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おまけ 『女神の鉄槌』にて祝勝会が催されました

す〇と〇さん、みてるかーい?w

「ドラゴン討伐成功に乾杯っ」

「泥かぶり改め『竜燐小隊』に乾杯っ!」


 本日、『女神の鉄槌』は貸し切りです。

 祝勝会(?)を開くならここしか浮かばなくて、ダメ元で女将さんにお願いしたら笑顔で承諾してくれました。

 メンバーは『泥かぶり』の面々と、デルタさん。そして、王城内勤騎士団のカーンスさんも参加してる……なんで?

 まぁ、それともかく、宴会は盛り上がっております。

 最初こそ、隊長の祝辞(超短い)と乾杯の音頭で始まったけど、その後はもうカオスです。

 東のセイシュにショーチュー、こっちではおなじみのエールにワインに火酒と(下戸のデルタさんのためのノンアルコール飲料と)ずらりと並び、各々が好きなものを手に取っては、そのたびに『乾杯』の声が上がってますよ。


「報奨金にかんぱーいっ」

「気前のいい王家に乾杯~」


 あれとこれとそれと、あっちと、それから……とにかくお祝いすべきことがいっぱいあって、何度乾杯してもネタが尽きないんだよね。

 お料理だって、お店で一番大きなテーブルの上に、女将さんが腕を振るってくれた品々が所狭しと並んでる。私の大好物の『黄金鯛の煮つけ』も、今まで見た中で最大級のサイズですよ。これ、いったいいくらするんだろう……ついお値段を考えてしまう私は小心者です。まぁ、もらった報奨金があるので、お高くても払えるくらいには懐はあったかいんですけどね。

 そのほかにも本当に盛沢山で、中には私がまだ見たことのない料理もあった。

 おかみさんが言うにはおめでたいとき――東の大陸で新年のお祝いに作るもんだそうだ。


「お節、っていうんだよ。今は正月じゃないが、めでたいことには変わりないからね」


 一つ一つにおめでたい理由付けがあるらしいが、そういう難しそうなことはさておき、どれもホントにおいしいです。ありがとう、女将さん。

 おいしいお酒においしいお料理……ほんとに生きて戻れてよかったよ。



「シエル。ちゃんと飲んで、ちゃんと食べてるかい?」

「はい、女将さん」


 一通り、酒と料理を並べた後は、女将さんも私たちの輪の中に入ってきてくれてる。

 何せ、今回のドラゴン討伐の陰の立役者ですからね。

 女将さんが隊長に昔話をしてくれてなかったら、私たちは今、ここにいることができなかったかもしれないんだ。それを考えると、どれほど感謝してもし足りないよ。


「どれもすごくおいしいです! それから……本当に、ありがとうございます」

「そりゃよかった――あたしに礼なんざ必要ないさ。シエル達が頑張った結果だろう?」


 鷹揚にうなづいてくれる女将さんは、私の言いたいことをちゃんとわかってくれている。それがまたうれしくて、おめでたい席だけど涙が出そうになる。もちろん、ほんとに泣いたりはしないけどね。

 ちょっとだけうるんだ目を、女将さんは見ないふりをしてくれた。

 こういうところも、『できるいい女』って感じだよね。

 私と女将さんでは実力がまるで違いすぎるけど、これから先もがんばったら、少しは近づくことができるかな……って、そうだ。そういえば――。


「あのですね、女将さん。ちょっと聞きたいことがあるんです」


 女将さんは、かつて東の大陸で有名な冒険者だった。そんな女将さんなら、もしかして『あの時』私に起きた現象についても知ってるかもしれない。


「ドラゴンに弱体化の魔法をかけたときなんですけど……」


 周りの動きがすごくスローになって、ものすごく意識が鮮明になって……こうやってあとから思い出しても、あれは本当に不思議な感覚だった。口で説明するのは難しかったけど、何とか伝わった……かな?

