第五章 泥かぶりな三日目(午前)
ナベールでの銅二十一小隊としての初任務の後。
私が目を覚ましたのは、小隊の控室でも、治癒師の寮の自室でもない、見慣れない部屋だった。
――知らない天井だ、とか言ってる場合じゃない。
「……で……だし……」
「ああ、だが……」
近くで誰かの話し声がするが、まだきちんと頭が働いていなくて、切れ切れにしか理解できない。頭の芯にじくじくとした痛みがあるから、このせいもあるんだろう。
これ、もしかしなくても魔力の使いすぎだ。割れるような頭痛や、ひどい吐き気とかはないから、欠乏症まではいってないと思うけど、あれだけ魔法を連発した事を考えると、この程度の影響が出るのは当たり前だ。
更に、目は覚めたけど、瞼を開けるのさえ億劫……こっちは、身体的ブーストの余波だと思われる。普段から体を鍛えている騎士さんとは違い、唯の治癒師がブーストかけた状態で長時間走り回れば、そりゃ体力も底をつく。
ただ、周囲の様子はあまりわからなくとも、記憶の方はしっかりしてるようで――って、うわぁぁっっ!
や・ら・か・し・た!
帰還する前に気絶するってなによっ!? 帰り道だって、絶対に安全ってことはないんだよ。
ゲートでもどって、報告書を書くまでが任務です。
なのに、そのゲートをくぐるどころか、まだ現地だというのに気絶するとか……これ、絶対始末書ものだ。
しばらく始末書なんて書いてないけど、書式覚えてるかしら……?
そんなことを考えながら、寝たふり――ではないが、疲労がひどすぎて身動きできない――していると、だんだん周囲の音も認識できるようになってくる。
「……のブーストだが、前に掛けられた時より、格段に体が軽くなったのは何故だ?」
「ああ、そりゃ、術のレベルが違うんスよ」
「治癒術以外にもレベルがあるんだ?」
「そりゃ、有るっスよ。ただ、普通の治癒師は通り一遍の事しか学ばないんで、使えても最低レベルってだけです」
この声は隊長とサーフェスさん、それにメレンさんかな。
「ってこたぁ、この姉ちゃん、そこそこ使えるってことだな」
「そこそこ? ……いや、それ以上」
パランさんとザハブさんもいたわ。全員揃い踏みで何してるんだろう?
というか、なんかこの会話、私の事のような……?
「今日、この子――シエルは『浮遊』の魔法を使いましたよね。あれ、攻撃力がないせいで区別が曖昧だけど、どっちかというと魔術師の領分なんスよ――あ、俺は覚えてないっスよ。そんなもんに魔力使うなら、火球をもう一個ぶち込みたいんで」
「はぁ? この姉ちゃんは治癒師だぜ? なのに、なんでそんなもん、覚えてんだよ」
「そんなの俺が知るわけないっしょ――普通に考えて、養成所で覚えたんじゃないっスかね? あそこ、やる気のある生徒には結構、融通利かせてくれるらしいっスから」
サーフェスさん、よく知ってるな。確かにその通りで、少しでも役に立ちたくて、というか、立てたくて。いろんな先生に頼み込んで、習得が可能なのは片っ端から覚えていった。
女のくせにガツガツしすぎてるって、同期の連中には引かれたけど、タダで教えてもらえるんだよ。貧乏性だとか、あさましいとかあれこれ言われても、何も響かない。というよりも、何で皆、習おうとしないのか不思議だったさ。
「あの分なら、まだまだ隠し玉もってそうっスよね。俺、楽しみになってきました」
「おい、あまりお前ひとりでこき使うんじゃないぞ」
「わかってます。でも、ほら、もしかして、魔力回復だけじゃなくて、威力増幅とかもかけられたりしたら……ウヒッ、ククク……ッ」
いやいや、それ、かけるのに物凄く魔力使うから! 一人に掛けるだけで、半分以上持ってかれるから!
と、このあたりで、やっとこ気が付く。
――これはもしかして、盗み聞きというものなのではあるまいか?
