第24話 暴露
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事件の収束後、臨時休校になったために生徒達は寮へと帰ったり、はたまたインフラの回復を待つなどのために教室に残ったりとしている中、龍平はただ1人学長室に呼び出されていた。そこには学長である智香だけではなく、龍平達の担任である麻耶の姿もあった。
「龍平君の協力のおかげで、今回の騒動について少しですが手がかりを得ることが出来ました。ありがとうございました」
今回の騒動で龍平達は敵勢力を泳がせるために敢えて工作員達を元にいたアジトへと帰らせていた。その帰ったところを襲撃し、そこにいる連中を一網打尽にするという手筈だったのだが、手がかりを得たということはその襲撃は既に完了したということに他ならなかった。
「いえ、大したことはしてませんのでそれはいいのですが……随分と早く喋りましたね」
「まぁ、忠誠ではなく金銭で動いていただけの一般人でしたからね。余程誰かのことがトラウマだったのか、聞いてもないことまで自発的に喋ってくれましたよ」
龍平はあくまで防衛することを目的としていたのだが、副次的にそういう恐怖心を植え付けることが出来たのは良い誤算だったと言えるだろう。
「それで、何か掴めましたか?」
そう聞いては見たものの、対した情報は持っていないだろうと分かっていての質問だ。考えてみれば当然な話、その時限りの捨て駒にも等しい言わば外部の人間が重要な情報を持っているとは到底思えない。思えない、がそれでも何かの僥倖があるかもしれない。
そして、その龍平の質問の意図を汲んだ智香は微笑を浮かべた。
「襲撃してきたのが素人とはいえ、その素人に報酬を支払うのは末端とはいえ組織の人間です。時間的に厳しかったですが、逃げられる前に捕縛できました。龍平君の狙い通りですね」
智香は、龍平が先に帰らせた面々のおかげで逃げようとする組織の一味を発見することに成功したという。
「まぁ、後々足がつくのを嫌って報酬をその場で手渡しするって可能性はありましたからね。しかし、末端ですか」
「えぇ、残念ですがそれも末端の末端でした。とはいえ、素人を雇う時点でそれは想定してましたけどね。今は携帯のメールの履歴を全部洗って上の組織の情報を引き出しています。なので私たちの仕事はこれで終わりですね。あとはデジタルに強い人達や警察に任せます」
こういった地道な作業に智香が関わるようなことはまずない。今や智香は日本の魔導士の象徴、そんな智香にそのような泥臭い仕事をさせてはいけないという風潮が日本の若い世代に存在するのだ。古い体制の魔導士はそれを面白くないと思っているようだが、S級魔導士の肩書を前に誰一人声をあげることは出来なかった。
これは新世代の台頭、水瀬智香を頂点とする実力主義の波だ。そこではコネや家柄なんてものは意味をなさない。手柄をあげたものが偉い、元来魔導士の社会はそういうものだ。
「相手は智香さんに喧嘩を売ったんです。みんな張り切ってくれるでしょう」
でしょうね、と一旦話が終わる。ここまでの話はあくまでお膳立てをした龍平に対してこういう経過になりましたというだけのただの報告であり、本筋では無かったというわけだ。
「で、私は鹿島君について聞きたいのだけど……あなたは何者なの?」
今まで蚊帳の外だった麻耶が龍平に対して問いかける。龍平は、これは智香がその質問をすることを許したのだろうと判断した。
「いいんですね?」
「えぇ、麻耶は信頼できます。それにもう少ししたら私も国を離れることになりますし、有事の際に連携が取れた方が何かと都合が良いでしょう」
智香の言い分はもっともであった。陰で動ける者がいるというだけで出来る選択肢は格段に増える。もともとNBMTの機密事項とはいえ努力義務程度のものなのだ。実力の一端を見せた時点でそれを隠す必要性は無くなっていた。
