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第46話 命の軽さ

「何だとォ?」


 雀の降参宣言に真っ先に反応したのは当然と言うべきか、雀が先程まで対峙していた男であった。


「何考えてやがる」


「別に。ただなんか嫌な感じがしたのよね」


 雀は直感的に男達の危険性に気付いた。だが、それを明確に感じたのは男が魔力弾に魔力弾をぶつけたあの場面であった。その時に感じた男の明確な殺意、それは『倒してやる』ではなく『殺してやる』という一種の狂気を孕んでいた。

 男の仲間も同類だと言うのならば、結衣とエリナにその危険が及ぶ。


「悪いけど、結衣とエリナはこんなところで潰されて良い才能じゃないのよ」


 ✳︎   ✳︎   ✳︎


 試合後、選手控え室へと先に戻った雀は結衣とエリナがやってくるなり謝罪を述べた。その姿を見て2人は溜息をつく。


「勝手に棄権してごめんね」


「はぁ……雀さんの身に何かあったのかと思いましたわ」


「はい、元気そうで良かったです」


 溜息は溜息でも、それは安堵の溜息であった。勝手に棄権されたという考えに至っていない辺り2人の性格の良さがうかがえる。


「2人は大丈夫だった?」


「守るのに精一杯で……なんとかギリギリ持ち堪えてました」


「わたくしも結衣さんと似たようなものですわ」


 お恥ずかしい限りですと2人は言うが、相手はその道のプロなのだからむしろ耐えているだけで上等だろう。


「けど、半年前のわたくしでは間違いなく一瞬で負けていましたわ」


「ですね。私も同じです。今回凌ぎ切れたのは間違いなく雀さんのおかげですね」


 2人の解釈モデルでは、雀と模擬戦をしているうちにその速度に慣れつつあったということらしい。今回対外試合を行ったことで、更に自身の成長を実感したという。


「というか、雀さんよく1人倒しましたよね……」

「わたくしはもう驚きもしませんでしたわよ」


「いやまぁ作戦がハマっただけで倒したとは到底言えたもんじゃないよ」


 その方法を聞いて2人は感心する。その雰囲気は負けたとは思えないほど和気藹々としていた。



 龍平と悠馬は「落ち込んでいたらどうしようか」、「僕、暗い雰囲気は耐えられないよ?」、などとなんとも情けない心配(結衣たちに対してではなく自分の心配)をしながら3人の帰りを待つ。

 楽しそうに帰ってきた3人を見てその心配は杞憂だったと内心ほっとしていた。

 まずはお疲れ様だったなと龍平は労う。


「凄い観客が沸いてたぞ。お前らの名前は間違いなく日本中に知れ渡っただろうな」


 ネットでは既に結衣たちのことを記事にしたまとめサイトが上がっているくらいだった。龍平はそのサイトを表示して3人に見せる。


「本当ですわね……対抗戦に突如現れた謎の少女達は何者?出身は?彼氏はいるのか……なんですのこの記事?」


 エリナの出身については「名前的に日本人ではなくおそらく北欧のどこかだと思います」と推定で語り、「彼氏については調べてみましたが分かりませんでした!」と堂々と宣言。結論に「いかがでしたか?」という煽り文で構成されたまとめサイトを見てエリナは呆れる。

 内容的には調べたら分かることしか書かれてはいないが、勝手に名前を使って良い気分はしない。しかもそれが広告収入目当てで書かれているとなれば尚更だ。


「記事を消すように働きかけますか?」


「その方が良いだろう。良質な記事ならば兎も角、一般人の名前を使って金稼ぎは流石に悪質だからな」


『風間』の力を使えばこの記事の取り下げはおろか、新たにこのような記事が世の中に出ないように牽制することまで可能だろう。


「実況板やトゥイッターでは伊賀さんが何で棄権したのかって話題になってるよ。でもこれは僕も気になってたんだよね」


 悠馬はどうしてあのタイミングでの降参したのかと雀に問いかける。雀としては憶測でしかないためあまり大きな声で言いたくは無かったが、関係者と友人くらいならば良いだろうとその理由を公表した。


「あくまで憶測でしかないよ?でも私と相手してた人がどうも穏やかじゃなくてね。」


「別に普通だよね?」


「あぁ、冷静さを失った相手の方が動きが読みやすいからな。相手を怒らせるというのも立派な戦略だな」


 基本的に頭に血が上って強くなることはない。いや、アドレナリンのおかげで痛みに対する耐性は増すかも知れないが、どうしても動きが直線的になってしまうため相手からするといい的だ。


