第45話 危機接近
第一試合でエリナが精霊召喚を見せたことによって注目度は上がっていたが、それでも試合前の結衣たちの前評判は低かった。やはり、優勝候補のB級魔導士チームが瞬殺されるという衝撃は大きい。
仮に、エリナだけでなく結衣の精霊召喚を見せていたとしてもその評判は覆らないだろう。
「あれ傭兵っすよね?課長の娘さん、大丈夫っすかねぇ……」
傭兵チームの実力の高さは見る人が見れば相対せずとも理解出来る。警察庁魔導課という時として対人戦闘を要求される職業柄も相まって傭兵チームの実力は伝わっていた。もちろん、それは氷室だけでなく千智も同じであった。
「何故中華の傭兵が日本の、それも学生向けのイベントに……なんて考えるのは職業病か?」
「いや、充分キナ臭いっすよねぇ……同じ職業の自分が言うのもなんすけど」
とはいえ、何もしていない善良な市民を相手に彼らは動けない。人種、国籍、性別関係なく、いくら怪しいと思ってもことが起きるまでは彼らに出来るのはせいぜい職務質問程度くらいのものだ。
「まぁ対抗戦はあくまでもルールが存在しているゲームだ。奴らもここで目立つようなことはしてこないだろうよ」
千智の言葉に氷室はそれもそうかと納得する。ただ、対抗戦の場以外ではその限りではない。今日この魔法学院には学生だけではなく各方面における重鎮とも呼べる人間が少なからず存在する。
「氷室、非番の奴らにも声をかけておけ」
表立ってしょっぴくことは出来なくても警戒することは可能である。刑事の直感ではないが、ここに最大限の人員を導入する必要があると千智は判断した。
「ったく、何も起こらないに越したことはないんだが……」
表面上は至って冷静、しかし内心では不安でいっぱいだ。千智はステージに立つ娘の姿を見て頼むから何も起こらないでくれと強く願うのであった。
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確率の神様の悪戯か、森ステージが選出された際に結衣たちはどこか得心がいった様子で「やっぱり」と苦笑していた。
「こういう時の確率って何故か悪い方を引き寄せる気がしますよね」
「分かる。パンを落とした時にバターがついた面が下になる確率はカーペットの値段に比例するってね」
「言いたいことは分かりますけどなんですのその悲惨な法則は……」
落としたトーストの法則、俗にマーフィーの法則というやつである。『失敗する余地があると失敗する』という、エビデンスに欠けるケースレポートなのだが、そこは万人共通の経験則なのか、あるあると思わせるだけの説得力がある。
もっとも、この法則は嫌な出来事は嬉しい出来事の数十倍も記憶に残りやすいというバイアスによって成立しているだけであるのだが。閑話休題。
別にここで不運を引き当てたからと言って死ぬわけではない。故に、彼女らの表情に苦笑はあっても悲壮感は無かった。
「さーて、B級魔導士チームが手も足も出なかった相手に学生が勝てるわけ……なーんて思ってる連中の度肝を抜いてやりますか」
結衣たちが試合のために競技場に入ると、そこは既に森を模したステージが完成されていた。視界の不明瞭さもほぼリアルに再現されている。
このままでは観客も選手の様子が分からないという問題が発生するわけだが、そこは地面や木の幹など邪魔にならない場所から映像がモニターされている。これで全てが観測できるわけでは無いが、これがあるおかげでエンターテイメントとして成立するわけだ。
「良くて30メートルってところですわね」
実際の選手の視野はかなり狭い。高木は当然だが、低木とそれに付随する木の葉が遮るのだ。加えて、潜伏にもってこいな傾斜。30メートルと言ったが、それはあくまで視野の話。潜伏されたら5メートルでも気付けない。
「結衣さんの魔法でどうにかできませんの?」
