天災がやってきた 3
最初にゲートをくぐるのは銅、次に銀、そして金という順番だ――反対じゃないかと思われるかもしれないが、出て直ぐにドラゴンとの戦闘になるわけじゃない。
その前に周辺の様子を把握する必要があるし、布陣する場所も決めないとならないからね。
一応、地図はあるが、何しろ辺境で済んでる人もほとんどいない場所だから、おおざっぱなものでしかないらしい。なので、まずは平原の端っこにゲートの出口を設定し、後は下っ端が走り回って空白部分を埋めつつ、お偉い(?)さんたちのお出ましを待つって感じになってる。
出発前はパランさとの会話のこともあり、結構悲壮な決意をみなぎらせていた私だが、実際にはそういうのはまだまだ先。ちょっと肩透かしというか、緊張もわずかに緩んだところで――。
「とりあえず、今は目立たねぇように、他の連中のマネでもしてろ」
パランさんの指示で――隊長じゃないのがミソだ。でも、泥かぶりではいつもの事だったりする――私達はひとまとまりになって適当な方向へと進んでいく。
「……本当に何もないところだな、ここは」
見渡す限りひたすら草原、ところどころに灌木、或いは小さな林があるだけの広大な場所に、生粋の王都育ちの隊長が感心してらっしゃる。
でも、こういうところだって討伐に来たことあるんじゃないんですか?
「騎士団が派遣されるのは、基本的には王国の住人に危害が及ぶ可能性がある場所だからな。ここのように周囲を高い山に囲まれた――閉鎖された場所で、もし魔物が大量発生したとしても、山を越える前にお互いが共食いして数を減らすだろう。自然淘汰ってやつが見込めるなら、騎士団の出番はない」
そう言われてみれば……確かに、ここには被害を受けそうな村とかもないしね。
「……できるなら、こんな状況じゃないときに来てみたかったが……」
空は気持ちよく晴れ渡っていて、草原を渡る風は心地いい。
この後直ぐに『ドラゴン』なんてのとの戦闘が控えてないのなら、その辺の木の下に敷きものでも敷いて、のんびりとピクニックをしたいような風景だ(たまに魔物の姿も見かけるが、サクッと殲滅してる)。
「おい、そこの二人! ぼやぼやしてんじゃねぇっ、おいてくぞっ」
「は、はいっ」
おっと、いかんいかん。つい話し込んで足が遅くなってたみたいだ。
慌てて他の四名に追い付いて更にしばらく行くと、草原のはるか向こう――私の視力でようやく確認できるかどうかという所に、何やら赤黒い塊が見えた。
「いやがったな。のんびりとお昼寝なんぞやらかしてやがる」
うち(泥かぶり)で一番目がいいのは、当然ながら弓を扱うパランさんだ。加えて、自分自身の身体強化で常人の二倍から三倍の視力になる。
「おい、姉ちゃん」
「はい――『視力強化』」
で、そこに私のブーストがかかれば、遠見の魔道具並みだ。
「……色は、赤。被膜をはった二枚の翼に、返しのついたしっぽ……でかさは、比較対象がねぇから判り辛ぇが……見た感じ、胴体だけでそこそこでかい二階建ての家位、ってとこか」
「首は長いか?」
「ああ。そっちもそこそこ長さがありそうだ」
「……ということは、普通の『竜』ってことか」
「はい? 『普通』……ですか?」
なんだそれ。もしかしてドラゴンにも種類とかあるの?
「『普通』という言い方があってるのかどうかはわからんが……」
隊長が言うには、東の大陸では、大まかに『竜』と『龍』という二種類に分けられてるんだそうだ。といっても、私たちの大陸の言葉ではどっちも同じ『ドラゴン』なんだけどね。
「おい、隊長。それ、なんでさっき言わなかった?」
「言っても言わなくても同じだ。もし、もう一種類の方だったら……人間如きが何をしようと無駄だからな」
隊長が――というか、女将さんからの情報なんだけど――言うには、人間がものすごく頑張ればなんとか討伐が可能かもしれないのが『竜』。だけど『龍』の方は、人知を超えたというか、神とか精霊とか、そんな感じで、そもそも人間がどうこうできるような存在じゃない。
東では、それこそ『神様』と同等に扱われてるって……そんなものまでいるのか、東の大陸って。
「それと、大きさだが……二階建ての屋敷位、だといったな?」
「おう。多少の誤差はあるかもしれねぇがな」
「……姉御の話からすると、姉御が襲われた奴は少なくともその倍はあったようだ。ということは、かなり若い個体ということも考えられるな。もしかすると、東で縄張り争いに負けて海を渡って来たのかもしれん」
女将さんの知識って、マジで貴重な情報の宝庫だわ。
しかし……そんな貴重な情報を私達だけで独占してていいのかしら?
今気づくなよ、って思うけど、これって騎士団全体で共有すべき知識じゃないの?
