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第47話 悪意ある者

 結局、対抗戦は傭兵チームが危なげもなく圧倒的なまでの優勝を見せた。ネットビューイングでは外国籍の参加に批判的な声と、日本のチームの不甲斐なさを嘆く声が飛び交った。

 一矢報いることが出来たのが結衣たち学生チームだけだったというのがその不甲斐なさを物語っている。


 そんな学園祭も1日目が終わり、招待客も次々と帰路についている。龍平達のグループもまた、会場に残る必要もなく解散となった。


「お疲れ様会でもする?」


「あーごめん。僕は反省会って名目で先輩たちと似たような催しがあるから」


 悠馬は部活の先輩達と混じっての今日一日の反省会だという。なんでも、自分たちの試合だけでなく録画データを用いて他の選手の試合についても勉強をするそうだ。

 思った以上にサッカー部が勤勉であるということが判明した。


 ならば他のメンバーだけで行くか、という話になったのだが、そこで結衣も不参加を告げた。結衣がいないならば会を開く意味もないため自然と案は消失する。


「すみません。今日は近くまでお父さんが来てて、一緒にご飯を食べる予定なんです」


「そういえば結衣ってこうやって喋ってるとつい忘れちゃうけど、お父さんがあの風間千智だもんね。いやぁ凄いビッグネームだ」


 結衣の父、千智の名前は世界でも知れ渡っている。雀が超有名人というだけあって、エリナもその名前を聞いてすぐにピンときた。


「風間千智……? ってあの『風雷』の風間千智ですの!?」


 エリナが結衣に食ってかかる。A級魔導士の中でも通り名持ちは珍しい。そんな有名人がこんな身近にいるとはエリナにとって盲点であった。

 結衣がその事を自慢しないというのもその盲点を助長した。


「そうですけど……エリナさんも一緒に来ます?」


「いいんですの!?」


「大丈夫だと思いますけどちょっとお父さんに連絡しますね」


 結衣が千智に確認を取ったところ、何人でも連れてこいとのことだったので雀も同伴することになった。


「俺はやめておくよ」


 龍平は自分の10年前を知っていると思われる千智に接触するのは流石に自重した。今更風間という組織を相手にするつもりもないが、できることならお互い不干渉で行きたい。ならば結衣とも関わるべきでもないのだが、彼女はあまりなんというか風間らしくない。

 勉強が出来ないなど自ら弱みを見せるところもそうだが、良い意味でエリート意識が低い。

 一貫性が無いというのは龍平自身も自覚しているが、一度紡いだ縁はそう簡単には切り離せない。もし完全に縁を切るとするならば、それは龍平が学校を去る以外に方法はないだろう。

 故に、龍平は結衣とは関わるが風間とは関わらないというスタンスを取った。


「じゃ、龍平君また明日〜」

「さようなら」


「あぁ、気をつけてな」


 ふと空を見上げると、少しずつ黒の雨雲が出始め、橙を呈していた夕日が陰る。ひと雨来そうだと龍平も家路を急いだ。



 結衣が千智と待ち合わせる予定になっているお店は駅前にあり、学校からは約2キロメートルほどの距離になる。車の利便性を知ってしまったら歩いて行くにはやや億劫になるくらいの距離だが、若い彼女らはバス等の文明の利器に頼ることなく原始的な徒歩という交通手段を選んだ。

 とはいえ、1人で目的もなく歩くわけでもないため苦ではない。


「意外だったんだけど結衣のお父さんってかなりフランクなんだね。普通名家の人ってどことなく厳格なイメージがあったんだけど」


「あー、言われてみるとそうですね。本家の人とかは礼儀とかマナーとかすごくうるさいですけど、うちは全然厳しくないです」


「まぁ、それは結衣さんを見てればなんか想像がつきますわ。常に誰かに見られているとかそういう意識が皆無ですもの」


「え、私っていま貶されてます?」


 紛れもないディスだがエリナが「良い意味でですわよ」と言えば結衣も「良かったー」と胸を撫で下ろす。それが結衣の美徳であるというのは雀も同意見であった。



 数分ほど歩いて、目的地まであと半分くらいに到達したというところで雀が違和感を感じて立ち止まった。和気藹々としていた空気が一転、雀は鋭い眼光で周囲を警戒し始める。


「二人ともちょっとストップ」


「どうかしたんですの……っ!?」


 雀の剣呑な雰囲気に結衣とエリナもつられるように周囲を警戒する。二人もその違和感というのに気付いた。


「人払いの結界!?」


 結衣はその正体に驚愕の声をあげる。先程感じた違和感は人の気配の無さだった。確かに学園祭が終わってから即座に駅に向かったわけではないため、そそくさと帰っていった人たちと合流しないというのは分かる。だが、それにしても人が全くいないというのはあまりにも不自然であった。