視界不明瞭は煩わしい。なので位置がバレてでも結衣の魔法で辺りの高木ごと、とエリナは考えていたのだが、その意見は却下された。
「木は風に抵抗力があるから難しいと思います」
木の風に対する緩衝能力は思っている以上に高い。台風に対して防風林が有効であるように、群生していると更にその効果が増す。数本程度なら可能だろうが、辺り一帯をとなるとそれは現実的では無かった。
「相手は得意の専門分野に加えて、こっちは結衣の精霊召喚が制限されるって、いやぁめちゃくちゃ不利だよねぇ」
この地形は結衣だけが超火力が封じられているようなものだ。視界を遮る低木は相手にも影響を与えるが、これに関しては結衣だけに影響を及ぼしている。正直言ってこのディスアドバンテージはキツい。
「でもそれは分かりきってたことですから」
自分の得意分野で戦えないことに普通なら一言二言ボヤきたくなる場面だが、そこは既に納得しているためか精神面で落ち着いている。これが森ステージじゃなければというifの話は完全に捨て切っているため後ろ髪を引かれるようなこともない。雀は結衣の毅然とした態度を見て集中力が発揮出来る良い状態だと心の中で評価した。
「始まりますわね」
試合開始前のカウントダウンのアナウンスに身が引き締まる。ここからは一瞬の気の緩みも許されない。不安や気負いでパフォーマンスが落ちる可能性も懸念されたが、エリナも結衣と同様落ち着いていた。このここ1番の場面で最高の状態を良く合わせられたものだ。
カメラ越しに見ていたとしても、特に目が肥えている者にはその違いが分かる。雰囲気、オーラ、色々な言い方があるがスピリチュアル的な波動の高まりが感じられるのだ。
「試合開始!!」
「よし、行くよ!」
結衣たちは放送と同時に動く。反対側では傭兵チームもスタートしているわけだが、問題はどのように動いているかだ。最短距離を一直線に向かってくるか、いやそんなことはないだろう。
結衣たちはステージの端を時計回りに移動する。索敵勝負では潜伏して奇襲をかけるのが理想だが、初期位置や互いの初期位置を結んだ直線上にいるのは望ましくない。
また、ステージには勾配があり中央部分と端とを比べると8メートルほど差がある。中央を制圧すると視野の確保ができるためゲーム展開を有利に運べるのだが、最速で向かうのはリスクが大きいと判断した。
「中央の潜伏に警戒、あと向こうもこっちと同じ考えの場合は正面から鉢合わせる可能性があるよ」
ゲリラ的な正面衝突は相手に分がある。とはいえ、入念に準備され更にステージギミックである木を利用されるのは更に分が悪い。なのでこのまま正面からぶつかるのはむしろ望ましいとも言える。
「ふぅ……」
移動を開始して3分、結衣の口から少し大きな吐息が漏れる。1分程度息を止めたあとのようなそんな呼吸だ。常時気を張っている状態というのは精神的な疲弊を招く。そんな数分程度の短時間で疲れるわけがない、そんな風に考えたとしたらそれは間違いだ。
今、彼女らは索敵のために木の葉の揺れの一枚一枚まで警戒している、そう言えばどれほどの集中力を発揮しているのかが分かるだろう。いつ攻撃されるか分からないという極めて特殊な状況下での3分、きっと結衣やエリナにはこれが2倍にも3倍にも感じられていることだろう。
それでも集中力を切らさないのは流石と言わざるを得ない。それ故にその不意打ちを防ぐことに成功した。
「『障壁』」
結衣は防御障壁で的確に敵の魔力弾を防ぐ。攻撃は3人に対して同時に行われており、エリナも結衣と同様にそれを防いで見せた。
「まずは一枚」
障壁を展開しない雀を確認した相手チームから報告があがる。彼らもプロだ、確実に間に合わないという手応えがなければそのような報告はしない。
「「雀さん!」」
結衣とエリナはまさか雀が反応できないとは思わなかった。今から障壁を展開しても到底間に合わない。早々に脱落か、しかし雀に着弾すると思われたその魔力弾は雀の身体をすり抜けた。
