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第32話 観光

 そのあと、龍平は気を取り直して観光しに行こうと無理矢理に話を切り出してはぐらかすことに成功した。いや、あえてはぐらかされてくれたというのが正解だろうか。みんな今回の旅行を楽しみたいという気持ちは一緒だということだ。


 さて、龍平達がまず最初に訪れたのは大涌谷だった。箱根の駅からバスで30分ほどで標高1000メートルのロープーウェイ駅に到着する。


「流石に7年寿命が延びるはやりすぎだよねー」


 到着早々に名物である黒たまごの品評をする。黒たまごは1つ食べると寿命が7年延びると言われていることで有名だ。しかしこれは1955年の販売当初から言われていたわけではなく、後付け的に言われるようになった代物だそうだ。


「でも、どうして7年なんでしょうね」


「7は七福神だとか縁起の良い数字だからそれにあやかっているみたいだ」


 龍平は一瞬これがヨーロッパならば黒い見た目で悪魔の数字である6になったのだろうか、いやそれだと逆に6年寿命が縮みそうだとそんなくだらないことを考えていた。


「それなら7日の方が真実っぽいと思うんだけどなぁ」


「仮に7日だとしたら52個食べてようやく1年ですね」


「真偽はともかく、そう考えたら1個で7年の方がキャッチコピーとしていいですわね」


 龍平も混ざっているとはいえ、女子3人の会話とは思えないくらい夢のない内容だ。女3人で姦しいという言葉があるが、これならまだ姦しい方が夢はある。

 龍平達は黒たまごを食べ終えて建物の外に出る。バスから降りてすぐに建物に入ってしまったため気がつかなかったが、谷を覗けばそこには真っ黄色の大地が広がっていた。


「うわっ、あれ硫黄ですか!?」


「自然のエネルギーを感じますわね」


 日常ではまず見られない光景に歓喜の声があがる。特に、噴煙が立ち昇る姿からは地球のパワーを感じずにはいられない。


「これがマイナスイオンってやつ?」


「……」


 吸っているのは間違いなく火山ガスなのだが、ここでそれを言うのは野暮というものだろう。空気を読んで龍平は自重した。


「皆さん、ロープーウェイに乗りましょう!」


「あ、こら結衣さん!1人でふらふらしてはぐれても知りませんわよ!」


 子供のようにはしゃぐ結衣をエリナはまるで母親のように窘める。ついには勝手にどこかに行かないようにと2人は手を繋いでいた。それも何故か恋人繋ぎで。


「ふぅ、これで安心ですわ」


「もう!こんなことしなくても迷子になんかならないですよ!」


 流石に周囲の目が恥ずかしいらしく結衣は顔を赤らめて抗議の声をあげる。その光景を見た雀が龍平の隣でだらしない顔をしていた。


「結衣ってなんか小動物的な可愛さがあるよね」


「否定はしない」


 結衣の身長は148センチと女子の中でもだいぶ小柄だ。加えて、黒髪ショートで童顔ということもあり高校生というよりもまだ中学生といっても全然通用する。一方エリナの身長は163センチ、そして特記すべきは身長の高さだけではない。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる高校生離れしたプロポーション。

 流石にエリナが北欧系なので2人が姉妹には見られないようだが、なにか微笑ましいものを見るような目で見られていることは確かだった。


「お兄さん、彼女さんと妹さんが仲良しで良かったね」


「ぶふぉっ!」


 そんなことを唐突にロープーウェイの係員に言われて思わず雀が噴き出す。理解するのに時間はかからなかった。

 結衣が恨めしそうな表情をしながらロープーウェイに乗り込む。


「エリナちんもだけど、龍平君を初見で高校生って見抜くのもなかなか難しいよね」


「けど妹はあんまりですよ……」


 同い年に見られなかったというのがなかなかショックだったらしく、ロープーウェイの中で結衣は恨み言を連ねていた。


「わたくしは龍平の彼女に見られていましたわね」


「なんかもう色々カオスで笑っちゃったわ。まぁでも結衣が龍平君の妹扱いされてるのは傑作だったねぇ」


 愉快愉快と笑う雀だったが、ここで一つ懸念事項が生まれてしまった。


「あれ、私はどう見られてたんだろ……」


 龍平と結衣が兄妹に見られ、そして龍平とエリナは彼氏彼女の関係で見られていた。年齢相関図的には龍平≒エリナ>結衣の図で表されるだろう。ここに自分を当てはめた時に考えられる答え、それは──


