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第31話 ホテルを探したことはありますか?

評価ありがとうございます


 5月のイベントと言えば何か、と問われたときにゴールデンウィークと答えるものは少なくないだろう。社会人は言わずもがな、学生でも5連休以上の休みなんて夏休みや冬休みのような特殊な休みを除けばこの休み以外に無い。そんなゴールデンウィークに龍平達は箱根温泉を訪れていた。


「流石に観光客が多いですわね」


「シーズンじゃなくても多いからな。それよりも結衣、よく宿が取れたな?」


 こんな繁忙期に予約を取るのは簡単では無かったはずだ。結衣が自信満々に任せてくださいと言うので任せてみたら、次の日には予約が取れましたよーと報告があった。ただ、どこに泊まるのかという情報は今日まで隠されていたのだ。


「実は父が登録している会員制のホテルを予約したんです。なので比較的簡単に枠が取れました」


「なるほど、そういうカラクリがあったんだな」


「えへへ。なので私は特に何もしてないんですよね。あ、あれですね」


 見えましたよ、とそう言って結衣が指をさした先には──


「でかっ!え、こんなとこ泊まっていいの?お金とか大丈夫!?」


「会員制なので、お部屋代は他の旅館やホテルと同じくらいですよ」


 そのホテルは明らかにどこかの官僚やその御曹司が利用するのでは?という風貌をしていた。学生の宿泊旅行に利用しているのはおそらく龍平達のグループだけだろう。


「うーん、この場違い感」


 高級車が並ぶ駐車場を見て雀が唸る。ちなみに言うまでもないが龍平達は徒歩だ。入り口に近づくと中から1人のホテルマンが現れた。


「ようこそいらっしゃいました」


 男は明らかに学生軍団の龍平達を見ても嫌な顔を見せずに歓迎する。これも訓練の賜物なのだろう。


「風間様とそのご学友の方々ですね。このたびは当ホテルをご利用頂きありがとうございます」


 ついつい忘れがちだが、結衣は日本魔導士界で最も影響力のある名門の一つ、風間一族の御令嬢だ。身も蓋もない話ではあるが、言わば上客というやつだ。結衣がいるとなったらホテル全体に今日は学生4人組が来るから注意するようにと指示が通る。

 もっと言うと、それを全ての客に対してやっている。何故なら来る客来る客全員が要人だからだ。


「お世話になります」


「手荷物をお預かりします。まずフロントにてチェックインをしていただいたのち、お部屋へとご案内致します」


「ありがとうございます」


 結衣は慣れたものでまるで庭でも歩いてるかのように受付へ。それを3人で眺めていたのだが、珍しく雀が弱気になっていた。


「ねぇ、本当に追い出されたりしない?」


 何故何もしていないのに追い出されなくてはならないのか。おそらく歓迎されていることにも気づかなかったのだろう、冷静さを失っている雀を見てエリナが呆れていた。


「しませんわよ。それに、こういうところでも意外とマナーには厳しくないんですのよ?ほら、子連れのファミリーだっていますし、度が過ぎなければ大丈夫ですわ」


 エリナは、さすがに子供よりマナーが劣ることはないでしょう?と言って雀を安心させる。しかし雀は安心するわけでもなく、ただその発言を吟味する。


「そういえばエリナちんも御令嬢だった……くそう、経験者か。ここには敵しかいないのか」


 そう、エリナもまたローゼンフロスト家というヨーロッパを代表する名家の御令嬢だ。もとから生きる世界が違ったのだ。


「ふっ……」


 雀は残る龍平の顔を見ると何も言わずに自嘲する。だってこいつNBMTだしなと表情が全てを物語っていた。


「チェックインが終わりましたよ!あれ?雀さんは何を項垂れているんですか?」


「気にしないで、己の矮小さに打ちひしがれてるだけだから」


「???」


「雀さんのことは放っておけばいいですわ。しばらくすれば慣れますわよ」


「そうですか……」


 とはいえ、いつまでもここにいてもどうしようもないというのも事実。結衣が予約したのは8階の部屋だったため、ホテルマンと一緒にエレベーターに乗り込む。


「2階はレストランフロアになっております。朝食の際はエレベーターを出て左手側の宴会場、夕食の際は右手側のレストランをご利用下さい。3〜9階は客室、10階が大浴場となっております。大浴場は午前6時から深夜2時までの営業となっておりますのでご注意ください。本日の夕食と明日の朝食のお時間はどうなさいますか?」


