第22話 戦闘
書き溜めが尽きたらどうなる?
知らんのか?
更新が滞る
「終日休講だと……?」
緊急放送の内容は今日の授業及び学校活動の全てを休止するというものだった。突飛な事態に教室内がざわつき始める。おそらく、ほかのクラスでも同じように困惑の声が上がっていることだろう。
「あー、電車遅れてるな」
誰かが発したその言葉、それをキッカケに各々が端末を使い検索をかけていく。SNSはこの手の情報が早いため、既に魔法学校の所在である新東京区の電車の遅延のことが話題になっていた。
もちろんただ遅延しただけで終日休講なんてことには普通はならない。そして、学校に来られない人が不利になるかと言われればそうでもない。こういうやむを得ない事情で遅刻する場合は遅延届を提出すれば欠席扱いはされず、態度素行の評価に影響しないとなっているからだ。
つまり、休講にはなるべくしてなったということになる。
その原因はSNSのログを遡れば容易に察せられた。
『電車止めてやったぜ』
『完全勝利』
『うはwwwおまいら見てるかー?』
そこにはこのような文言とともに新東京区の駅のホームでピースサインをしている画像が複数上がっていた。
「まるでバカ発見器だな」
デモ隊も一枚岩ではない。そこには金を積まれ雇われたプロもいれば、ただ人数をカサ増しするために小銭を渡されただけの明確な意思のない者もいて、更に言えばお祭り気分でただ騒ぎに乗っかっただけの真性の者まで存在する。
今回画像を投稿していたのは明らかに3番目で、龍平がバカ発見器と揶揄したのはこのためであった。
犯罪行為で逮捕されてもおかしくはないが、そこは傘連判。バカを晒している連中はあくまでそこに居合わせただけで実際の首謀者は分からないという言い分だ。
そういう輩もデモ隊にとっては主催者発表の数を誤魔化すための貴重な戦力なわけだが──1人を10人と鯖を読むいつもの戦法だ──、実は魔導士サイドからしても有難い。今回のことも、この連中がいなければここまで脅威が迫っていることに気がつかなかった可能性だって考えられるのだ。
いや、脅威というよりも悪意というべきだろうか。ともかく学校側はこの事態に休講という措置を取る必要があると判断したわけである。何もなければそれで良し、警戒しすぎるくらいで丁度いいというのが学校の総意というわけだ。
しかし緊急放送が流れたとはいえ、これくらいの騒動は麻耶も言っていたように何年も前からあったのだ。この時のクラスの面々には警戒心というのは微塵も無く、どうせ何も起こらないだろうとタカをくくってこの騒動をどこか冷ややかな目で見ているのが大半であった。
「はいはい、もう全員静かに!」
その空気はあまり好ましいものではないと麻耶が手をパンパンと叩いて全員の注目を引く。この事態を楽観視していることに対する叱責もあるが、それよりも自分には関係ないだろうという客観視に対する警笛であった。
「放送にあった通り今日は休講ってことだけど、でもまだ帰っちゃダメですからね。とりあえず事態の収拾を──」
待って、という麻耶の言葉は突如外から聞こえてきた轟音によって掻き消される。しかし、窓の外を見てもいつも通りの景色が広がっていて、ほとんどの生徒がなんの音だとまたざわつき始めた。
(爆発音だな)
龍平はそれを一瞬で理解して雀を見ると、雀も理解しているとコクリと相槌で返事をした。
「はい静かに! 次の放送があるまで全員教室から出ないように!」
麻耶の指示で一応の混乱は収まりはしたが、しかしこれも長くは持たないだろう。誰かが不安を呟けば、それは導火線のようにすぐさま伝播する、そんな状況だった。
「一体なんの音だったんでしょうか……?」
龍平の前の席に座っている結衣がそう龍平に問い掛ける。本当に分かっていないのか、はたまた確証がなく龍平で答え合わせをしようとしているのか、どちらにせよ龍平の答えは決まっていた。
「さあな。だが吉報でない事は確かだ」
龍平は結衣に適当に返事をしながら隠れてとある人物にメールをする。その人物とは学長の智香であった。
『どういう状況ですか?』
状況が状況だけに無駄な格式ばったものは必要ないと短く簡潔に尋ねる。その返信は1分もせずに返ってきた。