「まぁ妹その2が妥当ですわね」


「ちょっとまてー!あんの係員!断固抗議してやる!」


 今更気がついたところでもう遅い。悔しそうに歯噛みする雀に結衣が徐に近づくと、ポンと雀の肩に手を乗せて呟いた。


「こちら側へようこそ」


「確定したわけじゃないから!それに仮にそちら側だとしても結衣よりはお姉ちゃんに思われてるから!」


「不毛な戦いですわね……」


 最下位決定戦という悲しい戦いが繰り広げられる中、龍平は1人違うことを考えていた。


(同じ血が流れているって考えると妹っていうのは当たらずも遠からずだな。先入観の無い人から見ると俺と結衣ってもしかして似ているのか?)


 身体的な特徴はともかく、魔力の性質だとかオーラというものは変えようがない。もしかするとそういう要素から自分の正体が露呈するのではと龍平は危惧していた。そこで、龍平は3人に一つ質問をなげかける。


「俺と結衣ってそんな似てるか?」


 こういう機会でも無ければ聞くことはなかっただろう。といっても、これで似ているという反応をされるとそれもまた困るのだが。


「私自身は似てないと思いますけど……」


「なるほど、あくまでも妹ポジは嫌と」


「もう!正直な話ですっ!」


 その話はもういいです!と結衣が怒る。ただ、怒り方が分からないのか全然怖くない。なんなら可愛い部類に入るだろう。雀は結衣が怒ったときの可愛い「もう!」が聞きたいがためだけにからかっている節があった。その証拠に、怒られているのに顔がだらしなくなっている。


「まぁ、実際のところ似てないよね」


「そうですわね。外見的な特徴もそうですけど、性格的にも結衣さんは人見知りで引っ込み思案で、龍平みたいに物怖じしないってこともないですもの」


「ですね、龍平君みたいに自信満々にはなれないです……」


 3人の意見は概ね一致する。同意見なのに冷やかされたと若干結衣がジト目で雀に抗議していたが些細な問題だろう。龍平はそれなら問題ないかと話を打ち止めようとしたが、その前に結衣が思い出したかのように喋り始めた。


「あ、でも龍平君が魔法を使う前にたまに違和感を感じることがあるんですよ」


「違和感?」


 龍平は違和感という言葉にやや焦りを感じていた。龍平と結衣の魔力には風間という血が色濃く流れている。そういう部分で何かを感じ取るというのはあり得ない話ではない。実際、龍平は結衣の魔力を判別することが出来る。ただ、それはシルフという最強の相棒がいるという条件付きだ。一卵性双生児において片割れの魔力を認識出来るといったスーパーセンシティビティを発揮することが稀にあるという臨床データもあるのだが、逆にいうとそれはそういう特異な例を除けば魔力から個人を推定するのは不可能に近いという証拠とも言えた。ただ、話を聞く限りでは結衣自身その感覚を理解できていないというだけで、なので違和感という曖昧な言葉でしか表現出来なかったようだ。


「上手くは説明できないんですけど……どこか懐かしい感じがするんですよね。デジャヴじゃないですけど『あ、この魔法を私は知っている』って感覚になるんです。でも、いざ龍平君が魔法を使ってみると思ってたのと全然違うんですけどね」


 もしテレビやネットで同年代の女子が唐突にこんな話をしだしたらそういう電波なキャラはいいからと一蹴されて終わりだろう。だが、結衣がそんな意味のないことをするとは雀もエリナも思っていなかった。


