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第5話 即席コンビ

 魔力測定が終わってからは日本の高等学校ではごくごく一般的な50分で1コマの一般的な授業が行われていた。ただ、魔法学校の授業方針はあくまで魔法がメインであり一般教養には重きを置かれていない。何故なら大学や一流企業に勤める者が学力主義の世界だとするのならば、魔導士の世界は実力主義であるからだ。とはいえ、必要最低限の教養は魔導士ではなく人間として必要なわけで、所謂学力テストなるものが学期末には開催されてしまうのだ。


「勉強なんて実社会に出てから使わないから、やる気がなぁ……」


「高校入学の翌日に言うのもなんだが魔法大学の入学試験も実技一本だからな。赤点さえ免れれば及第点だろ」


 ちなみに、教養と魔法の授業のコマ割りは約2対7から3対7とかなり偏りがあり、一般教養に関してはその全てが月曜と金曜の午前に集中している。その数少ない教養分野が悠馬のような見習い魔導士に数々の絶望を植え付けていくのだ。


「僕月曜と金曜の午前中は来ないかもしれない」


「いや流石に向上心無さすぎだろ。もう少し頑張れよ」


 悠馬は勉学は全くダメなようで、授業1回目にして諦めることが候補に上がってきていた。ところで、どうして悠馬がこんな悲愴的になっているのかというと前の授業でいきなり小テストがあったからだ。


「龍平は僕の点数を知らないからそう言えるんだよ。分かってる? 38点だよ?」


「38か、ギリギリ赤点だな」


「そうだよ、龍平さっき赤点さえ免れれば及第点とか言ってたよね? 赤点なんだよ」


 定期試験の赤点は40点ということになっている。落ちれば再試、それでも落ちれば再再試と受けることになる。ただ、あくまで学力は重視されていないため留年することは無い。なので、面倒だと思うことはあっても危機感を覚える必要はあまり無いのだ。


「ところで、龍平は何点だったの?」


「見ないほうが良いぞ。それがお前のためだ」


 龍平の意味深な言い回しだが、悠馬はそれがただ見られたく無い口実だと思ってしまった。というのも、成績が優秀なら『赤点さえ免れれば及第点』と言うとは思えなかったからだ。


「そんな隠さなくても誰にも言わないからさ!」


 そう言って龍平の机の上にあった小テストをさっと取って右上の点数を確認する。そこにあったのは悠馬には見慣れない数字列。


「え、100点? 嘘だよね?」


「だから言っただろ? 見ない方が良いって」


 魔法学校では勉学においてはそこまで難しい事を要求されることは無い。そのため、少しの予習と復習でどうとでもなるというわけだ。もっともそれは基礎が出来ていればの話ではあるが……。龍平はそこら辺のところを智香に小さい頃から仕込まれていたためにこのように好成績を取ることが出来た。


「あの、鹿島君って勉強が得意なんですか?」


 不意に、前の席の結衣が龍平達の会話に混ざり込んで来た。いや、混ざるというよりは食い込むという方が正しいか。そんな彼女の手には小テストが握られていた。


「もし良ければですが、たまにでいいので勉強を教えてくれませんか……?」


 右上を見れば29という数字。今日が授業初日だというのに早くも切羽詰まっていた。いや、切羽詰まっているのは悠馬もだがどちらにまだ救いがあるかと比べれば悠馬の方がまだマシであった。


「悠馬より下がいたのか……」


「こういうのって安心しちゃダメなんだろうけど思わず安心しちゃったよ。でも意外だね。風間さんみたいな名家だと学業の方も成績が良いと思ってたからさ」


 悠馬はこれを嫌味で言っているわけでは無く、人間味があるというつもりで言ったのだが、思いの外この発言は結衣にダメージを与えた。


「このままだと絶対怒られます……せめて赤点だけは避けないと……」


 いくら魔法の実力で評価されるとは言っても、学校の勉強が評価されないわけではない。誰からも一目置かれている『風間』がまさか学力試験に落ちたともなれば目立つことこの上ない。

 勉強が出来ない本人が悪いとはいえ、流石に可哀想である。


「まぁ、勉強を教える云々ってのは時間があればな。俺に分かる範囲のことなら協力しよう」


「あ、ありがとうございます!」


 結衣は龍平が救いの手を差し伸べてくれたことに感謝する。29点の彼女1人では間違いなく限界があるということは彼女自身理解出来ていた。そのため、100点を軽々ととってしまう龍平の助力は大変心強かった。


