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第23話 実践と理論

 龍平の言葉は(くさび)だ。無血勝利を考えればこの離間の計が激烈に刺さる。そしてこれは後々の展開にも大きく影響を与えるのだ。


 雀の術にかからなかった3人は脱兎のごとく帰っていく。約束通り、龍平達は何もせずにそれを見送った。

 置いていかれた4人の心中を思うと察せられる。側から見てる分には運が無かったからと言えても、当事者がそれを納得出来るはずもない。ましてや、圧倒的なまでの理不尽に押しつぶされたのだから尚更だ。


「さて、抵抗する気は無くなったようだな」


「……俺たちをどうするつもりだ」


 敵に捕らえられた間者の末路なんて想像に易い。頭の中では拷問や死というネガティブな文字が渦巻いていることだろう。


「そこは誠意次第というものだ。現に、俺たちだって後を追わないという約束を守っているだろ? 少なくとも話の通じない相手ではないと理解して貰いたいものだな。雀、もう解いていいぞ」 


「あいよー」


 龍平はさぞ情けをかけたように言うが、別にこの男達が生きようが死のうがどうでも良かった。大局を見据えた時この男達の立ち位置は所詮捨て駒、元から無いような命など些事に過ぎない。ならばこの男達に指令を出している連中の情報を引き出すために使った方が有意義というものだ。


「俺は……俺は、1週間前くらいに知らないアカウントからメッセージが来てお金が貰えるから参加しただけだ。それまで今日ここにいる奴らと面識は無かった」


 龍平の誠意の意味を理解したのか、男の1人が徐に話を切り出す。


「証拠はあるか?」


「あぁ! これだ!」


 男は携帯を取り出すと嬉々としてその画面を龍平達に見せる。そこには簡単な仕事をして欲しいという文言と共に、日時や集合時間が細かに記された画像が添付された怪しげな勧誘メールが表示されていた。


「なるほど、他の奴らも似たような感じ……みたいだな。よし、じゃあ次はあんただ。ここに書いてある簡単な仕事っていうのは何だ?」


 龍平は最初に答えた男ではない者を指名して尋ねる。これは会話の整合性を取れないようにして嘘をつけなくするためだ。


「これだよ」


 指名された男は忌々しげに胸ポケットからスマホを取り出す。その端末で行われていたのは、大手動画配信サイトのライブ配信であった。


「なるほど、これは簡単な仕事だ」


 魔法学園に侵入してみた、というタイトルで始められたその配信には既に数千人という普通の配信者ではお目にかかれないような数の視聴者がいた。

 龍平は流れてくるコメントを無視して配信を切る。


「だが、これだけが目的というわけではないだろう? それならあんな大規模な囮は必要ないからな」


 ただ校舎に侵入するためだけにこんな大掛かりなことをするとは到底思えない。とはいえ、何か特殊な器具を持っているわけではないため出来ることは限られてくる。狙いは何だと龍平が思案していると、雀が動いた。


「ねぇ、何か言ったら?」


 威圧、おそらく普通に生きてきた人間ならば受けたことが無いであろう殺気が男達を怯ませる。それもまた一種の暗示だ。これがバレたらどうなるか、あるいは既にバレていてその上で試しているのではないか、ならばいっそ話してしまった方が良いのでは、そういう疑心暗鬼を起こす。

 そしてその疑心暗鬼が生み出すのは、周りへの不信感。

 仲間を売って最初に情報を開示すれば見逃してくれるのではないか、その考えに陥ったらもう手遅れだ。何故なら、周りも同じ発想をしているに違いないからだ。するともう出し抜くことしか考えられなくなる。


「USBだ、その男が持ってる」


「ふーん、だってさ。持ってんの?」


「あ、ああ……けどこれが何かは本当に知らねぇ。学園のどこかのパソコンで中に入ってるソフトをインストールしろって命令されただけなんだ」


「ソフトねぇ……サイバー攻撃が狙いだとは思わなかったなー」


 雀は男に差し出されたUSBを見向きもせずに龍平に手渡す。なんとかしてくれるだろうという期待を込めた丸投げだったのだが、あいにくと電子機器については龍平も専門外のため詳しいことは分からない。