「他言無用でお願いしますよ」
「大丈夫、口は堅いから」
そういう麻耶の口調はどこか軽い。弱冠15歳にして国際魔導士の資格を持つ少年、その正体は如何に、という好奇心が勝っているのだ。ならばと龍平はまずその度肝を抜いてやることにした。
「『精霊融合』」
瞬間、龍平の周囲に可視化出来るほどの高密度な魔力が渦を巻くようにして溢れ出す。それらには不思議と威圧感はなく、ただただ神々しく輝いていた。
「髪の色が……!」
龍平に起こった変化はそれだけではない。黒目黒髪だったはずの龍平の髪の毛や虹彩が、よもや日本人とは思えない快晴の日の澄み切った空色に変化していた。
「これは一体……?」
「『精霊融合』。精霊と深く繋がりその力を完全に掌握する、精霊召喚の最終到達点」
かつて見たことのない現象に唖然とする麻耶。その圧倒的なまでの存在感に釘付けのあまり、智香の解説の声はまったく届いていなかった。
「というか、この髪の色ってまさか……」
「改めて自己紹介を。NBMT所属、鹿島龍平。もっとも、活動する際には違う名前で通ってますが……コードネーム『スモールドラゴン』と言えばお分かりでしょうか?」
「やっぱりS級魔導士の……」
普通ならば到底信じられる話ではない。が、この暴虐的なまでの魔力の奔流はとてもじゃないがA級やB級といった常識の枠では収まりきらないことを証明していた。
「龍平君は私よりも3年早く所属しているので言ってしまえば先輩です」
「そうですね、今年で10年目です」
「何かプレゼントを用意した方がいいですね」
「待って! まだ理解が追いついてないから!」
日本に智香以外のS級魔導士が存在していたということ、それがまだ高校生になったばかりの少年だということ。そんな大スキャンダルをさらっと暴露したかと思ったらまた新しい情報だ。
「で、ともちゃんよりも3年早い………ってことはあの時ともちゃんは18だったから……9歳!? しかも今年で10年目って事は当時6歳!?」
「そういうことになりますね」
この時、麻耶の中にあった一つの疑問が氷解した。過去に麻耶がNBMTについて調べた際、創設者であるアレクや智香といった有名所については生年月日から詳しく書かれているのに、同じS級魔導士であるはずのスモールドラゴンのことはどこのサイトを調べても出自は不明だとか憶測や眉唾のプロフィールが掲載されているだけだったのだ。
「待って……『スモールドラゴン』って……」
しかし、どこのサイトにも書いてあることもあった。麻耶はそのコードネームが世界に轟かすある異名を思い出す。
「「『世界最強』」」
麻耶が搾るように出したその言葉と智香の声が被る。シンプルに綴られるその4文字。それ以上は必要ない。なぜならその異名の通り1番だからだ。1番の者を形容するのに長ったらしい飾り文句なんて必要ないとその4文字は雄弁に語る。
「俺としては恥ずかしいんでやめて頂きたいんですがね」
「それをウンディーネの娘の前で言いますか」
そういえばこの人はこの人でもっと苦悩していたな、と龍平は苦笑する。大層な名前をつけられた同志ではあるが、顔を全世界に晒しているだけ智香の方がダメージが大きかった。かつてはドラゴン探しという厄介なブームがあったが、大和撫子なアイドル智香の台頭でその熱は一気に冷めていった。
「智香さんには本当に助けられてますよ」
「まぁ、仕方ないのは分かってるんですけどね。龍平君はせいぜい私を隠れ蓑にすればいいんです。龍平君の役に立てるなら、私は甘んじて今の立場を受け入れますよ」
智香は、水瀬智香が日本で最も優れている魔導士だという世間の評価に多少ではあるが不快感を抱いている。彼女の中でそれは敬愛すべき弟分である龍平が受けるべき評価であり、決して自分へ送られていい賛辞ではないのだ。だがその言葉を受け入れることが他の誰でもない龍平のためになるのならばと、智香は民衆が望んだ偶像で居続ける。
