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第3話 風の名を持つ少女

長めです

 1月某日。冬の真っ只中と言っていいようなこんな時期に魔法学校の入学式は行われる。東京という地理的な関係上、雪が降るということはあまり無いがそれでも肌寒いことに変わりは無い。


「建物の中は暖房が効いてるのが救いか」


 氷点下に近い気温の中を歩いて来ただけあってそのありがたみが身に染みる。入学式の会場である講堂に入ると既に多くの新入生達が集まって席に座っていた。


「Aクラスは……1番前か」


 正確には1番前に集まっているグループということであるがそれは些細な問題だろう。龍平はそこで適当に空いている席を見繕う。


「すまん。隣いいか?」


 龍平は空いている席の隣に座っていた男子生徒に声をかけた。初対面であっても男子でお互いクラスメイトと分かっているのは非常にやりやすい。


「どうぞ。時間ギリギリだね」


「もしかして遅刻した方が学年中で人気者になれたか?」


「はは、違いない」


 気取った話し方をする必要も無いので軽口の1つも挟めるというものだ。それに会話が弾むことは無くても、早々に話題が尽きることは無い。


「僕は赤萩悠馬(あかはぎゆうま)。悠馬でいいよ」


「鹿島龍平だ。俺のことは龍平でいい」


 龍平達がお互いに自己紹介がすんだところで講堂内は一瞬ざわついたかと思ったらすぐにシンと静まり返る。何が始まるんだと壇上を見れば学長である智香の姿があった。


「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。学長の水瀬智香です」


 智香が一礼すれば生徒達は恐縮しながらも一礼する。ここにいる新入生達からすれば、智香は正に雲の上の存在。社交辞令とはいえ、彼女に頭を下げられるということは非常に恐れ多いことであった。


 そんな彼女の挨拶は淡々と進んでいく。


「多かれ少なかれ、皆さんはこれから始まる学校生活に思いを馳せていることでしょう。大いに結構です。しかし同時に、この学校の名を背負っているのだということを忘れてはなりません。常日頃から研鑽するということが、後々のあなた方を大きく飛躍させることでしょう。入学式早々堅苦しい話となってしまいました。皆さん悔いの残らないように一日一日を大事に過ごしてください」


 これがただの学長のスピーチならば、研鑽をするにしても後々の飛躍なんてと軽く流す者が大半だっただろう。しかし、ここは既に水瀬智香という存在によって平凡とはかけ離れた場所になっていた。

 何かめぼしい成果をあげるなどすれば、それが智香の目に止まりそのまま世界の舞台へ立つ……なんてことがあってもおかしくはないのだ。

 もしかしたら自分にもチャンスが、と新入生の一部は期待に胸を膨らませていた。

 ちなみに一部がいる以上、ハナから無理だと諦めているその他大勢もいる。


 そんなこんなで入学式が終わると、次はホームルームということで自分達の使う教室へと移動する。龍平達が使う教室自体はそんなに大きくは無い。一人一人の座席が決まっていたため、先程入学式で隣に座っていた悠馬と共に自分の席を探す。いや、悠馬はパッと座席表を見てすぐに自分の名前を発見していた。


「僕の席はどうせ左端だからね」


「なるほど。確かに『赤』は速そうだな」


 そこに何かコツがあるわけでも無く、ただ苗字が『あ』で始まるというだけだ。そしてそのどうせは的中し、赤萩悠馬の名前は左一番前の席に書かれていた。龍平も自分の席を見つけたのだが、そこで同時にとある文字を見つけてしまう。


『風間結衣』


 かつての龍平の姓である『風間』。そんな風間の少女は見事に龍平の前の席に配置されていた。


(智香さん、流石にここまでは手を回せなかったのか)


 おそらく智香が介入出来たのは入学までの手続きで、そこからランダムでクラスが振り分けられたのだろう。逆にこのランダムというところにまで手を出してしまうと、後々今度は学長が目をつけている生徒がいると他の教師陣からチェックされる危険性があるという判断だろう。


