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第4話 魔法測定

 その日の夜、もう寝ようかと就寝体制を取ろうとした龍平の携帯電話に一本の電話がかかってきた。リアルタイムで映像の映るタイプの通話である。その差出人を見てみると、アレキサンダーと名前が表示されていた。


「アレクさんから?」


 このアレクという人物こそが龍平や智香の所属するNBMTの代表ともいえる人物であり、龍平を学校へ通うように推奨した張本人だ。龍平が受信のボタンを押すと画面には30代~40代くらいの男の映像が映る。


「どうも」


「よぉスモールドラゴン。元気にやってるか?」


 口調こそ粗雑だが、威圧感を感じさせないダンディズムな声音だ。むしろ、その粗雑さがその男性らしさを助長していた。ちなみに、スモールドラゴンというのは龍平のコードネームのようなものである。


「元気も何も、ついこの間別れたばかりじゃないですか。それはそうと、何かあったのですか?」


 龍平は日本に来る前まではアレクや他のメンバーと共に行動していた。なので近況を聞きたいとかそういう世間話をするにしては早すぎると思い、何か問題が発生したのかという意図であるこの質問に至った。


「いや、大した問題じゃねぇんだけどよ。最近、世界中のどこもかしこも魔力の磁場が不安定って状況でな。日本は妖怪だとか神話生物だとか、そういう天災みたいなのがいっぱいだから注意しとけよって」


「その様子だとまだあまり不味い感じじゃないみたいですね。けど分かりました、頭の隅に置いておきます」


「そんなに気負わなくて構わねえよ。そんなことよりどうだ? 今日は学校初日だったんだろ?」


 ここに来てようやく龍平はアレクの本来の目的が世間話なのだと理解した。天災だとか磁場云々の話はその口実に過ぎなかったというわけだ。


「まぁ、変な感じですね。これまで同年代の友人なんていませんでしたから」


「お、そうか! 友達が出来たか! そりゃ良かった!」


 龍平から友達という言葉を聞いただけで大層な喜び様のアレク。そんなアレクの思いが龍平は嬉しくもあった。


「心配のしすぎですよ」


「な~に、俺の心配なんざニーナと比べりゃ無いも同然だ……」


 その言葉が言い終わろうというタイミングでドタドタドタと足音が聞こえてくる。続いて聞こえたのはドアの開閉音、そして画面から押し飛ばされるアレクと同時に、画面いっぱいを金色で埋め尽くされた。


「龍平~!」


 その後画面に映るのは涙声で龍平の名を呼ぶ金髪の女性。いや、涙声では無く実際に泣いているのだが……。


「どうも、ニーナさん。あの、アレクさんが画面から消えましたけど……」


 龍平の耳には押し飛ばされたアレクが物凄い勢いで床を転げる音がバッチリと聞こえていたのだが、ニーナはそれを御構い無しに会話を続ける。


「そんなことはどうでもいいの~!」


 ちなみにこの女性、龍平が日本に行くと決まった時にも今日のような大号泣っぷりを見せていた。もっと言うと龍平が日本に立つ当日にも大号泣していた。そんな経緯も踏まえてアレク曰く、お前は幾つだと。ちなみに今年で27になる。


 そして、龍平には今回ニーナが泣いている理由も大体分かっていた。


「ニーナさん、俺はこっちでも上手くやってけそうですから大丈夫です」


「ほんと? クラスでいきなり孤立して寂しく1人で3年間の高校生活を送る龍平なんていない? その途中で耐えられなくなって学校も行かなくなるなんて未来は無い? 辛くってもお姉ちゃんがいるから帰ってきてもいいからね?」


 ニーナの描く凄惨な未来に一瞬龍平は怖くなる。こんな恐ろしいことを考えていたということも怖いが、これが現実になる可能性が0じゃ無かったというところが怖い。それにこんな情けないように見えるニーナだが、これでもやはりNBMT、世界トップクラスの魔導士の1人だ。

 このような予感が的中してしまう、なんてことも考えられなくはない。


「大丈夫ですよ、今日友人も出来ましたから。心配してくれてありがとうございます」


 龍平はこれが彼女の心配の仕方だということを知っている。そしてここまで心配してくれるのも彼女くらいなものであり、そういうこともあって龍平はニーナに対して無意識にだが態度が軟化するきらいがあった。