 そんな私の要領を得ない話を、女将さんは黙って聞いていてくれた。そして、その後、一言ぽつりとおっしゃった。


「なるほど……シエルも『入れた』んだね」

「入る……ですか?」


 なんだろう、その単語。普通に考えれば何でもない言葉なんだけど、女将さんの口調は、明らかにそれとは違うなにかを含んでる。


「それが何なのかはあたしにもわからない。なんでそうなるのかも、ね。ただ、時たま……極稀に、そういう状態になることをあっちではそう呼んでたよ」

「女将さんも、あんな感じになったことがあるんですか?」

「ああ。ホントに数えるほどだけどね。一生、それを経験しないやつの方が多いし、『入れ』ても一回限りのことが多いそうだよ」


 百戦錬磨の女将さんにもわからないなんて……でも、普通は一回限りのそれを何回も経験してるのはさすがは女将さんだ。


「そうかい……シエルもかい……」


 なぜかとてもしみじみとした口調で、女将さんが言う。


「運がよかったね、シエル」


 そして、とっても優しい目をしてそう言ってくれた。

『運がいい』

 それを前に言われたときは、私は素直に受け取れなかった。あの石切り場での失敗の時だよ。

 でも今は、ストンと女将さんの言葉が腑に落ちた。それはきっと、私が『あの時』自分にできることを全部やったからなんだろうな。


「はい、女将さん!」


 私も笑って、そう返事をする。そしたら、女将さんはその白い手を差し伸べて、私の頭をなでてくれた。子ども扱いされる気がするけど、それはちっとも不快じゃなくて……女将さんの手のぬくもりと柔らかさを存分に堪能させていただきました。




「――少しよろしいでしょうか?」


 そして、そんなところへ声をかけてきた来た人がいる。


「ああ? かまわないよ……ええと、パランさん、だったかい?」

「覚えてくださり光栄です。お話が一段落したようですので、声をかけさせていただきました」


 礼儀正しく話しかけてるだろ? 嘘みたいだろ? パランさんなんだぜ、これで……。

 本日のパランさんは、当たり前だがいつもの皮鎧姿じゃなくて私服です。いつもはザンバラの頭髪はきれいになでつけられており、着ているのも濃紺を基調とした上品で上質なもの。言葉遣いだって、どこのヤの付く職業の方ですか的なものではない。つまり、例の三度見レベルのプライベートモードということなのですよ。


 前にちょろっと聞いた話に加えて、自分で目撃したこともあるから、パランさんが実はいいお家(貴族)の出だとはわかってるんだけど、やっぱインパクトあるわぁ。

 それともかく、パランさんは女将さんに話しかけながらも、ちらりと私の方を見る。

 その眼付だって『邪魔だからさっさとどきやがれ』なものではなく、『話し相手をお借りしますが、かまいませんか?』な――いや、別に実際にそういわれんじゃないんだけど、とにかくそういう礼儀正しい問いかけの視線――ねぇ、ほんとにこれ、パランさんなの?

 それでも女将さん話があるというのなら、私が独り占めしておくのも悪いからね。

 二人に軽く会釈して、少し距離をとる。ただ、女将さんの店はそれほど広くはないので、お酒やお料理をいただきながらも、その話声が聞こえちゃうのは仕方のないことだよね。

 で、ですよ――。


「改めまして、名乗らせていただきます。アドム隊長の下で働いておりますパラン・ゲン・バンカーと申します」

「丁寧なご挨拶、ありがとうございます。あたしはこの店の女将の藍柳麗らん・りぅりぃってもんです。どうぞごひいきに」


 ほー……パランさんの本名って、そうだったんだ。ついでに、女将さんのフルネームも今初めて知りました。だって、ずっと『女将さん』って呼んでたからね。

 二人はそれからしばらく、パランさんが主にしゃべってて――お料理がおいしいとか、お酒の品ぞろえがいいとか、お店外国風で興味深いとか――リップサービスじゃなくて、ほんとにそう思ってるって感じの口調で、和気あいあい(?)なムードになってたんだけど――。