(まぁ、別に風間がどうとか今更どうでもいいんだけどな)


 自分の席に向かう時にチラッとその席を見ると例の人物は既にそこにいた。


(随分とおとなしそうだな)


 それが龍平がはじめに抱いた結衣への第一印象だった。


 特に何も言うことは無いので会話をするわけでも無く、龍平が、いやクラスの全員が自分の席に座ってホームルームが始まるのを待っていると、しばらくもしないうちに担当の教員と思われる女性が急いで教室へと入ってきた。


「はぁはぁ……ごめんなさい! 担任の鷹野麻耶です。えーっと、みんな揃ってるかな?」


 麻耶は空いている席が無いかを見て全員いることを確認する。


「はい、全員いるということで。では早速ホームルーム……といきたいところですけど、とりあえずみんな自己紹介しましょうか」


 とりあえず最初は自己紹介ということだが、これだけでも家の事情がある人は大変である。名前を言えばそれだけで注目の的になり、3年間注目の的となるのだ。


(自己紹介か。適当でいいな。)


 一方、そんな体裁を考える必要の無い龍平は適当に終わらせると決めた。


「じゃあ、出席番号1番の赤萩君から。あ、趣味でも抱負でも、何でもいいから何か一言言ってね」


「赤萩悠馬です。サッカー部に入ろうと思ってます。よろしくお願いします」


 実はこの学校、魔法を使わないスポーツ系の部活動も普通に存在する。合理的かどうかはさておき、魔導士は基礎体力も重要であるためこういった部活動があるのはおかしいことではない、とのこと。


 自己紹介はそのまま淡々と進んで行く。といっても、全員ただ一言二言言うだけなのだから滞りなく進まなければそれはそれで問題だろう。


「では次、風間さん。お願いします」


「は、はい」


 突如、教室内の空気が変わる。結衣が立つと、他の人の時より明らかに視線が集まるのだが、そのうちの大半は風間の人間がどんな奴かという好奇の目線だった。


「風間結衣です。えっと……得意属性は風です。みなさん、よろしくお願いします」


 そりゃそうだろうなと心の中で総ツッコミを食らっていたであろうその当人は、周囲の視線を一身に浴びたせいか完全に萎縮していた。


(しかし、こうも奇怪なものを見るような目を向けられるっていうのも可哀想ではあるな)


 一応、龍平もその視線を送っていた1人なのだが、完全に自分のことは棚上げである。ただ、自分もifの世界ではこうなっていたかもしれないと考えるとなるほどとこれは生きにくいと少々この少女に同情を覚えた。


「えーっと、次は鹿島君」


「はい」


 鹿島という苗字が風間と似ているということで数人が反応していたが、それでも結衣の時とでは明らかに視線の数も種類も違う。


「鹿島龍平です。目標とかは特にないですけど、とりあえず1年間頑張ろうと思います。よろしくお願いします」


 そんな適当な挨拶があるかというツッコミはさておき、担任である麻耶はそれを龍平の個性だと思ったようだ。その理由は単純明快で、良くも悪くも魔導士には個性がつきものだからだ。


「えーっと、向上心があるのは凄くいいことだと思います。けど、身近なことでもいいので何か目標を決めるとより頑張れる意欲が湧くと思いますよ」


 担任としてのアドバイスだろう。龍平もそれに対して特に反論する必要も無く、素直にその助言を受け入れた。


「考えておきます」


「では次……」


 その後も特に変わった様子もなく進み、この退屈な時間ももう終わるかなというところでそれは起こった。


「では最後に、ローゼンフロストさん」


「エリナ・ローゼンフロスト。わたくしがこの学園に来たのは水瀬学長が所属しているNBMTに入るためですわ」


 その言葉で教室内がざわつきだす。驚愕よりも、嘲笑が多い。それは魔導士にとっては高い目標、いや高すぎる目標なのだ。つまり、学長の話を間に受けてしまった一部か、と察した嘲笑だった。


