第30話 デートと脅迫
書き溜めのストックが尽きたらどうなる?
知らんのか?
更新が止まる
4月下旬、大型連休を前に龍平は成田空港へと向かっていた。学園のある新東京区からは車で40分ほどである。
「2週間近く滞在するんですよね?荷物少なくないですか?」
「いいんですよ。服は向こうでも洗濯出来ますし、それに大荷物を持って移動するのはあまり好きではないので」
龍平が旅行に行くわけではない。今回はあくまで智香の見送りが目的だ。ちなみに交通手段は麻耶の運転する車だったりする。
「ともちゃんは昔からそんなもんだよ。なんなら海外旅行に行くって時に何も荷物を持ってなかったこともあったからね。いやぁ、成長したなぁ」
「え、服とかどうしたんですか?」
「あー、あの時は現地調達しましたね」
「マジですか……」
それを考えたら確かに少しでも服を持っていくようになっただけマシなのかもしれない。これがマジなんだよねーと呑気に応える麻耶もなかなか感覚が狂っている。
「智香さんの出張費がいつも少し高かった理由が分かりました。まぁNBMTは実力主義ですから、任務さえ成功すれば多少の出費くらいは問題ないですけどね」
「え……ともちゃん職場のお金に手をつけるのは流石にヤバイよ。ちゃんと謝ろ?私も一緒に謝るから、ね?」
「2人は私のことを何だと思ってるんですか……ちゃんとお給料から差し引いて補填していますよ」
まさかの泥棒扱いに心外だと憤慨する。本気でそう思われていると思ったのか、否定の語調が普段よりも強かった。
「ごめんごめん。ともちゃんがそういうところきっちりしないわけないもんね」
「まったく、龍平君も麻耶も私をどういう目で見ているのか、今度帰った時にきっちりお話です」
龍平は、その時はきっと酔った2人の介抱をさせられるんだろうなとそうなることが容易に想像できた。
話をしていると40分なんてものはあっという間で、何事も問題無く空港へと到着する。
「麻耶も龍平君もありがとうございます。ここまでで大丈夫です」
「ほんとに大丈夫?チェックインまで一緒に行こうか?」
「そんな子供じゃないんですから。では、行ってきます」
智香が空港に入って行くのを見送ったところで龍平達の目的は達成した。龍平は今回の1番の功労者を労う。
「先生、タクシー扱いしてすみませんが帰りもお願いします。これ、差し入れです」
龍平は智香の見送りで車を降りたついでに自販機でお茶を購入していた。たいしたことではないが、なかなか出来る人はいない。
「ん、ありがと……って教え子からタダで受け取るわけにはいかないかー」
「別にそのくらい構いませんよ。あと、これは教え子ではなく先輩魔導士からの施しです」
「うっわ!憎たらしい!何この高校生!」
仮にも教職者が生徒の前でそんな声を出していいのかという者も世の中にはいるかもしれないが、龍平は別に教師としての麻耶を求めているわけではないので咎めはしない。
「先輩風吹かせるなら媚びといた方がいい? お茶じゃなくてご飯も奢って〜って」
「それを本人に聞かないでください。あとそれは媚びじゃなくてたかりです」
自覚はあるのか龍平の指摘に麻耶はだよねーと笑っている。そもそも本人に聞いている時点で媚びる気がないのは分かっていた。
「それじゃ帰りますか。学校よりも家に送った方がいいよね?」
「そうですね。学校に行く予定も無いですし、そもそも私服ですから」
龍平の私服はビジネスカジュアルくらいの落ち着いた格好で、とてもじゃないが高校生の普段着には見えない。しかし、それも大人から見れば好印象であった。
「あいよー。あ、どっかでお昼ご飯でも食べに行こうか」
「いいですよ。俺は学校区の外のことは分からないんでお店は先生に任せますよ。あ、俺は何でもいいんで」
「うわ出たよ何でもいい。それが一番困るんだよなー。あ、この辺にしゃれおつなイタ飯屋があるんですよー」
「何で急にそんな死語を」
