第36話 劉家のチート
すみません、投稿間に合いませんでした。
ビデオ通話で本部にいるマリアを呼び出すが、これがなかなか通話に出ない。現在中国は13時を回ったところなので、時差を考えればまだ寝ているという可能性があった。寝ているのならいつか起きるだろうとそのまま呼び出しを続けると、40秒ほどして通話が繋がる。
「ごめんなさい智香お姉様!遅くなりました!」
スマホに白色系の少女の寝巻き姿がうつる。急いで髪を梳かしたのだろう画面の向こうにいるマリアの頭に寝癖はない。
「マリア、こんな時間にすみませんね」
「いえ!お姉様からのコールともあれば深夜でも夜明け前でもオールOKです!」
その様子を見ていた劉磊は相変わらず好感度高すぎだろと心の中で毒づく。惚れた相手とはいえ同性をここまで心酔させている手腕には恐ろしいと感じた。
「お姉様、お兄ちゃんも一緒にいますか?」
お兄ちゃん、というのはマリアの兄ではなく龍平のことだ。マリアが兄と呼ぶのは龍平だけなので誰のことかはこれだけで特定が可能だ。
「龍平君ですか?残念ですけどいないですよ、今私は日本にいないので」
「代わりに劉磊お兄ちゃんならいるぞー」
「うぇぇ……お呼びじゃないです」
劉磊が顔を出した瞬間、マリアの表情が露骨に嫌そうなものに変わる。嫌がっていることを隠そうともしない。ちなみに、劉磊が敬遠されている理由だが特にマリアに何かしたということはない。強いていうのなら、智香に近づくなというのがマリアの主張なのだ。
「お姉様にはお兄ちゃんがいるのに……なんで2人の邪魔をするんですか?呪いますよ?」
マリアはまるで智香のためを思っているかのように言っているが、これには大好きな智香と龍平がくっついてくれれば妹分の自分も2人と一緒にいられるのではないかという打算的な考えがあった。二兎を追ってどちらも得ようとしているあたりなかなか強欲だ。
「やめてくれ、本職のマリアちゃんが言ったらなんか怖いから」
いくら劉磊がS級魔導士だとは言っても、占いや呪術といったスピリチュアルな能力に関してはマリアに一日の長がある。もっとも、その分野で勝っているからと言ってそれが通用するかと言われれば別問題だ。目に見えない攻撃でも防御の手段はある。
「非常に不本意ですが、いつもレジストされてますよ」
「え、俺いつも呪われてんの?」
そもそも魔法力が違うので防御を意識するまでもなく素の魔法抵抗力だけで防いでしまう。これがS級魔導士の理不尽さだ。
「劉さん、無駄話をしていてはいつまでも本題に入れないので画角から出てください」
「なんか俺に対しての扱い酷くない?」
劉磊はそう文句を言いつつもちゃんと画角から出る。話が進まないとわかっている者の行動だ。劉磊が画角から出たところで智香はマリアに切り出した。
「マリア、お願いがあるのですが」
「お姉様が私にお願い!?了解しました!何をすれば良いんですか?」
マリアは内容も聞かずに了解する。齢14にして扱き使われることを至福としているあたり歪んでいる。
「中国の経済特区で行われている研究について占って欲しいんです。できれば、大体の場所まで突き止めてもらえると助かります」
「私の力がお姉様の助けに……あぁ感無量です……はっ!?失礼しました!早急に取り掛かります!」
いくら感激したからといって惚けている場合ではないと、マリアは気を引き締めるべく敬礼する。まだ子供だとはいえ、NBMTに属しているだけあってプロ意識は高い。
「マリアは偉いですね。今度何でも言う事を聞いてあげます」
「ぶはっ……!?な、な、な、な、何でもですか!?録音しましたからね!?」
智香の一言によってマリアのやる気が最大、あるいはそれ以上まで引き出される。今回の作戦において、智香が発したこの一言はどんな魔法よりも効果的だった。