「夕食の時間は6時30分で、朝食は7時でお願いします」


「かしこまりました。ご変更の際は客室内にあります内線でフロントまでお知らせください」


 エレベーターを降りて今回宿泊する803号室の前まで案内される。


「当ホテルは全室オートロックになっております。外出の際はカードキーをお忘れないようご注意ください。それでは失礼いたします」


 ホテルマンは最後まで慇懃な態度を崩さずに対応し去っていった。その様子を見て結衣が何かを思案する。


「龍平君ホテルマンとか似合うんじゃないですか?」


 その言葉は本気でそう思っているのか、あるいはただその様子を見てみたいという興味本位から出たものなのか。雀とエリナはその姿を想像したのか「ぷっ」と吐き出した。


「結衣さん、龍平はサービス業をするには愛想がなさすぎますわよ」


「堅気のお店じゃなくなっちゃうよー」


 あり得ないと笑う2人に結衣は少しむくれていた。どうやら本気だったらしい。


「2人とも酷いですよ!龍平君は自分でどう思いますか?」


 結衣は味方がいないからとついには本人である龍平に問いかけた。龍平としては是非ともNOと答えたいところだったが、ただ2人に笑われっぱなしというのも面白くない。


「ホテルマンじゃないが、パーティの給仕ならやったことあるぞ。あれは麻薬や銃、奴隷を取り扱ってる闇オークションに潜入した時だな」


「えっ……!?それはどうなったんですか!?」


 龍平のカミングアウトに3人は結末が気になると固唾を飲んで静聴する。給仕役をやったことがあるなんてもはやどうでもいい情報だ。しかし、龍平からその結末が語られることは無かった。


「おいおい……冗談に決まってるだろ?それよりも早く入ろう」


「からかいましたわね!」


「人を笑うからだ」


「ほっ……はらはらしました」


 結衣とエリナは冗談だと聞いてかたや怒ってかたや安心してと2人違った反応を見せる。雀はこれは本当の話だなと一歩引いて聞いていた。

 そんな三者三様の反応も部屋に入れば同じ反応に変わる。


「「おぉー!」」


 部屋は和洋折衷。煌びやかさはないが落ち着いた内装でそれが癒しの空間を演出している。そして、カーテンを開けば箱根の温泉街が一望できる。


「絶景ですわね」


「早く行きましょう。箱根神社に箱根関所、芦ノ湖に大涌谷、行くべきところはたくさんありますよ!」


 結衣が分かりやすくテンションが上がっている。ワクワクというオノマトペを態度で示せという問題が出たらおそらく満点の模範解答だ。


「観光を楽しむのもいいが、目的を忘れるなよ?」


 きゃっきゃとはしゃぐ結衣たちを見て龍平が窘める。

 楽しんでいるところに水を差すのも悪いかと思ったが、物事というのは本質を見失ってはいけない。


「分かっていますわ。元はと言えばわたくしたちからお願いしたことですものね」


 結衣とエリナからのお願い、それは実戦経験を積みたいというものだ。そこで、龍平は今回の旅行の中で魔導士として活動をしてみようと提案したのだ。


「で、龍平君。活動すると言ってもどうするの?」


「ま、とは言っても今日くらいは観光でいいだろう。明日は朝チェックアウトしたら江ノ島へ行こうと思っている」


「なら、早く行きましょう!明日のことは明日聞きます!」


 結衣は龍平の腕を両手で掴むと急かすように引っ張る。引っ張った時に手を両腕で抱きしめる形になったのだが、その様子を見てエリナと雀は下卑た表情になった。


「結衣さん、あなた大胆ですわね」


「私たちはお邪魔だったかなー?」


 結衣はそう言われてようやく自分が何をしているのかを認識したようだ。認識するまでは遅かったが、理解して顔が赤くなるまでは早かった。


「わぁぁ!!!ごめんなさい!!!わざとじゃないんです!!!」


「いや、俺は別に構わないんだが……年頃の男子には勘違いされるかもしれないから注意した方がいいかもな」


 龍平は異性へのスキンシップは危険だぞと結衣を諭す。龍平はNBMTに入隊した時からニーナやマリア、そして智香と、周囲に女性がいる環境が長いため異性に対する抗体があったためこの程度で狼狽るようなことはない。そんな龍平の反応を見て何故か結衣が落ち込んでいだ。


「平然とされるのもそれはそれで悲しいですね……」

「龍平君もその年頃の男子なのにね……」

「結衣さん……なんか可哀想ですわ」


 龍平は極めて紳士的に対応したつもりだった。だが、結果的に雀とエリナによしよしと慰められている結衣の図が出来上がっている。つまり、龍平は対応を間違ったわけだ。


「龍平君、結衣も女の子なんだよー?」


「そうですわっ!もっとこう、気の利いたセリフとか無かったんですの?」


 気づけば女性陣は敵に回ってしまっていた。龍平としては何故俺は責められているんだ?と急な事態に困惑する。


「気の利いたセリフって、そんな急に言われてもな」


「あるでしょうよ!俺以外にはこんなことするなよ?とか、もっと結衣を堪能したかったのに、みたいな少女漫画的なセリフをここで使わないでいつ使う!?」


「何を熱くなっているのか分からんがそんな気障なセリフをリアルの男が言ってたら気持ち悪いだろ」


 少なくとも自分には無理だと龍平は思った。想像しただけで全身を掻きむしりたくなるような衝動に駆られる。それを聞いた雀は分かってないなぁ〜と肩を竦めた。


「なら多数決を取ります! こういうセリフを言われたい人!」


「「はいっ!」」


 まるで示し合わせたように女性陣の手が挙がる。酷い出来レースだが龍平はもう突っ込まない。もはや言っても無駄だと分かっているからだ。対して、雀はほら見たことかと勝ち誇っていた。


「龍平君は少女漫画を読んで乙女心を勉強しておくように」


「分かった分かった。次は気の利いたセリフの一つでも用意しておく」


 そうは言いつつも、次なんて絶対来ないでくれと心の中で切に願っていたのだった。

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