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第7話 各々の邂逅

「6年前、シチリア島で起きたクラーケン騒動について皆知ってるかな?世の中にはね、世間ではあまり話題にならなかった事件がたくさんあるの」


 週が明けて月曜日の午後の授業。授業の枠組みとしては魔法の授業ということになっているが、魔法の授業も全て実戦の授業というわけではなく今日のように座学ということもある。ちなみに授業のテーマは「魔導士と天災について」だ。


 この例に出されたクラーケン騒動。特に後世に語り継ごうなどというような大々的なニュースにはなっていない。未曾有の大災害になりかけただけで実際に大災害にはならなかったからだ。


「ちなみに、この時は神話生物の天災というにも関わらず死者は0。その背景にはたくさんの魔導士の活躍がありました。それは、数時間に及ぶ激闘だったと言われています」


 もちろん当初はSNSなどで話題にはなった。地球が滅ぶとまで尾ひれがついた結果、被害が無かったということもあってその話題はすぐに風化することとなったのだ。

 なのでその真相を知る者は、本当に最後まで興味を持って動向を確認していた人か、現地にいた人、あるいはその人から話を聞いた人ということになる。


「シチリア島……」


 魔導士の活躍についての授業が進む中、エリナは1人誰にも聞かれないような小さな声で呟いたのであった。



 6年前、シチリア島西の海岸にて…………


 その日の数日前から、天変地異の予兆と言わんばかりに記録的な大雨の日が続いていた。特にその日の海は嵐が吹き荒れ、海岸から沖を見ればその文字通りの意味でも暗雲に包まれていた。


 住民の不安は募るばかり。そんな状態で海底から巨大な生命反応が接近しているという警報に住民がパニックに陥るというのは仕方のないことだろう。島の東側へ通ずる道路は我先にと避難をしようとする車でごった返していた。


 だが、全ての人が東へ向かうわけでは無かった。魔導士緊急招集令、近場にいた魔導士は被害を食い止めるべく人の流れに逆らい続々と西へと向かった。


「エリナ、あなたは1人でお家に帰りなさい」


「そんな!お父様とお母様は……?」


「本当はそうしたいんだけど、パパ達は魔導士なんだ。魔導士には弱い者を守るという義務がある。エリナ、良い子だから分かってくれるかい?」


 その招集にはバカンスに来ていたエリナの両親も動員された。A級魔導士の人手は1人でも多い方が良い。事態はそれほどまでに緊迫した状況であった。


「分かりましたわ……」


 少女は渋々と頷く。これは、これまで良い子を続けてきたエリナが初めて両親についた嘘であった。両親に駅で見送られたエリナは東へと向かう電車には乗らずに人波を掻き分けてホームを抜ける。しかし、駅の外に出たところで何をするわけでも無く、雨を避けるために屋根のあるベンチでただずっと座って人の流れる様を見続けていた。


 そんな中、エリナはあることにふと気付く。駅に入って行く者で溢れる中、駅から出て行く者も少なからずいたのだ。それらは皆、此の度の招集に応じた魔導士達だと聡明なエリナはすぐに理解できた。


(あの黒髪の女の人もそうなのかな?)


 そこでエリナは欧州には似つかわしくない黒髪を棚引かせた女性に目を奪われる。よく顔を見てみれば、周りの魔導士と比べて一回りかふた回りかは若かった。


 エリナはその女性の後ろを気付かれないように着いて行く。何故か、その女性についていけば父と母のいる所に行けると思ったからだ。


「休暇のつもりが大変なことに巻き込まれてしまいましたね……」


 その女性こそ、当時19歳。A級魔導士として活躍していた水瀬智香であった。



 緊急招集から1時間、集まった魔導士は87人。その内訳はB級魔導士70人、A級魔導士17人というものであった。招集から1時間でこの人数なら、よく集まった方だと言えるだろう。A級魔導士の一人が魔法協会本部と連絡を取りながら状況を確認する。


