第28話 1on1 雀vsエリナ 結衣vs麻耶
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結衣たちが『縮地』の練習を始めてから1ヶ月が経った。
季節は春、世間は入学式や新学期といったムードで溢れかえっているが、魔法学校が所在している新東京区はそんな空気とは一切無縁であった。なので、龍平達のクラスは今日も変わらず実戦訓練である。
「この前ちょっと都心の方に行ったんですけど、4月に入学式って文字を見てなんだか不思議な気持ちになりました」
「わかる。ちょっと前までそれが普通だったのにね」
日本で4月入学ではない学校なんてどこを探してもここくらいなものだろう。新東京区では門松の横に祝入学の文字が並ぶ。
「わたくしの場合は元々9月入学なので……ってそんな話はいいんですわ。雀さん、わたくし多少は使えるようになりましたわよ」
エリナが話の流れをぶった斬って雀に挑む。どうやら自主練の成果を見せたくて仕方がないようだ。
「人気者は辛いねぇ。いいよ、見てあげる」
ちなみに、雀が実力者だということはここ1ヶ月で周知の事実となった。『縮地』の練習を見ていたクラスメイトから教えて欲しいと殺到したのだが、大抵は1発目2発目とさらに何度か吹っ飛んで諦めることになった。
結果、練習を続ける選択をしたのは結衣とエリナと悠馬の3人だけになった。
「いきますわ!」
まずは縮地を用いずに身体強化だけで接近する。縮地は確かに便利ではあるが、あくまでも普通よりも少し速く動けるくらいの認識で無ければ手痛いしっぺ返しを食らうことになるというのは忘れてはいけない。
「1ヶ月じゃ地力なんてそうそう変わんないよ」
「そうでもないですわよ。『氷床』」
エリナは高い魔法力を活かして雀の足元を凍らせる。並の魔導士では小さな面積とはいえど一瞬で凍らせるなんて芸当は不可能だろう。
これで雀は次の行動をある程度まで制限される。
この不利な足場で戦うか、あるいは一度引いて体勢を整えるか、いやここは敢えて前に出るか。どういう行動を選択するにしろ、瞬間で判断する必要がある。
直感的には無茶はせず、引いて距離を取るのが無難だろう。
現に雀は安定思考で引くことを選んだ。バックステップはスリップを警戒して速度を抑えている。
「それは読んでますわ」
その選択を待ってましたといわんばかりにエリナは縮地で一気に距離を詰める。このシステムは自分で考えたのだろう、成功したと歓喜が表情に出ていた。
「まぁ、悪くはないかな。でも『クイックショット』」
「ぐふっ……!」
絶対に勝った、と思ったタイミングでエリナを3発の魔力弾が襲う。エリナからすれば思わぬどんでん返しを食らった形である。
「属性の持たないただの魔力弾。速さを極限まで突き詰めてるから実際の威力は高くないけど、相対速度で結構痛いっしょ」
魔法というのは使おうとしてから発動までにはラグが発生する。魔力を練り込む、タメるという工程が魔法の使用には必須だからだ。この工程は同じ魔法を使用するにしても変換効率などの術者の技量次第で差が出てくる。ただ、重要なのはどれだけ技術が高くても決して0にはならないということだ。
「今の魔法、全くタメが無かったように見えたんですけど」
「私の『クイックショット』のラグは0.1秒だからね」
「れ、れいてんいちですって……!?」
魔導士がある魔法を発生させるまでの平均時間を世界魔法機関という機関が資料として数年毎に発表している。データによると戦略級の大規模魔法なら30分以上、範囲にもよるが中・長距離ならば数分〜数十分、近・中距離で5〜10秒、そして近接戦闘用の魔法は1〜3秒程度となっている。
つまり、自分は魔法を発動するのに1秒かかるのに、雀は0.1秒で完成させるというわけだ。
「隙がないじゃないですか!そんなのどうやって攻略すればいいんですか」