「なので……あなた達のような目標も無くとりあえず頑張るなどというような人とは極力関わるつもりはありません、以上です。」


 当の本人であるエリナはそんな嘲笑を気にしていないのか一瞥、いや一蔑すると何も言わずに着席する。全員が定型文のように使っていたよろしくの4文字を除く当たり、社交辞令でもよろしくする気は無いのだろう。教室内が一瞬剣呑な空気に包まれたが、そんな空気を作ったエリナに対しても麻耶は動じないでいた。


「ローゼンフロストさんは高い目標を持ってるのね。あ、それと出来れば今度どうしてNBMTのメンバーに入りたいかという理由も教えてね」


 教育者というものは何とも逞しいものである。エリナに批判されていたうちの1人である龍平はそんなアホなことを考えていた。


 

 そんなこんなで自己紹介の時間が終わり休み時間になると待ってましたと言わんばかりに悠馬が龍平の元へとやってきた。


「悲報。男龍平、初対面の少女にいきなりdisられる」


 エリナの言葉が余程面白かったのか、そう言う悠馬の顔は半分笑いを堪えている。それについて龍平は批判されたのはこのクラス全員だぞと注釈をつけた上でこう返した。


「まぁ、彼女は高い目標を持っているみたいだからな。魔導士として意識の低そうな人と関わらないっていうのは割と普通のことだろ。腐った果物の横に新鮮な果物を置くとすぐ腐るのと一緒だ。」


 ちなみに話のネタにされているエリナはというと休み時間になるやいなや教室を出ていってしまった。そうで無ければ悠馬もこんなことを言ったりはしなかっただろう。


「でも意外だよ。龍平は彼女のことをバカにしないんだね」


「バカにするって一体何をだ?」


「何って、NBMTに入りたいって話のことだけど。仮にそんなこと思ってても言わないでしょ普通?」


 龍平の所属しているNBMT、それが並大抵の能力では入れないという認識を世間から持たれているというのは前述したが、実際のところその認識は正しいのだ。


「ここはそのNBMTのメンバーが学長をしてる学校だしな。そう考えれば誰にでもチャンスはあるとは思うぞ?」


 もちろん、智香の目に止まったところでスカウトされるには相当優秀である必要があるわけだが……。もっとも、それは言葉にするまでもなく誰もが理解していることであった。


「そうかもしれないけどさ、でもやっぱりNBMTは無理だと思わない?」


「まぁな」


 そのNBMTのメンバーである龍平としては、こう同意するのは非常に躊躇われたが、それでも不審に思われないようにするには適当に頷いておくのが一番であった。それでこの話は打ち切りである。


「この後は部活動のオリエンテーションだったか」


「そうだね。今日はそれが終わったら一応午前で終わり。午後は興味を持った部活に体験入部っていう自由な時間だね」


「お、なら午前中で帰れるな」


 龍平は特に部活動をするつもりは無いため午前中で帰る気満々である。別にやる気が毛頭無いというわけでは無いが、急な仕事が入る可能性があるので極力フリーな時間を多く取れるようにしておいた方が後々楽だと判断した。


「それでは皆さん競技場へ行きましょう」


 麻耶の指示に従って向かった先は競技場。競技場は部活動他、学校行事を行う場所であるため全校生徒が入ることを前提としている。当然、それ相応の規模が必要だ。ただ、この学校はそれ相応ではなくそれ以上の規模を用意していた。


「観客席はざっと見ても3000席か…」


「僕らのクラスが30人、1学年が10クラスで1~3年を合わせても900人くらいだから……。そう考えるとかなり余るけど……」


「初等部から大学院まであるだけあるな。このくらいの規模の競技場が1つ2つあっても腐ることは無さそうだな」


 どちらにせよ、龍平には関係の無い話である。そんなことを話している間にもフィールドには続々とプラカードが並び始めていた。その種類は魔法系の部活動と非魔法系の部活動に分けられるのだが、その大半は魔法系だ。