「良かった~。龍平が元気そうで。じゃあまた連絡するからね。あ、風邪ひかないようにあったかくして寝るんだよ?」


「ええ。ニーナさんも体調にはお気をつけて」


「うん! じゃあばいばい!」


 電話を切るニーナからは来た時のような悲壮感は全く感じられず、むしろ龍平と話したことで活力が溢れ出たようだ。通話が終わりもう誰も映っていない携帯電話の画面を見ながら龍平は小さく微笑する。


「そういえばアレクさんが突き飛ばされたままだったけど、まぁニーナさんが元気になったからいいか」


 そう言うと龍平はやるべきことは済んだと布団に入り改めて就寝体制をとる。




 龍平は夢を見ていた。いや、正確にははっきりと夢を見ていると認識出来ていたと言ったほうが正しいか。


 風間を追い出された後、6歳であった頃の龍平。その龍平はというと、ぷかぷかと海の波に揺られるように上空100mを漂っている。そんな中、地上ではあらゆるところで爆発音や発砲音が絶え間なく鳴り響いていた。


 龍平がいた場所、そこはまさしく紛争地域であった。いや、紛争地域ではあったがそれはもはや戦いとは言えない一方的な蹂躙の現場だ。そしてそれを見た当時の龍平だが、龍平は子供とは思えない程に達観していた。


「結局、力がなければ抗うこともできないんだな」


 武装集団に連行される地域の住民達を見つめながら過去の自分に言い聞かせるように嘲笑する。


 これからこの地域がどうなるのか。龍平にそれを見届ける義理も義務もない。もういいかと龍平がその場を立ち去ろうとした時、一つの光景が目に入った。


 それは銃撃が行われているその真っ只中、石垣の裏で震えながら必死に身を屈める少女の姿だった。その少女の周囲には無いよりマシかという程度ではあるがうっすらと魔法の障壁のようなものが見えた。


「脆いな……行くぞシルフ、『龍吼(りゅうこう)・メテオストリーム』」


 それを見て龍平は何を思ったのか、急降下して銃撃のその真正面に立つとそれと同時に超特大魔法を放ちそこにいた全員を吹き飛ばす。それは、空からの来訪者に呆気にとられている間の数瞬の出来事であった。


「いいか、これが力だ。そんな弱い力じゃ自分すら守れない」


 後にウクライナ紛争と呼ばれるようになるこの戦は、龍平の魔法によって終止符が打たれた。


 その台詞を少女に言ったところで龍平はバッと夢から覚める。過去の夢を見たことに対して懐古の念など微塵も湧いてこない。むしろ、自責の念に駆られるだけの消し去りたい過去の一つであった。


「思い出したくないものを見た……」


 確かにあの頃は荒れていたと龍平は一先ず自分を擁護する。ただ、それでも流石にこれは無いと言わせるだけの恥かしさがあった。


「はぁ……少し早いけど飯食って学校行くか」


 遅刻するよりはマシかとベッドから起きて朝食の用意をする。と言ってもパンと目玉焼きとベーコンがあればそれはもう立派な朝食だ。龍平はそれらをサクッと平らげると学校へと向かうのだった。


 時刻は8時、朝のHRが8時30分から始まるということで登校時間はやはり少し早めだ。しかしそれでも既に登校しているクラスメイトは少なからずいた。

 龍平の前の席の結衣も、既に登校しているうちの1人である。今となっては初対面の相手というわけでも無いので龍平は普通に挨拶をした。


「おはよう、早いんだな」


「あ、おはようございます。えっと、意外です……鹿島君はもっとギリギリに来るタイプかと思ってました」


「ふむ、どうやら俺は勤勉に見られていないようだ」


 思えば昨日も悠馬から意外という言葉を使われていることに気づく。とはいえ龍平も不真面目では無くとも真面目な人間では無いと自己評価しているためなんとも言えないものがあった。

 実際、真面目というのは龍平の目の前にいる結衣のような生徒のことを指すのだろう。


 さて、昨日知り合ったばかりの男女が2人話したところで当然話題も無く、会話も続かず2人はただただ時間が過ぎるのを待つ。10分、15分とたって教室内も登校してきた生徒でざわつき始めた。昨日の今日というのに同じ部活同士だったりでグループになっていたり、席の近い人同士で会話をしているなんて光景もチラホラ見えた。


