第37話 スカウト
ストックが尽きました。書き溜めてから再投稿します。
ゴールデンウィークが明けて初めての登校日の朝。龍平がそろそろ学校へ行くかと重たい腰をあげたところで一本の電話がかかってきた。
「智香さんから?」
その相手が智香だというのなら出ないわけにはいかない。龍平は、これは登校よりも大事なことだな、と再び座り直した。
「智香さん、どうかしましたか?」
「あぁ、龍平君。いきなりすみませんね。実は捜査が難航していまして、ちょっとまだそちらに帰れそうにないんです」
聞けば、智香が中国へ渡ってから今日で丁度1週間が経過するわけなのだが、どうやら成果が芳しくないという。
「そうなんですか。目処は立ってるんですか?」
「正直、出来ることは全部やったつもりです。これでも目処が立っていないので、あとはマリアの占いが頼りですね……今は満月を待ちながら闇雲に捜索って感じです」
100チーム以上での人海戦術を1週間も行ったというのに成果は何も得られなかった。劉洋の奮迅で徹底的な虱潰しを行ったというのにだ。沿岸沿いは余すところなく調べたと報告を見た智香もそう感じたのだが、それでも研究施設なんてものは発見できなかった。
マリアの占いが頼りというが、もはや本当にそれしか頼りが無い状況であった。
「あぁ、マリアの占いは満月にならないと精度が低いですからね……。とりあえず帰ってこられないという件については分かりました。学園長としての業務があるのなら指示を頂ければ代わりにやっておきますんで」
「助かります。麻耶にもお願いはしていますが、あの子はある意味信用ならないので。変なことしないか見張っておいてください」
「いや、そもそも変なことする人に任せちゃダメですよ」
龍平が当然の指摘すると、厄介なことに仕事の面では信用出来るとのこと。問題は私事が絡んだ場合であり、智香曰く智香が関わると見境が無いのだという。
「あの子は高校の頃の経験から魔法で盗み見るのはバレると理解したのか、隠しカメラや盗聴器という物理的手段に出たことがあります」
「よく友人関係が持続していますね……」
「まぁ害意はありませんからね」
それで許せるのかと龍平は智香の許容範囲の広さを心配したが、どうやらそれは龍平の杞憂だったらしい。
話を聞いてみれば、明らかに智香も智香で楽しんでいたからだ。
「以前は隠しカメラの存在にすぐに気がつけたのでずっと黒い布を被せて放置しておきました。3日後に回収に来た麻耶は真っ暗な画面を録画しただけのカメラを嬉しそうに持って帰って行きましたよ。あの3日間は何も気づいていないフリをするのが大変でした」
智香は、楽しそうにしている麻耶を見るたびに真っ暗な画面を眺める麻耶の姿が脳裏にチラついて笑いを堪えるのが大変だったと語る。
「翌日謝りにきたので、思惑が全部バレててどんな気持ちでした?って聞いたら恥ずかしそうに俯くんです。それが本当に可愛いんですよ。あれで全部許しちゃいますよね」
「……智香さんってなかなかのサディストですよね」
サディストというより変態だとは思っても言わなかった。智香にそんな嗜虐の趣味があるというのは龍平も知らなかったのだが、ただ思い返してみるとそういう傾向は時々見受けられた。
「好きな子にはいたずらをしたくなる気持ち分かりませんか」
「男子小学生と同じじゃないですか……」
智香の思考に龍平が似たような話を聞いたことがあると突っ込む。龍平は小学校に行っていないのだが、世の中の男子小学生は好意を持っている女子にいたずらをするという一般論は漫画などを通して知っていた。しかし、通話越しの智香は龍平にそれは間違いだと論じた。
「龍平君、実は好きな子にいたずらをする男子小学生は意外と少ないんですよ。マイノリティが目立っているせいでマジョリティに見えているだけです。いわゆるノイジーマイノリティってやつですよ」
「何を勝ち誇っているのかは分かりませんが、俺は一般論を言っただけなので。仮に智香さんが正しいとしても世間が気がついていないなら智香さんの意見もまたマイノリティですよ」
世間の一般論というのは多数派と同義だ。その考えから逸脱した意見というのは、当然その正否を問わずして少数派である。