「それを考えるのが宿題じゃん。これでも情報は結構明かしてるよ。なんなら0.1秒って数字も本当は自分で見つけなきゃなんだからねー」
もっと言うと、ゆっくり机上で考えるのではなく戦闘継続中に考えなければならない時もあるわけだ。情報を引き出し解析する能力も必要になってくる。とはいえ、戦闘経験が無いと状況を仮想することも難しい。
「えっと……」
結衣は龍平に助けを求める視線を送る。身長差が20センチほどあるのでどうしても上目遣いになるわけだが……。
「はいそこっ!誘惑しない!」
「し、してませんっ!」
結衣は本当に純粋に助けを求めただけだと反論する。
こういうのは本人の弁よりも周りからどう見えたかという方が重要だ。
「結衣さん、そこで焦って顔を赤くしてますと図星に見えますわよ?」
もちろん、結衣に男を誘惑するなんてそんな大胆さが無いことは全員分かっている。分かった上で指摘されたことを結衣だけが分かっていなかった。
「もうそんなことはどうでもいいんです!龍平君、何か良い方法はないですか?」
まだ若干顔を赤く染めながらも強引に話を進める。流石に可哀想だと思ったのか今度は誰もいじらなかった。
「良い方法か。まぁ簡単な解決策としては、あえて雀の土俵に立つ必要はないというところだな」
「雀さんの土俵ですか……」
縮地を使いたい気持ちは分からないでもない。だが、そういう超近接戦闘は雀の得意分野だ。わざわざその土俵に立って勝負を挑むのはそもそも前提から間違っていると言える。
「それで、わたくし達はどう戦えばいいんですの?」
今度はエリナが先程の結衣同様上目遣いで龍平に問いかける。何故かエリナには結衣のようなことは言及されない。
「これは近接戦闘に限らずだが、自分の得意分野に引き込むのは対人戦の基本だ。例えば、結衣やエリナの武器は高い魔法力だ。相手の足元を凍らせるあの構想は良かったと思う。ああすれば雀は後ろに引くだろうという次の想定も出来ていたな。なんでそう思った?」
「あの状況なら下がって体勢を整えるのが上策だと思ったからですわ。あの状況で近づくのはリスキーですし、雀さんもそうするだろうと」
「そうだな。近づくのはリスキーだ、分かっているじゃないか。なら何でエリナは自分から近づいた?」
少なくとも、近づかなければクイックショットの餌食にはならなかっただろう。あるいは魔法の発生速度で負けていなければ勝機はあったかもしれない。
「あの形なら先手を取れると思ったからですわ……でも……」
「分かっているようだな。その通り、それなら別に近づく必要はない。縮地に固執しすぎた結果だな」
高い魔法力があるエリナは近接戦闘に拘る必要はない。2人の場合は0.1秒で魔法を放つことは出来なくても、1秒で10発の弾丸を放つことができる。
雀は0.1秒に3発魔法を打てるが、じゃあ1秒なら30発かと言われればそうはいかない。それに雀も言ったように、クイックショットは威力が皆無に等しい。ゼロ距離で相手の力も使ってようやく有効な一撃になるような代物だ。
つまり、エリナが近接戦闘に拘る必要がないのではなく、雀が近接戦闘に拘る必要があるということだ。条件が悪いのはむしろ雀の方である。
「つまり、魔法で攻撃が正解ですか?」
「そうだ。結衣やエリナは距離を縮めるのではなく徹底的に間合いを管理して近中距離戦へ持っていく。それで魔法の撃ち合いになれば優勢をとれるだろう」
魔法力に優れた者は卑怯なまでに圧倒的なのだ。1発ヒットするだけで致命な魔法をポンポン放つ火力、バカがつくほど堅い魔法障壁、そしてそれを継続するスタミナ。これを卑怯と言わずしてなんと言えよう。
「更に言うと……」
「まだあるんですの!?」
距離を取って優勢にする方法は分かった。ならばこの次に必要になるのは優勢を維持する方法だ。
「相手は劣勢になれば現状を打破しようとしてくるだろう。近距離戦闘の怖いところは、一度持ち込まれたらもうそこからなかなか抜け出せないことだ。インファイターは強引にでも身体をねじ込んでくるぞ。そうなれば優勢だったのが一瞬で劣勢だ」