 そんな中、龍平は前に座る少女にふと思ったことを話かける。


「風間さんって全然友達いないんだな」


 どうやら結衣もそれを気にしていたらしく、その言葉は結衣の心を抉る。実際のところは、これは結衣の消極的な性格のせいというだけでなく、風間という名前に物怖じしているクラスメイトが結衣のことを敬遠しているせいでもあった。もちろん、それは厄介者というよりも高嶺の花という意味であるが……。


「うっ、まぁこうなるのはいつもの事ですから……」


 そして結衣は中学生活でもこれと同様の事を経験していた。名家の生まれで魔法の能力も高い、しかしそのことを偉ぶることもなく本人は清楚でお淑やか、なるほどこれでは高嶺の花になるのも無理はない。


 だが、そんな彼女に話をかけるものが遂に龍平以外にも現れた。もっとも、それが友好的(・・・)かは置いといて……


「風間結衣さんですわね」


「はい、そうですけど……?」


 結衣に対して高圧的かつ対抗心剥き出しで迫ってきたのは、自己紹介でいきなりクラス全員を敵に回すようなとんでも発言をしたエリナだった。気付けば教室内は静まり返っていて全員がその成り行きを見守っている。


「今日の魔力測定、私と勝負ですわよ!」


「「えぇぇぇ!?」」


 結衣だけではなく盗み聞きをしていたクラスメイト達からも驚愕の声が上がる。だが、驚愕していたはずの結衣だったが、意外にもその勝負はあっさりと受けたのであった。


 魔法測定は、その名の通り体力測定の魔法版のようなものだ。火・水・風・土・氷・雷の魔法力を数値化し、そして点数化する。体力測定で言うところの握力が何kgで何点、腹筋が何回で何点といった風に考えれば分かりやすいだろう。年齢によってこの同じ数値でも点数が変わってくるところも体力測定と同じである。ちなみに、龍平達の年齢の15歳では数値が1000以上で最高得点の10点となる。


 そしてその魔法測定が1限目からいきなり行われるわけだが。


「へぇ~、だからなんか皆あの2人に注目してたんだ」


「そういうことだ」


 龍平は登校時間ギリギリでやって来た悠馬に先程の騒動を説明しているところだった。


「でも、これじゃあ最高火力くらいしか測れないよね? 魔導士としての腕を見るなら魔法の発生の速さとか、状況判断の能力とかも必要だと思うんだけど」


「そうだな。だからあくまで最高火力で勝負ってことだろうな」


 悠馬の言っていることは最もであるが、それでも火力が軽視されているというわけではない。火力というのは絶対的なもので、あればあるほど良いものであるからだ。


 そんな話をしているうちに魔法測定の時間がやってくる。用意されている部屋は6つ、30人クラスの龍平達はまず5人グループを作ることになった。


「悠馬、後3人当てはあるか?」


「龍平はもっと人付き合いしようよ……って言いたいところだけど僕にもそんな人脈は無いかな。このクラスサッカー部いないし」


 なんという社交性の無さだろうか。仕方が無いので3人のところに入れてもらおうかと思っていたところに声がかけられる。


「鹿島君、赤萩君。ご一緒してもいいですか?」


 龍平達と同様余り物になってしまった結衣だ。それと、今回結衣に勝負を挑んだエリナも一緒であった。


「これで4人かぁ、後1人はどうする?」


「さっきも言ったが俺にそんな人脈は無いぞ」


「ごめんなさい私も……」


「私もありませんわね」


 よくぞここまで社交性の無い人間がよく集まったものだ。ただ、一つ言っておくならば結衣は今は被害者である。今回はエリナと組んだということもあったために更に人が寄らなくなってしまった


 これでは中々1人の相手を探すというのも大変か、とそう思われたがしかしそんな事はなかった。


「ねぇ、空いてるんだったら入れてくれない?」


「あ、あなた! どこから湧いて出ましたの!?」


「む、そんな言い方酷いなぁ。それにずっといたよ?」


 エリナは話しかけられるまで全く気づかなかったという表情をしている。そしてそれは悠馬と結衣も同様であった。


「えっと確か……伊賀さんでしたよね? よろしければご一緒しましょう」


 せっかく声を掛けてもらったからと結衣が了承を出す。ただその声を掛けた張本人はと言うと何故か驚いていて固まっていた。


「あれ……? もしかして名前間違ってました?」


「いや……まさか風間さんに名前を覚えられてるとは思わなくて。ビックリした」


「クラスメイト全員の顔と名前は覚えました。あと、私の事は結衣でいいですよ?」


「なら私のことも雀でいいよ。仲良くしましょう?」


 なし崩し的に雀のグループ入りが決定する。ただ、どうしてこんなにも社交性のありそうな雀が1人で余っていたかということに結衣は違和感を覚えていた。というのも、結衣自身自分の社交性の無さは重々理解しているし、どちらかといえば結衣が孤立するタイプだからである。