「サッカー、野球、バスケ、卓球、非魔法系の運動部は本当に少ないみたいだな」


「魔法学校っていうだけあって魔法系はやっぱ賑わってるね。魔法戦闘研究部とかいうなんかすごいおっかないのもあるけど……」


 実際に社会に出た後のことを考え、実戦向けの訓練をしようと考える者も少なくはない。もちろん、高校生レベルの訓練が役に立つかは別の話だ。


「あんま大したことは無さそうだな」


 そして当然そのことを龍平は理解している。本当に向上心があるのなら、それこそ教師陣に一戦手合せして貰った方がよっぽど経験になると言うものだ。

 彼らは皆いざという時は前線で活躍するようなエキスパートであり、学生同士があれこれ考えるよりも実戦を経験した者にしか分からない技術を持っているからだ。

 だが、そのドライすぎる龍平の反応はそういう知識が無いものからすればやはり向上心がないように思えてしまう。


「龍平って本当に無関心なんだね。魔法系の部活とかならどこかで役に立つかも知れないよ?」


 フィールドではいろいろな部活動が割り当てられた持ち時間を使って部活の紹介をしているが、元から入る気がない人にとっては無関心になるのも仕方が無い。


「どうだかな。まぁ、一つ言わせてもらうと魔法戦闘研究部よりかはサッカー部の方が将来役に立つと俺は思うぞ」


「え? そうなの? 僕はてっきり魔法学校に来てまでサッカーをするなんて魔導士として意識が低いとか言われると思ったよ?」


「逆だな。魔導士だからといってフィジカルトレーニングの必要が無くなるわけじゃない。むしろ、世界的に活躍しているようなS級、A級といった有名魔導士は平均より運動神経が良いという統計があったはずだ。サッカーならついでに体幹も鍛えられそうだしいいんじゃないか?」


 実際NBMTのメンバーを見てみると、トップアスリートと比較すればそれは劣るが少なくとも魔法無しでも一般的な水準を上回る程度には運動能力があった。

 龍平もNBMTに加入した時はフィジカルトレーニングから始め、そしてそれは今でも継続している。


「本当⁉︎ じゃあ一緒に……」


「まぁ入らないんだけどな」


「えぇ……サッカーだけにパスって?」


「悪いがそれは審議拒否(スルー)だ。ほら、終わったみたいだし学食行くぞ」


 とにかく学校の部活動に龍平が興味を湧くようなものは無く、悠馬も順当にサッカー部に入ることを検討していた。そんなこんなで部活動紹介が終わり、龍平と悠馬は学食へと移動したわけだが……。


「結構混んでるな」


「うーん、流石は料理の出来ない貧乏学生の生命線(ライフライン)


 龍平は生姜焼き定食(430円)と悠馬はうどん2玉(280円)を購入すると、空いている席を探す。満席だったため、ちょうど食べ終わって移動するという人を見つけて席を急いで確保した。


「危うく立ち食いうどんになるところだった」


「よくよく考えるとうどん2玉で280円ってコスパがいいかと言われれば微妙だな」


「でもこれでお腹を満たせるなら1食280円だよ? 他の食堂のメニューと比べたらコスパは最強と言ってもいいんじゃないかな?」


「いや、それなら弁当最強だろ……」


 龍平達がこんな感じでどちらかというと頭の悪そうな会話を続けながら昼食をとっていると、その龍平達の座っているテーブル席に2人、龍平も知っている人物が食堂のお盆を持ってやって来た。


「2人とも、相席しても大丈夫?」


「鷹野先生……と風間さん? あ、相席なら、ぜ、全然大丈夫ですよ」


「悠馬、なんで緊張してるんだ……?」


 若干声も上ずっていて、声を聞くだけでも緊張しているのが丸わかりであった。それほど意識するものなのかと風間という家名の影響力を改めて理解する。


「ありがとね」


「ありがとうございます」


 そんな悠馬は置いといて、だ。龍平は一つ気になっていたことを麻耶に尋ねた。


「鷹野先生、どうして風間さんと?」


 教師が生徒と昼食を食べることが珍しいであろうことは学校に通ったことがない龍平にも分かった。これは誰が思っても不思議ではない疑問ということ

を頭の中で確認した上での質問ある。


「それはね、風間さんにはクラス委員をお願いしようと思って、だからその説明をと思ったんだけど……。あ、ちょうど良かった。2人とも、風間さんがクラス委員をするっことに異論はある?」


