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懐かしい香りと温もりを感じて、自然と目が開いた。
明るくなった、見慣れた天井が目に入る。
夜にルイス様が帰ってきた夢を、見たような気がして、温もりを感じた隣を見る。
(……ルイス様)
隣には綺麗な顔があって、ルイス様が眠っていた。帰ってきた出来事は嘘じゃないのだと実感する。
ドキドキしながらルイス様の寝顔を見ていると、つぶられていた瞳が開けられた。優しく微笑んだルイス様が、私の頭をゆっくり撫でる。
「……おはよう。サラ」
「おはよう御座います。ルイス様……お帰りなさい」
「ただいま」
耳元で聞こえるルイス様の声が、嬉しくて仕方ない。
「ご無事で何よりです」
「サラのおかげだよ。ありがとう。一緒に朝食を食べよう。僕は少し用事があるから、ゆっくり支度しておいで」
私の頬に口づけをしてルイス様はベットから降りる。恥ずかしくて、私の心臓の鼓動がうるさいくらいに鳴っている。
高鳴る胸に手を当て、ルイス様が普通に歩いている後ろ姿を見て安心した。
(怪我をしてない。良かった)
少しでも、ルイス様の力になれたのだろうか。
これから、この人を守る事が出来るのだろうか。
私は、ルイス様を失いたくない。
自分の気持ちを声に出した時から、ルイス様への想いが溢れてくる。
前は恥ずかしくて、まっすぐルイス様が見る事も出来なかったのに。
(あの背中を抱きしめたい)
今では、こんな事も考えてしまう。
ルイス様は扉の前で急に振り返り、視線が合ってしまった。
ずっとルイス様を見ていた事と、さっきまで考えていた事を思うと恥ずかしくなり、目線が下へ向いてしまう。
クスクスと笑う声が聞こえて、自分の考えてる事が伝わってしまったのでないかと、そっと目線を上げる。
「待ってるからね」
ルイス様はにっこりと笑って出て行った。
私は多分、真っ赤になっている頬を冷ます様に手で仰ぎながら、しばらくその場を動けなかった。
思ったよりも支度するのに遅くなってしまい、急いで食堂に向かおうと部屋を出ると、クリスが立っていた。
「おはよう、クリス」
「サラ様、おはようございます」
クリスの顔が心なしか、元気がない様に見える。
でもそれは一瞬の事で、見間違えかと思うぐらい、いつもと変わらなかった。
「ルイス様が食堂でお待ちです」
クリスはそう言うと屋敷の外の扉に向かって歩いて行く。
「今日も訓練頑張って下さいね」
「はい。サラ様、ありがとうございます」
クリスは振り返りお辞儀をすると、そのまま行ってしまう。
やはり、いつものクリスとは違うように感じたが何も聞けなかった。
変な気持ちを持ったまま、食堂のドアを開けた。
「サラ、待っていたよ」
良い匂いで満たされた食堂のテーブルには、いつもより少し豪華な朝食が置かれている。
「帰ってきたから少し豪華にしてもらったんだ」
テーブルの上には朝食の他に、買ってきた青色のグラスが置いてある。ウーラが置いてくれたのかもしれない。私がルイス様が帰って来たらすぐ使って欲しいと言ったから、気を利かせたのだと思う。
「綺麗な青色だね。これは、どうしたの?」
「ルイス様へのプレゼントです。珍しいディグアラ国のガラスで出来たペアのグラスなんです。綺麗なので思わず買ってしまいました」
ルイス様は手に持ち太陽の光に当てて見る。私の方からもグラスがキラキラと青く輝いて見える。
「本当に綺麗だね。僕の為にありがとう、サラ」
嬉しそうに微笑みながら眺めている。
動機は少し後ろめたいけど、喜んでいるルイス様を見るのは凄く嬉しい。
「寝室のランプも綺麗だったね。温かい感じがするよ」
グラスを見ながら、ルイス様は寝室に置いてあったランプのことを話す。
「私もそう思っていました」
「本当に、ディグアラ国のガラス細工は目を奪われるね。……サラは、ディグアラ国に興味があるの?」
ゆっくりグラスをテーブルに置いて、私の目を見る。
直線的な質問と真っ直ぐな瞳に、後ろめたさを感じる。
もしかしたら、私がディグアラ国について調べている事を気付いたのかもしれない。
悟られない様に、グラスを眺めながら口を開く。
「……いえ。綺麗なガラス細工だと思ったんです」
「そうなんだ。今度、僕も一緒に行こうかな」
「ぜひ、一緒に行きたいです」
ルイス様は微笑み、朝食に視線を移す。
「暖かい料理が、冷めてしまわないように早く食べよう」
話題が逸れた事に胸を撫で下ろす。
ルイス様と向かい合わせで朝食を取りながら申し訳ないと思う。
(ごめんなさい)
今はまだ気づかないで欲しい。
今気付かれては、全てを話さなくていけなくなるから。
過去に来たと言ったら、貴方はどう思う?
