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第八章 天災のその後で

 いやー、よく寝ました。

 超・熟睡したみたいで、目覚めがものすごくさわやかです。

 いつもの癖で、目をつぶったままベッドの上で大きく伸びをする。全身の腱を伸ばす感じ……これをやらないと、『目が覚めたっ!』って気がしないのよね。

 で、その後、ゆっくりと瞼を引き上げたら――あれれ?


「……知らない天井、だ(二回目)……?」


 私の銅ランクの部屋の天井は、年季が入った木材がちょっとすすけてて、私の身長なら平気だけど、体格のいい騎士さんたちなら圧迫感を感じる程度には低くて……要するに、もっと素朴(意訳)な作りのはず。だけど、ここはもっと新しくて、明るいというか、清潔感のある感じ。無論、高さもちゃんとした『居室』の高さだし……あえ? しかも、改めて見ると、この天井なんか見覚えがあるような気が……?

 ベッドにあおむけに寝たまま、目をぱちくりさせる。

 と、そこへ――。


「シエル! 目が覚めたんだねっ」


 いきなり聞きなれた声で名前を呼ばれてびっくりだ。


「え? ……メレンさん?」


 何でメレンさんがここにいるの? 

 上ばっかり見てたから気が付かなかった――てか、私の寝顔、みたなぁぁぁっ!?

 反射的に上掛けを頭の上まで引っ張り上げる。

 なんでかって? そりゃ、当たり前でしょ。

 ヨダレとか出てなかったよね? 目やにくっついてない? 髪は当たり前だけどぼさぼさだろうし……布の下で、手探りでチェックするが、なんというか、もう遅きに失した感がすごい。

 ほんと、なにしてくれちゃってるんですかっ! 花も恥じらう乙女の、寝顔を盗み見るなんて、エチケット違反も甚だしい!

 とりあえず顔は何とかなってる感じだけど、髪が……でも、この状況じゃ整えるのは無理だ。仕方なく、手櫛で悪あがきをしてから、そっと目のあたりまで布団を下げ、質問する。


「……何でここにいるんですか?」

「へ? なんでって……」

「おい、メレン。シエルが目を覚ましたなら、さっさとこっちに連れてきやがれ」


 私の問いに答えようとしたメレンさんの言葉を遮るようにして、こっちもやはり聞きなれた声がする。


「パランさんっ!?」

「わかってて確認すんじゃねぇ、時間の無駄だ。それより、早く『治癒』しやがれ。こちとら、全く腕があがらねぇんだよっ!」

「え? ええ??」


 いつもの超上から目線のセリフだ。その声の主がパランさんなのは間違いない。が、見回してもその姿はなく……私の寝てたベッドの横には衝立があって、声はその向こうから聞こえてきてる。

 なに、ここ。もしかして、救護室?

 改めて見回してみたら、そこの大部屋みたいだ。んで、私と一緒にパランさんもそこに寝かされてた?

 そりゃ見たことある天井だわなぁ。前に欠乏症でぶっ倒れたときも、ここに寝かされてたんだから……。


「……シエル。パランが済んだら、俺も頼む。全身が痛んで身動きできん」

「隊長まで!」


 やはり衝立の向こうから、今度は隊長の声までする。


「ちなみにサーフェスとザハブもさっきまでいたよ。今、飯、食いに行ってる」


 なんですかそれ。泥かぶり勢ぞろいじゃない。

 で、パランさんと隊長はなにやら体調不良で寝てて。何でか私も寝てて。男女混合でぶち込みはされたけど、一応気を使って、衝立で区切ってくれたってことか。

 しかし、また、何でこんなことに?

 目を覚ました途端に、いつもと違う事が立て続けに起きすぎてて、頭が混乱してる。

 そもそも、何で私はここに寝てたのか? 寝る前、なんかあったっけか……?



「……ドラゴンっ!!」



「うるせぇっ、腕に響くだろがっ」


 いやいや、それどころじゃないですって!


「ドラゴン!! ど、どうなったんですかっ!?」


 思い出したよ! というか、何で忘れてられたのか!?

 あの時、ありったけの魔力を『弱体化』につぎ込んだ私は、魔力欠乏により意識を失った。その寸前に、隊長の剣がドラゴンの胸元にぶっ刺さったところまでは覚えてるが……なのに超熟睡しまくっていたなんて、私の危機感、仕事しなさすぎじゃない?