「巨大生物の正体が神話生物であるクラーケンだと判明した。これより約10分後にこの島に上陸する」


 その報告に招集に馳せ参じた魔導士達の間でどよめきが起こる。神話生物による災害は数十年に1度と言われるような天災なのだ。


「特に、クラーケンの使う『メイルシュトローム』は強力な魔法だ。大規模魔法の兆候が見えたら全員攻撃を中止し障壁を展開して街を守るように。街が水に浸かれば浸かるほど俺たちは不利になるぞ」


「「了解!」」


 急な招集ということで作戦を立てる時間も無く、大方のことは各々の判断に任されることとなった。各自配置について準備をするとクラーケンの登場を海岸にて待つ。すると、数秒という短い間ではあるが荒れていた海が静まり返った。それが、嵐の前の静けさだというのはそこにいる誰もが分かった事であった。


「来たぞ!」


 咆哮と共にクラーケンが海面から顔を出す。その怪物は敵意を向けられていることが分かっているのか、些か興奮しているようにも見えた。


「『ライトニングサンダー』!」


「『フリージングペイン』!」


 魔導士達は開幕からと魔法の集中放火を浴びせる。仮にもB級、A級魔導士の魔法だ。本気の攻撃で無くともそれ相応の威力はある。しかし、それらの魔法はクラーケンには全く通用していなかった。


「障壁だと!?」


「チッ……! さすがは神話生物、面倒だな。長期戦は避けられないか……」


 全員が本気で魔法を放てば、障壁ごと突破できるかもしれない。しかし、威力の強い魔法にはそれだけ時間がかかってしまう。当然、そんな猶予なんてものはどこにも無い。そういうこともあって、時間をかけてクラーケンの魔力を少しずつ削りながら闘うことが基本方針になった。



 1時間後…………増援にきた魔導士53人が加わっての攻防戦が続いていた。


「後から合流したグループは頃合いを見て前線の奴らと適宜交代しろ! 」


 増援に駆けつけた魔導士の数が思ったよりも少なく、思った以上に厳しい戦いを強いられることとなった。


「くそっ、島の外からの援軍は期待出来ないか。唯一の救いは電車が止まっていないことだが……」


 このままいつまでも気を張って防衛に務めることなんて不可能だ。必ず何処かで綻びが出る。現に、B級魔導士の面々は激しい魔力の消費に集中が切れかけている。無理もない、その兆候は極めて優秀と言われるA級魔導士にも見え隠れしていた。どうしたものか、全員がそう思っているとクラーケンの攻撃が一瞬止んだ。


「後退する! 支援を頼む!」


 前線にいた面々がこぞって入れ替わろうと動いた瞬間、その攻撃はやってきた。クラーケンの動きが止まったのは、ただの準備期間に過ぎなかったのだ。


「待てっ! 障壁を!」


「くっ、間に合わぬか!」


 熟練のA級魔導士の行動は速かった。全員が防御に参加出来ないと分かるや否や、それを補うように大きめに障壁を展開する。遅れて気づけた者たちが障壁を展開したところで、そこにクラーケンが使う最強魔法『メイルシュトローム』が襲いかかった。


 高波、津波、波浪、ありとあらゆる形で現れる大量の水。まるで、街を沈めようと言わんばかりの魔法だ。それを受け止めたのは、前線にいたうちのたった数十人の障壁であった。