「「なっ!?」」
奇しくもその声は両陣営からあがる。雀の姿が陽炎のようにゆらゆらとゆらめくと、真の雀の姿が元の位置から少し横にズレた状態で出現した。その他には既に反撃の攻撃魔法が準備されている。
「『空蝉』」
「なっ!?位置偽装だと!?」
「『クイックショット』」
「っ!早いな!」
男は難なくそれをかわすが、近接戦のプロからしてもその魔法構築速度はバカにできないものであった。その威力も人一人を戦闘不能にするに十分ときたものだ。男は雀を脅威だと警戒を強める。
男としては完全に不意打ちには失敗してしまったが、自分以外の2人の位置を隠したまま結衣たちの情報を割り出し注意を引きつけたので最低限の仕事はこなしたと言えるだろう。
「索敵は任せてください」
結衣の声に対して男は純粋に感心した。学生ならば自分にヘイトを向けていれば他への対処が疎かになるかと思いきや、全然前のめりにならない。
下手なプロより厄介だと男は舌打ちする。それにうち一人は精霊召喚の使い手だと判明している。負けるとは思っていないが、できれば消耗戦になる前に早期決着としたいところではあった。
精霊召喚が来る前に、男はそう考えた瞬間に自分の考えが重大なことを見落としていることに気がついた。だがそれは限りなく低い可能性で、男自身もそれはあまりにも非現実的だとその考えを抱いたことに自嘲した。
だが、このぬぐいきれない嫌な予感は何だ。傭兵として幾度と修羅場を潜ってきたその感覚が警鐘を鳴らしている。異常だ。
今相対しているのは別にS級魔導士でもなければ、新進気鋭のスター魔導士というわけでもない。未だライセンスすら取得していないただの学生だ。そんな素人同然の小娘に気圧されている。男はそこで自分の考えが間違いではなかったと確信した。
そう、精霊召喚を使えるのがエリナだけではないとしたら……。
「来て、『八咫烏』」
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結衣の精霊召喚に会場は今日1番の熱気に包まれる。対抗戦のいろはも知らない初心者も、目の肥えた熟練者も等しく湧いた。
「うぉぉ課長の娘さんマジっすか!?」
「おまっ、興奮しすぎだろ。急に耳元で大きな声出すなよな」
中でも、知識がある者はそのボルテージの上がり方も特別だった。興奮するなと言う方が無理だと氷室はさらに声を大きくし力説した。
「いやいやいやいや、とんでもないことが起こってるっすよ!弱冠15歳にしての精霊召喚!これは水瀬智香でも為していない大記録っすよ!しかもそれが2人も!」
精霊召喚を習得しているというだけでも評価に値するのに、それが世界が認める現S級魔導士の記録を上回っているとなるという。
だが、千智はそのデータは魔導士のポテンシャルを測るのに不十分だと断じた。
「精霊召喚の習得は家系や血筋によるものが大きい。俺が『八咫烏』を召喚できるのも、俺や結衣ではなく、あくまで風間の祖先への義理を果たしてくれているだけにすぎない。まぁ確かに、いくら血筋が良くても気に入って貰えなきゃ応えてくれないがな」
「手厳しいっすね。もっと褒めてあげてもいいんじゃないっすか?」
実の娘に対して贔屓の目を一切入れない評価。千聖は紛うとこなき親バカではあるが、魔法に関しては嘘はつけない。これは風間千聖の魔導士としての矜持である。
「驕れる者も久しからずってな。俺はともかくとして、結衣にはその心配は無さそうだがな」
優れた能力を持ちつつも思い上がらるなと言うのなら、結衣は間違いなくその通りに成長していると言っても良いだろう。決して驕らずに貪欲に吸収する、それはまさに結衣の強さの秘訣であった。