もしかしたら、私の事を気味が悪いと思ったり嫌ったりするかもしれない。
だから、その事を話さなくても信憑性が見つかれば、偶然を装って話せるかもしれない。
(もう少しだけ……。気づかないで下さい)
もう少し決定的な何かを見つけることが出来れば……。
私はルイス様と一緒に過ごして行きたい。
ルイス様がいるだけで、私の全ての時間が特別な物になる。
だからこの幸せが、ずっと続きます様にと願わずにはいられない。
向かい合わせで朝食を食べながら、笑顔を私に向けるルイス様と笑い合う。
私はもう、この幸せを手放せない。
朝食が終わり、グラスでお茶を飲みながらゆったりとした時間を過ごす。
ルイス様がいない間に、何をしていたかなど他愛のない私の話を、楽しそうにルイス様は聞いている。
すると、急に大きな音が聞こえ勢いよく扉が開かれた。
「ル、ルイス様。ご、ご無事で」
息を切らしたアースが急いで入って来た。
ルイス様の目の前に立ち頭を下げる。
「アースお帰り。ゆっくり帰ってきて良かったんだよ」
「何をおっしゃるんですか。私達はルイス様をお守りする為に居るんです。1人で居なくならないで下さい」
「僕は無事だよ! ありがとう」
「ルイス様! 無事だから良かったものの……」
「お帰りなさい、アース。長旅お疲れ様でした。ルイス様についての愚痴は、私が聞きますから報告お願いします。サラ様お騒がせして申し訳ありません。さっ、アース行きますよ」
いつの間にか食堂に来ていたガイルが、ルイス様に詰めよっていたアースの腕を取り引き剥がす。
アースも、ハッとしたように私の顔を見て勢いよく頭を下げる。
「も、申し訳ありません。サラ様、失礼いたします」
「私は大丈夫です。気にしないで。報告の後はゆっくり休んで下さいね」
「サラ様、ありがとうございます」
「はい。アースありがとう。ガイル後で」
2人はルイス様の声に急いで出て行く。
ルイス様はにこやかに手を振っていた。
2人が出て行き、その場が静かになる。
「……一人で帰って来たのですか」
私は血の気が引いた。
思わず椅子から立ち上がり声を上げてしまう。
「早く、サラに逢いたかったから」
「何かあったら、どうするおつもりですか」
「僕は大丈夫だよ。ほら、どこも怪我をしてないよ」
私に見せつける様に椅子から離れ、その場で回って見せる。
「僕は一刻も早く、サラを抱きしめたかった。君を感じたかった」
どこか、嬉しそうな表情のルイス様は私に近づき、ギュと少し力を込めて抱きしめる。
「でも、私は……」
「ありがとう。僕を心配してくれたんだよね。でも、ごめん。……不謹慎だと思ってるんだけど、僕は怒ってくれた事が、嬉しくて堪らないんだ。怒ったサラも可愛いね」
嬉しそうな笑顔を見て、これ以上は何も言えずルイス様の温もりを感じるしかなかった。
「……私を置いて、いかないで下さい」
ルイス様の胸の中で小さく呟いた言葉は、貴方に聞いて欲しくて、貴方に聞いて欲しくない言葉。
今が幸せだから思い出す。
貴方が隣にいない空虚な世界を……。
読んで頂きありがとうございました!