「……本来はそういうものなんだが、な……」
「相変わらずお目出度ぇな、姉ちゃん。本来は隊長だけが出るはずの会議に、メレンが行って何のお咎めもなかったんだぜ? それに――おい、メレン。お前ぇだけの話じゃなく、誰かになんぞ意見が求められたか?」
「え? いえ……そういうのはなかったですね。上の方が決めた作戦行動の説明だけでした」
「そういうこった。お偉いサン方は、端から下っ端の意見なんぞ求めてねぇんだよ。だったら、わざわざこっちからご注進させていただく義理もねぇ」
それでいいのか、討伐騎士団……いや、私もその一員なんだけどね。
団長が代わって、ちょっとはまとも(?)になったと思ったんだけど……。
「まぁ……まさか、番外、おまけ扱いの泥かぶりが、そこまで貴重な情報を持ってるとは普通は思わんだろうからな」
隊長のフォロー(?)が、吹く風に紛れてむなしく消えていきます。
「ケッ――だが、だからこそ、お歴々に一泡吹かせてやれるってもんだ。見てろ、面白れぇことになるぜ」
そして、パランさんが非常に楽しそうです。
って、あれ? ……確か、ついさっきは『俺たちの働きに王国全体の命運がかかってる』みたいな感じだったと思うんだけど、今の様子を見てると……実はそういうのは建前で、本音はお偉いさん方への意趣返し&未知の敵に自分たちがどこまでやれるか楽しみだ、みたいな……あれ? あれれ?
「……シエル……」
隊長が、ものすごく同情に満ちた目でこっちを見てらっしゃる。
えー、もしかして、今の推測当たってます?
……私のあの葛藤をどうしてくれるっ!?
いや、それでも『そういう風に』動く必要があるのは理解できるんだけどさ。
もう何度目になるか覚えてないんだけど、『パランさんって日頃はああだけど、実は……』みたいな私の考えが、つくづく甘いと思い知らされましたよ。
それはさておき。
「戻るぞ。これ以上近づくと、奴さんが気が付きそうだ」
「こんなに離れてるのに、っスか?」
「わずかだが、体が動いた。俺らの知ってる魔物と一緒にすんじゃねぇ」
これは、パランさんの言う通りだろう。女将さんからの情報があるとはいえ、実際にドラゴンなんてのに出会うのは初めてだ。下手を打って、こっちの用意が整う前に気が付かれ――こっちを襲ってくるならまだいいが、飛び立って別の場所にでも出られた日には目も当てられない。
用心の上に用心を重ねるに越したことはない。
「そうだな。戻るぞ、皆」
隊長の指示の元、急ごしらえの本部へと取って返せば、私たちと同じく周囲の調査に出ていた隊も三々五々と戻ってきていた。
「……一応、報告だけはしてくるが、アレを見つけたのは俺達だけじゃないだろうな」
「あれだけ目立ってんだ、当然だろうな」
いや、あそこまで詳細に観察できる人は少ないと思いますよ、パランさん。
けど、少ないとはいっても、皆無ではないらしい。
少し経って戻ってきた隊長が、やっぱりって感じで私たちに教えてくれた。
「銀からも、パランと同様の報告が上がってきていた。作戦的には、まず金と銀の魔術師が、あいつの上に飛翔防止のための結界をはる。その後で、金を主体にした攻撃を開始する――開始の時刻は今から一時間後ってことになった」
「……結界って、ドラゴン相手に役に立つんですかね?」
「知らん――が、他にいい案もない。もしそれが破られるとしても、その前に飛び立てない状態にすればいい、との判断だ」
「んじゃ、まずは翼を狙うってことっスか?」
鳥とか、普通の飛翔系の魔物ならそれでいいんだろうが……それがドラゴンにも通用するのかな?
「……姉御の話では、ドラゴンってのは翼を動かすことで『飛ぶ』ための魔法を発動するらしい。あの図体を考えれば、普通の鳥みたいに羽ばたいてるんじゃないだろうから、妥当なところだろう」
「翼本体じゃなく根元――付け根を狙わねぇとダメってこったな」
……ほんとに、この話って、うちの隊だけで終わらせちゃっていいのかしら?
けど、私たちが何を言っても、きっと『泥かぶりは引っ込んでろ』くらいの扱いだろうし……って、あ、そうだっ!