その答えは雀の口から直接語られることとなった。


「けどほんとよく私の名前なんて覚えてたよね。私影が薄いから自分から話かけないとなかなか気づかれないんだけどさ。ほら、さっきのエリナちんじゃ無いけど、結衣も驚いてたでしょ?」


「ちょっと雀さん! 私に変なあだ名つけないでくれません?」


「えー、いいじゃんエリナちんで」


「なんですの、調子が狂いますわ……」


 エリナはというと雀の押しの強さに頭を抱えている。とにかく雀が一緒にやるということには異論は無いということで決定した。


「じゃあ僕から行かせて貰うね」


 まず最初に悠馬が測定を受けると宣言する。この魔法測定、龍平にとっても悠馬の実力を知れるいい機会であった。ついでに悠馬の記録を同年代の一般的な数値として参考にさせて貰うことにした。


「がんばれー」


「リラックスですよー」


 女子勢(1名を除く)は悠馬を外野から応援する。その応援に悠馬はどこかしみじみとした表情を浮かべていた。


「苦節15年、今まで僕を応援してくれるような女子なんていただろうか。あれ、なんだろう今なら出来る気がするよ」


 何が出来るのかはよく分からないがとにかくやる気は上がったようだ。


「あとがつかえてますの、早くしてくれません?」


「そうだぞ悠馬早くしろよ」


「そうやって言ってられるのも今のうちだよ。なんたって今の僕は一味違うからね。さぁ見せてあげるよ。僕の本気を……!」




「火1334水559風627土630氷842雷803、もしかしてこれで本気ですの?」


「うわー、普通もいいとこだね!」


 一般的な魔導士(15歳)の各属性の平均値は750程度である。悠馬の記録は別段とそれより高いわけでも低いというわけでも無く、雀のいう通り普通である。


「むむ、じゃあ伊賀さんは自分が普通じゃ無いって言えるのかい?」


「もちろんよ、まぁ見てなさい」


 よほど自信があるのか、悠馬の挑発にも動じることなく測定を受ける。一方、悠馬は一体どんな記録を出すのかと緊張した趣でその結果を待っていた。


「火561水520風535土589氷513雷617総じて数値が低いですわね……」


「まぁこんなもんね」


「え、あの自信はどこから湧いてきたの?」


 この数値は魔導士の優劣を決めるための指標ともなるため当然高いことに越したことは無い。だが雀はこの数値が低いことに関して何とも思っていないみたいである。


 その理由、というほど大袈裟なものでは無いが龍平は雀の魔法の最大の特徴に気づいていた。


(手を抜いたな、魔法の威力では無く構築速度の方だが……)


 龍平は少々雀のことを、いや伊賀家のことを一方的に知っていた。


(魔法協会に登録されていない、表の世界では無く裏の世界で活躍しているような魔導士。日本では伊賀忍者がどうとかって話を昔アレクさんがしていたな。)


 しかしそんなことを彼女に言ったりはしない。下手に突っ込んでボロを出すのもアホらしいからだ。


「じゃ、次は俺がやるかな」


 なので早々とその場を離れるように次の計測を申し出る。この時既に同年代の魔法のレベルは大体分かっていたのでもはや準備は万端であった。


「それにしてはパッとしない魔法ですわね」


 火魔法、水魔法と見てエリナが評する。酷評ではあるが、あえてそうなるようにしているのだ。龍平にとってこれはただ威力を抑えて魔法を使うという作業に他ならない。


 だが、龍平が風魔法に差し掛かった時だった。


「あれ、今……」


「どうかしましたの?」


「いえ、何でもないです。気のせいでした……」


 龍平の魔法に違和感を覚えたのか、結衣の口から思わず声が出る。しかし、いざ追求されるとその違和感の正体がよく分からないため気のせいだということで納得してしまった。


 結局その後も龍平の計測は淡々と続き、結果はというと……


「火731水714風810土727氷763雷782、はぁ……」


「わ~全部700超えてる、すご~い!」


 総じて平均的な数値の羅列。雀は絶賛しているが、その一方でエリナは呆然としていた。


「あなた達、本気でやってますの?」


 エリナは悠馬、雀、龍平の3人がワザと手を抜いていると思っていた。つまり、彼女には3人のレベルがあまりにも低く見えたということだ。

 龍平達の通っている第一魔法学校は魔法学校の中でも屈指のエリート校であり、それはつまり平均程度の魔導士の養成所では無いのだ。にも関わらず、結果は凡の連続。凡の当人の1人である雀は手を抜いてると言われた事に不満を抱いたようだ。