「ところでリゥリィ殿は、東ではの売れた冒険者でいらしたとか?」

「……アドム坊がそんなことを言ったのかい?」


 そのパランさんの言葉で、ほんの少しだけ女将さんのまとうムードが変わる。これは、そこそこ長い付き合いだの私だからわかるんだと思う。現に、ほかに気が付いているのは隊長とデルタさん、それからカーンスさんだけみたいだし。

 それはともかく――。


「ドラゴンについての話を聞いた折に、少しだけですが――それで、少しばかり興味をそそられまして。よろしければ、東の事についてもう少し詳しくお話を伺えませんでしょうか?」


 ……口調や態度が変わっても、やっぱパランさんはパランさんだ。最初に隊長から話を聞いたときから、興味津々だったもんね。だから今回の祝勝会は、パランさんにしてみれば渡りに船って感じだったんだろうな。

 さらには、私と話をしていた時の女将さんを見て、これならいける、とでも思ったのかもしれない。だけど、それ、ちょっと甘いですよ?


「……あたしゃ、小料理屋の女将なんだがね?」

「ええ。わかっています。全く畑違いの職で、繁盛しておられるのは大したものとだと思います」

「そりゃどうも――で、小料理屋ってのは、酒と肴を楽しんでもらう場所だってこともわかってるかい?」


 あー、女将さん。ちょっとオコだな。これは、間に入った方がいいのか? そう思って、ちらりと隊長の方を見ると、よほど注意してないと見落としてしまうくらいの小さな素振りで『放っておけ』と……いいのかな。でも、私よりも女将さんとの付き合いが長い隊長がそういうのなら、そうした方がいいのかもしれない。


「もちろん存じております。ですが、それらを提供するのと同じくらい、客となったものを話術でもてなすのもこの手の商売では必要なのではありませんか?」

「そりゃそうかもしれないが、こんな年増の昔話なんか聞いて面白いもんでもなかろうさ」


 軽くいなされる。その後も『いやしかし……』『おやおや、勘違いなさっておられるんじゃないですか?』などと右に左に受け流され――けど、それでも何とかして聞き出したいパランさんは、とうとう切り札を出した。


「……非常に失礼な申し出でかもしれませんが、対価をお望みでしょうか? それでしたら、おっしゃる金額で受けさせていただきます」


 パランさんがそういった瞬間、女将さんの周りの空気が変わる。


「なんども申し上げますが、あたしゃしがない小料理屋の女将でしてね。どっかの情報屋と間違えておられるんじゃないですか?」


 あくまでも表情はにこやかなまま、ちょっとだけ口調が丁寧になる。それが、さらに怖い。

 あーあ……完全に女将さんの虎の尾を踏んだな、パランさん。先ほどよりも顔色が悪くなってるところを見ると、女将さんの威圧でもくらった?

 これはさすがに……と思い、割って入ろうと思ったところで、意外なところから救いの手(?)が差し伸べられた。


「ああ、リーリーっ! わが女神っ! どうしたのですか、その麗しいかんばせをそのように曇らされて?」


 変な……じゃなく、怪し……でもなくて、ちょっと不思議なカーンスさんです。この人もかなり個性的な人だが、あのムードの中に平気で飛び込んでいけるのはすごいと思う。もしかして、何にも感じてなかったのかもしれないけど――なんて思っていたら、隊長が小さな声で教えてくれた。


「……あの人は先代のラバン侯爵の次男で、本人も伯爵だ。そして、今の内勤騎士団は団長がお飾りの名誉職で、団がきちんと機能してるのはあの人のおかげといってもいい」


 ……なんかすごい人だったらしい。


「ちなみに、なんでか今回の事で裏でいろいろと俺たちのために動いてくれたそうでな……その礼もあって、声をかけたんだが……」


 ああいう人だとは知らなかった? ……そりゃそうだろうな。


「そういうわけだから、シエル。お前が心配しなくても大丈夫だ」


 と、こちらはデルタさん。デルタさんなら、ここでカーンスさんに会ったことがあるんだろう。

 その二人が言うことなら……っていうか、二人で飲んでたんですね(デルタさんはノンアルですけど)。


「それより、お前の好物の煮つけ.さっさととらないとなくなるぞ」


 ああっ、黄金鯛のお煮つけ!