この龍平と麻耶のやりとりを聞いて、教師と生徒の関係だと気付けるは誰もいないだろう。更に龍平の服装も隠れ蓑になって、姉弟か大学生カップルくらいには見られているはずだ。学校区外ということもあって堂々と2人で歩くことが出来た。
席に座ってランチを注文する。周りはカップルではなく、ママ友のランチ会の方が目立った。
「前にともちゃんとも来たんだけど、美味しかったんだよねぇ」
少ないカップルの男性客は麻耶を見て視線が釘付けになっていた。麻耶はこれでも可愛い系で顔が整っている。一流企業の受付でも通用するだろう。
一方、龍平もわかりやすく好奇の視線に晒された。
ちらほらとどこの会社勤めだろうという声が聞こえてくる。
教師と生徒の関係だとは露ほどにも思われていないことに安堵するが、少し納得出来ない気持ちもあった。
「俺ってそんな老けて見えますか?」
「うーん、ちょっとね」
否定ではなく肯定の相槌に若干のショックを受けたところでランチのパスタが運ばれてくる。今日のパスタはボロネーゼだった。
「お、ともちゃんが好きなボロネーゼだ」
「智香さん基準ですか……ほんとに仲良いですよね。最初から仲は良かったんですか?」
龍平は麻耶と智香が学生の頃から仲が良かったという話は知っていた。だが、こんな親友とも言える関係になるまでの道程というのは聞いたことが無かった。
「ううん、入学して半年くらいは喋ったことも無かったよ?」
「そうだったんですか」
龍平は素直に意外だと呟く。2人の関係を見ていててっきり最初から意気投合していたものだと思っていたからだ。
「入学当初はね、私の成績は300人中30番目くらいだったの。ともちゃんはぶっちぎりで1番だったけどね」
「30番ですか……まぁ300人で30番なら良いですよね」
そう、300人中30番だ。決して悪くはない。悪くはないが、今の麻耶を知っているだけにその成績が悪く思えてしまう。
「ま、1年の終わりの頃には2番まで持っていってやったんですけどね」
麻耶は飄々としているが、そこに血の滲むような努力があったことは聞かなくても分かった。
「みんなねー、ともちゃんの隣に行きたがるのよ。成績関係なくね。ともちゃんは成功するって分かってるから仲良くしましょうって」
「魔導士になる前からそれは辟易としますね……」
「ね。そういうのはもれなくみんな今もC級以下で燻ってるよ。そんな中で私はともちゃんの隣に立つために力をつけた。だってほら、1番の横に2番の生徒がいても誰も文句は言えないでしょ?言ってくる奴はもれなく黙らせてやったわ」
なるほど、と龍平は思った。同時にこの不器用な魔導士に好感を覚えた。麻耶が智香の隣を目指したのは、打算的な態度ですり寄ってくる生徒に辟易としていた智香を助けるためだ。
龍平はこれが都合のいい妄想だと思いつつも、あながち間違いではないのだろうと確信していた。
「先生めっちゃかっこいいですね」
「女にカッコいいは褒め言葉じゃないんですけど!」
本人はこうしておちゃらけてはいるが、根は真面目で直向き、龍平は魔導士としての鷹野麻耶という人物をよく理解した。
「いえ、智香さんも先生のそのカッコ良さに惚れてるんだと思いますよ」
「え、そう!?えー、そう言われたら悪い気はしないかな〜」
いい話が聞けたと龍平が伝票を取ろうとした瞬間に麻耶がそれこそ鷹のように伝票をかっさらていく。あっ、と龍平が麻耶を見ると麻耶はこれでもかというドヤ顔を決めていた。
「ふふん、人生の先輩に施されなさい」
先程の龍平の言葉を根に持っていたのだろう。やり返すならここがチャンスだと待っていたんだなと龍平は察したが、ここは大人の対応で黙っていてあげることにした。
「いいんですか?今日は色々してもらってるので俺が出しますよ」
「いーのいーの。こんなの龍平くんとの時間と考えたら安いもんよぉ」
歯の浮くような台詞だが、言い慣れていない感が凄い。ネットか何かの受け売りかと龍平は苦笑する。
「なんですかそれ、酔っ払いの口説き文句ですか?」
「あーあ、ともちゃんに言いつけちゃお」
「智香さんでしたか。あの人なら恥ずかし気もなく言いそうですね」