「バックドアか何かの類か?エンジニアまでいるとは驚きだ。お前たちにUSBや火炎瓶を提供したのは誰だ?」


「それは、分からない……。追求しないっていうのが俺たちの仕事の条件なんだ」


「そうか、ならもう帰っていいぞ」


 龍平はこれ以上質問したところでめぼしい情報は得られないと判断した。最初の約束通り男達を無傷で解放する。


「うーん、あんまり成果無かったね」


「まぁ今の奴らは金で雇われただけで組織への帰属意識や忠誠心も無いからな。そういうところからの漏洩リスクを徹底的に減らしているんだろう」


「手強いねぇ。それはそうと全員逃しちゃって良かったの? もう少しくらい引き出せたんじゃない?」


「いや、組織の構成員ですらなさそうだったからあれ以上は無意味だな。それよりも……先生、追えてますか?」


 龍平は電話越しにやりとりを聞いていただろう麻耶に指示を送る。これが龍平が連中を逃した本当の目的だ。男達はこの後、おそらく仕事が失敗したことを誰かに報告するなどの行動を取るはずだ。また、火炎瓶やUSBのような物がある以上、どこかに拠点を置いている可能性も十分に考えられる。

 龍平は逃げたその背を追わないと約束したが、それはあくまで龍平達が追わないのであって他の魔導士にとってはその限りではない。


『当然。背後にテロ組織が手引きしてる可能性もあるからね。素人相手にも容赦しないよー』


「なら、後の処理を任せてもいいですか? 生放送で宣言してしまった手前、俺たちが嬉々として行くのは……」


『あー、確かに約束の不履行ってなると外聞は悪いわね。おっけー、知り合いの魔導士を近くに30人くらい待機させといたからそいつらを突撃させとくね』


「うわ〜可哀想……麻耶ちゃんマジで容赦ないよ」


 3人〜6人程度でチームを組んで活動すると考えると、おおよそ7つくらいの編隊になる。素人相手には明らかに戦力過剰と言ってもいい。これならば一任してしまっても大丈夫だろう、と龍平も判断した。


「なら、俺たちは正門の制圧を手伝いにいきます」


『あー、そっちはいいよ。ちょうどさっき学長が制圧しちゃったから』


「素人とはいえ50人の集団を瞬殺ですか。銃火器に強いとはいえ智香さんも大概めちゃくちゃですよね」


『A級ライセンスの合格祝いにヨーロッパに行ったと思ったらS級になって帰ってくる女だからね。あと個人的には共闘した魔導士に【メイドインジャパンなのにぶっ壊れ(バグっ)てる】って言われてたのはツボだった』


「懐かしいですね。ハッシュタグつけられてトレンド入りしてたの覚えてます」


 その当時はSNSに智香のぶっ壊れエピソードがこれでもかというぐらい投稿されたものだ。当然のように話題に乗っかろうと嘘の作り話を投稿する者もいたが、その話よりも真実の方が余程ありえなかっ(バグって)たために水瀬智香=バグみたいな方程式が出来上がったものだ。


 うわ、懐かしいなぁ! と2人が盛り上がっているところに一言、雀が冷静に呟いた。


「いや、私からすれば麻耶ちゃんも龍平君も大概ぶっ壊れだけどね」


 自分のことを棚上げしてよく言うよ、と雀が突っ込む。しかしその雀も大概であるから、まさにお前が言うなの連鎖という何ともややこしい状況に陥っていたのであった。



 場所と時間を少し遡って教室へ。担任の麻耶から誰も教室から出ないようにという指示を受けてすぐ、結衣はつい先程まで会話していたはずの男がいないことに気がついた。


(龍平君、まさか……)


 辺りを見渡してもそこに龍平の姿はない。この恐慌状態に自分の注意力が思っていたよりも散漫になっていたことを知る。ほかに気づいた人はいないのかと周りを見渡しても、大多数は結衣以上に動揺しているばかりでとてもではないが他人のことを気にしている余裕はなさそうだった。


「結衣さん、気づいたようですわね」


 そんな状況でも冷静な者は冷静だ。凡人で終わるつもりはないという意識の違いがそこに如実に現れたと言ってもいいだろう。エリナを同じレベルの実力者だと認めているが故に、先に指摘されたと結衣は少しばかりショックを受ける。


「今回はわたくしの勝ち、と言いたいところですけど、残念ながらわたくしも気がついたのはたった今ですわ。雀さんもですけど、あの男も大概ですわね。行動に移るまでが速すぎですわ」


「兵は拙速を尊ぶって言葉もありますし、間違ってはないと思いますよ?」


 孫子によると、作戦を練るのに時間をかけるよりも、少々作戦に難があっても、素早く行動して勝利する方が良いという。今回の場合、長期戦になるほど敵の思う壺とも言えるのでまさにこの拙速さが鍵だと言えた。もちろん、それを為すためにはただ速いだけではダメなのだ。下手な行動はかえって鎮静を遅らせるどころか、火に油を注ぐような行為になりかねない。