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対戦相手として対峙していた傭兵達のリーダー、馬義は結衣たちに対する評価を改めた。
(まさか学生がな)
正直なところ、先遣に出した男の不意打ちで終わると思っていた。これで精霊召喚まで使うとなるとその才能は計り知れない。
おそらくはこの子達は卒業し数年も経てば自分を超える逸物になるだろう。だが、今なら狩れる
対抗戦というゲームを理由にその才能が開花する前に摘み取ることだって出来る。
職務中の事故などのトラウマで魔法が使えなくなるというのは魔導士の中では一種の常識だ。Post Traumatic Stress Disorder、日本語では心的外傷ストレス障害と呼ばれるそれはいつの時代も魔導士の課題である。
痛みの恐怖、仲間を失う恐怖、そして死に対する恐怖、原因はさまざまではあるが常にそのリスクが密接していると言っても過言ではない。
(今なら競技中の事故で済む)
馬義は躊躇いなくその芽を摘む、そんな男だ。魔導士は一人一人が仲間ではない。もちろん魔導士の世界にも共助や互助の概念は存在する。しかし、完全実力主義であることもまた事実だ。彼が接近戦を、対魔導士という傭兵としての生き方を選んだのは、ここならば圧倒的な才能を持った相手でも潰せるからに他ならなかった。
「10時の木の裏に1枚、2時の方向に1枚です」
(そんなことまで出来んのか)
「『フロストエッジ』」
馬義はそれを聞いて結衣の索敵に引っかかったと理解する。すぐさまそこに攻撃が飛んできたが、事前に退避したためにダメージはなかった。だが、それは同じく隠伏していたもう1人も炙り出す。
「これで状況は五分ね」
お互いに全員の位置が割れている状態。はっきり言って学生にここまでされたら馬義の精神的には負けだった。試合には勝っても、内容はとてもじゃないが同業者に見せれるものではない。
「あの索敵の女は俺がやる」
天敵は早めに潰すに限る。ならばこそ1番戦闘力の高い馬義が前に出るのを誰も止めなかった。
「早い……!」
もう隠れる必要がないとなると身体能力強化で一気に距離を詰めてくる。大胆な立ち回りで強引に近接戦闘に持ち込んだ。
* * *
「結衣!」
「おっと、てめぇの相手は俺だ」
「ちっ!」
雀がフォローに回ろうとするが当然のように阻止される。横目で確認したところエリナも同様に1対1を強要されていた。
「1対1なら負けないって?」
「そう言うこった」
ただの学生という意識がどうしても捨てきれていないのか、自分が遅れを取るなんて毛ほども思っていないようだ。
「『クイックショット』」
「うぉ、あぶねぇあぶねぇ」
男はそう言いつつも難なくと障壁を展開して防ぐ。雀の魔法に脅威を感じないのかノリが軽い。
「属性を付加しない魔力弾か。距離減衰を考えて有効射程は5メートルってところか。華はないけど実戦的、使い勝手も良い。それ、俺も似たようなことは出来るよ『マジックブリット』」
男は同種の魔法を雀に向かって放つ。雀は障壁ではなく前に出た。
「接近戦を選択するたぁいい度胸だ。いいぜ、その挑発に乗ってやるよ」
男からすれば自分の得意分野にわざわざ誘導してくれた形となるわけだが、気に食わないと青筋を立てている。当然だ、2倍近く歳が離れた小娘相手に得意分野である接近戦で勝機があると思われているのだ。故に男はそれを挑発と捉えた。
「『クイックショット』」
「だから当たんねぇよ!」
男は最小限の障壁で雀の魔法を防ぐ。しかし、それは雀の仕掛けた罠であった。ひとつ目の弾の影から、ふたつ目の魔力弾が飛び出てくる。
「なにっ!?」
接近戦では、攻撃と防御を最小限に止めるのが鉄則とされている。特に攻撃を受けているとき、防御に専念していては反撃に手が回らない。相手の攻撃の合間に自分の攻撃を差し込む、そのためには防御を簡素にする必要がある。逆に、攻撃している側もまた差し込まれないためには最小限の威力でも連続で刻むのが望ましい。