「あの、良ければですけど連絡先を交換しませんか?」


 携帯電話を取り出して結衣が提案する。龍平としてもそれを断る理由もない。むしろこれなら通話でもメールでも、いつでも勉強を教えられるようになるわけだ。


「そういえば悠馬の連絡先もまだ知らなかったな……」


「こんな感じだと龍平は誰とも連絡先交換して無さそうだね。交換して無かった僕が言うのもなんだけど交友関係って意外と大事だと思うよ?」


 悠馬は部活動もあるため少なくとも龍平よりも人付き合いというものは多くなるだろう。悠馬の言う交友関係の重要性はともかくとして、有って損になることは無いとは言えるだろう。


 そしてここにはそういった交友関係を築くのが苦手な人間がもう一人いた。


「私も鹿島君が初めてでした……」


 周囲のクラスメイトが遠慮することと、本人の内気な性格が合わさってしまった結果であった。連絡先を交換する、こんな何気無いことでも彼女にとっては勇気を持った行動だったというわけである。


 そして、その様子を監視するように見ている人物がいた。


「分かりませんわね……」


「何が?」


 誰にも聞こえないような声で小さくエリナは呟く。だからその独り言に返事が来たことに激しく動揺してしまった。


「す、雀さん!? 急に出てこないでくれます?」


「うわっ、エリナちん100点じゃん。すご~。あれ? じゃあ何が分からないの?」


「何でもありませんわよ。はぁ……貴女は本当に……」


 神出鬼没な雀にエリナは調子を乱される。エリナのキツい性格が多少緩和されているところを見ると、意外と2人の相性はいいのかもしれない。


 午後、午前中の座学とは打って変わっての実技演習ということで昼食を済ませた龍平は休み時間のうちに競技場へと移動する。30分以上前ということで1番乗りだと思っていたのだが、そこでは既にこの授業を担当するであろう教師が待っていた。その人物は手にリモコンのようなものを持って何かを操作している。


「次の授業は鷹野先生が受け持つんですか?」


 その人物は何度か顔を合わせた担任の麻耶であった。その麻耶はというと、授業の開始時刻よりも随分と早い龍平の登場に少し驚いた表情を浮かべる。


「そうなんだけど、鹿島君ももうちょっとゆっくりしてれば良かったのに」


「初回ですから遅れないようにと思いまして。ところで先生、その機械は?」


「あ、これ? これはねぇ、魔法で色々なバリエーションのステージが作れるって代物。まぁ百聞は一見にってやつだね」


 そう言って麻耶がいくらか機械を操作すると競技場の床が開いて地面からは大量の木、木、木。何もなかった普通の競技場が一瞬で森林地帯へと早変わりである。


「凄いですね。実戦を想定した訓練が出来るというわけですか」


「その通り。ま、あくまで想定だから実戦と違うところも多いだろうけどね。じゃ、まだ授業まで時間もあるし、個人授業しよっか」


「はぁ……個人授業ですか」


 麻耶の急な思いつきに龍平は猛烈に嫌な予感がしていた。そんな龍平の気も知らない麻耶は個人授業の説明を続ける。


「そ、この森ステージを使っての対人戦。まぁ、授業だからちゃんと加減はするけどね」


 困ったことに龍平の返事も聞いていない。麻耶の中ではもうこれは決定事項のようだ。となると、ここで断って下手な言い訳を重ねるくらいならば快く引き受けてサッと流した方が楽ではある。


「分かりました。次の授業に出れるくらいにはお願いします」


「大丈夫大丈夫。それにもし出れなくなっても出席にしといてあげるから」


「………」


 龍平としてはそんな事態にするくらいならやらないでくれと言うのが本音なのだが、客観的に見れば現役Aランク魔導士の戦いを体験出来るのだ。将来魔導士として活躍したいと願うような学生からすればこれ以上無いほどの貴重な経験が出来るという見方もある。

 ただ問題は龍平にその必要が無いということなのだが……。


「きゃっ!……えっ!? 何ですかこれ……?」


 そんな中、入り口から短い悲鳴が聞こえてくる。その悲鳴はクラスきっての優等生、結衣のものだ。その結衣はというと、困惑して外に出て部屋を確認してと色々あたふたとしていたのだが、競技場だと思っていた場所が森になっていたのだからこうなるのも無理はないだろう。


