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第27話 無意識ハニートラップと戦闘技術

「おーい鹿島! 麻耶ちゃん先生が呼んでたぞ!」


「ん? あぁ分かった」


 数十分ほどして、龍平が結衣とエリナの指導を行っていると麻耶からのお呼び出しがかかった。流石に担任からの呼び出しを無視するわけにもいかないので、2人の指導は雀に任せて龍平は麻耶の元へと向かう。


「あ、()()くん。ごめんね急に、忙しくなかった?」


「いえ、大丈夫です。それで何かあったんですか?」


 急な呼び出しということで何かやっちゃったかと警戒していたが、どうやらそうではなさそうだと安堵する。

 一方、麻耶は生徒にこんなこと聞くのは本当にごめんなんだけど、と前置きをしてから話し始めた。


「まだ授業で対人戦闘って扱ってないじゃない? だからどう教えて行けばいいのかなぁって……。先生はあんまり対人戦闘は得意じゃないから……いや教科書的には分かるんだけど、実際はそうはいかないもんじゃない?」


 教科書的には分かるならそれを教えればいい、というのは1つの意見ではあるが、実戦というのは教科書通りにとはいかないということを懸念してのことだ。筆記試験ならば同じ知識を持った同士は同じ点数になるが、実戦は同じ知識を持った同士でもセンス次第でそれは10点にも100点にもなる。

 しかも、これは感覚的なところに頼ることも多いため教えるというのが非常に難しいのだ。さらに、麻耶は1年目ということもあり自分の教え方が正しいのかを経験則で判断も出来ない。

 龍平はお願い助けてと涙目で訴える姿を見てこの人は本気で困っているんだなと理解した。


(基本をあえて教えていないと思っていたが、あれは苦手だからか)


 苦手なことを教えるというのは勉学においてはまだ苦手なりにもやりようがあるだろう。しかし本人のセンスが問われる分野はそれとは勝手が違う。センスが無いから苦手なの!と怒りたくなる気持ちも分かる。


「そうですね……ではまずなぜ戦っているのかという目的を明確化させるのがいいんじゃないですか?」


「うん……でもそれって教科書的じゃない?」


「目的は大事ですよ」


 教科書的だと言えるのは教科書を知っているからだ。何も知らない状態で実戦に放り込まれるのと、何か攻略の糸口があるのとでは全然違う。


「先生はA級魔導士なんですから、もっと自信を持ってください」


「無理無理! だって先生のは特例みたいなもんだもん!」


 麻耶は、自分は血統魔法『鷹の目(ホークアイ)』を用いた支援能力が評価されてのA級だと言う。麻耶は気付いていないが、まさにそれが答えなのであった。


「それですよ。先生は周りから頼りにされてるので逆に考えたことないかもしれませんけど、自分の得意分野を認識することって重要だと思いませんか?」


「たしかに……みんながみんな同じ能力があるわけじゃないしね……」


 麻耶のようにピーキーな性能を持っていると分かりやすいが、本来そういう能力はみんながみんな持っているわけではない。彼を知り己を知れば百戦殆うからずと孫子にも供述されている通り、敵だけではなく自分を知るということもまた重要なのである。


「えぇ、でも1on1の対面技術は絶対に必要ですから……当面は守り方や逃げ方を教えるのがいいと思いますよ」


 攻めることよりも守ることに重きを置く。当然だ、それがダイレクトに生存力に繋がるのだから無視できるわけがない。勝つ方法よりも負けない方法、一見遠回りに見えるかもしれないがそれが結局勝ちに繋がってくるのだ。

 巷では攻撃は最大の防御だと豪語する者もいるが、それは『勝つべからずは守るなり』という元々上に付いているはずの基本をすっ飛ばした考え方だ。

 もちろん、専守防衛が正しいとは言わない。守りながら攻めの機会を待つ。だからその前提となる守りをまず教えるのが良いのだ。


「うん……ちなみに龍平くんが教えるって選択肢は……?」


「一応俺の存在は機密事項ってやつらしいんで無理ですね」


 後方支援を主戦場としている麻耶が前衛職や遊撃などを教えることに不安を抱くのは重々理解した上での発言だ。もしかしたら実戦では後方支援以外の経験は無いかもなぁと思いつつも厳しく対応した。