男は最初に受けた時の威力から最小限の障壁しか展開していなかった。故に、障壁が間に合わないこの局面でこれを防ぐ手立てはない。
「なら、ライフで受けりゃいいだけだろうが!」
不意打ちされれば脳震盪で倒れるような威力でも、来ると分かっていればそれほどダメージにならない。威力が分かっているからこそ出来る芸当だ。
「『マジックブリット』!」
それに、これならば防御に回さない分すぐさま反撃に移ることが可能だ。一歩間違えればただの無理攻めになってしまうため、タイミングを見極める能力が必要となってくる。
勝率に大きく作用する一つのテクニックと言えるだろう。
「『障壁』」
雀は気合いでガードなんて手は選ばずにしっかりと防御することを選んだ。それは正解なのだが、男はそれを見て更に攻勢を強めた。
「オラオラァ!こっからはずっと俺のターンだ!」
男は典型的な超攻撃タイプだ。魔法の発生速度も早く、その威力はもろに食らえば1発KOまである。そんな魔法の波状攻撃だ。しかし雀はその一つ一つを『障壁』で処理していく。数メートルという至近距離での捌きに会場は何度目か分からないどよめきに包まれた。
「え、ちょっと待ってぇ!?伊賀さん凄くない!?」
「雀ならこれくらいはやるだろうな。だが、これでは防戦一方だ。何らかの仕掛けが来るだろうな」
同級生のまさかの善戦に悠馬が顎が外れるんじゃないかと言わんばかりに驚愕する。一方で、一緒に観戦していた龍平はさも当然という反応を見せた。更に、勉強になるのはここからだと悠馬に見逃すなと注意喚起する。
雀が近づこうとすれば男は離れて弾幕攻撃、遠ざかろうとすれば近づいて弾幕攻撃。こんなのに打つ手があるのかと固唾を呑んで見守る。10秒、15秒と時間が経つにつれ僅かにだが障壁のタイミングに遅れが生じている。間に合わない、そう思った瞬間に自体は動いた。
「『空蝉』」
「くそったれ!」
位置偽装魔法は既に働いていた。先程と同様に雀の身体をすり抜ける。わずかなX座標のズレ、しかしこれだけで充分な隙が生じるのが接近戦の怖いところだ。
「『クイックショット』」
「だからそれはライフで……って何ぃ!?」
男は受けて反撃に移ろうとした瞬間に違いに気づく。
先程までより魔力弾の威力が高いのだ。
これが障壁を展開しなかった効果だ。障壁の時間を溜めの時間に回した分威力が上がっている。
「クソが!」
それでも余裕で耐えるタフネスさはやはり一流か。しかし、先程のように攻守が入れ替わらない。タイミングを逃したのは大きなミスだ。当然、雀がそれを逃すはずもない。
「『クイックショット』」
「だぁぁ!うぜぇ!潰す!『マジックブリット』!」
激情に駆られた男は怒りに任せて魔力弾に魔力弾をぶつける。すると、それらは相殺し合いその場で小さな爆発を起こした。男の狙いはこの爆発による土埃のスモークで視界を遮断することにあった。だが……
「あ?」
男の腕輪が光っている。それは死亡判定、つまりこのゲームにおける負けを意味する。男はピンピンしているが先程の2発の魔力弾の被弾が大きかった。
会場全体に男の脱落を知らせるアナウンスが流れる。
「悪いけど、これってゲームなのよね」
これが実戦ならばどちらに勝利の女神が微笑むかなんてまだまだ分からない場面だ。そう、あくまで実戦ならば……だ。肉を切らせて骨を断つような戦法も、今回のルールではそれは言わば自殺行為であった。
男はその意味を理解し苦虫を噛み締めたような表情を浮かべる。だが、数瞬後には下卑た笑みを浮かべていた。男が考えていることなど雀には知りようもないが、それでもろくでもないことを企んでいるということは察していた。そして、雀はわざわざそんなリスクに立ち向かうようなことはしない。
「私たちのチームはここで棄権します」