「場所は合ってるよ〜!」


 見かねた麻耶が声を掛ければ、安心したのか結衣は小走りになってすぐさま駆け寄ってくる。ただ、結衣は当然今がどんな状況なのか理解していない。


「じゃ、始めようか。あ、結衣ちゃんは鹿島君とコンビね」


「だ、そうだ。来たばっかりで悪いがちょいと付き合って貰うぞ」


「え……? 事態が読めないんですけど……」


 こうして、気まぐれに始まった麻耶の授業に結衣も巻き込まれて参加することになったのだった。



 森という地形を活かすため、まずはお互いフィールドの端から端まで移動する。なんとその距離約500m。 実戦を想定したら狭いのかもしれないが、敷地面積で考えると十分に広い。

 さて、成り行きでいきなり戦うことになってしまったわけだが、龍平もやると言った以上はある程度はやるつもりであった。自分の素性がバレるのも問題だが、手を抜いて心象を悪くされるというのもまた問題なのだ。なので作戦会議、といえるほど大層なものではないがあらかじめ伝えるべきことは伝えておく。


「さて、まずは相手を先に見つけること……と言いたいところだがこればっかりはまぁ無理だろうな」


「え? どうしてですか?」


 こういった見通しの悪い場所で、先に相手を見つけるというのは教科書通りの定石だ。なので結衣はそれを分かっていたために先に麻耶を見つけてやろうと意気込んでいた。それにこちらは2人に対して相手は1人、一見有利に見えるために結衣は龍平の不可能という見立ての意味がいまいち分からなかった。


「鷹野先生ならこのくらいの見通しの悪さでも得意魔法の『ホークアイ』で索敵可能だ。俺たちがちょっと神経を研ぎ澄ませたところでどうこう出来る相手じゃ無いってことだ」


「そういえば昨日帰ってから調べてみたときに載ってました。なるほど、つまり先生に分があるってことですか……」


「あぁ、鷹野先生も人が悪い。ある意味これは挑戦状ってわけだ。この状況でどうしますかってな」


 龍平の言葉に結衣なるほどと頷く。本来結衣の方が魔導士として格上のはずなのだが(あくまで表面上は)、これではまるで龍平が教えを説いているみたいである。


「俺たちに出来るのは見つかっている前提で全方位に注意を払うってことくらいか……」


「でも凄いです。こんなすぐに状況整理が出来て、やっぱり頭がいいからでしょうか?」


 お世辞ではなくただただ純粋に龍平を賞賛する。自分が出来ないことに対して妬むのではなく、評価をする姿勢は好感が持てる。しかし、そう出来るのは結衣がそれ以上のものを持っているからだろう。


「こんなことが出来ても魔法力がなきゃ何の意味も無いさ。魔導師がまず評価されるのは魔法力、対応力っていうのは魔法力を持っている奴が持ってるからこそ意味があるんだ」


 だから敢えて結衣を突き放すように龍平は淡々と述べる。素直に賞賛を受けるのではなく、自分を卑下するように。更に、結衣の魔法力を羨むように。これには結衣も流石に居心地が悪そうにする。だがこれでいいのだ。これなら結衣も今後誰かに同じようなことは言わなくなるだろう。


「試合開始、10秒前」


 そんなこんなとしているうちに競技場内に無機質な声のアナウンスが流れる。空気が悪くなったところだったのでちょうどいいタイミングであった。気が滅入っている暇などなく、結衣も気持ちを切り替えている。


「3……2……1………」


 やる気の無さそうに聞こえる機械的なカウントの合図、試合開始のブザーと共に龍平は前に出た。前衛役が龍平、後衛役が結衣だ。魔法を多彩に使える者を後衛をするのは当然であり采配としては普通である。


 森の中を闇雲に走っても麻耶の姿はすぐには見当たら無い。龍平達が麻耶の姿を探し回っている中、先に仕掛けたのは麻耶の方であった。


「鹿島君! 左です!」


「っ! ナイス!」


 龍平の背中を一本の魔法の矢が掠める。姿が見えない所からの急襲もまた麻耶の得意分野である。


「これが噂の『インビジブルスナイプ』ってやつか。気を付けろ! この魔法はどこからでも自由自在に操れる!」


「えっ!?」


「ちっ、『ウィンドエッジ』」


 右方向から結衣に襲い掛かる矢を龍平が撃ち落とす。一発目が左から来たことで結衣の意識はほぼ左に向いていた。龍平の声どころか龍平が魔法を撃ち落とすまで麻耶の攻撃に気づけていなかったのだ。そこでようやく龍平の言っていた全方位に注意を払うの意味が理解できた。