「なにそれ、私たちのレベルが低いって言いたいの?」


「ええ、はっきりそう言ってるつもりですわ。あなた達このままでは二流、いえ三流もいいとこですわよ」


 面と向かって言うことかということをはっきりと言う。ここまで言われれば、雀も流石にカチンとくると思われたが……。


「むむむ、何も言い返せないじゃん……! エリナちんのばーか!」


「罵倒の言葉が幼稚すぎですわ!」


 雀の様子に思ったよりも怒ったというような感じは無い。エリナですらもっと言い合いになると予想していただけに拍子抜けする。


 その拍子抜けした様子のままエリナは測定を受け始めた。そんなエリナを眺めながら雀は怒った素振りを続ける。


「もーぷんぷんだよ、これでも魔法がしょぼいの気にしてるんだから」


 ぷんぷん、などと口に出すあたり本気で怒っていないということは誰の目にも明白である。これは所謂ツッコミ待ちというやつであった。


「雀さん、でもあんまり怒ってないですよね……?」


「まぁね〜。エリナちんのあれは多分ツンデレだから」


「ツンデレ……?」


「そ、多分何だかんだで私たちを心配してくれてんだよー。もっと向上心を持つようにって。」


 雀は名推理をした探偵ばりにドヤ顔を決め込んでいる。結衣はそれでも頭にハテナマークを浮かべていた。


「でも自己紹介の時にクラスのほぼ全員を敵に回してたけどな」


 龍平の的確なツッコミに雀は逡巡する。彼女の中でも納得した答えは完璧には出なかったようだ。


「それはあれだね……ツンデレの牽制みたいな」


「分かった伊賀さん、とりあえずツンデレから離れよう」


 悠馬も流石に無理があるだろと思ったようだ。だがそれでも雀は諦めていなかった。


「絶対ツンデレなんだよ……」


「「ダメだこりゃ」」


 もう誰も突っ込まない。龍平と悠馬は声を揃えて項垂れる。


「ツンデレ……?」


 そんな中で結衣はツンデレのそもそもの意味で躓いていた。そんな頭の悪そうな会話をしている間にエリナの測定は終盤に差し掛かる。

エリナが測定のために氷魔法を使ったその瞬間、文字通り会場の空気が変わった。


「うわっ! 寒っ!」


「そういえば鷹野先生が言ってたな。ローゼンフロスト家は氷魔法のエキスパートだと」


「これがエリナちんの自信の源ってことね」


 周囲温度の著しい低下、それだけでも魔法力の凄まじさがうかがえる。しかしエリナの魔法はこれだけでは終わらなかった。


「来なさい『フラウ』」


 その声に応じてエリナの肩に白いフェレットのような生物が現れる。それはピョンっと浮かび上がったかと思うとエリナの周囲をクルクルと回って姿を消した。


「あれは、精霊!?」


「精霊召喚……。精霊の力を借りて魔法の威力を増幅する技術だな。一流の魔導士ならばともかく、学生でこれを使えるのか」


 精霊召喚が使えるということは並の魔導士とは一線を画しているという証だ。それを証明すると言わんばかりにエリナの周囲を渦巻く魔力が一気に膨れ上がる。


「『フリージングペイン』!」


 溜めに溜め、精霊の力を借りた彼女の魔法は文字通り別格であった。


「すご、高校生レベルの魔法じゃないよ」


 側から見ていただけでもエリナの魔法が相当なものだと言うことは容易に理解出来た。それこそ、彼女の自信の根源なのだろう。そして測定が終わって数値としての結果が出る。


「氷属性4329……!? プロでも早々こんな数値出ないよ……」


 火魔法を除いた全ての数値で1000オーバー、氷魔法に至っては4000オーバーという記録が出ている。雀の言う通り、社会で活躍する魔導士でもなかなか出せるものではない。数値で見せられたことで、改めてそのレベルの高さを認識させられた。


