宿をとって迎えを待って欲しい。その時の迎えをオデットにお願いしたい」

「ええ、大丈夫」

「よし、じゃあ今日はこれで解散だ。リヴィ、5日後に来い」

「うん!」


 リヴィは立ち上がりヴァルとルネに抱擁を交わした。


「おじ様達大好き。ありがとう。この恩は一生忘れない。いつか、返すね」

「言ったな。絶対忘れるなよ」


 ヴァルとルネは微笑みリヴィも笑った。


「今日は最悪な日だったけど、最高な日になった」

「どちらかと言いますと、レオにとって最悪な日ですね」

「そうだな。リヴィには嫌われ、彼氏がいたって事を知った日だ」


 リヴィは目を見開いて驚いた。そしてルネを見る。


「私じゃないですよ。リヴィの侍女です。レオに聞かれて、仕方なく白状したんです」

「伯父様、エマさんの事怒ってた?」

「いや、怒ってねぇ――けど、あんな風に出て行ったら駄目だ。ちゃんと謝っとけよ」

「そ、それは謝る。けど、エマさん、なんて言ってたの?」


「別に? 『恋人と別れてます』だけだ。相手は学校の子か?」


「う……うん」


 かなり重めに『うん』と言った。「いいえ、ヴァルおじ様の息子です」とは言えなかった。言ったらレオナールへと話がいきそうな気がしていたからだ。

 別れていたとしても、あまり言いたいことでは無い。


「そうか。あまり変なのとは付き合うなよ。何で別れたのか知らねぇが、次は俺みたいな良い男にしとけ」


 ヴァルは顎を触りながらニッと笑った。リヴィは力なく笑いながらコクコクと頷いた。


「ちゃんとレオの前で演技しろよ」

「演技? どんな?」

「行けなくて残念、みたいな演技だ。オデットも知らねぇふりしてくれよ」

「あら、お忘れかしら? 私、元女優なのよ」


 オデットはフフンと得意げな顔をした。


「もう何十年も前の話だろ」

「失礼しちゃうわ。ほんの――」


 オデットは指をおって数えたが途中でやめた。


「少しよ」


 そして気まずそうに視線を下にむけた。


「……私は伯父様と話したくないから極力避ける。まだムカムカしてるの」

「リヴィ、レオは大事なもんは巣穴に置いときたいんだ。リヴィが嫌いで『乗せない』って言ったんじゃねぇ。死ぬほど大事にしてる。いいな?」


 リヴィは不満げに頷いた。


「難しいだろうけど分かってやってくれ」


 ヴァルは微笑みリヴィを見つめた。


「それじゃあ帰るわね。ヴァル、ルネ。リヴィの為にありがとう。サロメもこの場を作ってくれてありがとう。リヴィ、帰りましょう」


 オデットは立ち上がり、玄関へと向かう。


「うん。ヴァルおじ様、ルネおじ様、サロメさん、本当にありがとう」


 リヴィはもう一度抱擁を交わした。今度は2人だけではなく、サロメとも交わしてオデットの元へと行く。

 そして、玄関を開けて2人は出て行った。



「乗せてあげるのね」


 サロメはヴァルとルネを見て話す。


「ああ言われるとな」

「あんな理由はちょっと卑怯ですね」


 ヴァルとルネは顔を合わせて苦笑いをした。


「私はてっきり断るのかと思ったわ」

「思ってねぇだろそんな事。だから連れてきたんじゃねぇの?」

「どうだかね。ただ、ダーリンがとっても優しい男って言うのを、私は知ってたってだけよ」


 サロメは微笑みながらお茶を口にした。ヴァルは苦笑いしながら「嬉しい事言ってくれるねダーリン」と、皮肉気味に答え水を口にした。


「レオにバレたら殺されますけどね」

「そうなったら俺とルネの命日は一緒だ」

「最悪です。ラウラと一緒に死にたかったのに。ヴァルと一緒は嫌です」

「なら死ぬ気でバレねぇようにしろよ」

「分かってますよ。でもこれで、ヴァルのリヴィに対する負い目は少し消えますかね?」


 ルネは微笑んでヴァルを見と、ヴァルは苦虫を噛み潰したような表情をする。


「負い目? なんの事かさっぱりだ」

「リヴィの剣の稽古が厳しかったのはヴァルのせいもあるの、気にしてたでしょ」

「何それ。知らないわ」


 サロメは怪訝そうな顔をしてヴァルを見た。


「サロメはレオが白百合(リスブロン)号を3年降りて、リヴィに剣を教えたのは知ってますよね?」

「ええ、もちろん」

「でも本当はレオ、5年降りたかったんです」

「え!?」

「学校もあるので、ゆっくり教えようとしたんです。でもそれをヴァルが――」

「ああ、ずっと悪いなって思ってたよ!? 俺が反対して3年になっちまったからな……」


 ヴァルは背もたれに思い切り寄りかかって腕を組んだ。


「リヴィに剣教えるって、レオが言った時。言っても形になる程度だと思ったんだよ。でも、リヴィの剣の腕前は本物だ。そんな風になるまで教えると思うか?」

「確かに。ヴァルは手合わせで負けてますしね」

「あれは初回で完全に舐めてたからだ! その後は1度も負けてねぇよ!! ルネなんて手合わせした事ねぇだろ!!」

「私、船医なので。だから手合わせしなくていいんです」


 そう得意げな顔をルネはする。そんなルネをヴァルは睨みつけた。

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