 しかし、誰がどういう意図でこれを行なったのか、その動機については皆目検討もつかなかった。


「やはり学生のレベルではないな」


 結衣たちが辺りを警戒していると、建物の陰から二人の男が姿を表した。ここで会ったのはたまたまなのか、それとも尾行されていたのか、おそらく後者だろう。男達の正体は対抗戦で対戦した傭兵達であった。


「あなた達は……」


「さっきぶりだね。さて、早速で悪いんだが取引をしないか?」


 傭兵のリーダーである馬義は物腰こそは柔らかくはあるが、その実その目はちっとも笑っていない。取引といいつつも有無を言わさず力で頷かせようという思考が透けていた。


「取引……?」


「あぁ、そっちの髪の短いお嬢ちゃんは同業者だろ? ウチのチームに入らないかい?」


 馬義は雀に対してそう提案する。傭兵に近しい力の持ち主であることはしっかりと見抜いていた。しかし馬義はこれを勧誘ではなく取引だと言った。つまり、何らかの交換条件を持ち掛けている。


「ちょっと質問いい? あなた達と一緒にもう一人いたと思うんだけど」


 ここには対抗戦にいたもう一人のメンバー、雀とやり合っていた男の姿がない。辺りを見渡したが、どこかに隠れているというわけではなさそうであった。

 そして、その答えは馬義から返ってくることとなった。


「彼には消えてもらったよ。ゲームとはいえ、学生に負けるような奴に背中は預けられないだろ?」


 獰猛な笑みを浮かべる馬義を見て、雀は対抗戦で自分と対峙した男はすでにこの世を去っているのだろうと察した。


「で、断ったら?」


「その時は君のお友達二人が無事では済まないかもしれないな。もちろん君が素直に承諾してくれたら二人の身の安全は保証しよう」


「なるほど、脅しってわけ」


 結衣とエリナも明確に敵意を向けられたことで既に臨戦態勢は整っている。


「雀さん聞かなくていいです」


「そうですわ。あなたが承諾したところで口約束を守る保証もないですもの」


 二人は雀に要求を飲んではいけないと諭す。二人して雀ならば自己犠牲の精神で承諾する可能性があると思っていたのか忠告の反応が早い。

 雀としては悩むそぶりすら見せていないのに過保護になられるというのは不本意ではあった。


「私ってそんな風に思われてる? 聖人君子でもなんでもないんだけどなぁ」


「やりかねないんですよ……」

「激しく同意ですわ……」


 ある意味で信頼関係があるというべきか。

 そんな美しき友情を見せつけられた馬義はというと、もはやその闘気を隠そうともしない。


「自分の心配はしなくていいのかい?」


 馬義は美しい友情など虚偽、虚構、欺瞞、幻想だと思っている。そんなものは嘘だ、反吐が出ると吐き捨てている。

 だが、非常に不愉快なはずなのに喜の感情がどんどん湧き上がってくる。

 今からその不愉快を自分で叩き潰せると思うと胸がすく思いであった。


「ここで雀さんを見捨てるくらいなら戦うことを選びますわ」


「第一、私はもう大変魅力的なチームからお誘いいただいてるのよね。そういうわけだから大人しく帰ってくんない?」


「ククク、交渉決裂だな」


 既に全員が戦闘態勢に入っている。しかし大きな動きはない、双方がジッと構えて出方を伺っている。

 まるで空気を入れた風船がどんどんと膨らんでいくような。入れ続ければついには破裂するし、何らかのきっかけ一つでその瞬間に一気に弾けるようなそんな状態だ。

 自分から動くか、それとも待つか、こちらの誰かが仕掛けるか、ならばそれに合わせるか、読み合いというよりも探り合い。

 そんな中、全員の呼吸の合間を縫うように馬義が動いた。


「『蛇影だえい』」


 馬義の影が伸びたかと思うと縦横無尽に這い回り攻撃を仕掛けていく、まさに初見殺しのお手本のような攻撃魔法。