 あんなに大きかったのに、今はもう半分くらい骨が見えてるじゃないですかっ!?

 大慌てで自分のお皿に盛りつける。それをおいしくいただきながら、またそっと聞き耳を立てたんだけど……。


「あなたは、確かラバン――」

「おっと! そこまでです。ここはわが女神リーリーのつくり給うた楽園ですよ。俗世の身分のようなくだらないことを、ここに持ち込むのは無粋というもの」

「は、はぁ……」


 パランさんがどう対応していいかわからなくて、タジタジになってる。初めて見たよ、ものすごいレアだよ。


「それよりも、お二方の会話が耳に入ってきたのですが……パラン殿でしたか? わが女神に対して、先ほどの言葉は少々礼を失しておられましたね」


 そして、あのパランさんにお説教をしてる!


「ですが、あなたはまだお若い。きっと、リーリーという偉大な女神の魅力に当てられてしまったのでしょう? わかります、その気持ち……私も、初めて拝謁がかなったときは同じでしたからね」


 パランさんって確か三十は超えてるはずなんだけどな。そして、カーンスさんも同じくらいに見えるのに、若造扱い……いや、もうこの人の発言に突っ込むのはやめておこう。


「ですが、先ほどわが女神もおっしゃっておられたが、ここは酒と肴を楽しむべき場所です。そして、リーリーのほほえみと素晴らしい声は、それらをさらに素晴らしい高みへと押し上げてくれるものではありますが、我々は決してそれを当たり前だと思ってはならないのです――与えられて当然なのではなく、女神の恩寵に預かれた時のありがたさを噛みしめるべきものなのですよ?」

「あたしゃ、ただの小料理屋の女将なんだがねぇ……?」


 カーンスさんの熱のこもった演説(?)に、あきれたように女将さんがつぶやくが、そのおかげでさっきまでの剣呑な空気ではなくなっていた。

 カーンスさんって、すごい人なんだな――で、ちっともすごく見えないのも、きっとすごいこと……なんだよね?


「……こちらから求めて話をしてもらうのは無理、だとおっしゃる?」


 そのおかげか、やっとパランさんも普通にしゃべれるようになったみたい。


「ああ、わかっておられるではありませんか! 女神は気まぐれなもの。われら凡人は、だだそれが与えられる時を待つのみ――ねぇ、リーリー?」

「そうだねぇ。初見の客になんでもほいほい話しちまうような、軽い女だと思われるのはこっちとしても業腹だしねぇ」


 くすり、と軽く笑う女将さんは、もういつもの女将さんだ。


「リゥリィ殿――女将のおっしゃり様ですと、初見でなければ話していただける、とも取れます。つまり、ここの常連になれば話を伺える機会がある、と――私の解釈は間違っていますか?」

「まぁ、そういうことだね。店の売り上げに貢献してくれる相手には、あたしとしてもそれ相応のもてなしをしなきゃならないだろうし?」

「わかりました。では、通わせていただきます」


 女将さんとカーンスさんの合わせ技で、新規の常連客GETだぜ!

 しかし、パランさん。ちょっと、考えが甘いかもしれませんよ?