 結衣からすれば、この状況ですぐに行動出来るというだけで凄いことであった。


「普通に生活してたら実戦経験なんて得られないでしょうに。ほんと、これまでどうやって生きてきたのか疑問ですわ」


 結衣やエリナが努力をしてこなかったというわけではない。少なくとも名家に生まれ、その名に恥じない実力を身につけるべく幼少期から魔法の鍛錬に打ち込んだと自負しているし、そしてそれは紛れもない事実である。

 ならば一体何が違うのか、何がその差を生み出したのか、それは結衣達の努力に蝶よ花よと愛でられながらという前提が付くというところだろう。


 結衣とエリナが「全属性の魔法が使えて偉い」と褒められていた6歳の頃、龍平は拙いながらも世界に足を踏み入れたことで結果それがNBMTというチームとの邂逅へと繋がった。

 また、結衣とエリナが「この子は天才だ。神童だ」と言われ始めた9歳の頃、雀はベテラン魔導士のサポートのもと、一個隊のリーダーというポジションで簡単ながらも実戦的な仕事に度々同行するようになった。


 もっとも、これのどちらがいいかというのを決めるのは難しい。現在の一場面を切り取って実戦経験に勝るものは無いと断定してしまうのは早計だ。

 雀の魔法は実戦から身につけた故に多少の雑さがある。例えば、他の要素を全て同じものだと仮定して射程が10メートルと11メートルの魔法を比べてみると当然だが机上では11メートルが有利となる。しかし、実戦の現場では1メートルくらいだと有効な違いがあまり見られず、言ってしまえばそれは誤差に等しい。

 ならばこういう場合に射程を1メートル伸ばすのではなく、他の要素──つまりはスピード・火力・瞬発力・対応力・本人の立ち回りなど──をなんでもいいので伸ばしていくというのが雀のスタイルだ。


 一方、練習を積み重ねてきた2人は色々な属性の魔法を高クオリティで使うことができる。先ほどの例で考えるならば、雀が10メートルで妥協した魔法を彼女らは15メートルで使用することが可能といった感じだ。こうなれば誤差の範疇に収まらない明らかな違いが生まれてくる。それはつまり、雀と彼女らではそもそも得意とするフィールドが違うということでもある。


 しかし、隣の芝は青いように自分に無いものというのはどうしても良く見えてしまう。彼女らはこつこつと腕を磨いてきただけに、常に先を行く龍平達に焦燥感を抱くのは仕方のない話であった。




「それで、何で俺は睨まれているんだ?」


 事態を収束させ教室に戻った龍平は真っ先に結衣とエリナにロックオンされた。


「いえ、別に。ただ雀さんと2人きりで仲良くお仕事なさってたと思うと少々怒りが込み上げてきたもので」


「その気持ち分かります。なんか、お前のことは信用してるぜみたいな雰囲気があれですよね」


「いや、別にそんなことは無いんだが……?」


 実際、龍平の言うようにそんな事実は無い。ただ、龍平は教室を結衣たちに黙って隠れるようにして出て行ったわけであり、そういう見方をされても仕方がない状況ではあった。


「なら私たちも連れて行ってくれても良かったじゃないですか」


「制圧が目的じゃないからな。それに、今回の相手は隠れて動画サイトで生配信をしていた。結衣が愚直に魔法をぶっ放してたら風間の人間が弱い者に対してオーバーキルしたって構図が仕立て上げられていたぞ」


 故に、対人戦は厄介なのだと龍平は語る。殺戮の限りを尽くせるのならば簡単かもしれないが、現実はそうはいかない。都市におけるメディアの印象操作が露骨なだけで、魔導士とそうでない者が上手く共生している例は多々あるのだ。もし仮に、先の状況で虐殺劇を繰り広げたとしたら、一般人からだけではなく魔導士サイドからもバッシングを受けることになっただろう。


「だから今回みたいな面倒な時は勘弁してくれ。代わりに、いい感じに経験が積めそうな事案があったらその時は声をかけるよ」


「「約束ですよ(わよ)」」


 今回の事件で魔導士としての仕事に恐怖を抱いてしまった学生は少なくない。何をすればいいのか分からないというパニックに陥ったという失敗は、エリート意識を持つ彼らの自信を喪失させるに充分なショックを与えたと言えるだろう。


 そんな中、良い刺激になったと向上心を抱く血気盛んな2人の逞しさに龍平は感服するのであった。


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