「鹿島君はこの魔法のことも知ってたんだ……」


 結衣は龍平には聞こえないように小さく呟く。事前に知らなかった結衣は今の攻撃を完全に防げなかった。だが、龍平は知っていたからこそ防いで見せたのだ。同時に結衣は理解する。龍平がただ出来ることをこなしているだけなのだと。ならばこそと、結衣も自分の出来ることを探す。


「鹿島君! 10秒、いえ5秒ください! 来て、『八咫烏』」


「……!? あぁ、任せろ」


 結衣の本気とも言える『精霊召喚』。何をするのか龍平にも分からなかったが、何かやりたいのだろうととりあえず5秒間はと自分と結衣の両方を見る。


「追跡、開始………」


 そう言って結衣が目を閉じると同時に、結衣からとても澄んだ魔力が横溢する。龍平はすぐさま結衣の狙いに気づくと、その魔法のセンスに軽く恐怖すら覚えた。


(これは、逆探知か!?)


 魔力の残り滓からその発生源を逆探知するということは決して不可能なことでは無い。魔法を構成するために魔力という存在が必要不可欠だからだ。だが、実戦経験も皆無に等しい15、16の子供が思いつきで出来るほどそれは簡単では無いはずなのだ。


「追跡完了……! 2時の方向に200メートル!」


「了解!」


 麻耶の位置が分かったところで2人同時に動く。そこでも麻耶の得意魔法、『インビジブルスナイプ』は警戒しつつ着実にその距離を詰めていった。


「『風刃・エアロブラスト』!」


 そして100メートルほど進んだあたりで結衣が得意の風魔法を放つ。大人顔負けの超高威力魔法は再び姿を隠そうとする麻耶に防御を強要させることで居場所を完璧に割り出していく。


「あそこか、『ライトニングアロー』」


 一方龍平はというと意趣返しと言わんばかりに雷系の魔法で防御中の麻耶を頭上から狙う。そして、それと同時に前に出た。


「援護を頼む」


「了解です!」


 再び前衛と後衛に分かれる。龍平は自分に身体強化の魔法をかけると一気に加速した。


「やっと見つけましたよ、鷹野先生」


「あららら、接近戦は苦手なんだけどなぁ……」


 龍平の接近と同時に麻耶も同じく自己強化の魔法をかける。本人の戦闘スタイル的にも肉弾戦が苦手というのは嘘ではないのだろう。そんな麻耶の発言には御構い無しにと龍平は速攻を仕掛けていく。


「はいよっと『アクアランス』!」


「くっ……!『アイスニードル』!」


 とはいえ麻耶も一流の魔導士だ。苦手分野でもその実力は確かである。力を抑えて様子見と息巻いていたら数合も打ち合いをすれば龍平は体制を崩した。それは一瞬であっても隙になるのだ。


「『ライトニングサンダー』!」


 そして麻耶は優秀であるがためにそれを見逃さない。そしてその一瞬の隙を突かれたフリをした龍平はニヤリと笑った。


「いいんですか? 俺にばっかり構ってて」


 この時龍平は全く攻勢に回る気が無かったので吹き飛ばされながらも致命を避けた防御をする。同時に、つい先ほどまで龍平がいた所を突風が吹き荒れた。


「『風刃・エアロブラスト』!!」


「ちょっ!? 待っ………」


 結衣の放った魔法は辺りの木々を避けるような軌道を描くと、それはそのまま無防備な麻耶を狙い打ちと言わんばかりに直撃する。すると、麻耶の体躯はまるで大型トラックに跳ねられたが如く面白いくらい飛んでいった。

 どんな小手先の技も一撃で沈める固定砲台の本領発揮である。


「おいおい……」


「あれ……やりすぎちゃいました……?」


 龍平はこれに一緒に巻き込まれてたらと想像して少しヒヤッとする。ひとたまりもないなと麻耶が飛んでいった方を見ると、そこで麻耶はよっこらせと年寄りじみたことを言いながら立ち上がっていた。その目前に魔法障壁が展開されていたため大方は防いでいたのだろう。