「なんて論理的な反論を……龍平君は生意気に育ちましたね。くっ、矯正したいところですが、残念時間切れです。龍平君、帰ったら10時間くらいお話しましょう」
これは昔からなのだが、智香は龍平を子供扱いしたいらしく、龍平に対して可愛げというものを求めている。ちなみに智香がこう言う時は確定事項で、なおかつ10時間で終わった試しなどはない。そして、そうなることがわかっていながらも龍平はいつもこれを二つ返事で了承する。
「はいはい、学長の業務についてはまたメールで連絡してください。では、お仕事頑張ってきてください」
「あからさまな塩対応ですね……。その辺りのことも今度じっくりお説教です」
「いや、説教は……って切れた」
龍平が自分が説教される理由はないと反論しようとしたところで智香との通話は切れる。これで有無を言わさずにお説教が確定してしまった。
「学校行くか……」
気がつけばもう今から出ても遅刻寸前の時間になっている。龍平は、まだお休み気分なのかと麻耶にドヤされるのは面倒だと急いで学校へと向かうのだった。
休み明けの学校というものを世の中の学生は忌み嫌う。龍平がそこで見たのは死んだ魚の目をしたクラスメイトの姿だった。また、大半の生徒が座学を睡眠学習で乗り切ったということで、どこか呆けた雰囲気が昼休みになっても漂っていた。
「おはよう龍平。最悪の朝だね」
悠馬もまたその1人であった。先ほどまで寝ていたのか、挨拶がまだおはようから進んでいない。ゴールデンウィークを丸々合宿で潰したみたいだ。それも一つの青春の形と言えるかも知れないが、龍平達と比べてしまうと体育会系男子オンリーの合宿というのは些かむさ苦しいうえにどこか虚しい。
「合宿は有意義だったか?」
「まぁね。先輩達から学べることは多かったよ」
2年生、3年生と訓練が出来たのは良い経験になったと悠馬は語る。同時に、学校の授業では物足りないと感じたという。
「1年生って、確かに風間さんやエリナさんは凄いけど大半が魔法に振り回されてる感じじゃん?その点先輩は自分の魔法を理解しているって言えばいいのかな?3年生の先輩の試合にも混ぜてもらったんだけど、先輩にフォローをして貰ってなんとかついていけるって感じだったよ」
悠馬は上級生との練度の違いを思い知らされるも、充実した訓練のおかげで自分の実力が強化されたことを実感していた。
「龍平が遊んでる間に、僕は龍平よりも強くなっちゃったかも知れない」
悠馬は随分と調子にのっているが、それだけ自信もついたということだろう。自信を持つということは決して悪いことではないが、自信過剰や力の過信はいけない。それは悠馬本人も先ほど言っている、自分の魔法を理解するという意に反している。
「ま、そう言っているうちはまだまだだろうな」
まさかこれが『世界最強』からの言葉だとは露ほどにも思わないだろう。当然だ、悠馬は龍平がプロとして活動をしていることすら知らないのだから。
「で、そっちは温泉三昧?」
「あぁ忘れてた。悠馬、お土産だ」
「お、殊勝な心がけだね」
悠馬の質問に対して龍平は忘れないうちにと箱を手渡す。誰だってお土産と聞けば悪い気はしない。それでまた気分が良くなってくれると渡した側もまた気分が良いというものだ。
「開けてもいいかい?」
「あぁ、是非ここで開けてくれ」
「了解道中膝栗毛ェ!」
悠馬の謎のテンションの上昇に若干引きつつも龍平は平静を装う。ダメだ、まだ笑うなと。悠馬は箱の中に入っていたものを認識すると、龍平の顔を見て、そしてまた箱の中身を見た。完璧な二度見である。
「なにこの黄色い物体……?」
「水槽内装用の作り物のサンゴだ」
龍平は以前考えたように本当にサンゴを用意していた。ちなみにこれはネット通販で購入したものだ。お土産という概念をぶち壊した。
「箱根だよね!?海じゃなくて山じゃん!?」
「お前は何を言ってるんだ?神奈川の海じゃサンゴは取れないぞ?」
「そこは100歩譲ってやったんだよぉぉぉ!!!」
悠馬は突っ込みどころが多すぎるから見逃してやったんだよと憤る。ある意味テンションが上がっている悠馬を見て龍平もご満悦であった。