「無いですね。クラス委員が何をするのかは知りませんが、クラスを統率するのが仕事だというのなら適任だと思いますよ」


 ここでの適任は結衣の能力云々は加味していない。あくまで、風間の名前を信用しての発言だ。そしてそれはクラスの大半の人間が思っていることだろう。龍平の言ったその意味が汲みとれたのか、結衣は少し哀しそうな表情を浮かべていた。


「とかいって、龍平は自分がやりたくないからって風間さんに押し付けようとしてるんでしょ?」


「先生、悠馬がクラス委員やりたいって言ってます」


「誰もそんなこと言ってませんよねぇ⁉︎」


 とは言え悠馬の言っていることも正しい。クラス委員だなんて面倒そうな仕事を引き受けるだなんて龍平はまっぴらごめんであった。

 だが、龍平自身何故だかは分からないがもう1人のやりたく無いオーラを出している人にも助け舟を出してしまった。


「風間さんも、やりたく無いんだったら最初からそう言っておいた方がいい。こういうのはやりたい奴にやらせるのが1番だ」


「…………ですね。先生、申し訳ありませんが辞退させていただきます」


 本人の性格もあってか、きっぱりNOと言えなかったのだろう。心なしか、断った後はどこかホッとした表情を浮かべていた。


「いいのよ。強要はしないから。でもどうしようかなぁ、次に頼むならローゼンフロストさんかなぁ……」


「え? あのNBMTが云々の人ですか?」


 麻耶の発言に悠馬が驚く。悠馬は彼女のことを若干バカにしている節があったが、そこに代案として名前が出てくるだけあって麻耶にもエリナを推薦するだけの理由があった。


「ローゼンフロスト家はヨーロッパ圏では氷魔法のエキスパートってことでそこそこ有名なのよ? まぁ風間さんの家や、それこそNBMTのともちゃ……水瀬学長ほどじゃないけど」


「水瀬学長は世界でも数えるほどしかいないS級魔導士ですから、私の家ともまた更に別格だと思いますけど……」


 智香が世界でトップクラスの魔導士であるのは周知の事実だ。なので結衣が智香を別格だと称すのは当然で、それが当然でないのは智香と同じ世界トップクラスの魔導士だけだろう。


「そう言えば、先生はNBMTに詳しかったりするんですか?」


「まぁ人よりはね。私、水瀬学長とは同期だから。あ、たまに飲みに行ったりもするのよ」


 そう言う麻耶の声がどこか自慢気なのは、有名人と友達みたいな感覚だろうか。そしてそれを結衣と悠馬は素直に凄いと感心していた。


「トップ魔導士とプライベートで飲みに行くって……もしかして先生も超凄腕の魔導士だったり?」


「そうなら良かったんだけどねー。そんなんだったら私もとっくに世界に名を轟かせてるわよ。というか、私の同期は水瀬学長の一強だから」


 麻耶の世代の魔導士は智香以外の知名度は軒並み低い。まだ若いから、というのもあるがそれだけ水瀬智香という存在には影響力があった。なので麻耶の言う智香の一強というのは間違いではないのだが……。


「ご謙遜を。先生は日本でも上位に入る程のA級魔導士ではありませんか」


「「えっ!?」」


 龍平の言葉に結衣と悠馬は唖然とする。麻耶の実力は、智香の存在に隠れていただけというわけだ。


 そして何故それを龍平が知っているかというと。


「おいおい……。日本魔法協会のホームページで検索すれば普通に分かる情報だぞ?」


 魔法協会のホームページでは協会に登録している魔導士の情報を簡単に調べることが出来る。ただ、魔法協会の登録にも審査が必要で、それは誰しもが簡単に受かるものではない。つまり協会に登録されているということは魔導士として信頼できる人物であるという証でもあるのだ。


