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 あれから数日後。

 この国の事を改めて教わろうと、忙しい仕事の合間を縫って私に教えてくれる人を、部屋で待っていた。


 部屋の扉を叩く音がして返事をする。


「はい。どうぞお入り下さい」


「サラ様、お待たせ致しました」


 ルイス様の側近のガイルが入って来た。

 薄いブラウンの髪色にブラウンの瞳。


 ルイス様の元騎士仲間で、ルイス様よりも2歳年上になのに幼く見える。


 ガイルは騎士を辞めて、父親の商会経営の仕事を補佐していた。ルイス様がここに来る時にガイルの能力を欲して側近にと打診したのだ。


 ガイルは面白そうだからと、一緒について来てくれた。

 ガイルが承諾した時の、嬉しそうなルイス様の微笑みは忘れられない。


「でも、急にどうしたんですか? この国の情勢を知りたいなんて。ここ、数日でお変わりになられましたね」


 ガイルは机の上に数冊の本を置くと私の正面に椅子を持って来て座る。


「何も知ろうとはしてなかったから。少しでもルイス様の力になりたくて」


「それは、それは。私は関心を持って頂けると助かります」


「……私が王女だった事、少しでも役に立ちますか」


「えぇ、もの凄く。……正直言うと、ルイス様はサラ様を大切にし過ぎるところがあると思うんです」


「私も思います」


「ですよね。なんか、不思議ですね。……こうやって事務的な事以外を話すの初めてで不思議な感じです」


「……そう、ですね。私も不思議な感じです。ガイルが、ルイス様のお側に居てくれて嬉しいです」


「それは、ありがとうございます! サラ様にそう言って頂けるなんて嬉しい限りです。それでは、始めましょうか」


「はい。お願いします」


 ガイルは、爽やかな笑顔で本を一冊開いた。





 ガイルは、いつもルイス様を側で支えてくれていた。

 お互いに信頼し合えている仲だと、傍から見てもわかった。

 2人の関係は、本当に羨ましかった。私には築けないものだから。


 そして私は、ガイルにいつも助けてもらった記憶しかない。

 貴方が亡くなり、私が領主になるとガイルは領民の為に私が行わなけなければない仕事を殆ど担ってくれた。


 貴方が亡くなって、一度泣いたきり私は泣かなかった。

 領主としてしっかりしなくてはと、ガイルに教わりルイス様の行なっていた仕事を覚えようとした。

 殆どはガイルが行っていたが、少しでも良いから関わりたかった。


 泣いてはいけない。悲しい顔をしてはいけない。そう思いながら1週間、1ヶ月、3ヶ月と貴方の居ない時は過ぎて行く。


 夜はルイス様を思い眠れない日々を送る。

 昼は慣れない仕事を覚える為に必死に机に向かう。


 多分、気を張り詰めていて心も体も限界に来ていた。

 見るに耐えなかったのかも知れない。

 ガイルがある時呟いた。


『サラ様はこれ以上、我慢しなくていいです。頑張らなくていいです。思いっきり泣いて、思いっきり悲しんで下さい。それを表に出せない者の分まで……。お願いします。……私が救われますから』


 そう、悲しそうに笑った顔が頭から離れなかった。


 そして、私はその言葉がガイルの涙の様な気がして、ずっと張り詰めていた糸が切れるように涙が溢れ止まらなかった。


 私もガイルのその言葉に救われたのだ。





 ガイルから国の歴史を学んだ。ウーラにも教えてもらったが、ガイルの視点がウーラと違った考え方で面白かった。


「という訳で、この国グロンドはディグアラ国とリィーモント国に囲まれている状態です。ルイス様の活躍によって長年続いた三つ巴だった戦は3年前に終わり、どの国とも同盟を結んでいます。当たり前ですが侵略侵攻は禁止です。まぁ、今の関係は悪くはないです。今はですけど……」


 ガイルは地図の海を指差し、海の先にある大陸を指先で叩く。


「この国は海に面しているので、他の大陸からも狙われやすい。ですが、この国の貿易力と交渉力が高いです。それに、国王は他の国から王女を娶り侵略されない様にしてます」


 ポツリと『私には考えられませんね』と小さな声で呟く。


 本当にその通りだと思う。

 私の下には幼い王子や王女がいるが全て母親が違う。私みたいに塔に追いやられてはいない事が幸いだと思う。


「なぜ、母はあの人に嫁いだんでしょうね」


「サラ様?」


「何でもないんです」


 ガイルは、私の声がはっきり聞こえなかった様で、不思議そうな顔をしていた。


(……思わず口に出してしまった)