「先生はもっと自分に自信を持ってください。どこの世界に生徒に教えを請う先生がいるんですか?」


「龍平くんのことは生徒として見てないもん……」


「いや、もんって……」


 いい年した女が頬を膨らませて拗ねている。痛いと叩く人もいるだろうが、よほど信頼した相手でなければこういう表情は見せないのだろうと思うと全然許容できてしまう。

 もちろん顔が良いからというのもあるだろうがそれを抜きにしても女はズルいと感じざるを得ない。


「とにかく、今日みたいに影でこっそり力を貸すくらいなら全然いいですから」


 もともと智香にも麻耶に力を貸してほしいと頼まれていたことだ。なのでその本人から頼まれたら仕方がないと折れる。


「龍平くん……あなた、意外とチョロいって言われない?」


「帰ります」


「あー!うそうそ!ありがとうございます!」


 高校生が相手だと本当に理解しているのか疑わしい、帰ろうとする龍平の腕を全身で抱きしめるようにして止める。胸が当たることなどお構いなしだ。

 普通の男子高校生ならば心の中で歓喜のガッツポーズを決める展開なのかもしれないが、龍平は全く違って()()()()は……とあからさまに呆れた態度を見せる。


「過度なスキンシップは勘違いの原因になりますよ?」


 龍平はハニートラップこそ仕掛けられたことはないものの、それに準じた行為は智香とのやりとりで慣れている。もちろん誇らしげになるようなことではないが……。龍平の塩対応に対して智香ならば「男子失格です」と反撃するのだが、麻耶の場合は違った。

 注意をされてようやく自分の体勢に問題があると分かったのか慌てて腕をパッと離す。意識したせいで恥ずかしくなったのかそれとなく顔も赤くなっていた。


「ち、ちがっ……えっと、ご、ごめんね? で、でもこんなことほかの男子にはしてないから……ってこれもちがうっ、いや違わないんだけどさ」


「先生、とりあえずもう喋らない方がいいです」


 男性に慣れていないのか、思っていたよりも初心(うぶ)な反応に龍平は若干のやりにくさを感じる。これまで意識的に誘惑してくる者はいても、無意識でここまでしてくるタイプはいなかった。


(意外だな……A級魔導士ともなると男が寄ってくるものだと思うが……)


 龍平の思ったことは間違いではない。実際、麻耶にも食事のお誘いは度々あった。ただ、高校時代から智香一筋の麻耶は男性とのコミュニケーションの取り方が分からず、そのたびに心に決めた人がいるからと断り続けてきていた。こればっかりは喪女と言われても仕方がないと自負すらしている程だ。

 逆に、龍平とは年齢が少し離れている分、男性と意識せずに弟くらいの感覚で接することができてしまったため思わず素が出たという側面もある。


「ごめんなさいほんとに! ともちゃんと同じ感覚でしちゃったの!」


 弁解をすればするほど、はしたない行為を自覚し恥ずかしさが増していくのかどんどんとその顔が真っ赤になっていく。それに言い訳に必死で龍平の墓穴を掘るだけだからという言外の忠告にも気付いていない。


(思ったよりも信頼されているみたいだな……いや、智香さんのおかげか)


 あまり付き合いが無いのにどうしてここまで……と一瞬考えたが、これは龍平に対しての信頼ではなく智香への信頼なのだと考えた。つまり、智香が信頼しているからこの人は信頼に値する人だ、という方程式。

 一見危うい考え方ではあるが、麻耶も馬鹿ではない。それを理解した上でその式を用いているのならば、大した問題も起こらないはずだ。


「智香さんが先生を心配する理由が分かった気がします」


 龍平はこれが初回、しかし智香の場合はこの無防備な状態の麻耶と何年間も過ごしている。悪い男に騙されるのではないかと心配するのも無理はない。


「言っとくけど、ともちゃんが心配性なだけだからね!?」


「いや、まぁそうですね」


 何を根拠に言っているのか麻耶は自信満々に宣言する。そういうところなんじゃないですか? とは口が裂けても言えなかった。




「麻耶ちゃんと何の話してたの?」


「ちょっとアドバイスを求められてただけだ」


 戻ってきた龍平にまず絡んだのは雀だった。彼女も別にサボっていたわけではなく結衣やエリナに軽く指導をしていた。その中で、エリナもこてんぱんにやられたのか悠馬と同じくorzと(くずお)れていた


