第8話 まさかの遭遇
実は3.4年前に『異世界温室ライフ』というタイトルの小説を投稿していました(諸事情により現在削除済み)。
読んでくださってた方はありがとうございます。
龍平が魔法学校に入学してから2週間が経った。冬という季節自体は変わらないが、月は変わって2月へと突入する。初めは上手く馴染めるかと懸念していたが、流石に2週間もすれば今まで学校に通ったことの無かった龍平も学校生活というものがどういうものか分かってきていた。まず分かったことは、学生というのは遊べる時に目一杯遊ぶものなのである。
「次の3連休のどこかでさ、遊びに行かない?学外研修の買い物も兼ねてさ」
「あーすまん。俺はちょっと用事があるんだ」
その遊びたい盛りの悠馬からこのように提案されたわけだが、都合が悪くはいとはいかなかった。いや、龍平としては同年代の友達から遊びに誘われたということで行きたい気持ちは山々であったのだが残念なことに3連休の予定は既に埋まってしまっていた。
「すみません、私も実家に帰ることになってて…」
結衣もまた先約があるということで悠馬の誘いを断った。流石に実家に帰ると言われてしまってはどうしようもないため悠馬もすぐに諦める。ただ、龍平の用事というのは結衣の実家に帰るという理由とはまた別のものであり、そしてその用事というのは追求されると少し困るものだったりする。
(ちょっくら三重まで行ってくるなんてまぁ言えないよなぁ)
別に3連休に観光をしに行くわけではない。用事というのはNBMT団長であるアレクからの頼まれごと、ようするに仕事だ。その内容を説明するには少々日にちを遡る必要がある。
数日前の夜、龍平がすることもなくもう寝ようかとしていたところ、前回の時と同じようにアレクから一通の電話がかかって来た。
「よぉ『スモールドラゴン』、夜中にすまんな」
「いえ、平気です」
現在の時刻はというと丁度11時を回ったところで、電話をかけるには遅い時刻ではあるが龍平ぐらいの歳の若者ならば起きていて尚且つ自由な時間を過ごしている時間帯だ。別に寝ているのを半ば無理やり起こされたというわけでもないのだから気分を害すほどのことではない。
「早速で悪いんだが、次の休みは空いてるか?」
「次の休みですか? まぁ特に用事は無いですよ。金、土、日と空いてます」
「3連休か、そいつは都合がいい。それで要件の方だが、この間の日本の魔力磁場が不安定になっているって話、その大元の場所がだいたい分かった。ってなわけでちょっくらその調査に行ってくれねぇか?」
現在日本にいるNBMTのメンバーは龍平と智香の2人だけだ。となると、日頃から忙しい智香の手を煩わせるわけにはいかないため日本で活動するとなると必然的に龍平に白羽の矢が立つというわけだ。ところで、NBMTの人間が他にいないというのにどうやって情報を入手しているのかというと……。
「それは、マリアの占いですか?」
魔導士という存在は千差万別だ。その中には、普通の魔法ではなく特別な魔法が得意な者もいる。マリアというのは同じくNBMTのメンバーの1人で、彼女は占いや未来予知といったスピリチュアルな魔法を得意としている魔導士だ。
マリアは14歳と龍平よりも年下の最年少メンバーだ。かつて紛争地域で龍平に助けられた際、そのままNBMTに保護されたという経緯がある。
「あぁ。占いによると、場所は三重県北西部にある山岳地帯だそうだ」
「かなり特定できているんですね。それで、そのマリアは?」
龍平はアレクの映る画面を見ながら少し怪訝そうな表情を浮かべる。占いをしたのがマリアなら、マリアがその内容を伝えた方が情報の伝達が確実というもの。なのでその張本人がこの場に居ないはずは無いと思ったのだ。すると、アレクの視線が下を向く。
「あぁ、マリアならここにいるぞ」
アレクがカメラを下に向けると、画面に年端もいかない少女の顔がアップで映し出される。しかし、マリアと呼ばれた少女はカメラを向けられるとプイッと顔を背けてしまった。素っ気ない態度を取られてはいるが、嫌われているというわけではない。むしろマリアのこの不機嫌は好意から来るものであった。
「お兄ちゃん、こっちにはいつ帰ってくるの?」