 龍平の情報提供により悠馬と結衣の麻耶に対する意識が変わったのか、どことなく視線に敬意を感じられるようになった。その一方で麻耶はというと、他人から持ち上げられることに慣れていないのか、自分が敬意の対象となることにどこか気恥ずかしさを感じていた。


「いやー、学長の気持ちがちょっと分かった気がするわ」


 世界トップクラスの魔導士の智香は尊敬の念を抱かれるのが日常茶飯事だなんて誰でも分かるだろう。それも、今麻耶が経験しているような1人や2人なんてものの比ではないくらいにだ。


「水瀬学長といえば高校を卒業してからすぐにNBMTに入隊でしたよね? 先生は水瀬学長からNBMTのことについて何かお聞きしたことはあるんですか?」


「正確に言えば大学に行ってすぐだけどね。でもやっぱNBMTのことって気になっちゃうわよね。世界の誰もが知っている魔導士団体でありながら、その実態は謎だらけってどこの秘密結社って話よね」


 結衣にとっても智香という存在は憧れであり、その人物が加入しているチームに興味を持つのは当然のことだった。


「なんか規則だからってことで内情は私にも教えてくれないから、残念だけど私が知ってるのは学長がNBMTに入ったきっかけくらいね。知ってる? 6年前に地中海で起きたクラーケン騒動」


「僕の思い違いじゃなかったらですけど、クラーケンっていうとデカいイカみたいな神話の生物ですよね? 確かそれが大暴れしたって聞きました」


「そう。最初シチリア島で目撃された時の被害予想では死者は数千人、最悪の場合シチリア島は沈むとまで言われていたわ。でも水瀬学長の奮闘もあってかその時の被害はほとんどゼロ。海の王者とも言えるクラーケンに対して水魔法で圧倒して見せた。その時に助けられたシチリアの人々が敬意を表して水瀬学長のことを『フィリアディオンディーナ』、水の神精霊、ウンディーネの娘って呼んだのは有名な話ね」


 ちなみに言うとこの呼び名、龍平は本人から聞いたために知っているのだが智香自身はあまり呼ばれたくないらしい。その理由としては何でも大げさすぎるだとか、それ以前に凄く恥ずかしいだとか。ただ、そう呼ぶ人々の好意や感謝の心を無碍にするわけにもいかず、気づいた時にはこの呼び名は世界中に広まってしまったという経緯があったりする。


「やっぱり天才っているんですね……」


 結衣が智香の武勇伝に感嘆の声を上げる。自分がいくら名家の生まれでも、智香と比較してしまえばただの一魔導士に過ぎない。少なくとも結衣自身はそう感じていた。しかし、麻耶の評価はどうやら別のようだ。


「天才っていうのは風間さんもでしょ? 期待してるからね。あ、もちろん2人にも」


 なんだかんだ言っていてやはり世間の名門という評価は抜けきらない。担任ということもあり結衣のことは調べたのだろう。麻耶が結衣に期待しているというのはあながち嘘ではなさそうだ。どちらかといえば、龍平達に対するとってつけたようにいれた一文の方が嘘だろう。


「僕たちはおまけですか」


「それは言わずもがなだ。まあ、俺は期待されない方が気楽でいいですけどね」


 期待外れだったために家を追い出された龍平だからこそ、期待されるデメリットも期待されないメリットも重々理解していた。ただ、これではまるで結衣をフォローしているみたいだが。


「達観してるねぇ……っと、そろそろ僕は部活に行ってきます」


「えっ!? もうこんな時間!? 先生これから会議があるから、また明日会いましょうね」


 予定があるからと言ってその場から2人がいなくなる。そして残された2人も、2人きりになったからどうということもないわけで……。


「帰るか」


「そうですね……」


 龍平と結衣の2人もそれ以上は特に会話をすることもなくそのまま食堂を後にするのであった。



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