第44話 魔導士殺し
大規模魔法にて敵を殲滅する超火力型魔導士、エリナのスタイルはスカウトの面々を色めき立たせた。というのも、純粋な火力を武器にしたタイプの魔導士というのは極めて珍しく、それこそ大手の有名どころのチームを除けばチームに1人いるかいないかというレベルで稀有な存在であったからだ。
「まさか高校生であれほどの魔法が使えるとは……」
「情報を集めろ!すぐ勧誘の準備だ!」
さらに、貴重な火力型の魔導士というだけでなくエリナには付加価値がある。それはチームの看板娘、いわゆる広告塔としての役割で抜群の効果が発揮されるだろう。また、チームだけでなく大手企業などもその効果を期待してエリナの価値を見定めていた。市場では本人の意思を無視して契約金の話まで飛び交っている。
それだけ衝撃的だったというわけだが、何も衝撃を受けたのは観客だけではない。対抗戦の参加者もまた、とんだダークホースがいたものだとその才気に警戒度を引き上げた。
「なるほど、それが君たちの切り札と言うわけかい?」
控え室に戻った際に結衣たちは次の試合の出場チームから声をかけられる。試合はトーナメント形式で行われているため、このチームが勝てば次に結衣たちと闘う相手となるわけだが、このオッズがなんと10倍だ。ちなみにこれは相手チームの勝利に対しての数値である。何故ここまでの差が出たかというと、このチームは今大会においてメンバーが全員B級魔導士で構成されている唯一のチームだからだ。つまり実力も折り紙付というわけだ。
「たしかに強力な魔法だったけど、それでも普段僕らが相手にしているのと同レベルだ。だからその戦術は僕らには通用しないよ?」
流石にB級魔導士ともなると精霊召喚を用いた超火力魔法は見慣れているようで、結衣とエリナを脅威に感じていないようだった。そして挙句には次の試合では他の作戦を考えておくといいとアドバイスまで送る余裕まで見せた。そう助言すると彼らは出番だからと結衣たちの反応や返答を待たずに競技場へと向かってしまった。
「なんだったんですか?今の人たち?」
その助言を受けた結衣が疑問符を浮かべていた。純粋に「この人達誰なんだろう」という疑問が解決出来ないまま一方的に話を振られて行ってしまったので次に当たるかもしれない相手だというところまで頭が回っていなかったのだ。
「20代のB級魔導士だね。確か、去年だか一昨年だかに昇格したってニュースがあった気がする」
そう言って雀はタブレットを取り出すと、何かを検索してヒットしたあるページを見せる。そこには、雀の言った通り20代のB級魔導士誕生と小さい記事で取り上げられていた。B級魔導士自体は日本には数百から数千という規模で在籍しているが、20代でライセンス取得というのは数年ぶりという経緯があったためそこそこの有名人なのだ。少し検索するだけでインタビュー記事なども何個か確認できた。
「なかなか手強そうですわね……」
魔法力ならともかく、総合力では圧倒的に負けている。これはしっかりと作戦を立てなくてはいけない、とそう気を引き締めた時だった。会場から控え室まで観客の大歓声が聞こえてくる。それと同時に試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。
「はやっ!?」
「数分も経っていませんわよ!?」
タブレットを見ている間に一体何が起こったのか、控え室内の一画に取り付けられたモニターで確認する。モニターからエキサイトした実況者の声が流れてくる。
『まさかの瞬殺劇!誰が予想しましたでしょうか!なんとB級魔導士チームがなす術なく敗北ゥ!』
「おー、マジか……」
「相手のチーム……中国の方でしょうか?」
B級魔導士が手も足も出なかったという衝撃的な展開に思わず声を失う。となると、次に当たる相手は少なくともB級上位、あるいはA級レベルということになる。だが、相手チームのメンバーの名前で検索をかけてもA級魔導士どころか国際魔導士ですらヒットしなかった。
「そんなことあり得るんですの?」
中国の魔導士人口は世界ナンバーワンであり、中には国際魔導士ライセンスをあえて取得していない実力者も多数見受けられるのだが、そういう者はやはり名前が知られていて、少なくともB級魔導士レベルの実力があるのならば検索をして何かにはヒットするはずなのだ。雀はこれに作為的なものを感じ取った。