「そうそう。ちなみにですが、私が女神に親しくお言葉をかけていただくまでは、三年ほどかかりました――あなたも頑張られることですね」


 あ。パランさん、顔には出さないけど、ちょっとびっくりしてるな。



「俺は一年弱、だったかな」


 そんな会話を一緒に聞いていたデルタさんがぼそりという。


「デルタさんでもそんなにかかったんですね」

「シエルみたいに、初日から大歓迎される方が珍しいんだよ」


 そういわれても、私にはそういう女将さんが普通なのでよくわかりません。 


「……余程、姉御と馬が合ったんだろうな」


 隊長にまでいわれて、ちょっとだけ優越感? だって、女将さんは私の王都でのお母さんだもの。本人にいうと『あたしはそんなでかい娘を持った覚えはないよ』って言われるから、口には出しませんけどね。

 さて、あっちは一段落したようだし、ちょっと切り出しにくい話だけどここでもう言っちゃおう。


「……あの、ですね。デルタさん。一つ、お詫びをしないといけないことがあるんです」

「ん? 詫び?」

「はい。あの……ドラゴン討伐の時です。ドラゴンがブレスを吐こうってしたとき……」

「ああ。あの時か? ……何かシエルに詫びられるようなことがあったか?」


 デルタさんに心当たりはないだろうが、こっちにはあるんですよ。


「あの時、私たち……デルタさんやほかの人を置いて、ドラゴンノブレスの範囲から逃げ出したんです」


 これ、デルタさんに言う前に隊長に許可をもらいました。

 上からの聞き取りの時には、パランさんがいい感じに理由をつけて話して、それで一応納得してもらったそうだけど、できるだけ口外するなと言われたそうだ。

 一歩間違えば敵前逃亡罪になりかねない内容だし、ドラゴン退治の英雄が、そんなことをしてたと分かればイメージダウンになるとかなんとか?

 でも、私にしてみればこれを隠したまま、今までのようにデルタさんと接することができるかといえば『否』だった。

 なので、頼み込んで話すことを許してもらった。

 この話を聞けば、デルタさんは憤慨するかもしれない。それで縁を切られても仕方がない――そのくらいのことをしてしまったんだから。

 でも、たとえそうなったとしても、きちんとお詫びをしないと私の気持ちが収まらなかったんだよ。


「だから……ごめんなさい、デルタさん」


 深々と頭を下げて謝罪する。

 お祝いの席でやることじゃなかったかもしれないけど、今、言わないときっとずるずると先延ばしにしてしまっただろうから……。


「そうか……わかった。で、な? シエル」

「はい!」


 デルタさんの人柄から言って、感情に任せて怒鳴りつけるは思わないが、どんな辛らつな言葉が飛び出してくるか――体を固くして、それを待つ。


「知ってたぞ、それ?」

「……は?」

「お前さんがドラゴンの飛翔に関する情報を持ってきたこともあるし、ちょっとばかり気にかけてからな。一目散に森に向かって走り出したのは見てたぞ?」

「え……え?」


 知ってた? 見てた? なら、なんでその時に……?


「パランの野郎もいるし、何か企んでるんだろうと思ったんだよ――まぁ、その予想自体は当たったんだが、まさか一撃でドラゴンの逆鱗をぶち抜くとは思わなかったぞ。あの弱体化はシエルがかけたんだろう? 腕を上げたなぁ」


 そろそろ俺も追い抜かれるかもしれんな、と。

 笑いながらいうデルタさんは、ちっとも怒ってるようには見えない。

 それがなんだか信じがたくて、つい確かめてしまう。


「怒って……ないんですか? 置き去りにしたのに?」

「置き去りも何も。俺の持ち場はあそこだったんだから、俺がそこにいたのは当たり前のことだろ?

 で、シエル達にはシエル達のやるべきことがあった。お互い、自分の仕事をしただけだ。そこに何でシエルが謝る必要があるんだか分らんな」


 正気なところ、ほんのちょっと……ううん、心の底でかなりの部分、デルタさんならこう言ってくれるんじゃないかって期待はあった。だから、これを口に出す勇気が出たって面は否定しない。

 ずるいよね、私。

 いやな女だよね、私。


「……というようなことを俺が言うと、余計に落ち込むのがシエルなんだが――今が祝賀会ってことは忘れるなよ? 今は食って飲んでろ」


 私の気持なんかお見通しのデルタさんは、笑ってそういうと、たっぷりと中身の入ったグラスを押し付けてくる。


「飲めるよな? 俺の盃だ」


 いや、これ小さめのグラスではあるけど、中身は火酒でしょ? それも、ほぼ生に近いですよね?