龍平は水瀬智香という人物を想起してさもありなんと納得する。よく知らない者に対してはお堅い印象を与えるように上手く振る舞ってはいるが、親しい者に対しては生粋のナンパ師だ。そしてどうやら麻耶はその毒牙にかかっているらしい。
「龍平くん、ともちゃんが他の人を口説かないようにちゃんと見張っておいてね」
「そんな軽い人じゃないですよ。本当に心を許している人にしか素の姿も見せないですし」
智香の素を知っている者は龍平の知る限りは片手で足りるほどだ。なので智香が誰から構わずナンパをする心配は無いという。
「そっか……そうだよね」
「たまに俺の妹分も誘惑されてますけどね」
「は?」
嬉しそうにしていた麻耶の目の色が一瞬で変わる。これは盛大に地雷を踏み抜いたと理解するまでにそう時間はかからなかった。
「とりあえず、お話は車の中でしよっか?嬉しいねー、いっぱいお話しなきゃいけないことがあるみたい」
この後、龍平の弁明は自宅に到着してからも続いたのであった。
後日、龍平は結衣達に呼び出されてエリナの部屋へと訪れた。到着の旨を知らせるとすぐさま入室を促される。
(なんか前にも似たようなことがあったな)
ただ、前回と違うのは何かを咎めるような視線が並んでいること。龍平が訝しんでいると結衣が携帯の画面を見せつけてきた。
「龍平君、これはなんですか?」
「これは……この前のやつか。どこで手に入れた?」
そうして結衣が見せたのは、龍平がちょうど麻耶の車から降りている姿をばっちり捉えた写真だ。社会的立場や倫理観的に問題がありそうな一枚だ。
「これは、結衣が休日に散歩をしていたら偶然撮れたものよ。偶然龍平君の家の前にいたらしいわ、そんな偶然あるのね」
「偶然って、そんな偶然あるか」
こんな計ったようなタイミングで激写しているのに偶然なんて考えにくい。そう指摘すると雀とエリナに露骨に残念そうな顔をされる。
「龍平、偶然にしてあげるのも優しさですわよ」
「そうよ、そうしないと結衣が龍平君のことストーキングしてるみたいじゃない」
「ちょっと2人とも!さっき本当に偶然だって言ったじゃないですか!」
気づけば龍平が詰問されていたはずが、何故か結衣が標的に変わっていた。標的にされた結衣はというとその語調とは裏腹にエリナと雀をぽかぽかと優しく叩いている。
その顔が真っ赤なのは間違いなく怒りのせいではなく羞恥のせいであった。
「とにかく、龍平君と鷹野先生が仲良くデートしてたことに間違いはないんです。これは由々しき事態です」
「俺と先生は学長を空港まで送ってたんだ。だからデートじゃない」
「水瀬学長を……?」
智香の名前が出てきてエリナが素早く反応する。麻耶と智香なら分かる。だがそこにどうして龍平が絡んでくるんだ。そんな言葉を含んだ声音だった。
「不思議か?けど、これでも俺は現役の魔導士だぞ。水瀬学長とは旧知の間柄だとしても何もおかしくないだろ?」
あくまでもNBMTのことは伏せて説明する。NBMTを目標にしているエリナにこのことが露呈すれば間違いなくギクシャクする。それは、この先のエリナの成長の妨げになる可能性がある。そして、そのライバルになり得る結衣の成長をも止める可能性がある。
龍平の存在に2人の魔導士の将来がかかっているといっても過言ではないのだ。
「なーる。それならやましいことはなかったって事ね」
そこに雀からの援護射撃が入る。雀は龍平がNBMTのメンバーであることも、それを隠していることも知っている。なのでさっき龍平が智香を送って行ったと言った時にはエリナの隣で、うーわ私もしかしてやっちゃった?と固まっていた。
「雀さん、それで納得するんですの?」
「まぁ、魔導士が活動してたら有名人と鉢合わせるのはよくある事だよ。私のお父さんもNBMTの雷帝と会って話したことがあるって言ってたし」
「そ、そうなんですの……」
それが業界あるあるなんだと言われたらその業界を知らない者は納得せざるを得ない。とはいえ、活動していればそのうち有名人と邂逅するというのはあながち嘘でもないのだ。