「少なくともわたくしは魔法に懐かしいなんて感覚を抱いたこともありませんわ」


「魔法じゃなくて発生までのプロセス……魔力を練る過程とか……」


「一緒ですわよ……」


 真剣に考えているからこそ余計に意味が分からない。その感覚が分からない者からすれば荒唐無稽な話であった。


「うーん、私の気のせいなのかも知れないです。ごめんなさい変な話をして」


 結局、この話は結衣が勘違いだったと言ったことで終わったが、結衣自身がそれに納得出来ていないのは明らかだった。ゴンドラ内がどことなくぎこちない空気になる。

 何が気まずいというわけではないが、何故かみんなして話すことを躊躇っている。そんな変な空気がしばらく流れた。きっかけさえあれば、そんなタイミングで丁度よく富士山が山間から顔を覗かせた。


「あら、富士山ですわね」


 エリナの呟きによってどことなく気まずかった空気が霧散する。日本一の称号は伊達ではない。それ以降、ロープーウェイが止まるまで誰も何も話さなかったが、それは先程までの沈黙とは違いどこか一体感のある沈黙であった。



 結局、その後一同は芦ノ湖の湖畔にある名所をぐるっと一通り観光をしていき、お昼にホテルを出たはずが帰ってくる頃には夕食時間ギリギリになっていた。



 夜、龍平は部屋で1人明日の予定を考える。何故1人なのか、といえば現在女子組は入浴タイムだからだ。龍平と同時刻に大浴場へと向かったはずなのだが、かれこれ30分は1人の時間が続いている。


「不審船と密航者、ねぇ……」


 龍平はその時間を利用して東海関東エリアのニュースを調べる。中でも静岡と神奈川の情報をピックアップし、さらに魔導士協会などのホームページで魔導士募集等の案件を探す。


「お、江ノ島付近であるな。えーっと、今年度の密入国者の摘発は例年の3倍にのぼり、まだまだ潜在していることが予想される。あー、大規模捜査を行うため魔導士にも支援要請が出たって感じか」


 要約すると、小規模に摘発を続けると警戒されて隠れられる懸念がある。そこで、範囲を広げ一気に摘発をするというのが今回の作戦のようだ。しかし、それをするにも人手が足りないから魔導士に支援を要請した。


「お、埠頭(ふとう)の見張りか。こんなのもあるんだな」


 おそらくは密航者が貨物船だかコンテナだかに乗り込んでいるというのを警戒しているのだろう。更には乗務員が手引きしている可能性も視野に入れているようだ。

 このくらいの依頼ならば何も無ければそれでいいし、何かあっても大した危険性は無いだろう。龍平は明日の予定をこれに決めると詳しい内容を見ていく。


 そこに、お風呂上がりの女子3人がテンション高めで帰ってきた。


「おっまたせー!お色気担当大臣の帰還だよ!」


「………まぁいいか」


 帰ってくるなり突っ込みどころ満載なワードが飛び出すが、龍平はあえて突っ込まないスタイルで対応する。すると自分で言って恥ずかしくなったのか雀は顔を真っ赤にしていた。


「突っ込んでよ!それはエリナちんの役目だろ!って」


「自分で言うのは勝手ですけどこっちに飛び火させないでくださる!?」


「あとそれを俺が言ったら若干セクハラだな」


「女性同士でもセクハラはあると思うんですけど……」


 3対1で雀が責められているように見せかけて実はエリナがお色気担当ということには誰も異論を挟んでいない。巧妙な3対1だ。


「で、龍平は何をしてたんですの?」


 話題を逸らすようにエリナが龍平に話を振る。龍平としても情報共有は必要なのでそれに乗ってあげることにした。


「ちょっと明日の予定を考えていた。江ノ島とは少し離れるが、密航者がいないかコンテナ倉庫の見張りをして欲しいという依頼を見つけた。これを魔導士4人で登録しておいた」


