第33話 初任務
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朝食をとってチェックアウトをすませた龍平達は直ぐに依頼の現場である埠頭へと向かう。
人気観光地の江ノ島の近くとはいっても、コンテナ倉庫ということもあり、そこには観光客の姿はおろか地元の人の姿もなかった。
そんな場所で、龍平達の到着を待ち受ける中年の男がいた。
「お、来たか。今回の依頼のリーダーを任されてる黒田だ。ほらこれ、ここの区画の地図だ」
黒田が手渡した地図はこの埠頭をブロック毎に区画分けしたものだった。各ブロックにA、B、C、D、Eとアルファベットが振られている。
「今日は君たちの他にも4チームほど参加している。君たちはチームBだ。この四角で区切られたB区画を警備してくれ。あと、リーダーにはこのインカムを渡しておく。何か連絡事項があったらこれで伝えてくれ」
龍平が黒田からインカムを受け取る。他の面子と顔合わせをしなくても良いかと聞いたところ、そもそもまだ到着していないとのことだった。見張り業務なので特に連携が必要になることはないだろうということで顔合わせは無しの方向で決定した。
「では何かあったら連絡します。15時まででいいですか?」
「おう、15時に交代の人員が来るからそれまで頼むわ」
龍平達は黒田と別れると割り当てられたBブロックへと向かう。これで今回の責任者にも許可を貰えたので大手を振って依頼を始められるわけだが──
「ちょっと、なんで子供がいるのよ!」
突然、背後から女の怒声が聞こえてくる。それが龍平達に向けられているということは龍平達自身すぐに分かった。振り返ると、そこには若い男が3人、その男と同年代と思われる女が1人、つまり龍平達とは真逆の男女構成のグループの姿があった。
「あー、彼等は君たちと同じく依頼を受けた魔導士だ」
「いやいや、ライセンスも持ってないのに魔導士はないでしょ。ねぇお嬢ちゃん達、ここは子供の遊び場じゃないの。痛い目に会いたくなかったらさっさとお家に帰りなさい」
女は黒田に窘められてもなお侮蔑の目を向ける。周りの男達も女を止めることはなく、それどころか女につき従っている。
「君達は何故ランちゃんの言うことを聞かないんだ?こんなに心配してやっているのに」
ついには男の1人がそんなことを言ってくる始末。その様子から察するに、どうやら本気でそう思っているようだった。あと、どうでも良いが女の名前がランという無駄な情報が手に入った。
「うわー、マジか」
雀がポロっと本音をこぼす。ドン引きと若干嘲笑が混じったその声音は不幸なことに相手にも聞こえてしまった。ランと呼ばれた女はそれが気に触ったみたいでわざとらしく呆れた態度を取る。
「はぁ、いるのよねー、ちょっと学校では成績がいいからって社会でも通用すると勘違いしちゃう子って」
分かりやすい煽りだ。正直乗るのもばかばかしいと龍平は思っていたが、残念ながらここには血気盛んな乗りたがりがいる。
「あれ、自己紹介?って違うか。お姉さんは成績も悪そうだしね」
「雀、煽るなよ」
龍平は雀が怒っていることを察してすぐさま止める。ここで私闘になり勝ったところでちっぽけな自尊心が満たされるだけでなんの利益にもならない。一方、女は龍平がリーダー格だとわかると龍平に対して仕掛ける。
「で、そう言うあんたは男の癖に女の子の後ろに立ってるだけ?なに、ハーレムのつもり?私はそういうのがお遊びだって言ってるわけ」
雀がいやお前が言うなよとボソッと呟いていたが今度は拾われなかった。龍平は雀がキレてボコる前になんとかしないとなと違う意味で頭を悩ませていた。
「学校を卒業しただけで貰えるライセンスで良くそこまでイキれますわね。プロが聞いて呆れますわ」
すると、横からエリナが参戦を始めた。どうやら雀だけでなくエリナの沸点も限界だったようで、よく見れば結衣も口には出していないだけでその目は全く笑っていなかった。
「調子に乗った学生にプロの魔導士の実力を見せてあげるのも仕事よね」
まさに一触即発の空気。だが、依頼を受けた魔導士同士が私闘を行うなど言語道断だ。それこそプロとしてあるまじき行為である。こいつらはそんなことも分からないのかという気持ちを込めて龍平は大きくため息をついた。