「私も相手にウザいと思われるように立ち回るからね。けど普通はカッとなってもウザいで止まるのよ。でも、今回の相手は明確な殺意があった。やるかやられるかの実戦なら分かるけどさ、ゲームで頭に血がのぼって殺意剥き出しとか完全にイッちゃってるじゃん? 多分お仲間の人たちもそういう連中なんだろうなぁって思ったわけよ」


 これが当たらずも遠からずだったというのはもはや知る術はないが、優勝を目指しているわけでもないのにわざわざ危うきに近寄る必要もない。

 なので龍平は雀の行動を正解と評価した。


「英断だな。傭兵業をしているだけあって殺しに対する忌避感が低いんだろう。それに、相手は中華の魔導士殺しだ。将来的に敵対する可能性を考えればここで潰しに来てもおかしくはない」


「マジ……? そこまでする?」


 問いかけた悠馬だけではなく、結衣やエリナもピンと来ていない様子だった。無理もない、彼らは平和な国で魔導士の輝かしい面だけを見て育っている。そして教育機関もまた彼らに魔導士業界の後ろ暗い面を見せない。

 しかし、光があれば影があるのはこの業界も同じだ。


「お前たちが思っているより以上に魔導士の命は軽い」


「そんな……」


 特にエリナの原動力は水瀬智香という光に対しての憧憬だ。人一倍そのショックは大きい。とはいえ、薄々は分かっていたはずだ。分かってた上で気付かないふりをしていた。

 年齢も性別も国籍も関係ない絶対的なまでの実力主義。そんな世界が綺麗事だけで済むはずがない。

 龍平はその事を齢六つにして否応なしに分からされた。


「それに、敵は何も外に限った話じゃない。才能が無いと分かれば自分の子供だって手にかける連中もいる」


「っ……!?」


 結衣はつい最近その話を聞いたばかりであった。ただ漠然とショッキングな出来事と認識していたそれも、こうして命の軽さと闇の深さが結びつくとその意味が理解できる。

 だが、今はそれ以上に雷に打たれたような衝撃が結衣を襲っていた。


「龍平君、何で……」


 なぜその話を知っているの? と最後までは言えなかった。龍平は『風間』のこととは明言せずにありふれた話だという意図で言ったわけなのだが、結衣からすれば勘違いするのも仕方のないことだろう。

 緘口令が引かれていて知ってる人なんていないはずだ……いや、知られていたら『風間』が許されているはずがない。

 そう思うのは結衣がまだ清い倫理観を持っているからだろう。


「結衣、大丈夫?」


 青い顔をした結衣を見て雀が心配そうに結衣の背中をさする。

 龍平としては年代別の死亡率などデータを述べるなど出来たが、ショックを受けているところに追い討ちをかけるのも酷かとそこまではしなかった。


「ま、ようするにだ。魔導士の世界は輝かしい面ばかりではなくてこういう闇の深い面もあるってことだ」


 このような現実があるということを彼女らは知っておくべきなのだ。世界に羽ばたくことを望むならば、世界の現状を知らなければならない。

 その一つが魔導士一人一人の命の軽さというわけだ。


「理想ばかりではなく現実を見ろと言うことですわね……」


 エリナはそんな陳腐な言葉を嫌というほど聞かされてきた。故郷で同じ学校に通っていたクラスメイト、先輩、教師もそうだ。日本に来てからも夢想家だと謗りを受けた。だが、龍平に言われたのではその言葉の重みが違った。

 ただのクラスメイトではなく現役B級魔導士──本当はそれどころではないがエリナは知らない──の言葉ともなれば当然だ。

 しかし、龍平の真意は少し違った。


「いや、理想を追うのは大切だ。理想と現実に大きな溝があるんだったら、その距離感を見極める必要がある。そして、現実を少しずつでいいから理想へと近づけていく。だから理想も現実もどっちも大切なんだよ」


「龍平いいこと言うね。僕もなんか頑張らなきゃなって気がしてきたよ」


 龍平は決して諦めろとは言わない。しかし、心地の良い言葉で慰めるようなこともしない。理想が理想のままで終わるか、片やそれが現実となるか、それはあくまで当人の努力次第だと。無責任に思えるかもしれないが、上辺だけを取り繕ったような甘い言葉で嘘を付く方がよっぽど無責任というものだ。

 全く嘘をつかないというわけではない、責任の持てない嘘をつかないというのが教育者としての龍平の教育論であった。



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