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第49話 夢

 幼少期の記憶というのは誰もが忘れてしまうものだ。それを忘れてしまうというのはある意味正常な成長なんだと言える。

 しかし、たとえそれが曖昧で忘却しやすいものであっても、一部だけは覚えているなんてこともある。


 結衣はそんな幼少の頃の夢を見ていた。夢を見ていることを自覚しつつ、その忘れていた記憶の欠片を解いていく。

 これは、いつのことだっただろうか。車に乗ってイルミネーションで彩られた夜の街を進んでいく。

 たしか4歳の頃のクリスマスだ、この日は風間の本家に行くことになったのだ。


「今日はどうしてお家じゃないの?」


 純粋な疑問だったのだろう。さらに今日は何故か小洒落た洋服で着飾っている。なんでだったか、結衣も思い出せない。しかし、いつもと違う。それは夢の中の幼い結衣にも分かった。


「今日は誕生日パーティーがあるんだよ」


 それは運転席に座る千智の言葉だった。それを聞いて、風間本家の子供が5歳になったためそのお披露目パーティーが催されることになったことを思い出す。

 しかし、幼い結衣にはそこまで補完することが出来ない。


「パパ、結衣今日誕生日じゃないよ?」


 結衣の意思に反して幼い結衣は当時の事象をそのまま再現する。このあとは確かこう言われるんだと結衣は曖昧な記憶を思い出す。


「結衣は今日は主役じゃなくてお客さんよ。いっぱいお祝いしてあげてね」


 微笑ましいものを見るような目で母、美嘉に諭される。結衣は気恥ずかしい気持ちでその光景を眺めていた。


 暗転、唐突に場面が変わる。次の場面で結衣は風間本家の大広間にいた。パーティーはどんな様子だったかと思い返してみるとこれが全く思い出せない。

 お偉いさんが壇上に上がって小難しい話をしては降りていく、その繰り返し。

 幼い結衣は退屈していた。

 もっとも、話の内容も理解できないし、当時のそんなところまでは覚えていないためその辺り話は脳内で補完されているのだろう。

 ただ、そういう事象があったということは結衣も覚えていた。

 父も母も偉い人と話をしていた。


 暇を持て余していた結衣は、1人大広間を抜け出して庭へと移動した。

 今の結衣ならばそんな行動はしないだろう。幼き日の考えなしの行動力に苦笑する。


 結衣は照明の少ない庭を歩いている。花を見ながら歩いていたのだが、照明の数が段々と減って、辺りが暗くなってきていることに気がつかなかった。

 そして、案の定というべきか迷子になってしまっていた。


「ここ、どこぉ……?」


 敷地内であるため安全ではあるが、それでも幼い結衣にとっては暗くて怖い。大声で泣いたりはしなかったが、その目には涙が溜まって今にも溢れ出しそうだった。


「ねぇ君」


「ひっ……!」


 ふと後ろから声をかけられる。ビクッと驚いて後ろを振り向くと、そこには1人の少年が立っていた。

 同い年くらいだろうか、いやしかし幼稚園の友達と比べると少し大人びて見える。


「おっと、驚かせてごめんね。君もパーティーを抜け出したんでしょ? 分かるよ、大人たちの話はつまらないからね」


 声の主が同年代の子と分かったことで警戒や恐怖心が和らぐ。パーティーを抜け出したことを怒られるかと思ったが、どうやら彼がここにいたのは偶然だったらしい。


「うん……」


 気の利いた返事も出来ない上に、涙混じりの声なってしまった。そのせいもあって男の子は結衣が目に涙を溜めていることに気付く。

 何故結衣が泣きそうになっているのか、男の子は「あぁ!」と何か合点がいったみたいだった。


「そういえばさっき、ここどこ?って言ってたね」


「結衣、迷子じゃないもん!」


 馬鹿にされたくないという思いがあったのか、反抗心が生まれて強がりを言ってしまう。「いや、セリフを聞かれていた時点で無理でしょうよ」と夢の光景を見ながら結衣は幼い自分にツッコンだ。

 きっと男の子もそう思っていただろう。しかし、彼は紳士であった。


「ごめんごめん。はい、お詫びの印にこれをどうぞ」


 男の子は手をグーパーと握って開いてを繰り返して結衣に何も持っていないことを示す。次に、男の子が手を開くと一輪の花が現れた。


「え、なんで!?」


「タネも仕掛けもない魔法だよ」


 今思い返して見れば、これは指の間でパームしていた花の種を土魔法で活性化させただけの簡単なトリックだ。しかし、結衣はその出来事に深く感動した。

 エピソード自体は忘れていても、その感動は結衣の潜在意識の中に深く根付いている。

 魔法というのは人を幸せに出来るものなんだ、と。


「そろそろ戻らないと抜け出したことがバレちゃうね。もし良かったら君を会場までエスコートさせてくれないかな?」


「う、うん……」


 マジックを見せられたからか、不思議と彼に対しての反抗心は無くなっていた。代わりに、手を繋ぐだけなのに何故か凄くドキドキとしてしまうそんな淡い恋心が生まれてきていた。しかし、幼い結衣にはその感情が何か分からなかった。