「前線にいた面々は後方で身体を休めるんだ! 魔力の回復に専念しろ!」


 特に、障壁を展開していた魔導士の消耗は激しい。中には、ふらふらになりながら後退をする魔導士もいた。それだけクラーケンの魔法は凄まじかったのだ。


「おい嬢ちゃん! あんたも障壁出してただろ? 戻らなくていいのか?」


「私はまだ平気です。他の魔導士の支援に行ってあげてください」


「なんて奴だ……」


 障壁を出した魔導士が全員後退をする中、智香だけは後退せずに前線に残っていた。熟練の魔導士ですらその胆力に舌を巻く。

 しかし、これはまだまだ序章に過ぎなかった。



 戦闘開始から2時間後、そこには異様な光景があった。回復に専念する後陣、A級魔導士を主とした80人程度の前線、そして智香1人が最前線で戦っていた。


「マジかよ。あの魔導士、開始から1度も休んでないぞ……」


「あんな嬢ちゃんがずっと前で戦ってんのに俺たちだけ休むわけにわいかねぇってもんよ!」


 智香の働きを見て前線の面々は奮い立つ。せめて支援をするくらいのことは出来ると魔導士としての意地を見せた。

 その瞬間、再びクラーケンの動きが一瞬だけ止まる。流石は高位の魔導士ということだけあって2度同じ失敗はしなかった。


「『メイルシュトローム』来るぞ!」


 前線の魔導士達は一斉に障壁を展開する。だが、最前線にいる智香は10人分ほどの障壁を展開していた。


「嘘、だろ……?」


「一体あの日本人は何者なんだ……?」


 ここまで見せつけられてしまったら腕自慢の魔導士達も智香との力の差を認めざるを得ない。同じA級魔導士達ですら智香に圧倒されその力に戦慄するのであった。



「すごい……」


 雨が降る中、エリナは海の近くにある高台からその光景を眺めていた。ここにいたら危ないなどということはとうに忘れて、真剣に闘いを見つめている。それほど怪物に立ち向かう魔導士達の姿にエリナの心は奪われていた。


「これが、魔導士……」


 ただ魔法を使えるというだけが魔導士ではない。そういう意味では、自分はまだ魔導士では無かったのかと小さな魔導士はそう思うのであった。



 少し遡って魔導士招集令が出された頃、イタリア本土ではシチリアへ向かおうとする魔導士達が空港で足止めを食らっていた。このグループもまた、飛行機に乗ろうと空港に来た数あるグループの一つである。


「西側には行けそうもないな、全部止まってやがる」


「団長どうするのー? 島の東側から向かったんじゃ到着がいつになるか分かんないよー?」


 島に行こうと思ったら交通手段は当然空か海かということになる。しかし、そのどちらの選択肢も嵐で使うことが出来なかった。女性の間延びした声に団長と呼ばれた男は唸る。並大抵の魔導士ならここは少し時間がかかってでも遠回りをして援軍に行くという選択肢を選ぶしかない。

 だが、彼らにはもう一つの手段があった。


「公共交通機関がこうも麻痺してるんじゃしょうがねぇな。飛ぶぞ。龍平、お前は先行して救援に向かえ。俺たちは後から追いつく」


「了解です」


 龍平達、謎多き魔導士集団、NBMTもこの招集令に応じて出動していたのだった。



 再び舞台は戻って最前線の智香へ。依然としてクラーケンと1人対峙をする智香、この時彼女は不思議な感覚を味わっていた。


「本来なら既に限界を迎えててもおかしくないというのに……まるで何かが力を貸してくれているみたいな……」


 智香は魔導士としての自分の実力というものをよく理解しているつもりだった。それは魔法の腕はもちろんのこと、魔力の量から集中力まで、魔導士として必要な全ての要素を含めての実力だ。それを踏まえて、智香は自分がこれほどまで闘えているということに疑念を抱いていた。


「一体何が……?」


 そうやって自分の身に何があったと疑問を感じたことで、ようやくその正体に気づく。いや、その正体を感じることが出来た。


(あ、人間さん。やっと聞こえたんだ)


「ッ……!?」


 無邪気な女の子を想起させる高い声が直接頭の中に響く。しかし、辺りを見渡してもそのような女の子の姿はどこにも見つからない。


「あなたは、一体……」


(わかるはずだよ、意識を研ぎ澄ませて。大丈夫、私の声が聞こえるあなたにならきっとできるよ。さぁ、私の名前を呼んで!)