「はぁ……あんまりこういうことはしたくないんだが」
「うっ……」
龍平は内ポケットに手を忍ばせながら結衣達の前に出る。そのあからさまなセリフと素振りに女はたじろいだ。暗器の類を警戒しているのか男達も女を守るように臨戦態勢だ。
だが、龍平が取り出したのは武器ではなくたった一枚のカード。そしてその面を見せつけるように女達に向けた。
「国際魔導士インストラクターだ。これ以上の接触は指導の妨害とみなす。分かったら早急に持ち場につけ」
「「は……?」」
龍平の行動に呆けた声が両陣営からあがる。声の主は女とエリナだった。結衣は声を出さなかったものの、目が見開いていていかにも驚いていますと物語っていた。
「国際魔導士インストラクターって……冗談でしょ?」
女からは先程までの強気な態度は消え失せている。その理由は国際魔導士インストラクターの資格を取るには最低でもB級ライセンスが要求されるからだ。結衣やエリナの驚愕もそれが理由である。
「国際魔導士を謀ることは魔導士法で禁止されている。冗談で言うとしたらそいつは余程のバカだろうな。それより、これでもまだ文句があるのか?」
「ひっ……」
龍平が怒気を含めて睨みつけると女は怯えてガタガタと震え出した。普段ならば血相を変えて怒り狂う男達もこればかりは分が悪いと黙り込んでしまう。
「ないようだな。なら俺たちは行くぞ」
「も、申し訳ありませんでした……」
女は龍平達のために道を開ける。咄嗟に出てきた謝罪の言葉は魔導士として生き残りたいというせめてもの矜恃だったのかもしれない。
いざこざを収めた龍平達は割り振られた区画が一望出来る高台へと移動する。その地点に到着したはいいが、結衣とエリナは先程のやりとりについての整理がついていないようだった。
そのぎこちない空気に気がついたのか、唯一事情を知っている雀がクッション役を買って出た。
「良かったの?」
言葉が多少足りなくともそれが先程の出来事だということは分かる。龍平が自分から実力バレするような行動に出たのは雀からすれば意外だっただろう。
「権力で打ち負かしたことを言ってるならあまり良くはないな。けど、平和的に解決するにはあれが1番だったと思う」
「暴力が無かっただけで平和的かと言われたらそうじゃなかった気もするけど……」
平和の要素を探そうと雀がさっきの出来事を思い返してみても、一方的にプライドをズタズタにしている光景しかフラッシュバックしなかった。
「そういえば、国際ライセンスを持っているのに学校に来る必要ってあったんですか?」
「まぁないな。俺が学校に通っている理由は学長、智香さんがいるからだ」
もともとはアレクから高校くらい出ておけという親心で学校に送り出されただけなのだが、そんな理由ではモチベーションが続かないだろうと龍平は自分の中で新たに理由を作り出していた。自分の存在が智香のためになるのだったらと思えば、高校生活も無駄ではないと考えられた。故に、この言葉は龍平の本心である。
もちろん、理由は違えど龍平と同じく智香を目的に入学した生徒は他にもいる。今ここにいるエリナがそれだ。
「そ、それは龍平もNBMTを目指しているということですの……?」
その声音に孕んでいるは不安、動揺、畏怖、懇願、そして絶望。もし目の前の男が自分と同じ道を歩いているとしたら、この男は一体何歩先を歩いているのだろう。追いつけるわけがないと敗北感にうちひしがれる。
「いや、俺はNBMTを目指してはいないよ」
「そうなんですの?」
龍平の言葉を聞いてエリナがまず抱いた感情は安堵だった。良かった、だがそう思った瞬間に激しい羞恥を覚える。一瞬でもこの男と比較されずに済むと考えた自分を恥じた。
日本へと渡来した当初、同年代に遅れを取るなんてことは考えていなかったし、なんならその自信もあった。
だが、いざ自分よりも優秀な者が現れたと思ったらなんだこの様は。負けず嫌いを自負していた自分がいとも簡単に勝つことを諦め、挙げ句の果てには目標が違えたことに胸を撫で下ろしている。実力の問題ではない。そんな精神的弱者をNBMTが欲しがる訳がないだろう。
エリナはもう一度心の中で唱える。なんだこの様は、と。大口を叩くのならば最後までそれを貫徹してみせろと。