近距離戦闘が苦手な魔導士からすれば、優勢が一気に劣勢に変わるのだからたまったもんじゃないだろう。そうなったらタイマンでは取り返せない。
「それが近距離戦の醍醐味なんだよね〜」
逆に言い換えれば、どんな状況下でもワンチャンスで巻き返せるというわけだ。これが中距離・長距離ともなればこうはいかない。これらは魔法力の差で95パーセントは決まっている。だが、どれだけ圧倒的な魔法力の差があっても体一つでねじ伏せることができる。それが近距離戦闘の真髄だ。
「つまり、次は接近させない技術というのが重要になってくるわけだ。あるいは、雀の『クイックショット』のような不意打ち技を練習するのもいいだろう。やれることは多いぞ」
こうして稽古をつけていれば、結衣とエリナの技のレパートリーはどんどんと増えていくだろう。そして、一つ技を覚えるだけで強さの次元も変わる。
「龍平君って結衣とエリナには優しいよね。あーあ、私が2人に勝てるのはいつまでだろうなー」
これじゃ一気に追いつかれちゃうでしょ、と雀が龍平を非難する。これで結衣とエリナが雀の実力をグングンと引き離していったら2人もそれはそれで気まずいだろう。が、龍平はそんなことにはならないと確信していた。
「まだまだ手の内を隠しているくせによく言うよ」
雀は紛うことなく近距離戦闘のエキスパートだ。当然、実戦には近距離戦を得意とする者もいれば中距離戦を得意とする者もいる。実戦というなんでもありの世界で近距離戦闘をメインに戦ってきた猛者が、ちょっと基礎を教えてもらっただけの女学生に負けるわけがないのだ。龍平は雀の実力を高く評価し信頼している。
「むぅ……」
「むむむ……」
結衣とエリナの2人は龍平の雀に向ける視線からその信頼を読み取ると、どこか負けた気がして少しふてくされていた。2人も人間だ、認められたいという承認欲求のようなものは少なからずある。
「私、先生に挑んできます!」
結衣は今龍平に言われたことを早速実践したいと麻耶に挑戦する宣言をする。本意にはA級魔導士を相手にいいところを見せられれば、自分も認められるだろうという短絡的な考えも入っているだろう。
そこには麻耶が近接戦は苦手だと自称していることから雀を相手にするよりもいい勝負ができるのではないかという打算もあった。
「えー、私近接戦闘は専門外だよ?それでもいいならいいけど……」
結衣が麻耶に手合わせを申し込んだところ、開口一番定型文のように自分は後方支援専門だと断りをいれる。実はその後方支援に関しても独自の技術で成り立っているので実際は専門外みたいなところもある。
それはさておき手合わせが許諾されたということで早速両者向かい合う。
グッと構える結衣に対し、麻耶は特に構えることもなく、なんなら今から戦おうというそんな緊迫感もない。
「あれ、もしかして緊張してる?」
「えぇ、まぁ……胸を借りるつもりとは良くいいますけど、無様を晒していいわけではないですから」
麻耶の何気ない質問に結衣は真面目に答える。結衣は、胸を貸してくれる人というのは何かを期待して胸を貸してくれるのだという。真剣な表情で答える結衣に麻耶はなるほどと頷く。
「じゃあ一つアドバイス。過度な緊張はパフォーマンスを低下させるだけだよ。自然体自然体」
その言葉の真意はわからない。だが、言われてみれば雀はいつも自然体だったような気もする。気負っているのは自分も含めいつも挑戦者の方であった。
「緊張すると筋肉が硬直しちって咄嗟に反応できなくなっちゃうの。こんな風にね」
「あだっ!」
直後、結衣の額に麻耶の魔法が直撃する。直撃といっても一撃で昏倒するような威力のものではなく、小突かれるぐらいの優しい魔法だった。流石に話をしている最中に不意打ちしてはい終わりなんてそんな真似はしない。
「じゃ、お話はこれくらいにして」