「い、一本も取れないですわ……」


「仕方ないですよ、ほら平地戦は経験の差が1番出るっていいますし……」


 もちろんエリナ本人もそれが容易ではないと理解している。だが、ここまで手も足も出ないとは思わなかったのだ。結衣はそこまでショックを受けていないのか、エリナのうな垂れた頭を撫でて慰めていた。


「雀は平地戦よりもオブジェクトがある市街地や森林地帯の方が得意だけどな」


「なん……だって……?」


 龍平が告げた事実に土下座体勢の悠馬の置物が増える。こちらには慰めの言葉はない。


「結衣さんはいいですわね、一矢報いることができて」


「えぇ……瞬殺は免れただけですよ……?」


 一矢報いるとは一体なんなのか、目標の低さに困惑する。いや、それだけ実力の差を感じたということだろう。土台の技術もそうだが、細かな技術も積み上げていけば大きな差となってくる。


「んー、自分の体をコントロールする技術って言われて意味分かる?」


「「???」」


「おっけーおっけー。その反応見たら分かった」


 雀の唐突な質問にピンとこない様子。エリナは言われたことを吟味しているのか頽れた体勢のまま固まり、結衣はハテナマークを浮かべながら首を傾げている。

 2人のわかりやすい反応に雀は苦笑して解説を始めた。


「今から『身体強化』で加速して龍平君の後ろに回り込みたいと思います」


 先生のような丁寧口調で言うと雀は3メートルほどの距離を走って回り込むという動作を行う。ただ、これでは素早く動いただけで簡単に対応出来てしまうだろう。これが基本的な動きだと注釈を加えた上で元の場所まで戻る。


「さっきのはただ『身体強化』をしただけの動き。じゃあ次、はじめに強化の出力を上げて爆発させるようにして………走るっ!」


 そして先ほどと同じ場所にピタッと止まったわけだが、今度のは明らかに初速からして違う。これで不意をつかれたら一瞬で移動したように感じることだろう。そして何より、評価すべきポイントは高い技術力だ。


「どう? これが『縮地』って技。ここぞって時に使えると戦術の幅が広がって便利だよ」


「これは自分の力では上手く止まれないから『停止』の魔法を使っている。つまり『身体強化』の出力を上げるだけではなく、すぐに『停止』に切り替える必要があるわけだ。


 動きだけを見たら早回ししただけに見えるが一部工程が違う。まず一気に放出する、そしてそれを止める、速度を考えたらコンマ数秒ずれるだけで停止の位置が数十センチ狂ってしまう。


「この『縮地』って技術は近接戦闘が主な傭兵なんかが得意としているな。出来ないにしても知っていれば瞬殺されることはないだろう」


「え、伊賀さんもだけど龍平はなんでそんなこと知ってるの……?」


 NBMTはともかくプロで活動していることも教えていないので悠馬が困惑する。聞かれなかったから教えていないのだが……。


「龍平君は『縮地』って使えるの?」


「人並みにだな。雀ほど精度は良くない」


「おっ! それは嬉しいなぁ」


 得意分野というだけあって雀の縮地の精度はそれを生業にしているトッププロレベルだ。これは数十センチどころか数センチの狂いで生死が別れる世界である。

 流石に龍平にもそこまでは出来ないので素直に雀の技量には舌を巻く。


「これは短距離でしか使えないんですの?」


「長距離縮地は極一部の人は出来るらしいけど私は出来ないかな。まぁ戦闘面での使い道が無いからいいんだけどね」


 ちなみにこれに関しては龍平は似たようなものが使える。宿泊研修の際に結衣を助けるために用いた『疾風』というのがそれだ。こればっかりは相性としか言いようがない。


「なら、最初は短距離で練習すればいいんですね!」


「そだね。慣れたら連発も出来るけど、まずは1回を確実に成功させるとこからだね。いやぁー道のりは遠いねぇ」


 実戦というのは過酷な環境である。練習では確実に仕上がっているつもりでも現場に出ると運用できないなんて良くある話だ。しかしそれはどれだけ極めようとも絶対なんて言い切れないから仕方がないともいえる。