 ずっと思っていた疑問。

 この疑問は、亡き母にしか答えられない。


 母は没落した公爵令嬢だった。


 国王は没落したお祖父様やお祖母様に援助はしなかった。そういう約束だったとお祖父様に聞いた。


 出会いの経緯も結婚した経緯も教えてはくれなかった。聞かせられない何かがあるのか、それとも国王の気まぐれだったのか、今となっては知る方法は不可能に近い。


 ただ言える事は、私が生を受けたということだけなのだ。


 私は街でひっそりと暮らしていたお祖父様とお祖母様に、何度も塔を抜け出して会いに行った。


 母は身体が弱かったから、私の事もいつも心配していた。

 あの頃の2人の笑顔を思い出すと貧しいながらも幸せに暮らしていたと感じてる。


 しかし、私が10歳の時に病気でお祖母様が亡くなり、お祖父様も後を追う様に亡くなった。


 もっと一緒に居たかったと、いつも思ってしまう。

 一度、思い出してしまうと、考えない様にしても頭の中で考えてしまい寂しくなる。


 気分を変える為に、ガイルに気付かれないように、小さくゆっくりと息を吐く。


 今は考えなければない事があるのだ。


「ガイル」


 あの国の事を聞かなくては……。


「……ディグアラ国は本当に戦を望んでいないのですか」


「ディグアラ国ですか?何度も言いますが、今ところは考えてはいません。『今の国王』は、と言ったほうがいいですね」


「では、次期国王は考えているのですか」


「えぇ、多分。同盟など組む必要はないと、ディグアラ国王と対立していたと聞きました」


「……そうですか」


「一時期、リィーモント国に侵略の構想を立てていたと噂が流れていましたね。まぁ、ジェイズ王子が次期国王になるにはまだまだ時間はかかると思いますよ。ディグアラ国王は健康が取り柄だと有名なので」


 ガイルは苦笑いをしながら、机の上にあるディグアラ国の資料をパラパラと捲る。


(ディグアラ国の次期国王、ジェイズ王子)


 ジェイズ王子は偶然に遠くから見た記憶がある。

 同盟に関して話し合う為に、ディグアラ国王と一緒に城に来ていた。


 確かに、ディグアラ国王とは違い交友的な表情はしていなかった気がする。

 遠くからでも分かる鋭い目つきで、城の中を見ていたのも印象的だった。

 物陰に隠れて見ていたが、一瞬目があった気がしてすぐ塔に戻ったと記憶している。


(あの視線はあまり良いものではなかった)


「そういえば、サラ様はにジェイズ王子と面識がお有りですか?……年齢も十も離れていて、面識なさそうですよね」


「昔……私が遠くから見ただけです。一瞬だったので面識とは言えませんが」


「……そうですか。一瞬でも見てしまうと、サラ様が王女だとはわかりますね」


 私が分からず首を傾げていると、ガイルは私の髪を指差す。国王と同じ髪色だったと思い出した。


「なんか話がズレてしまいましたね。さっ。今日はここまでです」


 ガイルは持ってきた本を片付け始めた。


「また、知りたくなったらおっしゃって下さい。私の答えられる範囲でお話しさせて頂きます」


 ガイルは何冊か机に置いて、笑顔のまま部屋を出て行った。


 私はガイルが置いて行った本を開く。


 戦の時のディグアラ国はジェイズ王子が王座に就いていたはず。

 ディグアラ国王が健康が取り柄だったなんて。


 その事を知っている者なら、誰が見てもジェイズ王子は国王を……。

 その事について、この国の誰かがジェイズ王子に苦言を言った可能性もある。


 もしかしたら、ジェイズ王子を止める事が出来れば戦は起きないかもしれない。


(もう少し詳しく調べたい)


 これ以上、ガイルに聞くと不審がられても困る。


 確か、ディグアラ国に繋がりがある商会が、街に店を持っていたはず。

 どんな理由ならば怪しまれないかとか、いつ街に行こうかとか考える。


 私は少しの希望を持ち、夕陽の光が降り注ぐ外の空を窓越しに見上げる。


 ルイス様が無事なのを祈り目を閉じる。


 ルイス様が王都に向かってから、まだ1週間しか経っていないのに恋しくて仕方がない。

 無意識に耳に付けていたルビーのイヤリングを触ってしまう。


「逢いたいな」


 呟いた声は逢いたい人には届かなくて、胸の奥が痛くなった。






読んで頂きありがとうございました!

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