 デルタさんは自分じゃ飲まないから、これが強いお酒ってわかってないんじゃ?


「飲んで酔っ払え。それでチャラにしてやるよ」


 ……どうやらこれがデルタさんの仕返しらしい。

 さっきの言葉からして、そんなことをしてする必要はないのに、私の気持ちを少しでも軽くするためにわざとやってくれてるんだろう。

 さっきから黙ってこっちを見てる団長も、こうなることがわかっていて、私に話す許可をくれた気がする。

 私の周りって、どうしてこんな優しい人ばかりなんだろう……。

 またしても鼻の奥がツンとしてきて、私は急いでそのグラスを空けた。


「おお、いい飲みっぷりだ!」


 喉から胃に流れ落ちたお酒が、かぁっと全身に回る。

 思ったより強いじゃん、これ!

 急いで何か胃に入れないと、あっという間に酔いつぶれるよ!?

 とはいえ、お煮つけは残り少ないし、こればっかり食べるのもアレだ。

 テーブルの上を見回すと……うん、メレンさんの周りはきれいさっぱり食べつくされてるね。

 ニコニコしながら、それはもうすごい速度で料理を口に運んでる。

 こんなにおいしそうに食べてもらえれば、お料理の方も本望だろうて……。

 私が見てるのに気が付いて、おいでと誘ってくれるんだが、そんな感じで私の入り込む余地はなさそうだ。

 ならば、とさらに視線を巡らすとサーフェスさんとザハブさんが陣取ってるあたりは、まだいろいろと残ってるが見えた。


「あ、シエル! これ、すごくうまいっスよ!」


 私が近づてきたのに気がついて、サーフェスさんが声をかけてくれる。

 手元にある皿を見れば、金色のペースト状のものがこんもりと盛られてた。

 たしか、これのことを女将さんは『クリキントン』って呼んでたな。最初の方にちょっとだけ私もいただいたんだが、すごく甘くておいしかった……これとエールの組み合わせを嗜むサーフェスさんは、さすがは甘党だとは思うんだが、今の私の胃にはちょっと合わないかな。


「シエル……こっち……さっぱりする」


 ザハブさんは、ここ(女神の鉄槌)に来るときの標準装備であるスケッチブックと筆を今日も携えてはいるものの、今は食べることを優先させてるみたいだね。

 進めてくれたのは、何種類かの野菜を細切りにして、塩と酢と香り油であえたもの。

 一口食べて、酢のさわやかさと野菜のみずみずしさに感動する……ナイスですよ、ザハブさん!


「……みんな、シエルの事……見てる」

「ですね……なんか、恥ずかしいけど、うれしいです」



 あっちこっちからはじき出された人たちを寄せ集めて作られた『泥かぶり』だが、いつしか立派なチームになって、ドラゴンまでやっつけてしまった。

 そのほかの人も――デルタさんや、女将さんもすごいし、カーンスさんもそう見えなくても実は大変に有能らしい。

 本当にすごい人たちばかりが私の周りにはそろってる。

 そんな中で私一人が凡人なんだけど、でも――この中にいたら、私もちょっとは『すごく』なれるかな?

 いや、『すごく』はなれなくても、足を引っ張らない存在でいたい。

 それで、たまにでいいから頼ってもらえるくらいに――なれるかな?

 ううん、なるんだ。

 さっきのお酒が回り始めたせいかもしれないけど、そんな少しばかり大それた望みを抱きつつ。


「シエル! ちゃんと楽しんでるかい?」


 いったん厨房に引っ込んだ女将さんが、新しい料理の皿と、お酒の瓶を持って出てくる。


「はい、女将さん!」


 だから、今夜はおいしいお酒とお料理を、思う存分楽しませてもらおう。




 翌日、案の定二日酔いになったけど、それでもとても楽しい祝勝会だった。



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