「あいたたた……いや〜2人とも想像以上だったね。特に風間さんの魔法力はもう流石としか、ていうか現時点でも最前線で通用するよこれ」


「あ、ありがとうございます……」


 麻耶は結衣の高校生離れした魔法力を若干引きながらも賞賛する。だが、結衣はそれを素直に喜ぶことが出来ないでいた。


 魔導士がまず評価されるのは魔法力という試合前龍平に言われた言葉のせいもあってか、褒められているはずなのにどこか責められているような気がして仕方がなかったからだ。


「じゃあ2人とも授業までゆっくり休んでね。あ、皆には内緒だけど、2人とも点数ちょっとおまけしとくから」


「それなら早く来た甲斐がありました。まぁこんなことは次からは止めていただきたいですけどね」


「あはは、ごめんごめん。でも鹿島君も結構戦えるじゃん。あ、忘れないようにメモしとかないと……」


 そう言うと麻耶は教師の準備室のような所へ小走りで行ってしまう。2人きりになったところで不意に龍平は結衣に声をかけた。


「一体何が気にいらないんだ?」


「私にもよく分かりません……。鹿島君は魔導士の魔法力を重んじる風潮についてどう思いますか?」


 麻耶の評価でも分かるように、やはりと言うべきか龍平の細かな情報を活かす技術よりも結衣の魔法力が真っ先に評価された。結衣は、そういう技術が蔑ろにされているように思えて魔導士の在り方についてどこか違和感を覚えていた。

 だからそれを敢えて龍平に尋ねる。この技術を確かに持っている龍平ならば芳しい意見が聞けると思ったからだ。


「なんとも思わないな。さっきも言ったが、魔法力があるから対応力が真価を発揮するんだ」


「そんな……」


「情報だの技術だの、そんなのは所詮足し算にしかならない。その点魔法力っていうのは掛け算みたいなものだ。何をするにしても魔法力が無ければ始まらない」


 龍平は躊躇いもなくそう言い切る。結衣は自分が出来ないことを楽々とこなす龍平に感動していたのに、当の本人から冷たく一蹴されたことで表情が曇った。


「嫌なんです……。私、いつもズルしてるって言われてるみたいで」


 二言目には『風間』だから、と付け加えられればそういう被害妄想をしてしまうのも仕方のないことだろう。いや、時には妄想でないこともあったに違いない。

 もっとも、龍平からすれば馬鹿馬鹿しい話であった。


「魔法力だって何も初めから天から与えられるってわけじゃないだろ。名家の生まれだから魔法力があるだなんて言う奴もいただろうが、魔法はそんな単純な物じゃない。それは俺よりも風間さんが良く分かっているはずだ」


 結衣はこの時、龍平が自分のことを風間結衣という個人として見てくれているということを理解した。同時に、色々な人の期待に応えるために幼い頃から人一倍努力をして手に入れた魔法力、それがようやく誰かに認められた気がしたのだった。

 自己承認の欲求、無意識のうちに芽生えていたのかそれが満たされ結衣の目から一筋の涙が零れ落ちる。


「ちょっ、なんで泣いてんだ!?」


「あれ……? 何ででしょう? 自分でもよく分からないです……」


 一瞬龍平は泣かせてしまったことに焦ったのだが、どうやらこれは結衣本人にも気づいていなかったようだった。更に、よく分からないと言う結衣の様子はどこか気が抜けたような、もっと言うと無防備な様子が見受けられた。


「風間さん?」


 結衣が黙ってしまったのでどうしたのかと言う意味を込めて龍平が問いかける。特に話がしたいというわけではなかったが、ここで終了というのも歯切れが悪いと思ったために呼びかけてしまった。それに対して結衣の反応は随分と突飛なものであった。


「あの……、私のことは結衣でいいです」


 いきなり名前で呼んでくれという結衣の申し出に龍平はどうしていきなりと逡巡する。だが、そんなことに理由を求めるのがおかしいかと気づくと龍平は結衣の名前呼びをすんなりと受け入れた。


「そうだな、鷹野先生の茶番とはいえ一度はコンビで戦った仲だ。俺のことも龍平でいい」


「はい、龍平君。これからもよろしくお願いしますね」


 相手を名前で呼ぶのならこちらもそう返すのが道理というもの。龍平としては智香やニーナのこともあるので女性を名前で呼ぶことに対してそこまで抵抗や違和感も無く、相手が相手でもすんなりとそれを受け入れる事ができた。


(風間結衣か、変なやつだな)


 かつての因縁の姓をもつ少女。だがそんなことはもはやどうでもよく龍平は心の中でこんなことを思っていたのであった。

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