魔導士は時に数十人数百人という人数が集められて活動をする。例えば智香が時の人となったクラーケン騒動。あの事件の時に智香と会話したものは数百人、その後の復興やパーティも合わせれば数千人はくだらない。そういう意味では有名人と会話をするというのは案外簡単だったりする。
「日本ではライセンスの都合上18歳以下が現場にいるのは珍しいからな。そのおかげで目をかけてもらえた」
日本では日本国内用のライセンスが魔法学校の卒業と同時に取得できる。そうして資格を取得すると日本魔導士協会に登録され、チームメンバーの募集や、情報の提供、時には指名の依頼など協会に登録していることで様々な恩恵に預かることができる。この資格がないものが魔導士活動をするということについては特に問題はない。上に述べた恩恵が受けられないという程度のものだ。
一方、龍平が取得している国際ライセンスは実力を見るため実戦に模した試験が行われる。こちらは魔法学校の卒業などといった年齢にかかわる前提条件がない。なので20代前半でライセンスを得られる者もいれば40後半になっても取れない者もいる。ちなみに、このライセンスは海外で活動する場合には是非とも持っておきたい代物だ。これがあるのとないのでは信頼度がガラッと変わる。閑話休題。
「なるほど、そうだったんですね」
「結衣さんまで……はぁ、もういいですわ」
エリナはそれでも納得できないという顔をしていたが、結衣があっさりと納得してしまったことで引き下がった。
「わかってくれたか」
龍平はなんとか説得できたと安堵する。実際この時の龍平と麻耶は一線は超えてはいないものの、教師と生徒の関係という枠は確実に超えていた。深く追及されたらごまかしきれなかったかもしれない。
「はい、この画像がやましいものでないというのは分かりました。しかし──」
龍平の安堵も束の間、結衣が語気を強めて結衣が悪い笑みを浮かべる。そう、結衣は納得した上で龍平に交渉を持ちかけてきたのだ。
「この画像が出回ったら困る、という状況は脱していないですよね?」
「結衣……」
「なんか今日は結衣が強気だ」
切り札が結衣の手にある以上、主導権は絶対に結衣のものだ。こうなったら龍平にできる事はただ一つ。
「結衣、頼むから画像を消してくれ」
「あれー?今なんでも言うこと聞いてくれるって言いました?」
ここで強く言ってねぇよ、とは言えない。言えないことを分かった上で結衣は調子にのっているのだ。
「黒いですわね……」
「絶対麻耶ちゃんと出かけてたのを根に持ってるよ……」
これまでこんな黒い結衣は見たことがない。エリナと雀もかつてない本気の結衣に圧倒されている。
こうなったならば仕方がない。自分の不注意が招いたこと、むしろ撮られたのが結衣で良かったと龍平は腹をくくった。
「分かった。俺に出来ることならなんでもする」
龍平の言葉に言質を取ったとニヤリと笑ったのは結衣ではなく雀とエリナ。2人も携帯の画面を見せた。すると、そこには結衣が見せた画像と全く同じものが映し出されていた。
「実はこの画像、私たちのグループチャットでもう共有済みなんだよねぇ」
「当然、私たちの言うこともなんでも聞いてくださるんですわよね?」
さっきまで黒いだとか根に持ってるだとか言っていた2人の唐突な反乱に龍平は自分がはめられたことに気付いた。
「お前ら、演技だったのか」
「結衣がまさかここまで上手くやるとは思わなかったけどねー」
「雀さんのアドバイスのおかげです。龍平君もすみません。でもこんな機会は滅多にありませんから」
どうやら入れ知恵をしたのは雀だったようだ。考えてみれば、こんな黒い発想を結衣が出来るはずが無いのだ。今更気がついたところでもはや後の祭りである。
「で、俺になにをさせたいんだ?」
龍平は意を決して尋ねる。ここまでして一体何を要求してくるのかと怖い気持ちもあったが、龍平もああ言った以上は何でもするつもりでもあった。そして、結衣の口から出た答えは──
「私たちを実戦に連れて行ってください」