「傭兵かな」
同業者だからこそたどり着いたその答え。雀は間違いなくそれは当たっていると確信していた。同時に、そんな連中が呑気に学園祭に参加していることに若干の気持ち悪さを覚える。
何かが起こるかもしれない。だが、そのことを2人に伝えるべきか、それとも余計なことは言わない方が良いか、雀は迷った挙句に後者を選択した。彼らも対抗戦という人の目がある環境で何か動きを見せることはないだろうと判断したからだ。チームの連携を確かめるなど参加の理由はいくらでも考えられる。
「雀さんどうかしたんですか?」
結衣は雀があまりにも険しい表情を浮かべていたものだから心配したようだ。私が何かしちゃったのかな?と顔に書いてある。一方、雀は不安そうな結衣を見てようやく自分の闘気を自覚した。
「あー、ごめんごめん。何でもないから気にしないで」
「そうですか……」
剣呑な空気を醸しておいて何もないわけが無いのだが、本人が気にしないでと言うのならと結衣はそれ以上の追及はしなかった。
「それで、作戦はどうしますの?」
対してエリナはそれより今は対抗戦だと、勝ちを狙う姿勢を崩さない。だが、今回においてはあまり有効な作戦が取れるとは思えなかった。
「作戦に拘るのは悪手かな。とにかくまずは不意打ちを防ぐこと。さっきの人達は索敵の時点で勝負がついてたんだと思う」
その光景は見ていなくても予想が出来た。敵から姿を眩ます隠形からの不意打ちは雀も得意とする分野だ。それが如何に手強いか、結衣もエリナも嫌というほど骨身に染みている。
「厄介ですわね……」
近接戦闘を得意とする魔導士は極めて稀だ。何故ならそれは範囲攻撃など魔導士としてのアドバンテージを捨てるということだからだ。言わずもがなだがそれは誰から見ても不合理であるため、大半の魔導士は誰もその領域では戦おうとは思わない。
しかし、そんな魔導士の理を捨てているからこそショートレンジのスペシャリストは魔導士キラーとして輝く。
一般的な魔導士は自然災害や天災が仮想敵と想定しているのに対して、近接戦闘型の魔導士は初めから魔導士を相手にすることを想定していると言っても過言ではない。言わば、プロの魔導士の中でも対魔導士戦闘のプロということだ。
「だから強いて作戦を立てるとすれば、第一に全力で索敵。もし先んじられても先制攻撃を防げれば良し。中途半端に反撃しないで防御を徹底して敵の位置を完全に探る」
「それだと後手後手になってしまいませんか?何か牽制するなりして突破口を見つけないと」
相手の攻撃を耐えるだけでは絶対に勝つことは出来ないためどこかで攻勢に回る必要がある。そのため結衣は防御を徹底するということに不安があった。
しかし、雀はそれをバッサリと切った。
「いや、焦ってどっちつかずな対応をする方がかえってつけ込まれる隙になるよ。それなら敵の位置を把握して相手のアドバンテージを減らす方がいい」
ここで下手に撃ち合いを始めれば先制攻撃を仕掛けてきた相手以外の位置が不明の急戦模様になってしまい不利な盤面になってしまう。なので、焦らずに残りの相手も索敵することで位置情報による相手のアドバンテージを無くすことを提案した。
自分の劣勢を無くすために動くのではなく、相手の優勢を無くすために動かないという発想は対人戦に慣れていてもなかなか出てくるものではない。いや、言っていることは至極当然で簡単なことかもしれないが、それはいわゆるコロンブスの卵、コペルニクス的転回というやつだ。
「なるほど……そういう考え方があるんですね……」
「ま、2人の防御力にかなり依存してるから他では使えない裏技だけどねー」
直感的ではあるが、その直感が全くのヤマカンというわけはなくある程度の根拠に基づいた論理性を含んでいる。机上のこととはいえ、この大局観は真似できないと結衣もエリナも感心する。
「あとは、ステージ次第ですわね……」
1回戦と同様で川辺ステージがベスト、逆に森ステージは避けたい、岩場も機動力が高い相手は厄介なためこれも可能ならば避けたい。住宅街も場慣れしている相手にはあまり戦いたくはないが、上記のふたつを考えれば妥協点、平地はよりベターというのが結論だった。
順番を整理すると、川辺、平地、住宅街、岩場、森という順だ。出来れば川辺か平地、そう願った結衣たちであったが、不運なことに選ばれたのは森ステージであった。