 だが、限りなく100に近づけることは出来る。98パーセントならばそれに甘えず99パーセントを目指す。

 1回2回ではその差は現れないだろう。だが、ここぞという場面を何度も経験しているとふとした時に悪魔は現れる。確率というのは理不尽でありながら誰にでも訪れる公平さも持ち合わせている。なればこそ、その悪魔の介入の余地を限りなく無くす必要がある。


 ただ、これは全ての物事に共通することだがはじめは上達が目に見えるから良いのだが、7割8割とレベルがあがっていくとどうしても上達が分かりにくくなる。

 ここで心が折れることなくモチベーションを維持する、努力の才能が無ければ出来ない所業だろう。雀は道のりを遠いと表現したが、果てしないと言った方が正しいのかもしれない。

 そして、一握りの天才は凡人が必死に歩いていく中を大股で駆けていくのだ。


「こんな感じでしょうか……?」


 そういうと結衣は龍平の2メートルほど後ろへと停止する。雀と比べれば速度も精度もまだまだだが、間違いなく『縮地』になっていた。


「『身体強化』の出力は最初はそのくらいでいいと思う。慣れてきたらもっと上げる感じで、その分『停止』に切り替えるのもはやくね」


「そんな簡単に言われても……これでも結構早めに『停止』したつもりだったんですけど」


「普通一発目は止まれなくて吹っ飛んだりするんだけどね……しかも当たり前のように反転してるし……これ難しいはずなんだけどなぁ」


 結衣はこれまで実戦的な訓練をしていなかっただけでその本質は紛れもなく天才だ。オールラウンダー型でどんな分野でも高水準でそつなくこなすことが出来る。普段のおろおろしている姿からは誰も想像出来ないだろうが、彼女は間違いなく実力主義の申し子だ。


「わたくしも負けてはいられませんわね……」


 それを見たエリナがライバルに後れを取ってなるものかと縮地のモーションに入る。この時点で力が入りすぎだとアドバイスを送ることも出来たが、これも経験だと龍平も雀もスルーした。


 それを知らないエリナはいきますわよ!と勢いよく魔法を発動したかと思うと、案の定止まれずに情けない声を上げながら吹っ飛んでしまった。


「まぁ普通はこうなるんだよ。気合を入れたくなる気持ちは分かるけどな」


 龍平は6歳の頃にNBMTのリーダーであるアレクから教わったのだが、はじめはエリナと同じく勢いよく地面を転がる羽目になった。その時は新しい技に気合を入れすぎてしまったと苦い記憶がある。


「エリナちん、自然体だよ自然体。そんなに力んでもパフォーマンスは下がるだけだよ」


「あなたたち、分かってて黙ってましたわね……!」


 分かっていたなら教えてくれと非難するが、この経験は絶対に必要なものだ。言葉では分かっていても、実際に体験しないと分からないことなんていくらでもある。むしろ、失敗をしらない結衣の方がいざという時に危うい可能性がある。


「悪いな。でもこれで失敗したのが『身体強化』が『停止』の力よりも強くなったせいって分かったな? そういうわけだから結衣、今度は『停止』を自分の思ってる2倍の力で使ってみろ」


「『停止』を2倍ですか?やってみます」


 さっきは距離感が上手く掴めなかったと結衣は言われたとおりに実行にうつす。するとどうだろう、結衣はエリナのように吹っ飛ぶことはなかったが、かわりに何もないところでつまずいて転ぶという醜態を晒したではないか。

 当然、これはそうなるように仕向けた。


「ひどいです!アドバイスじゃなかったんですか!?」


「アドバイスだ。こうやったら失敗するっていうな」


「うわ、詐欺師の言い分じゃん」


 ここだけを切り取れば龍平を非難しているため結衣の味方のように見えるが、実は雀もニヤニヤしながら失敗を待っていた。結衣は転びながらもそれを見逃していなかった。


「もう2人とも嫌いです!」


「悪かった。帰りにシャトレイズで何か買うから許してくれ」


「まぁ……それなら考えてあげなくもないです」


 簡単に機嫌が取れてホッとしたのだが、いろいろ話をしていた結果何故だかエリナと雀にまで奢る羽目になっていたのであった。

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