『敵人数は50人ほど、朝練をしていた生徒を人質に取られました。さらに別働隊で火炎瓶等の武器を持った部隊も確認されています。気をつけてください』
龍平はもはやデモというよりテロだな、と当たり前の感想を抱く。同時に、龍平はまだ教室に姿を見せていない悠馬がこれに巻き込まれたんだろうなと理解した。
(これだと智香さんが人質の方にかかりきりになるな……)
学長という立場上、生徒の安全を確実に確保する必要があるため智香は下手に行動出来ない。これはクラスを受け持っている麻耶のような教員も同様だ。つまり別働隊の鎮圧には誰かが動く必要があるわけだ。
『智香さんは人質の解放に専念してください。別働隊には俺が当たります。鷹野先生の説得をお願いしてもいいですか?』
『すみません、龍平君の力を借りることになってしまって』
『気にしないでください。俺が智香さんの力になりたいだけですから』
どこか申し訳なさそうにする智香に少し龍平は寂しい気持ちを覚える。こんな時くらい1人で抱え込まないで少しくらい自分を頼って欲しいという気持ちもあった。過去の智香の言ではないが、そんなことを遠慮する関係でも無いだろうと。
『全く、まるでナンパ師の手口ですね。』
龍平が力を貸してくれるということで少し肩の力が抜けたのか、軽い冗談と共に麻耶の連絡先が送られてくる。彼女なら秘密も守ってくれるだろうという信頼も見受けられたところで、龍平は速やかに麻耶へコンタクトを取った。
『鹿島です。学長が人質解放に専念する間、自分が別働隊の制圧に向かいます。先生はリアルタイムで敵の位置を追って頂けますか?』
相当に無茶振りな索敵だが、麻耶の鷹の目ならばそれが可能だと龍平は知っている。龍平がメールを送って数秒後、その内容を確認したであろう麻耶と龍平の目が合った。
『まさか学長が言ってた助っ人って鹿島君⁉︎ ダメ、自分の生徒にそんな危険な事させられないわ』
『出来れば、今は生徒ではなく魔導士として扱っていただきたいですね』
猫の手も借りたい状況だと言うのに麻耶は教師としての倫理観を優先する。龍平としても自分に無関係の事象ならば大人しく『はい、わかりました。』と従っていただろう。だが、今回は別だ。智香の助けになるこの場面で引き下がるわけにはいかない。
そこで、龍平は説得力をあげるために一つの画像ファイルを添付した。
『これって……国際魔導士ライセンス⁉︎』
魔導士の仕事の中にはテロやそれに準ずる行為に対しての対応及び組織の鎮圧というものがあり、今回の件は見事にそれと合致する。
『なるほど……学長が助っ人を頼むわけだわ。そういうことなら認めるしかないわね』
国際魔導士の資格は国が発行しているライセンスとは違って本当に実力を認められた者にしか与えられない。これは当然のように麻耶も持っているのだが、只の学生が持っているような代物ではない。これだけで麻耶を納得させるに充分な理由であった。
加えて、龍平はもう一つ要求を出す。
『あと、伊賀さんをフォローにつけてもいいですか? 彼女の支援があれば制圧が一気に楽になるのですが』
『伊賀さんねぇ……まぁ彼女なら大丈夫でしょう』
龍平と違って雀は既に宿泊研修の時にその実力を見せていたためにあっさりと認められる。麻耶の目算では、雀は国際基準でもC級魔導士程度の実力があると高い評価を受けていた。
『50人くらい正門からグラウンドにいるけど、これは囮ね。裏門に8人来てるから、恐らくそっちが本命かな。いける?』
『了解です。伊賀さんにも情報を共有したいので、ここからはグループ通話でお願いしてもいいですか?』
メールではどうしても十秒程度、あるいはそれ以上のラグが発生してしまう。1秒でも新鮮な情報が欲しい場面でそれはあまりに致命的だ。その点、グループ通話ならばそのラグが数秒程度収まる上にその恩恵を複数人で共有できる。それを使わない理由はない。
『ん、了解。無理しちゃだめだからね?』
『その辺りは心得てますよ』
龍平は誰にも気付かれないよう教室から出るために気配を消す。龍平は隠密行動は得意な方ではないが、ここにいる面々はまだ実戦経験が浅いということと、興奮や不安が渦巻いて集中力が欠けているということもあってすんなりと意識の外に出ることが出来た。