「『ウィンドエッジ』」


 馬義が動いたのを見て結衣は溜めずに放った。しかし、速度は馬義の方が速い。


「『精霊召喚』は1日にそう何度も使えないわなぁ!」


 もちろん今日襲撃してきたのはそのためだ。実戦経験の少ない二人にとって、無条件で地力を底上げしてくれる精霊召喚は生命線だ。馬義は狡猾な男だ、そこを突かない訳がない。


「きゃ!?」

「むぅ……!」


「結衣! エリナちん! ちっ、『影縫いの術』」


 雀は自由に蠢く馬義の影を狙う。当たれば動きを止められる拘束系の魔法ではあるが、しかしその影は意思を持っている生き物の如く、雀の魔法を難なく躱す。


「貰ったァ!」


 その術後硬直時間、雀を狙うのはもう一人の男。少し注意を逸らしたその瞬間に雀の目の前まで迫っていた。結衣やエリナは自分用に障壁を展開したところで、到底雀に対しても間に合わない。


「「雀さん!」」


「おせぇ!『ラピッドファ……」

「『ソニックブリッド』」


 直後、硬直が明けたまさにその瞬間に雀の魔法が完成する。その魔法は発射されるや否や男の脳天を貫いた。

 その構築速度はコンマ一秒、それで相手を絶命させるに足る威力を持ったまさに死神の魔弾。

 結衣やエリナの元まで鮮血が飛び散る。だが、それを気にしている暇なんてない。

 たった今仲間が死んだというのに馬義に動揺は無い。それがどうしたと言わんばかりに雀に対して急接近する。


「『金剛天崩拳』」


 魔力を片手に凝縮して強化して殴るというシンプルなもの。それなのに雀は動かない、いや動けない。

 まだまだ術後硬直時間内だ。

 そもそも、溜めもなく威力を出すなんてノーリスクでぽんぽんと使用できるはずがないのだ。

 雀は先ほどの魔法で魔力のほぼ100%を使用し、更にこの術後硬直時間を前借りすることで無理矢理成立させている。

 つまるところ、雀は現在ノーガードということになる。


「ごふっ…」


 雀の正中を捉えた一撃、雀はまるで大型トラックにはねられたかのような勢いで10メートルほど飛ばされ、その勢いのまま塀にぶつかる。肺が潰れたか、声は出ない。ぶつかった衝撃で押し出されるように血を吐き出す。


「雀……さん……?」


「嘘、ですわよね……」


 すぐに駆け寄ってあげたい、だが身体が震えて動けない。命のやり取りの恐怖が今になって襲いかかる。

 だが、自分が死ぬことより仲間が死ぬことの方が怖い。結衣とエリナで示し合わせれば尻尾を巻いて逃げることも出来ただろう。

 だが、ここで逃げ出せば確実に雀の命の灯火は消える。

 今、結衣とエリナが馬義という敵を前に逃げ出さずに立てているのは、絶対に全員で生き残るという生への執着である。


「手応えが薄いな……クソが」


 馬義は一撃で仕留めきれなかったと悪態をつく。その原因は分かりきっていた。


「よく障壁を間に合わせたな」


 そう、結衣とエリナはギリギリのタイミングでわずかばかりではあるが障壁を間に合わせていた。馬義が確実に仕留めたと思っていたくらいだ、優秀な二人で無ければ間違いなく間に合っていないそんなタイミングだ。


 睨まれても凄まれても、結衣は一歩も引かない。

 どころか、気持ちで負けてはいけないと睨み返す。


「小娘が……生意気な……ッ!?」


 馬義が結衣を標的にしたその瞬間、どこかからか()()()が飛来する。唐突な不意打ちだったが、馬義は『障壁』で防いで見せた。


「誰だ……!?」


 人払いの結界は問題なく作動している。つまり、これは結界を看破する強者の仕業ということになる。


「あんまり遅いんで心配して来てみたら、こいつぁどういう状況だ?」

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