 二人で来た道を手を繋いで歩く。仮に、側からその姿を見た人がいたら十中八九は仲睦まじい兄妹に見えたことだろう。


「君は今何歳なの?」


「4歳……」


「4歳か、じゃあ僕がお兄ちゃんだね」


 この時に結衣が恋愛感情というものを知っていたら、妹扱いされるのは不本意だと拗ねていたかもしれない。だがこの時の結衣は妹扱いされたことを家族のように近い存在なのだと喜んだ。


 4歳の子供の行動範囲なんてたかがしれてるもので、パーティーの会場はそこまで離れていなかった。

 大人達の笑い声が聞こえてきたことでお別れの時が近いことを察する。


「本当はね、結衣、迷子だったの。だからね、助けてくれてありがと……お兄ちゃん」


 結衣はさっきは嘘をついてしまったと正直に告白する。男の子はそんな結衣の頭を優しく撫でた。


「偉いね。嘘をついたままでも良かったのに」


「ううん。ああいうのは良くない嘘だって分かるもん。それに、嘘をついてたらお兄ちゃんにお礼を言えなかったから」


 結衣の言葉に男の子は面食らったような顔をする。まさかそんな理由で自分の非を認めるなんて思わなかったからだ。


「お兄ちゃん、また困ったことがあったらお兄ちゃんが結衣のこと助けてくれる?」


「もちろん。約束するよ」


 そう言って男の子が別れを告げると、結衣の夢の世界はまた場面転換する。

 結衣も3月には5歳となり、ホテルを貸し切ってお披露目パーティーが開催された。それから風間の集まりに正式に呼ばれるようになり、4月には懇親会、8月には納涼祭と何度か集まりに参加した。


「お兄ちゃんに会えるかな?」


 それが楽しみだった。けれども、お兄ちゃんには一度も会うことができなかった。


 そしてお兄ちゃんと会って1年が経った、5歳のクリスマス。

 その日は風間の本家で誕生日パーティーは開催されることは無かった。

 その日以降、風間の集まりというのはめっきりと無くなってしまった。結衣はお兄ちゃんのことを思い出すこともなく、お兄ちゃんとの思い出の日は、遠い過去となってしまったのであった。



 ✳︎   ✳︎   ✳︎


「起きたか」


 結衣が目を覚ますとそこは手術室前のベンチであった。自分とエリナには寝る前には無かったはずの毛布がかけられている。


「ありがとうございます。今は何時ですか?」


「夜中の3時だ。まだかかるだろうから、寝てていいぞ」


 その間も龍平はずっと起きていた。きっと、今日はずっと起きているつもりなのだろう。その優しさに結衣は夢で会ったお兄ちゃんを思い出す。


「ちょっと顔を洗ってきます。交代しますから龍平君も寝てください」


 そう言って結衣は二人の元を一旦離れる。

 夜の病院は仄暗い。消火栓の赤いランプと非常口を指し示す緑のランプの色合いがどことなく不安を駆り立てる。


「流石に迷子にはなりませんけどね」


 夢の中ではちょっとした道でも迷子になってしまったが、もうそんな歳ではない。

 ふと、トイレで鏡を見てみると涙の跡に気がついた。


「龍平君の記憶が飛びますように……」


 おそらく、いや絶対見られていただろう。

 龍平は気付いていないフリをしているだけだと確信していた。乙女の寝顔を見たことに関して後で文句を言ってやろうと結衣は意気込むと、その勢いのまま龍平の元に突撃する。


「龍平君、私が寝ながら涙を流していたのを黙っていたのは何でですか?」


 龍平としてはその質問は想定外であった。このデリケートな問題に自ら触れてくるとは思いもしなかったからだ。


「いや、それを言うと寝顔を見てましたよって言ってるみたいだろ? 嫌じゃないかと思って」


 龍平はあくまでこれは結衣の心情を慮った結果なんだと言う。しかし結衣はこれでは納得しなかった。


「鏡を見てなんかこっちが恥ずかしくなりましたよ。見られちゃいけないものを見られて気を遣われたみたいになるじゃないですか」


「悪かった。謝るから許してくれ」


 降参すると両手をあげる。それでも結衣の機嫌が悪いと見るや、龍平は結衣に手を前に出すように言った。


「ま、所詮は子供騙しなんだけどな。けど子供には良く効くんだ」


 そう言うと龍平の手から一輪の花が現れる。結衣はそれを見て気が付いた。


「そんなの、効くに決まってるじゃないですか……」


 おんなじだ。魔法の手順も、仕草も、出した花も、全てが夢で見た男の子と同じであった。


「ずっと、助けてくれてたんですね。お兄ちゃん」


「あぁ、約束したからな」

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