 ベッドの上であたふたと焦りまくるが、なぜかそれをメレンさんが生暖かい目で見てらっしゃる。

 ……あれ?

 いや、ちょっと落ち着こう、私。

 そもそも、何で私はゆっくり寝てられたのか……?

 緊急事態が続いてるなら、そんな余裕は何処にもないはずだ。だけど、現に、私は今まで熟睡してて……もしかして、ですが、ドラゴン、倒せちゃったりしてます?


「おい、メレン。いいからこっちに連れてきやがれ! 説明はその後でもいいだろうが」

「……ってことなんで、シエル。悪いけどさ、二人に治癒をかけてくれるかな?」

「わ、わかりました」


 ほんとなら、顔を洗ったり、身支度を整えたいところなんだけど、私は『治癒師』だ。

 同じ隊の人が怪我をしてるなら、まず何より先にそちらへの処置が優先される。

 なので、よっこらしょいと体を起こし――寝巻じゃなくて、ローブだけ脱いだ状態で寝かされてたみたいだ。これでよく熟睡――いや、それはもういいから、とにかく治癒だ、治癒。

 そして、仕切りになっていた衝立を回って、二人のところへ行って――驚いた。



 パランさんは両腕と肩から背中を包帯でぐるぐる巻きにされてた。

 隊長はもっとすごい。顔を除く全身包帯のミイラ男状態……どうやったらこんなことになるの??

 慌てて『探査スキャン』してみると、パランさんは腕から背中にかけての筋肉がずったずた。隊長も、ほぼ全身にわたって筋繊維が断裂したり、炎症を起こして熱を持ってる。


「な……っ!?」


 なんでこんなことにっ!?

 とにかく、早く治療しないと!


「この世にあまねくマナよ、わが身に集いて、かの者を癒せ! ミドルヒール!」


 大急ぎで魔力を練り上げる。すっからかんになってた魔力だけど、寝てるうちに回復したようだ。

 パランさんの腕に触れて、そこから治癒が必要な部分へと魔力を流す。

 例の姫様の『エクストラワイドヒール』だが、ウチの隊は範囲外のところに隠れていたので、多少高度な術をつかっても『治癒不全症』の心配がないのはありがたい。


「隊長は……ハイヒールが必要みたいですね」


 範囲が広いから、ミドルじゃ無理だという判断で、私の最大威力のヒールだ。エクストラヒール? 姫様じゃあるまいし、しがない平民の鍛冶屋の娘にそんな魔力を求めないでほしい。

 おかげで、回復したばかりの魔力がいきなり枯渇気味になってしまうが、それで二人共に完全に回復で来たようだ。


「……ふぅ、助かった」

「ったく! こちとらが大変な時に、暢気にすやすや寝てやがって……」


 大きく息を吐く(ついでに毒づく)二人だが、よくぞあの痛みに耐えていたものだ。

 っていうか、あれだけ重傷だったのに、他の治癒師は何してたのよ? 違う隊だからってほっといたわけ? 泥かぶりだからとかいう理由だったら、私、殴りこんできますけど?


「ちがうよ、シエル。隊長もパランさんも、『うちの治癒師はシエルだから、シエルに治してもらう』って言い張ってね。おかげで、シエルが寝てた間……一日半くらいかな? ずっと痛いの我慢してたんだよ」

「え?」


 なにそれ? てか、私、一日半も寝てたの?


「っ! てめぇ、メレンっ! 何、勝手にしゃべってやがるっ!?」


……パランさんの反応を見るに、どうやらホントの事みたいだ。


「シエルを起こそうかと思ったんだけど、サーフェスがね。『魔力枯渇の後の昏睡は自然に起きるまで放っておかないと魔力回路に異常が出たりする』って言うからさ。二人とも『絶対に起こすな』って言って、ずっと待ってたんだよ」

「……隊長……パランさん……」

「……シエルがウチの治癒師だからな」

「ケッ! 自隊の治癒師じゃねぇと、ヒール量の管理ができねぇっつったのはお前だろうがっ」


 うわぁ……初めて見たよ、パランさんのデレるとこ。かなりツン要素が強いが、それでもお初の『デレ』だよ、むっちゃレアだよ!