エリナは不敵に笑う。その笑みからはもう惨めな姿なんか見せてやるものかという強い意志が感じられた。
「それは残念ですわ。いつか一緒に同じ隊服を着れたらと思ったのですが」
「ははっ、卒業後も同じチームっていうのは面白いかもな」
龍平はこの一瞬の間にエリナが精神的に成長したと悟った。NBMTのリーダーであるアレクは気骨のある者を好む。しかしただの人格者よりも一癖も二癖もある者を求む。それを知っている身からすれば、同じ隊服を着るというエリナの発言に真実味が出てきたと思わずにはいられなかった。
「下部組織に推薦くらいはしてやるか」
龍平は誰にも聞かれないように1人呟く。この出来事が、エリナにとって自分が憧憬した魔導士の世界に足を踏み入れた最初の一歩だった。
見張りを始めて1時間。割り当てられたBブロックを4人で監視するも特に不審な人影などは見られない。それでも業務ということで倉庫を眺めているのだが……
「うー、つまんない」
動きがないことに雀が不満の声をあげる。忍耐力がないというわけではない。もしこれが、相手に見つからずに尾行しろ、のような依頼ならば彼女は数時間でもやり遂げるだろう。ようは、彼女にとって集中力の持続させるには適度な緊張感が必要というわけだ。逆に、緊張感があるとパフォーマンスを発揮できない者もいる。こればっかりは向き不向きとしかいいようがない。
「のぞいてきていい?」
「万が一を考えるとやめた方がいい……っ!待て、通信が入った」
黒田から渡されていたインカムに通信が入る。その内容は、Dブロックを担当していたチームが不審な人物と遭遇したというものだった。
「Dブロックでは遭遇戦になったらしい。援軍要請がきた」
「援軍って……ここの見張りは?」
「放棄、だそうだ」
「そ、それってここに潜伏してた人がいた場合逃がしちゃいますよね?」
持ち場を離れるのもリスクがあるのではないかと結衣が主張する。助けに行くという大義名分があるとはいえそれはどうなんだということが言いたいらしい。
「確かにその通りだ。だが、これは今回のリーダーである黒田さんからの指示でもある。だからここで援軍に向かい、仮に後でこのエリアから密航者が見つかったとしても俺たちに責任はない」
逆に、結衣の理論を唱え援軍に行かなかったとして、ではそれでここでいうDブロックの人達が敗戦、撤退したとしよう。そうなったとき自分の仕事をしていたという建前はあるが、リーダーの指示を受けなかったということで非難を受けることになるだろう。
なのでこういう時はリーダーの指示に従っておけば責任を取らないですむというのは間違いない。間違いではないのだが、保身的では最良の結果というのは得られないというのも事実だ。なので正解かと言われたら正解でもない。少なくとも、龍平は愚直に傀儡になるよりも結衣の自主性を重んじた。
「そう、責任はない。が、せっかく結衣が意見を出してくれたわけだからな。結衣の意向を伝えよう」
龍平はインカムで黒田に指示を出す。自分達が援軍に行きつつ見張りを立てる方法。簡単な話だ、人を呼べば良い。
「黒田さん、後詰めの人にすぐ来て貰うことは可能ですか?」
「ん?そりゃ出来る奴はいるだろうが……」
「なら呼びましょう。局地戦に拘って本来の目的を見失っては本末転倒です」
「確かにその通りだな……分かった。だが、Dチームの援軍には向かってくれ。人が多いに越したことないのはここも同じだ」
既に事が始まっているところに重きを置くのは当然だ。龍平達がこの場から離れて交代の人員が来るまでに空白の時間が出来てしまうが、この辺りが妥協点だろう。
龍平は交渉は概ね成功したことを結衣達に伝えると、その反応は三者三様であった。
「ほんとですかっ!」
結衣が提案したことだ、結衣のこれは当然の反応。
「くっ、結衣さんに一歩出し抜かれましたわ……!」
エリナはライバルに先を越されてしまったことを悔しがる。不和はいけないが向上心があるのはいいことだと龍平はそれを許容した。
「早く行こう!暴れていいんだよね?」
そして忍ぶ心を忘れた現代の忍者の家系。龍平は心底ツッコミたかったがそのフレーズをグッとこらえ、やる気があるのはいいことだと洗脳のように自分に言い聞かせ先陣を任せることにした。