「麻耶、私の苦労を水泡に帰すつもりがないのならくれぐれも注意してくださいね」
「分かってるわよ。そういえば鹿島君、伊賀さんは君のことを知っているのよね?」
「えぇ、彼女には任務の時に偶然遭遇してバレてしまいました。結衣とエリナにはNBMTのことは話していませんが、既に魔導士として活動をしているとは伝えてあります」
龍平としてはまだ学園が始まってから3ヶ月しか経っていないのにと、多少やってしまったか? という気分だったのだが、そういう文句の類は言われなかった。龍平に文句を言うことはない智香はさておき、麻耶にはその心当たりがあったからだ。
「それってもしかしなくても宿泊研修の時だよね……? 私がしっかりしていないから身バレしたってわけね……」
状況的に考えてそれしかないと麻耶は踏んでいた。元はと言えば暴走した一部の生徒が悪いのだが、結果としてはそれに自分の生徒が巻き込まれた。自分の監督不行のせいで重大な事故が起こるところだったと麻耶はそのことに責任を感じていた。
「まぁ、それも俺の仕事ですから」
「え? どういうこと?」
「俺が先生のクラスにいるのは、万が一の時にフォローに回れるようにってことです」
龍平は、麻耶のクラスに自分がいるのは偶然ではなく必然だと言う。智香に麻耶の様子を聞かれた時点で、これは作為的に操作したんだなと勘付いていた。
「麻耶が上手くやれるのか少し心配でしたからね。龍平君がいれば安心だと思いました」
「うわぁい! 嬉しいけどなんか複雑ぅー!」
そんなこと当の本人が知る由もなく、それに加えて何か崇高な理由があるというわけでもなくただ頼りないからというなんとも微妙なもので、これについては出来れば知りたくなかった事実であった。
「鷹野先生なら心配なさそうですけどね」
「あ、龍平君はすぐそうやって人を甘やかす。女性に優しくするのはいいですけど、誰でも誑し込むのはだめですよ?」
「智香さんは俺をなんだと思ってるんですか? というか、一度も誑し込んだことなんて無いんですが……」
「「お?」」
龍平の反論に智香だけでなく麻耶も過敏に反応する。何言ってんだこいつ?と表情が物語っていた。
「麻耶、実際担任としてどう見えてますか?」
「いやー、私の見立てだとさっき言った伊賀さんって子は間違いないね。あと風間さんの好感度も結構稼いでるみたいだし、クールに見えて意外と女たらしなのかも」
「まぁ、そうなるだろうとは思ってました。義姉としては弟がいつか刺されないか心配です」
「まぁ、確かに……今の姿を見てると否定は出来ないわね」
こいつさては鈍感野郎だなと麻耶は龍平をそういう目で見ることにした。もちろん分かっていてやっていたのなら即ギルティだが、分かっていないというのもそれはそれで腹が立つものだ。
龍平からすれば、ならどうしろという話ではあるが。
「つまり、甘やかすのは私だけと言うことで」
「え、ともちゃん……?」
まさかそっち側の人間だったのか、麻耶はそう思うと同時に以前一緒に飲みに行った時のことが脳裏によぎった。
(そういえば言ってた! 義弟に甘えるのが好きみたいなこと。えー、2人でどんなことしてるんだろ。うはー、気になるー! でもともちゃんがデレデレしてるところなんて見たくないぃぃ! あぁでも気になるぅぅ!!)
若干記憶が改竄されてはいたがほぼ事実と遜色ないエピソードを思い出す。10年来の親友の思わぬ性癖に麻耶は1人悶絶していた。そんな妄想の最中、智香の口から更に爆弾発言が飛び出す。
「龍平君、今日寄っていっても構いませんか?」
「えぇ、いいですよ」
(おぉぉ、いきなりキターーーーー!!!)
さらっと受け入れる龍平に麻耶の脳内はフィーバー状態に。だが、この後すぐにその邪な考えは吹き飛ぶこととなった。
「では、麻耶も一緒に」
「へ……?」