 なんか、こう……口元が緩んじゃうが、そんなの見られた日には後が怖い。

 ので、「まだ顔も洗ってないので」という言い訳をして、ひとまずそこから逃げ出したんだが――しまった。パランさんの反応の方に気をとられて、ドラゴンの事聞いてないや。



 顔を洗って、髪を整えて。できれば着替えもしたかったんだけど、その前に食事に行っていたというサーフェスさんとザハブさんが戻ってきた――隊長とパランさん、メレンさんの分の食事を持って。


「え? シエル、目が覚めてんじゃないっスかっ! おい、ザハブ。急いでもう一人前追加だ」


 私が洗面所からもどってきたのとほぼ同時で、ばっちりと目が合ってしまう。


「あ、いえ。私、自分で……」

「いい……シエル、そこにいて……」


 備え付けのテーブルの上に、三人分のプレートを置いたかと思うと、止める間もなくザハブさんが食堂に取って返す。

 すみません、二度手間かけさせちゃいました。

 しかし、目の前に食べ物を置かれると、自分がどれだけお腹がすいているのかを思い知らされる。

 ドラゴン討伐の日は、朝ご飯を食べて直ぐ位に召集がかかったんだよね。で、昼前に出動。昼ご飯は当然のように食べられず、その後も保存食は持ってはいたけど、ろくに食べる暇もなかった。

 隊長がドラゴンに剣をぶっ刺したのが、そろそろ日が傾き始めるころで、その後、一日半寝てて……そりゃ、腹も減るってもんですよ。

 っていうか、欠乏でぶっ倒れたの二回目だけど、前の時よりかなり……というか全然体調がいい。

 これ、どういうこと?

 もしかして、泥かぶりのみんなと一緒に鍛練してたおかげかな?

 それはともかく、気を抜けば『ぐーぐー』と叫びだしそうな腹の虫を何とか抑え込みつつ、しばらく待つとザハブさんが帰ってくる。

 あれ? なんか先に持ってきてた三人分とは、少し中身が違いませんか?


「シエル、二日、飯抜き……消化にいいもの……食堂の御婦人方が」


 食堂のおばちゃんたち……っ! 女性の治癒師は少ない上に、所属してるのが『泥かぶり』ってことで、今までも何くれとなく親切にしてくれた人たちだ。当然、今回の事も心配してくれてたんだね、ありがとう。

 ちゃんと後でお礼を言いに行きます。

 が、今はまず、腹ごしらえをさせてください。

 すきっ腹に急に食べ物を詰め込むと悪いので、ゆっくりと口に運ぶ。野菜のいっぱい入ったスープに、白身魚のソテー、ミルクで煮たパン……あったかい食事から、おばちゃんたちの心が伝わってきますよ。

 隊長たちも、各々のプレートからどんどんと食事を口に運んでる。

 そういえば、両手が使えなかったパランさんと、全身ミイラ男だった隊長って、その間の食事はどうしてたんだろう? ……なんとなく聞かない方がいい気がするな。


「さて、と――ずっと寝てたシエルは今の状況が知りたいっスよね? でも隊長たちは飯食ってるし、ザハブは無理なんで俺から説明するッスね」


 食べながら聞いたんでいいと言われたんで、遠慮なく食事をしつつサーフェスさんの話に耳を傾けさせていただきます。


「えっと、それじゃあの後の話から……」


 ドラゴンの弱点――『逆鱗』を隊長の剣が貫いた。

 私の記憶にあるのはそこまでだ。

 サーフェスさんもそれはわかっているので、話はそこから始まった。



「隊長がドラゴンの急所に剣をぶっ刺した、まではよかったんスよー。けど、その後で、ドラゴンがそりゃもう大暴れしちゃったんスよねぇ」



『逆鱗』は、確かにドラゴンの急所だったようだ。だが、そこを貫かれたからと言って、すぐにドラゴンが死ぬというわけでもなかったらしい。

 胸元に深々と突き刺さった剣もそのままに、ドラゴンはそれはもう恐ろしい勢いで暴れ始めたんだそうだ。


「あれっスよ。トカゲとかのしっぽを切り落とすと、そのしっぽだけがえらい勢いでのたうち回るっしょ? あれとおんなじ感じなんじゃないっスかね?」


 そもそもドラゴンなんて、何度もいうが御伽噺の中の存在だ。逆鱗のことだって、隊長がおかみさんから聞いていたからこそ分かったことだし、その隊長も『そこが弱点』ってことだけしか知らなかったんだから、その後の事なんてわかるはずもない。