 龍平が内容を見せると結衣とエリナは真剣に読み込む。2人にとっては初めての経験なので真剣にもなるというものだ。


「見張り……何も無かったらどうなるんですの?」


「それなら何も無かったということを報告すればいい。それも立派な情報だからな」


 これは何らかの成果をあげたいと考えてしまうと陥りやすい罠だ。とはいえ、魔導士業界にも色々な考え方があり、その中にはいわゆる成果主義なるものもあるわけだが、とりあえず今の主流は何もないということがあったという論調だ。


「危険はないんですか?」


「見張りだけなら、と言いたいところだが実戦というのは常に危険が付き纏うものだ。例えば、今回はいるかどうかも分からない密航者が相手になるわけだが、仮にいたとした場合そいつらは火器や銃器といった武器を密輸している可能性も考えられる。出来れば遭遇戦は避けたいところだ」


 あまり脅したくはないが、かといって嘘を教えるつもりもない。また、考え得る最悪の事態を想定するというクセをつけて欲しいという気持ちもあった。

 こういった場合、最悪の事態はどうしても命のやり取りになりがちだ。結衣とエリナもそれを自覚したのか、そういう場に足を踏みいれることに対する不安や緊張が伝わってくる。


「そういうわけだから、2人とも明日は俺の指示に従うように」


 ここからは物見遊山の気分ではいけない、それを理解したのか2人は神妙に頷いた。



 夜、部屋にはベッドが2つしか無かったので誰がベッドで寝るかを決めるのにじゃんけんという心理と運が絡んだ公平な裁判が行われた。その結果、惜しくも負けた結衣は和室に布団を引いて寝ることになった。

 ちなみにこのじゃんけんに龍平はエントリーすらしていない。寝てしまえば一緒だろうという発言をした瞬間に布団が確定した。


(雀と結衣は同じベッドで寝れば良かったんじゃないか?)


 肌が触れ合うほどというわけではないが、寝顔が分かるくらいの距離に女子が寝ているというのは精神衛生上よろしくない。横を向けば、なにか楽しい夢でも見ているのかだらしなく頬を緩ませた無防備な寝顔があった。


(うん、反対を向いておこう)


 龍平は結衣が寝ている方とは逆を向いて露骨に見ていないアピールをしておく。いくら多少の血の繋がりがあるとはいえ女性の寝顔を見るのはマナー違反だと紳士ぶった。


「うにゅぅ……といれ……」


 その直後、結衣が半分寝ぼけた様子でのそっと起き上がった。あのまま結衣の方を向いていたら目が合っていたかもしれないと龍平は安堵する。

 流石に目が合っていたら結衣も一瞬で覚醒するだろうし、なんなら悲鳴の一つでもあげていたかもしれない。そうなったら状況証拠で裁判だ。女子3人と多数決という名の裁判で私刑宣告を待つしかなかった。


(割と紙一重だったな。寝顔を見なくて正解だった)


 龍平は数秒前の自分に惜しみない拍手を贈りたかった。誠意を持って対応すれば冤罪だと分かって貰えるくらいには信頼関係は構築できていると思ってはいるが、出来ることならその信頼に疑念を持たせたくはないし、何より冤罪を疑われる時点で不名誉だ。


 龍平は自分の判断が正しかったと再確認し、今日はこのまま向こうを向いて寝ようとそう思ったのも束の間、何故か何もしていないのにもぞもぞと布団が蠢きはじめた。


「だきまくらぁ……」


「結衣……お前マジか……」


 あろうことか、結衣が龍平の布団へと侵入してきたではないか。演技かと思いきやこれで本気で寝ぼけているのだから驚きだ。考えないようにはしたが、考えないようにと意識してしまったせいで背中に結衣の胸が密着しているのが分かってしまった。


「願わくば夜中に起きて自分で気づいてくれ」


 ここで起こして騒ぎになるくらいならこのまま向こうを向いていた方が弁解のやりようがあると龍平は無心でこの状況に耐えることにした。



 その翌朝、雀とエリナに大層からかわれる結衣の姿があったのだが、龍平は知らないフリをしてあげることにした。

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