マズい。そのつもりはなかったにしても、これはマズい。
慌てて、こっちが起きてることを知らせようとするが……体に力が入らない。
声を出そうとしても、蚊の鳴くような声しか出せない。
おねがいだから、気が付いてっ!
じたばたと(精神的に)足掻いて、ようやく隊長が気が付いてくれた時には心の底から感謝した。
「何だ、目が覚めていたのか」
「ぅ……い……」
一応『はい』と返事をしたつもりだったんだけど、妙なうめき声にしかならない。
「少し待て――メレン」
「はーい」
隊長がメレンさんの名前を呼んだすぐ後に、寝ていた背中に腕が差し入れられる。
その腕に力がはいると、ぐいっと上半身を起こされ、ほとんど同時に口元に何かが宛がわれた。
「とりあえず、それを飲め」
喉が渇いていたし、なんか盛られるとも全く考えてなかったんで、素直に口を開ける。
が、一口嚥下したとたんに、口中に広がるなんとも言えない青臭さと、苦みと、エグ味に直ぐにその正体に気が付く。
これ、活力ポーションだ!
ってことは――今更ながら、目だけを動かして周囲を確認すると、壁際にはいくつもの薬棚があり、その上には乾いた薬草や、干物と化した動物(魔物)の一部がつるされていた。
うん、ここ、救護室だね。久々に来たわ……。
治癒師は外傷を治す。なら、内蔵系の疾患はどうするかといえば、それは薬師の仕事だ。
魔術じゃないのか、と言われそうだが、一応そっちもある。ただ、神聖術になるので、使えるものが非常に限られてくるんだよね。
神聖術というだけあって、神職の方々がその使い手ではあるが、全員が全員というわけでもない。修行を積み、徳を重ねた方にのみ可能になるらしく、一つの街に一人いれば御の字。へたをすると二つ三つ隣の町まで行かなければ、お目にかかれなかったりするのはざらだ。
いくら王立の騎士団とはいえ、そのような貴重な方を専属にはできない。重症な場合は、わざわざそこまで出向くこともあるけど、とんでもない額のお布施が必要になる。
なので、薬師の出番と相成るわけである。ちなみに、薬師は各ランクに一~二名で、普通は救護室をその根城としている。
勿論、薬師の仕事は内蔵系の治療だけではなく、治癒術では対処できない諸症状にも対応する。その一つが体力回復であり、それの特効薬が数種類の薬草とよくわからん動物性素材で作られる『活力ポーション』という水薬なのだ(以上、説明終わり)。
何度か飲んだことがある『活力ポーション』だが、相変わらずひどい味だ。良薬口に苦しとは言うけど、もうちょっと飲む方の身になってほしい。だけど、効き目は大したもので、数分もすると、なんとか体を起こすくらいはできるようになった。
そこで、私が何をしたかといえば――。
「もうしわけありませんでしたっ!」
出来ればスライディング土下座くらいはしたいところだったけど、そこまで体力が回復していないので、ベッドの上で深々と頭を下げる。
「おい、姉ちゃん。いきなり、そりゃ何の謝罪だ?」
「任務の途中――帰還前に気を失ってしまったことについてです! ご迷惑をおかけし、本当に申し訳ありません!」
言いたいことは山ほどあるが、それでも落ち度は落ち度だ。頭を下げた状態でお詫びをして、そのままの姿勢を維持する――正直、今の体力ではかなりきついが、謝罪の気持ちを表すためには必要だ。
「……良いから、顔を上げろ。ついでに、きちんと寝ろ」
そんな私の後ろ頭に、ぽんぽんと優しい感触があり、次いで、先ほどとは反対に強引に体を横たえさせられた。
「隊長……」
「詫びるのは、こちら方だな。お嬢――シエルが食らいついてきたんで、つい調子に乗った」
「そんなこと……っ」
ない、とは言えなくて、尻すぼみ発言になってしまう。正直者ですみません。
「以前は銀五の専属だったそうだな? 確かにその実力はある――いや、それ以上だ」
「隊長。それ、俺のセリフ……」
「そこ、つっこむんじゃないよ、ザハブ。でも、ホントによくやったと思うよ」
「なぁなぁ、それより! あれだけ実力があんだから、もっとなんかできるでしょ? 他にどんな術が使えるのか教えてほしいっス!」
褒められてないんで、その辺でやめてください。どんな顔をしたらいいのかわからなくなる。
口々にそんなことを言う皆さん(パランさんを除く)は、まだ泥まみれのままだ。
私も、一番上にきていたローブは脱がせてもらってるけど、やっぱりあちこち泥まみれ。
よくこんな状態で救護室に入れてもらえたな――というか、本来の主である薬師さんたちはいずこへ?
