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第21話 年頃の若い男女が2人一つ屋根の下。何もないはずが………あった

食事のあとはまた勉強したり世間話したりとそうして時間が過ぎていった。その間に沈黙の時間というのは特になく、2人の中で今が特異な状況であるという意識がどこか抜けていた。つまり何が言いたいかというと、ある問題に気付くのが遅すぎたのだ。


「さて、風呂でも沸かすか」


「あ、龍平君はシャワー派じゃないんですね」


「たまにめんどくさい時はシャワーだけって時も……ん? 待てよ?」


「「えっ、お風呂!?」」


失念していたと2人してなんてことだと声をあげる。この状況を誰かが知ったら、今更何言ってんだこいつらと呆れられるだろう。そもそも女性の結衣がその辺り敏感になるべきなのだが、結衣は結衣で龍平ならやましい事はないだろうと盲信に近い状態であったために風呂という行為自体が些事だと忘れてしまっていた。


ただ、裏を返せば忘れていても問題ないということでもある。


「私は龍平くんが大丈夫ならいいですけど……」


「信頼してくれるのはありがたいが、一応俺も男だぞ。ちょっとは警戒してくれ」


「でも、何もしないですよね?」


「いや、まぁそうなんだけどさ」


無害扱いされるのも男として見られていないようで複雑である。とはいえ、龍平も結衣の信頼を裏切る気はないので無害というのもあながち間違いではなかった。


なんだか釈然としないなと思いつつも龍平はお風呂のお湯を沸かす。といっても、龍平の家には風呂自動システムがついているためやることといえばスイッチを一つ押すだけで後は勝手にコンピューターが沸かしてくれる。

その間に龍平と結衣は後々に必要になるものをテキパキと用意していた。


「替えの下着が無いのは我慢してくれな」


「こればっかりはしょうがないですよね」


替えの服くらいならスウェットで代用できても流石に女性用下着は無理だ。そのことは当然結衣も最初から了承済みである。


「そうだ、洗濯したい服とか風呂に入る前にネットにいれて洗濯機に放り込んでくれ。終わったら乾燥機にぶち込むから明日には乾いてるはずだ」


「何から何まですみません」


「いいよ。じゃ、俺は30分くらい向こうの部屋にいるから上がったら呼んでくれ。中のものは自由に使ってくれていいから」


「あ、はい。分かりました」


結衣は龍平の後ろ姿を見送ると、時間もないしと早速無言で服を脱ぎ始める。その時は「るんるるん」という気分で浴室へと入ったのだが、鏡を見た途端、我に返ったのか結衣の顔は真っ赤になった。


「ちょっと待ってください。改めて考えてみると、私今無防備すぎません?」


誰に語りかけるわけでもなく、状況を声に出して再認識する。というより、鏡に映った自分の裸を見れば冷静に改めて考えるまでもなかった。


「うぅ……なんか緊張してきちゃいました……。心臓に悪いので早く済ませてしまいましょう……」


結衣は出来るだけ何も考えないようにと急いでシャワーに手を伸ばす。軽く髪を水で流してシャンプーラックを見たところで思わずギョッと目を見開く。そこに見るからに高級そうな容器に入ったシャンプーやトリートメントがずらずらと並んでいたからだ。


「えっ…! これ1本で1万円くらいするやつじゃないですか!」


使ったことはなかったが銘柄だけは聞いたことがあるような代物。それが女性物だということよりも先に値段の方にとついつい目がいってしまう。


「本当に使っても大丈夫なんでしょうか……」


自由に使ってもいいと言われても不安が残る。しかし、普段使えないものを使えるという誘惑は強かった。


「いい、ですよね? 使っていいって言ってましたし……」


結衣は独り言で言質はとってあると自分を正当化すると、ゴクリと生唾を飲みながら恐る恐る手にシャンプーを取り出す。普段通りにシャンプーをしつつも、泡立ちはどうだ、髪の艶がどうこうなどと吟味してみる。

普段結衣が使っているシャンプーもそこまで安いものではないはずなのに差が生まれる。トリートメントまで終えた結衣は自分の髪を手櫛で()かすとその違いを一瞬で理解した。


「すごいサラサラ。あ、全然髪が絡まない」


髪の毛に対してそこまで頓着をしているというわけではなかったが、それでも良くなると嬉しいものだ。いや、ある意味素人だからこそ目に見える変化に感動できたのかもしれない。


「シャンプーひとつでここまで変わるとは、勉強になりました。それにしても龍平君のお知り合いの方は凄いですね。ぜひお師匠様と呼ばせていただきましょう」


結衣は感慨にふけりながら湯船に浸かる。すでに龍平の家のお風呂という意識はぽっかりと抜けているのか、ふんふふんと鼻歌交じりで普通にお風呂を堪能していた。


そして、正気に戻った結衣がいそいそと風呂から出てきたのは約1時間後のことだった。



「結衣……」

「はい、すみませんでした」

「いや、まだ何も言ってないんだが……」


龍平の言いたいことは結衣にもわかっていた。最初に30分くらいでと伝えたのにその2倍も堪能していたのだから分からないはずが無かった。

とはいえ、龍平も女性の風呂が長い傾向にあることは知っているためそこまで怒るつもりもなく、むしろ男子の家でそこまで無警戒でいいのか? と心配の方がどちらかというと大きかった。