「まぁ冗談はさておき本当のお土産はこれだ。ちなみに俺からじゃなくて俺たち4人からでこれだ」
温泉まんじゅうを差し出すと悠馬は微妙な表情をする。4人からだと付け加えたせいで適当に決めた感がどっと増えたからだ。ちなみに本当に適当に決めている。ホテルのお土産コーナーを1周見て回ってこれでいっか、で済ませている。
「正直言うとサンゴの方が高い。なんなら2000円くらいした」
「え!これ高っ!?嘘でしょ!?何してんの!?」
予想以上にいいお値段する作り物のサンゴのに悠馬は驚く。正直探せば500円からあったのだが、少し味気ないと思って龍平もこだわったのだ。
「インテリアとして飾ってくれよな!」
「嫌だよ!誰か家に呼んだ時になんでこの人サンゴの作り物飾ってるんだろ?ってなるじゃん!」
「ちなみに風水的には西に黄色で金運アップだ」
「それで、え、じゃあ西に置かなきゃ!ってなるほど僕は単純じゃないからね!?」
なお、ここでは強く否定をしている悠馬だったが、後日ちゃっかりと飾っていたことが判明した。
休み明けの1日目は長く感じるもので、帰りのHRが終わってやっと帰れると思ったその直後に事件は起きた。
「失礼します」
挨拶と共に1人の女性が龍平達の教室へと入ってきた。突然の来訪者にクラスの中にざわめきが起こる。
「生徒会長だ……」
「何で炎姫が俺たちのクラスに……?」
その人物とは3年生で生徒会長の日野燈であった。炎姫というのは彼女を揶揄した学園での通り名のようなものだ。彼女の得意な火属性魔法と、戦姫のような毅然とした振る舞いから誰かがそう呼ぶようになったのがいつの間にか自然と定着するようになったのだ。
そう呼ばれるようになったきっかけは去年の学園祭。学園祭の花形である対抗戦において二年生ながら未曾有の大活躍を見せたことが彼女を一躍有名にした。
そんな有名人が何故1年生の教室にと思うのはある意味当たり前な反応であった。
「風間さんはいますか?いましたら挙手をお願いします」
「はい、風間は私ですが……」
徐に名前を呼ばれて結衣は返事をしつつも当惑する。何か生徒会に目をつけられるようなことをしたかと思い返しても全く見当がつかなかった。そんな結衣の内心のことなどお構いなしに燈はツカツカと歩み寄ってくる。
「風間さん、今度の対抗戦で私たちのチームに入りませんか?」
燈の目的は結衣のスカウトだった。1年生が優勝候補のチームメンバーに抜擢されるなんてことは過去一度も無い。それに、固定メンバーはどうしたのかという疑問も残る。
「副会長が怪我をしたため急遽メンバーを募ることになったのですが、参加希望の3年生は既にどこかのチームに所属していますし、フリーの人には足を引っ張りたくないからと断られてしまいました。我々としては足を引っ張る引っ張らない以前にチームに入ってくれるだけでもありがたいのですが、まぁ断られてしまったものは仕方ありません」
どうやら燈は結衣に声をかける前に他の人にも声をかけていたようだ。ただ、声をかけられた側も燈のチームに入れてラッキーとそう簡単にはいかない。現時点で燈のチームに空きがあるというのは上級生の中では常識になっていて、今は誰がおこぼれに預かるかというのが話題になっているのだ。注目されるというプレッシャーと、奇生という誹謗中傷、そして何より大会本番での失敗は許されないという重圧。実力もそうだが、それ以上の自信が求められる。
2年生3年生はそういうこともあって敬遠しているというのは燈も理解していた。それと比べ1年生ならば攻撃の対象にもなりにくいだろうという思惑もあった。
「どうですか?我々としても1年生の有力者である風間さんにお願いしたいのですが」
「申し訳ありませんが、私たちも対抗戦に参加する予定ですので」
「そうですか……それならば仕方がありませんね。やはり3年生の誰かを誘うのが無難ですか……」
結衣は先約を理由にこの案件を辞退する。流石にチームメンバーまでいると言われて引き抜くということはされない。燈は用件が終わると颯爽と帰って行く。
そして、燈から勧誘された1年生ということで結衣は学校中の話題となったのだった。
 