「連中なら、そんな不潔な状態で部屋には入れられんとかなんとか、ふざけたことをぬかしやがったんで追い出した」
きょろきょろと辺りを見回す私に、パランさんが言う。
この人、意外と人の行動をよくみてるのよね。
しかし、追い出した? もしかして、物理的に?
薬師さんたちの主張もわかるし、私に気を使ってくれた(んだよね?)のみんなの気持ちもうれしいし、どうしたもんか……仕方ない。あとで、薬師さんたちに手土産もって土下座に行こう。次から門前払いでも食ったら大変だし。
「そういうわけで、まだしばらくは寝ていろ。動けるようになったら寮まで送る」
「いえ、そこまでしていただかなくても……ここからならすぐに戻れますし」
「ふらついて転んで、頭でも打ったらどうする。文句を言わずに送られろ」
そして、隊長は実は結構なフェミニストだったようだ。言葉はぶっきらぼうだけど、ちゃんと心配りをしてくれる。
この人たちに会って、まだたった一日しか経ってないけど、最初の印象とはかなり違ってきたな、と思う。他の三名についてはまだ不明だけど、もしかしなくても意外な属性持ちだったりするんだろう。
そんなことをつらつらと考えているうちに、ポーションの効き目のおかげでベッドから起き上がることができた。その後は言葉通り、隊長が送ってくれて、自室の前でもう一度お礼を言って別れて――部屋に入った途端に、銀の個室とは違い、ここはシャワーが付いていないことを思い出した。
この泥だらけの状態で、シャワーを浴びずに寝るという選択はない。
ここまで移動するにもかなりの体力を使ってしまったため、文字通り這うようにしてシャワー室に向かい、力を振り絞ってまた戻り、髪を乾かす余裕もなく寝台に倒れ込んで。
朝まで、夢も見ずに爆睡した。
翌朝、いつもの時間に目が覚めた自分をほめてやりたいと思います。
ただし、髪の毛はぼさぼさで、体の芯にはまだ重怠い疲れが残ってる。まぁ、昨日はあんなだったし、仕方がないことだ。
ただ、せっかくいつも通りの起床だったにもかかわらず、寝癖を直すのにえらいこと時間がかかり、朝食を取りに寮の食堂へ行ったときには、もうほとんどの人が済ませた状態だった。
「よう、泥かぶり! 遅い登場だな」
それでも無人というわけではなく、数人が残っていたんだけど、その内の一人が私に話しかけてきた――というか、何かを売りつけようとしてるようだ。
「おはようございます。遅いと言われますが、まだ食堂は開いてますので問題はないかと」
声をかけてきた相手には見覚えがある。私と同じ養成所出身で、三年ほど先輩になる男性。名前は――確か、エイル、だったと思う。
私の三年先輩ってことは、もう年季は開けてるはずなんだけど、まだいたんだ、この人。
「はっ! さすがに、銀五の治癒師様は、言うことがしゃれてらっしゃる――おっと、今は半端者の二十一小隊、泥かぶりだったなぁ」
二年前に銅にいた頃も思ったが、性格の悪さは相変わらずのようだ。ついでに頭の悪さも……。
今の私の発言の、どこに『しゃれた』要素があるんだよ。それっぽい表現を使えば嫌味になると思ってるのかもしれないが、意味不明すぎだろう。そして、その後の発言も事実を言ってるだけなので、やはり私にダメージはない。
こういう手合いは放っておくに限る。
その後も、なんだかんだと言っていたようだが、少し大きな独り言だと思えばいい。ついでに、『ああ、寂しい人なんだな』と同情してやればもっといい。
私は昨日は昼も夜も抜きなんだ。雑音にかまけてるより、朝ご飯を詰め込む方がずっと重要なんだよ。
そうやって、無視したまま朝食をとり終えて、食堂を出ていこうとした私の耳に、捨て台詞と共に舌打ちの音が聞こえた。
「ちっ、女のくせにすかしやがって……」
舌打ち、といえば、このところパランさんのを聞いていたせいなのか、妙にその音色(?)が気になった。
まさか、舌打ちにも上手と下手があるとは思わなかったよ。上手なのは、当然だけどパランさんの方ね。
ほぼ上限まで朝食を詰め込んだおかげで、やっとお腹の底から力が沸いてくる気がする。
ダイエット? それ、どこの国の言葉ですか?
