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夢の中に住んでから1週間が経った。
夜寝るたびに、この夢が終わるのではないかと思いながら、ルイス様の温もりを感じ目を閉じる。
朝起きて隣にいるルイス様を確認する。
「ん……おはよう、サラ」
「おはようございます」
(寝ぼけた笑顔が可愛らしい)
ルイス様の笑顔を見て、まだ夢の中なのだと認識し安堵する。
夢の中は現実と相違はない。
ルイス様のご好意で、行き場を無くした乳母のウーラも塔で一緒に暮らした侍女も、一緒にこの屋敷で住んでいた。
私の記憶より少し若い姿を見て、少し懐かしく思ってしまった。
そして最近では、ルイス様を亡くした世界が夢の中なのでないかと思うが、私の過ごした出来事は夢の世界でも起きている。
私は確実にルイス様を亡くした世界を生きていた。
今日だってルイス様は、王都に行き隣国との関わり方について助言する為、国王に謁見するのだ。
出発する準備も整い、今まさに馬に乗ろうとしている。
2週間の予定が1ヶ月に延びるだろう。あの時の私は、早く逢いたくて眠れない日々を過ごしていた。
そして……。
「サラ、どうかした?」
「……いえ。ルイス様と離れるのか寂しくて、少し想いにふけておりました」
「僕も寂しい。早く帰ってくるからいい子でね」
そして、貴方は肩に怪我を負ってしまい療養の為、帰って来るのが遅くなったはず。
重傷ではなかったが、貴方が傷を負う姿は夢であっても見たくはない。
私はルイス様に近寄り、そっと肩に触れる。
「ルイス様、怪我をしない様に気をつけて下さいね」
「サラ、心配しないで。大丈夫だよ。僕は怪我なんかしないよ」
「……はい」
「ちゃんと気をつけるから、そんな悲しい顔しないで。王都に行けなくなってしまうよ。……サラ。ほら、笑って」
ルイス様は両手を頬に触れた。その手は温かくて、ルイス様の笑顔につられて私も微笑む。
「サラは、どんな表情でも可愛いけど、今は笑顔を目に焼き付けておきたいんだ。ありがとう」
「私も、ルイス様の笑顔を目に焼き付けます」
ルイス様は嬉しそうに私の頭を撫でる。
私は貴方の言葉をずっと信じられなかった。
だから、私の気持ちを言葉にしたら貴方の重荷になるのではないかと何度も思っていた。
でも、それはもしかしたら間違いだったのかもしれない。
(今気づいたとしても貴方は居ないのに)
目の前にいる夢のルイス様は本物じゃない。
だけど、私にとって愛しい人。
「それじゃ、行ってくる」
「ルイス様、行ってらっしゃいませ」
ここでは、後悔しないように。
いつ、現実に戻っても良かったと思えるように過ごそう。
貴方が亡くなるのは、1年半後に起こる隣国との戦。
仲が良かった両国が、何かをきっかけに仲違いになってしまった。
こちら側に原因があったと、難しい顔をしてポツリと呟いていのを聞いた。
戦の初めは、この国が優勢だった。しかし、何かが起こって劣勢になり貴方が指揮を取る事になった。
結婚した時に、領土でゆっくりと幸せに過ごしたいと言っていた貴方。
本当は戦など無くなればいいと願っていた貴方が、どんな思いで戦場に向かったのか想像も出来ない。
平和な世界が来るように、国王に進言していたのに……貴方のその願いは叶わなかった。
戦地へと向かう朝。
「愛しているよ」
と言って、私の答えを貴方は待っていた。
しかし、貴方の言葉に返せず無言の私に困ったように笑い、私の頭を撫で馬へと向かう。
その後ろ姿を見ている私は、貴方に対してどんなに薄情だったのか。
私は最後まで貴方に、愛してると伝える事が出来なかった。
あの時が最後だと知るのは1年後。
国の勝利宣言と共に来た、貴方だった証の一部の骨と結婚指輪だった。
戦からそのまま屋敷に来た、貴方を慕っていた騎士の方から差し出される。