そっぽを向いたと思いきや少し顔をカメラの方に戻して龍平に尋ねる。
「いつ帰るって、この前出ていったばっかりだろ。帰るのはまだ当分先になるぞ」
「むぅ……つまんない」
龍平が当分帰らないと分かるとマリアの機嫌は更に悪くなる。龍平としては無理なものは無理だとわかって欲しい気持ちがあったが、兄と慕ってくれる妹分にそう強く言えなかった。
「たまにはこうやって電話するから、それで我慢してくれ」
結果、龍平が折れることになる。そして、その妥協案を聞いたマリアの表情はパーっと花が咲いたように明るくなった。
「絶対だからね。約束だよ」
「分かった。約束する」
手放しで喜んでいるマリアと、ご機嫌になったのだから良かったと安堵する龍平。この2人の差を見てアレクは頭を抱えていた。
「マリア、お前もいい加減大人になってくれ。龍平はお前と1つしか変わらないんだぞ」
アレクは団長という立場としてではなく、2人の親、特にマリアの親として心配で仕方が無いのであった。
そういう経緯もあって3連休の初日、龍平は早朝から東京を出発する新幹線に乗って米原を経由したのち、色々と電車を乗り継いで目的である三重県北西部、名張市へと到着した。龍平はその移動の間も情報収集を欠かさない。
「ちらほらと魔導士がいるな……」
三重に入ったあたりからは魔導士の姿が多く見られるようになった。しかしそれは珍しいことではない。何故なら日本にもマリアのように占いを得意とする魔導士がいて、そういうところから情報があると現地の魔導士達が調査に動くというのがこの界隈では頻繁に行われているからだ。
その集まった魔導士達はこういう時に即席でチームを組んで活動をする。数十人という規模がバラバラになって動くより、一丸となって仕事を分担した方が効率が良いからだ。
「この辺りというところまでは見当がついてるみたいだが、詳しい場所までは分かっていないみたいだな。まぁ、マリアの占いの精度が高すぎるだけか」
本来魔導士は協力することを良しとするものなのだが、こんな精密な情報を持っていることを知られると後々面倒なことになるためマリアの占いのことは誰にも教えない。そのため、龍平は現地の魔導士達の協力を仰がず一人で山の中へ足を踏み入れた。
「なんか嫌な感じがするな。アレクさんは魔力磁場が不安定って言ってたけど、これは何か原因がありそうだな」
自然の中には魔力の流れのようなものが幾多に存在している。そういう流れが合わさって地脈というものになり、それが乱れる、不安定になるということは何か悪いことが起こるとされているのだ。もっとも、何か悪いものが地脈を乱すということもあるためその辺りの前後関係は定かではない。
重要なのはこの魔力の流れが不安定であるという事実だ。その原因を突き止めるべく、龍平は躊躇うことなく異変の最も強いところへと向かっていく。その最中、ポケットに入れていた携帯がブルルと震えた。
「メール? 結衣から?」
確認をしてみればその差出人は実家に帰ると言っていた結衣からであった。
「お忙しいところすみません。この問題の解き方を教えてくれませんか?」
メールにはそういう文言と一緒に画像ファイルが添付されていて、開いてみると数学特有の図形の証明問題が表示された。計算問題と違って何も書かずに解くというのは至難の技であり、流石に解説までするのは無理だということでとりあえずメールを見たということに関してだけ返信をすることにした。
「すまん、今家にいないから解くのは夜になる、っと……」
龍平は少し遅くなるという文章を記して送信ボタンを押す。だが、そのメールが正しく送られることは無かった。
「何だ……? 急に電波が……」
見てみれば携帯には圏外の文字が表示されている。ついさっき結衣からのメールを受け取れたというのに、だ。その表記を見て、龍平はようやく自分の注意が散漫になっていたことに気づいた。
「何かいるな。右か、左か……」
龍平はこの電波障害が人為的なものであるとすぐさま理解すると、周囲を警戒すると同時に索敵を開始する。その時、龍平の頬を微かな風が掠めていった。
「いや、上か……!」