「おっそろしい勢いで暴れるもんだから、ほかの隊の連中も攻撃どころじゃなくなって、いったん撤退したんスよ。シエルはメレンが担いで、パランさんと俺とザハブは自力で逃げたんだけど、隊長が――」


 隊長が逆鱗を貫いてからドラゴンが暴れ始めるのは、ほぼノーカウントくらいの短い時間だったようだ。そして、根元近くまで突き通した剣を、そんなにすぐに引き抜けるはずもなく……。

 剣を握ったままで、暴れるドラゴンに振り回される羽目になってしまった。最初のうちは剣にしがみついていたらしいが、そんなものが長く続くわけがない。振り子のように振り回された挙句に、かなり遠いところまで吹っ飛ばされた。

 ただ、それが悪いとばかりは言えない。ドラゴンの足元に落ちた場合、狂乱するドラゴンに踏みつぶされていた可能性だってあるのだから。


「シエルとサーフェスでガッチガチに防御をあげてたおかげで、それ自体のダメージは少なかったみたいなんスけどね。ほら、隊長とパランさんってば、高級活力ポーション飲んでたっしょ? あれの後遺症でしばらくしたらのたうち回っていたがり始めちゃって……」


 そう、これが『平常時に飲んだ活力ポーション』の副作用だ。

 通常、人間には自分の出せる力の限界というものがある。これ以上は体の方が耐えきれないと、本能に察知しするので、それ以上のものを出すのは不可能だ。しかし、火事場の馬鹿力、というものもある。命の危険を察知したときなどに、一時的にそのリミッターが外れて爆発的な力を出すことがある。そして、怪我などで体力が落ちてない状態で飲む活力ポーションは、意識的にその状態を作り出すことができるのである。

 もちろん、それをやってしまうと反動がある。限界を超えて力をひきだされた全身の筋組織は、当然ながらボロボロになってしまうのだ――さっきまでの隊長やパランさんみたいにね。

 普通の活力ポーションでも結構な反動がくるのに、それが高級ともなれば……まぁ、それが必要な状況だったのは確かなんだけどね。だって、そのおかげでパランさんがドラゴンの目を射抜くことができて、隊長は大ジャンプの末に逆鱗を割ってドラゴン本体に攻撃できたわけだ。反動の事は二人ともよくわかってただろうに、よく思い切ったと思うよ、ほんとに。


「で、ほかの隊の治癒師にって思ったんだけど、さっき言ったみたいに二人が納得してくれないんスよね。なんで仕方なく、先に移動ポータルを使わせてもらって、シエルともども、ここに運び込んだわけなんスよ」

「なるほど……って、ちょっと待って!」


 隊長とパランさんの事は分かった。けど、今の話にはドラゴンがどうなったかの結末が含まれてなくないですか?


「ああ、そっちなら、俺らが引き上げるころにはおとなしく――つーか、力尽きたみたいでぶっ倒れてたっスよ。まー、すごい暴れ方だったし、天に向かってブレスを何発も吐いてたし、魔力体力ともに尽きたって感じっスね。んで、どっかの隊が喉笛切り裂いて、とどめ刺してたかな」

「……」


 なんとまぁ……あっけない、と言ってはいけないんだろうけど、最後は自滅みたいな感じになるとは……。


「ドラゴンの死体は、さすがにあそこから移動させるにはデカすぎるんで、王城の魔導士部隊が出張って、今、研究がてらの解体中らしいっスね。もうちょいして落ち着いたら、俺らのとこにも多少は情報が下りてくるんじゃないっスかね」

「シエルも起きたし、隊長とパランさんも復活したし、その前に団長から呼び出しがありそうだけどねー」


 最後のセリフは、とっくにご飯を食べ終わってたメレンさんだ。

 えー、呼び出し……その単語にいい思い出がないんですけど。


「……まぁ、仕方がなかろう。いろいろと命令違反もしてることだし、な……」

「けっ! 配置に俺らを入れてなかったのは上のミスだ。銅は待機、って言われた時にゃ待機してたし、一斉攻撃って言われて突撃しただけだ。文句を言われる筋合いはねぇよ!」


 まぁ、確かにそうなんですけどね……その言い訳が通用するのかなぁ……?

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