通話を切ると智香も席を立つ。
「さて、私たちも移動しましょう」
「やれやれ、ゆっくりする時間も無いか。ま、上海支部と香港支部の奴らにも話をつけなきゃならんからな」
かくして、NBMT中国支部総力戦はここから始まったのであった。
中国の経済特区は厦門、汕頭、深圳、珠海、海南島の5つだ。ここは外資系の企業が中国進出の際の拠点となる場所なのだが、何故このような場所で研究が行われるかというと、その理由は隠蓑になるからだ。ここならば工場や研究所が新しく一つ二つと建ったところで何もおかしいことはない。何より海が近いので海洋生物の研究にはもってこいだ。
智香たちは厦門へ行く前にまずはNBMTの上海支部へと立ち寄る。オンラインで作戦の概要を伝えるという方法もあったが、面と向かって話をすることでしか伝わらないものもあるということで現地まで出向いたのだ。
だが、面と向かったら面と向かったでNBMTの正規メンバーはともかく、下部組織の面々は智香と劉磊というS級魔導士の来訪に戦々恐々としていた。
「え、これ人海戦術ってマジで言ってるの?世の中の人が全員あなた方のような化け物じゃないっていい加減わかって欲しいんだけど」
概要を伝えると上海支部の支部長である劉洋が不満を述べる。この男は劉磊とは歳が4つ離れた弟で、弱冠24歳でありながら既に支部を任されているだけあって実力は確かなものだ。そして、劉磊に文句を言える数少ない人間の1人だ。
「洋、ごちゃごちゃ言わずにやれ」
とはいえ、劉磊も血の繋がった弟が相手というだけあって容赦が無い。
「兄さんも智香姉さんの前だからってそんな張り切んなくていいから」
「あ!?『ストーン……』
「女性っていうのはやる気を押し付けるエゴイストな男性よりも他人の弱さを認めることが出来る包容力を大事にしてると思うんだよね!特に手が出るなんてのは1番ダメだ。短気な男性を好む女性なんて1人もいやしないんだから!」
「めちゃくちゃ早口ですね……言ってることはその通りですけど」
劉磊が魔法で黙らせようとした瞬間、とんでもない早口で劉磊を牽制する。弟だからこそ兄の行動パターンを読めたと言ったところか。
「俺をここまで短気にさせられるのはお前くらいなもんだよ」
「待て兄さん早まるな。智香姉さんも暴力的な男は論外だと言ってるじゃないか!」
「洋、お前は狡猾な男だ。だが同時に浅はかでもある。何が言いたいかというと、お前智香ちゃんを盾にしてただで済むと思うなよ?」
「えっ……!?」
智香の名前を出せば劉磊は止まると劉洋は経験から学んでいた。現に、劉磊は魔法攻撃の素振りすら見せなくなっている。いつもならこれで劉磊が折れていたのだが、今回は少し様子が違った。
「洋、お前はここで書記だ。北京支部、上海支部、香港支部から出動する計100チームの報告を漏れ無く書き留めろ」
「100に対して1人っておかしくない!?」
劉洋に対して明らかなオーバーワークが押しつけられる。周りもそれを止めないし、なんなら常識を弁えているはずの智香もそれを止めなかった。
「まぁ、洋君ならギリギリ出来そうですよね」
「無理無理無理無理!智香姉さんは良心が痛まないの!?」
「いえ、流石に私も出来ないことを押し付けたりはしませんよ、可哀想ですから。でも洋君の場合はなんだかんだ言って出来るじゃないですか。だから任せるんですよ」
「あぁこの絶大な信頼が恨めしい!わかりました、やりますやらせていただきます。というか智香姉さんに任せると言われたらやるしかないでしょ」
劉洋はとんでもない仕事が回ってきたと大きな溜息をつく。あからさまにいやいやという雰囲気でやる気が感じられないが、任されたことはしっかり遂行する男だと智香は知っていた。