「あの……隊長?」
「シエル? どうした?」
こういった作戦会議で、私が発言するのは滅多にない。だって、治癒師だもの。必要なのは作戦が決まった後で割り振られる役目をしっかりと果すことだ。
そんな私が声を上げたことに、隊長は少し驚いたようだけど、別に発言しちゃいけないってことでもないんだからいいよね。
「出しゃばりだったらすみません……あのですね、今の情報、知り合いに流しちゃだめですか?」
「……はぁ? 姉ちゃん、いきなり何のつもりだ?」
パランさんが睨んでくるけど、すみません、もう慣れちゃってます。
「今の話からすると、まずは飛び立てないようにするのが大事ってことですよね。けど、乱戦になってからなら兎も角、最初の内は私たちがドラゴンに近づくのは難しい――でも、私達(泥かぶり)が、隊長の知ってる知識を伝えたとしてもおそらく黙殺される。そして、結界が破られて飛び立たれちゃったら、作戦自体の意味がなくなる」
「……続けやがれ」
「だったら、声を上げるのが私たち以外だったらどうでしょう? それなりに実績を積んでいて、顔が広くて身分のある人から、今の話を上に通してもらったら?」
「シエルは、そんな相手に心当たりがある――ということか?」
「はい」
隊長 (やパランさん)は、元々は上の方にいたんだから、元の隊に情報を渡してそれを通してもらえれば絶対にそっちの方が早い。けど、二年も前の話だし、『泥かぶり』に飛ばされた経緯を考えたら、相手が素直にそれに頷いてくれるかどうか……だったら、ってことで私が出しゃばるわけですよ。
「銀の十にいる治癒師に知らせたいんです。その人、もう十年以上も治癒師として働いてますし、実家は子爵家ですし、それなりに発言に重みはあると思うんです」
つまりデルタさんの事だ。ごめんよ、勝手に巻き込ませてもらいます。
「銀の、十……?」
あ、なんかパランさんが気が付いたみたいだ。そういえば、一時期、同じ隊に居たってデルタさんが言ってたっけ。
「でもさ、シエル。その人に話を通したとしても、その情報、どっから手に入れた? ってことにならない?」
メレンさんの懸念も尤もです。でも、それにもちゃんと『言い訳』は用意してあるんですよ。
「その人、『女神の鉄槌』の常連なんです」
女将さんとも仲良く飲める(デルタさんは実は下戸なんでノンアルだが)人だし、情報を持っていてもおかしくはない――問題は、勝手に女将さんの名前を使っちゃ後で叱られそうだってことだけど、そこらは『飲み屋で知り合った東から来た冒険者』とか何とかでごまかしてもらえばいい。
経営者が東出身なんで、同じくそっちから来た人も結構来てるみたいだからね。
「なるほどな……そういう事なら、その情報自体は周知される可能性が高い。完全に信用はされなくても、狙いを少しずらすだけだし、ある程度の効果は見込めるだろう」
ないよりマシ。悔しいけど、今の私達にはそれが精いっぱいだ。
「今すぐ、そいつに話を通せるか?」
「できると思います……ちょっと、ここから離れることになりますけど」
「五分だ――それで戻って来やがれ」
パランさんの許可も出たことだし、ちょっくらいってきますよ。
こっそりと銀の陣地に入り込んで、目当ての人を探します。基本的に治癒師はみんな同じような服を着てるし、治癒師同士の情報交換とかもあるから、ついこの間までいたとこだけど、特に見とがめられることもなく、あっさりと発見することができました。
「……デルタさん、デルタさん……」
「え? おい、シエル、どうした?」
小さな声で呼びかけて、気が付いてくれたらちょっと端の方まで引っ張っていく。
五分しか時間がないので、久しぶりの挨拶とかはこの際、省略させていただきます。
「いきなりですが、すみません。ドラゴンって、翼を動かすことで魔法を発動させて空を飛ぶんだそうです。ですから、あの皮膜を破るより、翼自体を動かせないようにする方が重要みたいなんで、その事を他の人にも知らせてほしいんです」
ざっくりと説明、やってもらいたいことのみを告げる。
ほかの人ならやりませんよ、こんなこと。でも、デルタさんなら私が口にしなかったこともわかってくれるはず――。
「……その情報のソースは?」
突然私が現れたことに戸惑ってたみたいだけど、直ぐに真顔になる。
「鉄槌の女将さんの古い知り合いのウチの隊長です」
「なるほど……女将の武勇伝か」
ああ、デルタさんも知ってるんだ、その話。
「詳しいことは聞いてなかったが……なるほど、わかった」
「お願いできますか?」
「ああ、直ぐにうちの隊長と、後は俺が昔可愛がってやってたやつが金の五の隊長になってるんで、そっちにも話を通そう」
さすがはデルタさんだ。伊達に十数年も治癒師をしてませんね。
「ありがとうございます! あ……それとできれば、この話の情報源は……」
「それもわかってる。シエルんとこの隊長の名も、女将の事も伏せて……酒場で知り合った東のやつから聞いた話を思い出したってことにしとく」
何から何まできっちりと理解してくれて、ありがたいことこの上ない。
「ありがたいのはこっちだな。今はどんな些細な情報でも欲しいとこだ。本来なら、シエルんとこの隊長を引っ張り出したいんだが……無理だろうしな」
「ですよね……」
ほんと、何であんな有能な人達が冷や飯食らってるんだか……いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。
「直ぐに行って来る――これが終わったら、今度こそ鉄槌で飲もうぜ、シエル」
デルタさんはいつものノンアルで、ですね。
「デルタさんのコイバナ付きでお願いします」
言っておきますけど、脱がす前の話ですよ。
そう念をおすといい笑顔で親指を立てて――あっという間に、どこかに行ってしまった。
これで私の役目は(ひとまずは)終わりだ。
いそいで戻らないと、またパランさんに叱られちゃう!