白く少し潰れ汚れた箱に入った、小さくなった貴方と左の薬指にいつも身につけていた形の変わった結婚指輪。
「申し訳ありませんでした」
貴方は、多くの騎士を守る為に命をかけた。
最後の手段で1人で敵陣に入っていったのだと。
そのおかげで突破口が開き戦に勝利したのだと。
戦地は爆撃などで焼け野原になり、騎士たちが貴方を探して見つけたのは、箱に入っている貴方の一部と指輪だけだった。
正直、そんな言葉なんて聞きたくなかった。
聞きたくなんかなかった。
「ルイス指揮官から伝言がございます」
傷だらけの手に握らていた手紙を受け取る。
綺麗な貴方の字が所々滲んでいる。
『この手紙を見ているという事は、僕は君の元に帰れない。ごめんね。サラの側を離れる事を許してほしい。僕と居て少しでも幸せを感じてくれたのなら嬉しい。サラの恥ずかしくはにかむ笑顔が好きだよ。ありがとう。ずっと愛しているよ』
手紙の端っこに小さく書かれた乱れた文字が胸を締め付ける。
『サラに逢いたい』
待ち望んだ貴方の笑顔は、もう2度とこの目に映せないのだと、箱に入った貴方を抱きしめて泣き叫んだ。
もうあんな思いは、夢であってもしたくない。
屋敷にいても何も変わらないのなら、街に出てみようと思った。
護衛が何人か付き、乳母のウーラと一緒に出かける。
王都には到底比べものにならないぐらい違うけど、それなりに活気付いている。
領土で取れた野菜や果物、肉や魚が店に並び、奥からは食欲をそそるパンのいい匂いが街の中を漂う。
服や装飾品が並び、買い物をしている人たちで賑わっていた。
まだまだ発展途中の街はこれからもっと活気付いていく。
街中を歩いていると見覚えのない店がある。
何度もこの場所を歩いた時は、普通の民家があった気がする。
心の奥がざわつく。
「サラ様どうしたんですか」
「この店はどんな店なの」
「……確か、占いの店ですね。侍女の中で当たると言ってましたよ。興味ありますか」
「そうね。少し気になるの」
店の窓からは赤い髪の女性が、私を見ていて視線が合う。
「まだ、時間はありますから入ってみてもいいと思いますよ」
店の前に行くと、店の中に居た女性が出て来た。不思議な笑みを浮かべる。
護衛たちは警戒するが、女性は知らぬ顔で私に話しかける。
「貴女なら歓迎します。お連れ様は、少し外でお待ち下さい。公爵夫人を、危険な目に合せませんよ。ご安心下さい」
女性はそう言うと、有無も言わさず私の腕を引いて店の中に入ろうとする。
「大丈夫だから待ってて」
追いかけようとしたウーラや護衛たちに声をかけ店の中に入る。
女性はルナと名乗り、私を椅子に座らせた。私と対面するようにルナも座り、私の顔をジッと見つめる。
「貴女、本当に珍しい星の巡りね。悲しい運命と幸せな運命が絡み合っている。……そうね、絡み合った糸が解ける時、貴女に新たな道が開くでしょう」
「それは、どういう事ですか。私は……」
「……自分が今考えている事を信じて。貴女はもう目覚めているのだから……」
占い師が微笑むと、暖かい風が私を包み、次の瞬間には店の外に出ていた。
ウーラや護衛たちは、普通に店から出て来たと思っているのか、驚いた様子ではなかった。
私は1人で、不思議な言葉と不思議な出来事に少し混乱する。
ルナの言葉が頭の中を駆け巡る。
『貴女は目覚めているのだから』
(ここは夢ではない? ……私は過去に来ているの)
混乱して自分が思った、にわかに信じがたい言葉に自分でも驚いてしまう。
(こんな小説みたいな話……)
本当なら信じない。でも……。
(……信じてみよう)
隣国との戦が起きなければルイス様は生きていける。
私の微々たる力じゃ、戦を止めることなんて出来ないのは理解してる。
それでも、何もしないでいるよりも、出来る事をして少しでも変わる未来があるなら、私は足掻いてみたい。
そう思った時、暖かい風が優しく触れた気がした。
読んで頂きありがとうございました。