「じゃあそういうわけだ。各自、チームを組んだら劉洋に報告するように。その後は劉洋が各チームに担当地区を振り分ける、それまでに移動の準備を整えておくように。では解散!」
「「応!」」
面々からは自分を、あるいは隣にいる誰かを奮い立たせるような意気軒昂の返事が返ってくる。全員、これが中国魔導士の明暗を分ける作戦になると分かっているのだ。
ここには歴戦の猛者もいれば、はたまたこれが初任務だという者もいる。不和を生みそうなものだが、ことNBMTに限ってはベテランの魔導士がルーキーを侮るなんてことはない。お互いがお互いをリスペクトし、等しく一丸となれるからこそNBMTは強いのだ。
そうして全員の士気が高揚する中、さりげなく劉洋の仕事が1つ増えた。
話が終わった頃にはもう良い時間であったため、今日は上海支部に泊まり、明日の朝に香港に移動して香港支部で今日と似たような話をするということになった。智香と劉磊は夕食を食べながら現時点での進捗を話す。
「北京支部から最速で厦門に向かったやつらはもう到着したみたいだ。明日、経済特区に拠点を置いている古株の企業に新しく出来た建物や怪しい業者がいなかったかって話を聞きにいくらしい」
「なるほど妙案ですね、他のグループにも色々企業を当たって貰いましょうか」
となると、当然アポイントが必要になる訳だが、こういうときにこそNBMTの名前は役に立つ。これが無名の団体ならば「じゃあ明日」みたいな流れにはならない。それがNBMTが世界で積み上げてきた信頼という至宝だ。その権利をここで行使しない理由はない。
「洋、適当に頼むわ」
智香と劉磊が普通にご飯を食べている横で、劉洋は片手だけでも作業が出来る様にと夕食なのにサンドイッチを食べている。
「あなた達に人を思いやる道徳心というのは無いんですか?」
「洋、そんなもの我ら劉一族のDNAに存在しない」
「あるよ!?一応僕たち人徳で成り上がった高祖劉邦の血族だよ!?」
「自称だけどな。というかどこかで絶対途切れてるだろ。劉って姓だけで劉邦の子孫を名乗ってる奴多すぎなんだよ」
「そんな身も蓋もない……」
自分の先祖が漢王朝を建国した劉邦だと本気で信じている劉洋と、逆にそれを全く信じていないどころか血筋すら途絶えているという劉磊。兄弟なのに性格も考え方も正反対だ。
「洋、ツッコミはいいから仕事しような」
「してますが?というか、呑気にご飯を食べてる人に言われる筋合いは無いんですけど」
「話をしながらでも仕事ができるのか、我が弟ながらその優秀さは気持ち悪いな」
劉洋の言う通り、たしかに口を動かしている間もしっかりと手は動いている。会話をしつつも報告をまとめ、更に新たな仕事にも着手している。バリバリのマルチタスクだ。基本的に人間にはマルチタスクは不可能とされているのだが、この男はその基本から逸脱しているようだ。
「なんでだろう、仕事をしているのに罵倒されている」
「いや、気持ち悪いのは概ね同意ですよ。もちろん良い意味でですが」
智香も目の前の光景を見て劉磊に同意する。というのも、劉洋は会話をしているときも片手でサンドイッチを食べているときもタイピングの手が止まっていないのだ。
「良い意味で気持ち悪いって気持ち悪いにそんな意味ないでしょ」
そういうと劉洋は一旦パソコンを閉じると片耳だけにつけていたイヤホンを外して立ち上がる。食べ終わったサンドイッチの食器を片付けるためだ。
「洋、イヤホンしてたのか」
「あぁ、これ?いちいちメールを読むのも面倒だからね。各チームから送られてくる報告メールを読み上げソフトを使って垂れ流してるんだよ」
劉洋はそういうと食器を片付けに部屋から出て行ってしまう。部屋に残った2人は顔を見合わせる。
「あいつやべぇな」
簡潔に纏められた劉磊の一言に、今回ばかりは智香も概ねではなく完全に同意するのであった。
 