そして向かうのは、当たり前だが二十一小隊だ。
ところが――。
「あれ、シエル。どしたの?」
昨日よりもやや早め。しっかりと定時前。
なのに、隊室にいたのはメレンさんがお一人だけ。
「えっと、他の方は……?」
「え? 今日、俺らの隊は非番だから誰もいないよ」
「……え?」
……しまった、ここのシフトをまだ確認していない。飛ばされる前の日に自分が非番だったから、なんとなくそのまま来てしまってたんだが、考えるまでもなく、こっちにはこっちのシフトがある。
うわ、なにそれ? そんなことなら、二度寝ができたのに――いやいや、それをやったら昨夜の夕食ばかりか、今日の朝食も食いはぐれるところだったから、それは結果オーライとしよう。
しかし、だ。
「お休みなのに、なんでメレンさんは居るんですか?」
「あー……」
私としてはここで会えてラッキーだったが、普通に考えればこれっておかしいよね? そう思い、尋ねてみたら……なんか、とっても恥ずかしそうな顔をされた。
なんで?
「いや、その……ここって、あんまりきれいじゃないよね?」
「あー。まぁ――そう、ですね」
私の答えが微妙になるのは、ここが『あまりきれいじゃない』じゃなくて、『とっても汚い』からです。正直者でごめんなさい(二回目)。
「だよね。俺らだけの時は特に気にしなかったんだけど、ほら、その……シエルが来たじゃん?」
「……もしかして、掃除をするつもりだったんですか?」
「シエルが初めてここに入ってきたときに、物凄い顔してたからね。あんな顔をされるほど散らかってるのは、やっぱりまずい――ってことを、改めて認識させられてね」
そんなすごい顔をしてたのか、私……しかし、メレンさんのその気持ちはありがたい。
ここの事を『散らかってる』程度だと認識してるらしいのはさておいての話、だけど。
「それで、メレンさんが一人で片付けようとしてたんですか? 他の方は?」
「俺がそう思ったからって、隊長たちを巻き込むのは違うよね?」
つまり、この魔窟を一人で掃除してくれようとしていた、ということか。
なんていい人なんだ、メレンさんって……っ。
なんで、こんなところにいるのか不思議だよ――まぁ、それを言うなら私もか。もしかして、メレンさんも私みたいに、知らない間にトラブルに巻き込まれでもしたのかな?