ここからが本番だと麻耶が言外に告げる。2人の距離は5メートルほど。魔法を撃ち合うには少し短いが悪くない距離である。
結衣は警戒するように横歩きで麻耶を中心とした円を描くように動く。この時、バレないようにジリジリと後ろに下がりながら距離を稼ぐ。
「なるほどね。『スナイプショット』」
麻耶はそれを見逃さないと唐突に魔法を放つ。
「……っ!?」
結衣は一瞬だけ速度を上げてそれを躱す。そして、お返しとばかりに魔法を放とうとした時に気づいた。
「『障壁』!」
魔法障壁を展開した瞬間、直進していたはずの麻耶の魔法は軌道を変えて結衣の方へと曲がる。このホーミング性能に気づけたおかげで障壁が間に合った。
「おっ、やるねぇ……『身体強化』」
麻耶は身体強化で結衣との距離をつめる。接近戦は苦手だと自称しているわりに全く躊躇が無い。
「それなら……『ウィンドエッジ』!」
風の魔法の中でもなるべく発生がはやいものを選択する。さきほど雀がエリナに行ったようにカウンターを狙っていたためだ。だが、風の刃が発生する前には麻耶は後ろに引いて余裕をもってかわしていた。
「くっ……!」
「結衣!後ろ!」
結衣が読まれていたことに歯噛みしていると、唐突に外野の雀が叫ぶ。麻耶が最初に放った『スナイプショット』は2発。1発はホーミングして結衣を狙い、そしてもう1発の裏に抜けたはずの魔法が今返ってきたのだ。
「『身体強化』!」
これは障壁は間に合わないと結衣は気合で横にかわす。攻勢に転じたくても麻耶は魔法を撃たせてくれない。
「うん、良く避けれたね。『スナイプショット』」
この次はどこから来るか、結衣は麻耶の魔力を追ってその座標を一瞬で読み取る。
「8発!?」
その結果は自分を取り囲むように8発、逃げ場がないように全方位から狙っていた。ならば、と結衣はここで賭けに出る。
「『障壁』、そして『縮地』!」
障壁を一瞬だけ前に展開し相殺したところを縮地で一気に包囲から脱する。そして、次の行動を有利にすすめるためにそのまま麻耶の背後を狙う。起死回生の一手だ。
「よしっ…………えっ……!?」
結衣の中では完璧に決まったと思った。だが現実は結衣の視界に麻耶はいない。想定ではここで麻耶の背中を捉えているはずだった。一体何が起こったのか分からず結衣は呆然と立ち尽くす。
「はい、私の勝ち」
「今、何が……?」
麻耶は結衣の真後ろにいた。背中をとったつもりが背中を取られていたのだ。麻耶は未だに理解できていない結衣の頭をぽんぽんと撫でている。
「バックステップ縮地……麻耶ちゃんめ、何が私は近接戦闘は専門外よ……」
当事者よりも傍観者のほうが麻耶の動きが良く分かる。雀ですら麻耶の技量に舌を巻いた。
「どういうことですの?」
「エリナちんは知らないかもだけど、バックステップ縮地ってガチガチの接近戦マニアにしか使えないような高等技術なのよ。それをいとも簡単に……」
雀の言う通り、結衣が縮地で背後に回ろうとしたその瞬間、麻耶はバックステップで結衣よりも更に後ろに下がったのだ。
「みんな鷹野先生の代名詞に目を奪われがちだが、そもそも先生は二十歳でA級魔導士のライセンスを取得した実力者だ」
「えぇ〜私なんて大したことないよ〜。ま、私如きを倒せなかったらNBMTなんて夢物語かもね〜」
龍平の賞賛に対して麻耶は照れながら煽るというハイレベルな技を見せつけた。この煽りはNBMTを目指しているエリナを燃えさせるのに十分だったようだ。
「いつかぎゃふんと言わせてやりますわ……!」
打倒麻耶に燃えながらもエリナは冷静だった。先程の結衣との戦いを見て今の自分の実力では麻耶に敵わないことは分かりきっている。ならば、戦いを挑めるレベルにまで実力を伸ばすしかない。
麻耶の挑発はそのやる気を引き出す策だった。
「楽しみにしてるよ。あ、これはあくまで参考程度にしてくれればいいんだけど……」
「私、接近戦の成績は学年2位だったから」