その直後、辺りの木々を薙ぎ倒すほどの爆風が龍平に向かって吹き下ろす。もの凄い威力ではあったが、前兆の微小の風に気づけたために龍平は障壁を展開してなんとか防いだ。
「ほう、若僧よ。あれを防ぐか」
「誰だ?」
不意に聞こえてきた声に反応して龍平が急いでバッと空を見上げると、異様かつ特徴的なシルエットが仁王立ちをしながら空中に佇んでいた。大きく赤い鼻、その手には羽団扇を持ち、そして黒い翼を羽撃かせている。
おそらくその正体は伝承に詳しくない者でも知っているであろう。山神の異名を持つ大妖怪、『天狗』だ。
「天狗、ある意味では神として称えられる妖怪か。なるほど、磁場が乱れているのはこいつの仕業ってわけか」
「儂を前にして考え事とは随分と余裕そうじゃな。まぁ良い、丁度力も高まってきたことだ。大天狗になる前の肩慣らしにこの力、試させてもらうぞ」
「やれやれ、今日は様子見のつもりだったんだが……仕方ないか」
天狗はやる気満々といった様子で魔力を解放する。一方、龍平は特に慌てた様子もなく、それこそ天狗の言うように余裕そうに魔力を解放した。すると、天狗からさっきまでの余裕が消え、その表情は龍平に対する畏怖に染まる。
「な、なんじゃ、その力は……?」
「相手が悪かったな。お前が得意としている風魔法は俺の得意分野でもある」
龍平の口から淡々と述べられる事実に天狗の顔が絶望に歪んだ。これでもかというほどに増幅した魔力を前に、天狗はようやく自分の犯した失敗に気づく。
「ま、まさか貴様、今代の……!?」
「今更気付いても遅い。『風刃・エアロブラスト』」
その力の差はもはや歴然、それは防御したところでなんの足しにもならない程にはっきりしていた。その圧倒的な力の前に天狗は為す術もなく消滅する。そして、残ったのはまるで大型の台風が直撃した後のような惨状だけであった。
紛うことなき環境破壊である。
「まぁ事後処理はアレクさんが何とかしてくれるか」
龍平は電波が回復していることを確認すると、アレクに調査が終了したという報告を添えて事後処理を全て押し付けるメールを送る。
「さて、これからどうしたものかな」
折角遠出をしたというのにもう東京へ帰るというのは流石につまらない。なので、何か観光をと思い来た道を引き返して山を出る。特に行く当てなどなく、再び駅周辺まで戻ってみると、来た時と同様魔導士達の姿をいくらか見ることができた。
「なんか申し訳ないことをしたな」
おそらく彼らはあと数日をかけて何もないこの辺りを調査するのだろう。そう考えると、無駄な労力と時間を使わせるということ少し罪悪感すら覚えた。そして、しばらくその様子をぼーっと見ていたのだが、ぼんやりとしていたせいでその中に見覚えのある顔がいたのに気づくのが遅れてしまった。
「あれ、鹿島君……? こんなところで何してるの?」
「え、伊賀さん? そっちこそ何で?」
その声の主はクラスメイトの雀であった。龍平はまさかこんなところでクラスメイトに会うだなんて想像しているはずもなく、これはどうしたものかとしばらくフリーズする。
「何でって、ここ私の地元だから。で、龍平君は?」
「俺も実家が近くだから帰る途中だったんだけど、ネットで魔導士協会のページを見てたら近くで集会があるって書いてあったから、後学の為に参加しようかなぁと」
龍平は流石に無理があるかと思いながらも咄嗟に思いついた嘘で誤魔化す。だが、論理的に間違っていることは言っていないということもあって雀は龍平に対して不審そうにする素ぶりは見せなかった。
「エリナちんじゃないけど、鹿島君も意外と意識高いよね〜」
「ま、まぁな」
(なんとか誤魔化せたか…?)
それが既にエリナという前例があったおかげだと分かると龍平は心の中でエリナに感謝した。そんな龍平の心の内など知る由も無い雀は、突然何かを思いついたとポンっと手を叩く。
「そうだっ! 鹿島君も私のチームに来なよ! 参加するんでしょ? 変異探し」
「……邪魔じゃなければ、そうさせて貰おうかな?」
その提案は龍平にとってはとてもありがた迷惑な提案であり、龍平としては一刻も早く帰りたいところではあった。しかし、つい先ほど参加するという嘘をついてしまった以上、背に腹はかえられないと龍平は諦めて雀について行くのであった。