「ふふ、風間さん。貴方にこれが超えられますの?」


 エリナは勝ちを確信しているような口ぶりで結衣を挑発する。それに対して結衣は何も言わない。いや、それはこの後の魔法が証明することである。故に答える必要が無い。


 結衣は準備が終わると早速測定に入る。日本を代表するエリート魔導士の魔法に悠馬も雀もその一挙一動にまで注目する。そしてその片鱗は最初の火魔法の時から現れた。


「いや強いなぁ、僕の魔法とは違って鋭さがあるね……」


「悠馬で1300となると、目測だが1500は超えるか。これで得意属性じゃないというのが末恐ろしい」


 エリナもそうだがやはり結衣もまたレベルが高い。続く水魔法でも同様の威力の魔法を見ることになった。そして、次は結衣の得意属性がやってくる。


 この時は流石にエリナも固唾を飲んで結衣の様子を眺めていた。次第に、締め切っているはずの会場内にどこからか風が吹き始める。先ほどのエリナの同じだ。


「来て、『八咫烏』」


 そう言うと結衣の頭上に大きな一羽の烏が舞う。

 精霊召喚だ。


「こっちも精霊召喚!?」


「…………」


 エリナに続いて結衣までもが精霊召喚。つまりこの魔法もまたエリナの魔法と同じくそこらの魔導士のものとは一味も二味も違うということだ。


「『風刃・エアロブラスト』」


 会場内にまるで猛烈な台風に見舞われているかのような突風が吹き荒れる。その力強さは普段の物腰の柔らな弱々しい結衣からは全く想像もできない。


「くっ……やりますわね……」


 これには流石にエリナもその実力を認める。そして、『精霊召喚』が使えるという優位性は失われた。同時に結衣の魔法で自分の自惚れを理解させられる。どうしてクラスメイト達が……いや、世界が『風間』をエリート視しているのかを理解した。


「結果が出たよ」


 数分もしないうちに測定器からモニターに結果が送られる。その数値に悠馬は神妙な顔をしていた。


「オール1500オーバー、最高数値は風属性の3980……」


「一番低いのでも土属性の1615……これが結衣の実力ってわけね……」


 エリナの最高数値には及ばなかったものの、全属性という総合面において高い数値をマークしている。結衣の数値は、社会人用の測定法(2000で10点)を用いてもほぼ満点という記録となっていた。


「さて、勝負の決着はどうするべきかね」


「そんなに考えることなの?」


「いや、最高火力を見ればローゼンフロストさんに軍配があがるが総合的に見れば風間さんの方が上だろ?」


「あ、そっか。確かにどっちって決めると難しいかも」


 あくまで決めるのは本人達の意思ではあるが、自分ならどちらに軍配を上げるかというのも龍平は考えていた。


「それを踏まえて伊賀さんはどっちだと思う?」


「うーん、結衣かなぁ……。やっぱり総合的に勝ってる項目が多いから」


 エリナの数値を見ると、火属性の1000にも満たないというこの数値が目立つ。比べて、先程も言った通り結衣の数値は軒並み高い。


「確かにそうだな。でも最高数値はローゼンフロストさんの方が上だ。それも10や20の僅差じゃなくて400近くの差がある」


「それなのよね、そうなるとエリナちんが負けっていうのもなんか変かなぁって」


 非常に優劣のつけ難い問題である。龍平や雀からすれば、これがドローという幕引で終わっても納得の判定であった。


「私の負けだと思います……」


 だが、当人の結衣は自分の負けと思ったようである。それは性格的に勝ちを譲ろうだとか、そういう理由では無かった。


「実戦に出れば火力があって損なことは絶対にありません。それに、あくまで最大火力で受けた勝負なので、これは私の負けです……」


 そういう理由もあり、結衣は自分が負けと言われても全然納得出来るようであった。なので今回はエリナの勝ち、となるように思われた。しかしそれにすぐさま反論の意見が飛ぶ。


「あり得ませんわね。色々な状況に対応出来る魔法の多様性は実戦において必要不可欠。なので今回は私の負けですわね」


 エリナは自分が勝ちだと言われても納得していないようであった。高飛車な態度を取ってはいるが、認めることはきちんと認める。エリナのその姿勢を見て雀が呟いた。


「ツンデレだなぁ……」


「「ツンデレだな」」

 

 これは紛うことなきとその呟きに今度は龍平も悠馬も納得するのであった。

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