龍平が教室から出ると既に雀は待機していた。こういうところでは雀に一日の長があった。
「流石だな」
「まぁね」
龍平は先程の気配を消している時間に教室から出て行く雀の姿を目で追っていた。それは洗練された隠密の技術なんてものはなく、むしろ自然体そのものであった。ただ自然に歩いているだけなのにそれでいて誰にも咎められない。その自然さが彼女の存在を意識の外へと追いやったのだ。諜報や暗殺向けな技能であるが故に味方であることが頼もしい限りである。
さて、ここからは麻耶と通話で連絡を取る必要があるため無線のイヤホンマイクを装着する。
「先生、こっちは準備出来ました」
『おっけー。じゃあなるべく急いで裏門へ向かって。まだ別働隊が裏門に来るまで時間はあるけど、屋内に入られると鷹の目で追えなくなっちゃうから』
麻耶の魔法が機能している限り、龍平達には莫大なアドバンテージがある。敵の位置が分かれば不意をついての奇襲のような大胆な立ち回りが可能となり作戦の幅が大きく広がる。逆にこのアドバンテージが無くなれば状況は五分となり、当然先制攻撃を受ける可能性や遭遇戦になる可能性だってグンと上がってしまうわけだ。
人数差がある以上そのリスクは少しでも避けたい。
「「了解です」」
隠密行動が得意な雀が先行して裏門へと向かう。そしてこの時間にも情報は新しく更新されていく。
『武器は火炎瓶っぽいのを持ってるね。銃とかは見た感じ無さそうだけどねぇ……』
いくら鷹の目が万能だとはいえ、武器を隠し持っているパターンまでは対応出来ない。こういった相手の手の内が分からない場合は最悪の事態を想定するのは基本中の基本だ。
ではホークアイを使う前とで武器面での情報アドバンテージはそこまでないか、と問われればそうではない。
「即席の武器ですか」
情報というのはただあれがこうだからこうでと羅列したものが多ければ良いという物ではない。例えばこの火炎瓶というワード、実はこのワード自体がもつ情報がその羅列と比べても遜色ないくらいの利をもたらしてくれるのだ。
「龍平君、火炎瓶って?」
「ビール瓶みたいなガラス製の瓶にガソリンや灯油を入れて作る武器だ。手榴弾みたいに投擲するわけだが、燃料を撒き散らすくらいで殺傷能力は低い。火炎瓶自体は爆発しないが、車なんかに投げられればガソリンに引火して爆発炎上なんてことになりかねない」
「うへぇ……やばいじゃん」
龍平の解説に雀はその台詞とは裏腹に割と本気のトーンで返事をする。しかし、龍平にはある予測が立っていた。
「ま、それだけ聞くとな。けど、本気で工作活動をするのなら火炎瓶なんてのを使うよりもそれこそ焼夷弾や手榴弾を使えばいいと思わないか? まぁ言ってしまうと火炎瓶っていうのはあくまで素人仕様なわけだ」
火炎瓶はその簡易さも相まって学生運動や発展途上国のデモ等に利用されてきたという歴史がある。コスト面に優れているというのもその要因の一つだ。
『たしかに動きを見る限りでは訓練された傭兵では無さそうね。素人っていうのはあながち間違いじゃないかも』
「訓練されてたとしても人数的に制圧が目的とは考えにくいし……あ、そっか。だから工作活動ね」
いくらなんでもそんな少人数で魔導士相手に戦闘を挑むとは考えにくい。そんな無謀な突撃は初めは上手くいってもすぐに制圧されるのがオチだ。ならば、これは何らかの工作活動を行う為の部隊ではないかと龍平は推測する。
『工作活動かぁ……狙いは分かんないけど小火騒ぎを捏造されても面倒ね』
「嫌がらせには充分でしょう。特に今の段階では智香さんも動きにくいですからね。相手には火炎瓶もありますし、本気で大打撃を与えるつもりなら施設の一つくらいは全焼させてきますよ」
龍平がパッと思いついたのは事故を偽装し日本の魔法学校は安全であるという信用に楔を打ち込む手。反魔導士団体にとって最大の障害である智香にその責任を問わせること。最悪の場合はそれで罷免ということもあり得るだろう。
「なら、暴れられる前に止めなきゃね」
「敵は8人だ。雀、いけるか?」
「流石に全員は無理だなぁ……。数人なら動きを止めれるからフォローお願い」