訊ねてみたい気もするんだけど、そんな個人情報にまで踏み込むには、お互いの距離感ってやつが邪魔をする。そんなことを気にするのは私だけかもしれないけど、まだそこまで気心が知れていないというか……ってことで、よし、決めた。
「私、今日が非番だってこと知らなかったおかげで、この後、何も予定がないんです。良かったら、私にも手伝わせてください」
「え? だけど、シエルって昨日、ぶっ倒れたばっかでしょ?」
それは黒歴史なんだから、掘り返すのはやめてください。
「活力ポーションを飲みましたし、一晩ぐっすり寝たんで大丈夫です。どうしても気になるのなら、とりあえず今日はお昼までってことにしませんか?」
「俺もそのくらいで切り上げるつもりだったから、構わないけど――ほんとに大丈夫?」
「ええ」
きっぱりと答える。
メレンさんとの距離を詰めたい(恋愛的な意味は全くない)のもあるけど、一番の理由としては、彼だけに任せておいても、それほど劇的な効果は認められないだろうと思われるからだ。
だって、ここを『あんまりきれいじゃない』『ちょっと散らかってる』とか表現しちゃう人だよ。
「それじゃ、ゴミを片付けることからやりましょうか――私だと捨てていいのかわからないのもあるので、まずはメレンさんに仕分けしてもらっていいですか? その間に、私はゴミを入れる袋をとってきます」
隊室は、そこをつかう隊員が掃除をすることになってる――だからこそ、こんな魔窟が生成されちゃったわけだけど、その掃除のときに出たゴミは、集積場に持っていくとまとめて処理をしてもらえる。そのため、集積場にはゴミを入れるための丈夫な布袋や、箒や塵取りなんかも置いてある。
このあたりの事情は、銅も銀も同じだし――さすがに金は専門の掃除人がいる――そもそも私は銅へは出戻りだ。集積場の場所もわかるし、掃除用具の在処も知ってる。
布袋はとりあえず十枚、それと箒を二本と塵取りをもって隊室に戻ると、そこにはすでにこんもりとしたゴミの山ができていた。
「戻りました。メレンさん――これ、捨てていい分ですよね?」
「お帰り、シエル。そうだね、そこのは大丈夫」
確認をとってから、片っ端から袋の中に詰め込んでいくと、直ぐに一杯になる。
次の袋の口を広げて、同じ作業を繰り返しながら、部屋の様子に目をやれば――
「メレンさん、そっちの隅っこの酒瓶、必要なんですか?」
「え? ああ、これ? いや、瓶ごと買うより量り売りの方が安いから……」
「だとしても、そこまでの本数いりませんよね。っていうか、隊室で酒を飲むのを前提にしてることを、まず突っ込みたいんですけど?」
治癒師がいなかった時に、痛み止めにしていたとしても、今は私がいる。
「……そう言われればそうだね」
はい、これもゴミ袋行きが決定です。
判定の甘いメレンさんに何度か突っ込みつつ作業を続けていると、十枚あったゴミ袋があっという間に一杯になる。それでも、まだまだ室内は混沌を極めており、集積場とここを何度か往復することになってしまった。
そして、ようやくゴミがなくなった後は、床や壁、机や椅子のこびりついた汚れを落とす作業が待っている。やはり掃除道具置き場から持ってきたバケツに水を汲んで、濡らしたモップや雑巾でひたすら擦る。
年季の入った汚れは一度や二度では落ちないが、真っ黒になったバケツの水を、これまた何度か取り換えているうちに、少なくとも触れるのを躊躇う状態からは脱却できた、と思う。
「……すごいな、ここがこんなにきれいになるなんて」
正午を知らせる鐘の音が響くなか、メレンさんがしみじみという。
「メレンさんが手伝ってくれたおかげですよ」
持ち込まれていた個人の物(メレンさん所有を除く)には、まだ手を付けられないが、それでもかなり『マシ』になったのは私も認めるところだ。
最初に言っていたのとは逆に、いつの間にか私が主導でメレンさんが手伝いになっていた事には、突っ込まないでほしい。
「さて、ちょうど昼だし、今日はここまでにしておこう」
「ですね」
さすがに疲れた。朝、あれほど詰め込んできたというのに、お腹も減ってきている。
私は知らなかったが、今日は非番なのだから、昼はどこかに食べに行くのもいいかもしれない。
そんなことを考えていたら、メレンさんから昼のお誘いを受けてしまった。
「シエルに予定がないんなら、昼飯、一緒にどう? 旨い店を知ってるんだ」
「良いですね、お付き合いさせてください――あ、勿論、割り勘で」
「いや、誘ったのは俺だし――」
「いえ、こういうのはきっちりしておいた方がいいんです」
そんなやり取りをしばらくした後、最終的にメレンさんに『手伝ってもらったし、俺の方が先輩だから』と押し切られた。
「シエルは珍しいタイプだね。普通は、ここまで手こずらないよ」
「可愛くない女ですよね、すみません」
「いや、最初からおごってもらうのが当然だって態度より、よっぽどいい」
少し遠い目をしながら言われたが……なんか、トラウマでもあったのかな?
そして、連れて行ってもらったメレンさんおすすめの店は、彼の言葉通り、きちんと美味しかったです。