 その声に従って集中してみると、突如、時が止まったかのような感覚が智香を襲う。その瞬間、頭の中に一つの単語が浮かび上がってきた。


「精霊召喚『ウンディーネ』」


 智香の呼び掛けに応えて水の精霊王『ウンディーネ』のその姿が顕現される。それは、年端もいかないとまではいかないが、少なくとも大人には見えない少女の姿をしていた。その海のように煌めく髪を靡かせた少女は、智香の姿を確認すると満足気に微笑む。


「できたじゃん!」


 口調こそ子供っぽいものであるが、その表情はまるで我が子を褒める母のような慈愛に満ちたものであった。そんな中、相対しているクラーケンから強い魔力反応を検知する。それはクラーケンが最強魔法『メイルシュトローム』を使う前兆である。


「おっ、お相手さんも本気みたいだね。マスター、こっちも全力で行くよ」


「はい」


 智香から防御の障壁は発現しない。怪物の本気を前に、智香はウンディーネに誘われるように真っ向から立ち向かうことを選んだ。


「「『覆海・メイルシュトローム』」」


 怪物を相手に火力勝負を仕掛ける。それも同じ水魔法のため条件は五分だ。同種の魔法はぶつかり合うと拮抗し合い高く水飛沫が舞う。が、その拮抗状態は長くは続かず、お互いの魔法は打ち消し合うように相殺された。


「マスター、大丈夫?」


「まぁ、なんとか……………………っ!?」


 その直後、智香はガクンと崩れ落ちて膝をつく。身体は平気なはずなのに、上手く立ち上がることが出来ない。急激に大量な魔力を消費したことで、身体ではなく精神の方が悲鳴をあげているのだ。


 そして、更に厄介なことに目の前の怪物は魔法が打ち消されたことを怒り狂うように再び『メイルシュトローム』の準備をしていた。


「障壁を……」


 それでも智香は諦めまいとなんとか立ち上がり魔法を唱える。その瞬間、限界に達した身体はフラッとふらついたかと思うとそのまま無抵抗に倒れて行くのであった。


 そんな智香を一筋の柔らかな風が包む。その風から智香を支えるように1人の人間が現れた。


「なんとか間に合ったな」


「日本……語…………?」


 その正体はイタリア本土から文字通り飛んで駆けつけた龍平であった。その距離およそ400km、彼はその距離を3時間という速さで到着してみせた。


「行くぞ、『シルフ』」


「ふっ、存分に振るわせて貰うぞ。我が主よ」


「『精霊融合(・・・・)』」


 その瞬間、龍平の髪が黒髪から艶やかな空色のものに変わる。そして更に、クラーケンのものよりも更に膨大な量の魔力が溢れ始めた。


「『龍吼・メテオストリーム』」


 その直後、暴力的なまでの風の奔流。圧倒的な威力の魔法は魔法を喰らい飲み込む。魔法同士がぶつかったと思った瞬間、龍平の魔法はクラーケンの魔法を消し去ってしまった。いや、魔法だけではない。威力の衰えない龍平の魔法は、そのまま怪物の障壁をも削っていく。しかし、それでもまだ風は止まない。


「『風刃・エアロブラスト』」


 今度は怪物を守る障壁も何も無い。そこに超強力な一撃をお見舞いする。そして、神話級の怪物クラーケンは悲鳴のような断末魔をあげたかと思うと、その姿は塵となって雲散霧消したのであった。


 エリナは当時のことを今でも鮮明に覚えている。


「わたくしも、いつかはあんな魔導士に……」


 その事件は1人の魔導士の人生を変えた。魔導士というものはただ強いだけではなく、誇り高い存在で無ければならない。エリナは事件から6年経った今でもそう思っている。


「空色の髪をした魔導士。『スモールドラゴン』、わたくしの憧れですわ」


 その存在は確実に彼女の魔導士としての在り方に影響を与えていたのだった。

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