雀はそう言うと裏門に直接向かうのではなく階段を駆け上がって行く。龍平が1階、雀が2階に潜伏して裏門を臨む形だ。
『来たよ! そっちでも確認できた?』
「確認しました。なるほど、隊列もヘッタクレも無いですね」
一応警戒はしているのかキョロキョロと周りを見渡している。だが、そこに役割分担はない。前後左右で誰がどこを警戒するという担当を決めていないのだ。
龍平がその様子を隠れて伺っていると、頭上から何かが集団に向かって飛んでいく。投擲武器かと思ったが、その物体は誰にも命中せず、裏門入ってすぐ真横にある花壇へと吸い込まれていった。
「なんだ⁉︎」
「何処からだ⁉︎」
「おい! あそこだ!」
当然、見つかってしまう。しかし、あろうことか雀は隠れようともせず2階から飛び降りて堂々と集団の前に躍り出た。
「総員、戦闘準備……ッ⁉︎」
声をあげた男に異変が起きた。いや、その男だけではない。戦闘準備、と言っているにも関わらず4人しか武器を持とうとしないのだ。
「お、おい! どうしたんだよ!」
「か、身体が……動かねぇ……」
「そ、『影縫いの術』」
答え合わせと雀が花壇に目線を送る。するとそこには男達の影の直上に手裏剣が刺さっていた。
「逃げたくても逃げられないから。術に嵌った時点でその4人はもう死んだも同然だけど、どうする? 後ろの人達もまだやる?」
「クソッ……!」
身動きの取れる1人が自棄っぱちだと火炎瓶を着火する。火炎瓶の恐ろしいところはこれで後は投げるだけというところだ。流石にそれを許すわけにはいかないと、男が投擲のモーションをとった瞬間、龍平は魔法で火炎瓶を持ったその手に旋風を巻き起こした。
「ぐわぁぁぁぁ!!!!」
瓶が割れて飛び散った燃料が男達に襲いかかる。龍平は火炎瓶を手に持っていた男が大火傷を負うと分かりつつも微塵も躊躇しなかった。
第二次世界大戦の際、ライフル銃を持った最前線の兵士の発砲率が20パーセントに満たなかったという話がある。戦争という生きるか死ぬかの極限の状態であるにも関わらず、殺人という行為が引き金を引くことを躊躇わせたのだ。
だが、果たしてそれは尊い行動なのだろうか。人を殺したくないと言えば聞こえはいいが、それは同じ釜の飯を食った友を死なせることとほぼ同義だ。
故に龍平は躊躇しない。命に貴賎を、優先順位をつける。敵を傷つけたくないなんて考えはもっての外であった。
「うーん、穏便に済ませたかったのに追い詰めすぎちゃったかなぁ」
「逃げ道を無くしすぎたな。まぁ今のは仕方ない、後は俺がやろう」
とはいえ、龍平達も別に敵を惨殺したいというわけではない。バーサーカーでもあるまいし、出来れば血が流れない方が良いとだって思っている。それは雀も同じで、だからこそ撤退を促していたのだが、いかんせん刺激が強すぎたみたいだ。
具体的に何がいけなかったのかと問われれば、それは逃げ道が細すぎたという点が挙げられる。なので、龍平はそれを明確に示すことにした。
「さて、今のでその武器が何の役にも立たないというのは充分理解してもらえただろう。ここで引き返すというなら俺たちは追わない。捕まってる人には少し尋問はさせてもらうがな」
雀の影縫いで動きが封じられている者は元より抵抗の手段はないためそこの恐怖心などは考慮しない。だが、そうでない者にとってはこれは好機と言えた。
逃げた者は追わないと明言すれば、心はそっちに流れる。当然だ、頼みの武器が通用しないからだ。
訓練を受けた傭兵団ならともかく、金で雇われただけの突貫工作隊に仲間意識なんてものが存在するわけもない。当然、他人の命よりも自分の命を優先する。
「本当に、追ってこないんだな……?」
「おい、俺たちを見捨てるのか!?」
「命あっての物種だ。俺は降りるね」
「くそっ、ふざけんな!」
ここから一刻も早く逃げたいと思っているところにいくら言葉を投げかけたところで、それが仲間を助けたいだなんて崇高な心に変わるわけがない。今はただ、人を見捨てるということに対しての罪悪感が足を止めているだけに過ぎない。
ならば、少しその背中を押してやればいい。
「改めて約束しよう。俺たちは逃げた者は追わない」