「まぁいいんだけどな。俺も風呂入ってくるからテレビでも見て待っててくれ」


「あ、はい」


龍平はそう言うと風呂場へと姿を消す。結衣も変なことをするのは本意ではないため、言われた通りにテレビをつけた。


「またデモですか……」


たまたまつけたニュース映像で取り上げられていたのは雇用や労働環境の改善を訴えるという名目で行われている魔導士に対するヘイトスピーチ。自分達が正義であると言わんばかりの声の大きさに結衣は辟易とする。

そのデモの内容に正当性があるのならその声を真摯に受け止める必要があるとも結衣は考えている。だが、影からコソコソと狙われた身からすれば、学校で聞いた外国勢力から金銭を受け取るような不埒な活動家がいるという、そんな陰謀論めいた存在の方があるように思えてしまう。

ライブと書かれた映像には夜にも関わらず昼と変わらないくらいの、いやむしろそれ以上のヒートアップを見せたデモの映像が流れている。

結衣はこの扇動者が売国奴か、はたまたこれすらもいずこかの組織の傀儡かと、大勢の前に立ちスピーカーを持つ若者を冷たい目で見ていた。


「こうもデモ一色だと、相手の思う壺だな」


「うわっ! ビックリさせないでくださいよ……。えっと、思う壺って言うのはどういうことですか?」


結衣は既に風呂から出ていた龍平に驚きつつもしっかり質問は返していく。相手、というのが外国勢力であるというのは分かったが、何を思う壺だと言うのかがイマイチピンとこなかった。


「朝から夜まで全国ニュースはデモの話で持ちきりだからな。水面下で着々と何かの準備を進めていてもおかしくない」


世間の目をデモに向けさせるいわゆる工作活動というやつだ。陰謀論、と言われても仕方ないことだがその言葉だけで全てを済ませて思考停止するほど龍平は平和ボケしていなかった。


「これは1週間前の防衛省のホームページの記事だ。ここ最近、国籍不明の不審船が日本領海付近で確認される頻度が増えている」


「どこかの国の偵察船というわけですか……」


爆弾や銃器、魔法でドンパチするだけが戦いではない。情報を制する者が世界を制するという言葉通り、むしろ情報戦の方が戦いにおいては重要なのかもしれない。なにせ、勝敗は戦う前から決まっているなんて言葉が2000年以上前の兵法書に書かれているくらいだ。


「だが、ほとんどの国民がこの事実を知らないのが現状だ」


「それこそニュースで報道すれば……」


「そうすると徒らに国民を煽ることになる。先が不透明な状態でそれをするのはリスキーだから出来ないんだよ」


龍平の言いたいことは結衣でも理解できた。不安感というのは人を動かす、それだけで時には暴動が起きるのだ。

例えば、1973年に起きた第一次オイルショック。きっかけは紙が無くなるというデマであったが、不安感に駆られた人はトイレットペーパーを買い占めた。マスメディアで取り上げられれば、事実無根の噂ですら日本全国を狂わせるのだ。


「まぁつまり、受け身受け身に回ってるっていうのがこの国の現状だ」


「歯痒いですね。何とか状況を好転させることは出来ないのでしょうか……」


「そうだな……ありきたりだが、国際的な場で証拠を叩きつけるっていうのが手っ取り早いな。そうすれば逃げ場がない上に、第三者という証人がいるところで賠償の請求も可能だろう」


ここまで大きな事態となった国際間のやり取りに一学生が入り込む隙間はない。結衣のような学生に出来るのは事態を悪化させないようにすることそれだけだ。


「私、実は高校に入学するまではあんまり出世とか大成したいっていう気持ちは無かったんです。そんなことしなくても何か出来ることがあるだろうって。けど違うんですね。成功しないと発言権すら持てないってよく分かりました……」


「そうだな。成果や成功っていうのは世界に我を示す手段になり得るし、更に自分への反論を黙らせる力がある。前例は水瀬智香という魔導士が作ってくれているからな。ほんと、偉大な人だよ」


龍平は、智香こそ日本の魔導士の地位向上の立役者だと心から思っている。過去に前例が無かったからと言い続ける頭の固い連中を唸らせ、特例ともいえる前例を智香は作ってきた。

言わば、智香は若い魔導士達にとっての道しるべなのだ。


「まぁ何にせよ、上を目指すなら早いうちからビジョンがあった方がいいだろうな。結衣はエリナみたいにチームに入ることは考えていないのか?」


「チームですか……。エリナさんじゃないですけど、やっぱりNBMTは憧れですね」


結衣は少し逡巡したのちにNBMTの名を挙げる。世界にはNBMT以外にも有名なチームなんて山ほどある。だが、世界一の魔導士団体という肩書きは伊達ではない。時に長きに渡る紛争に終止符を打ち、時に島が沈むという未曾有の大災害を阻止する、そんなことが出来るのはNBMTだけであり、まさしく彼らは世界を救う正義の味方なのだ。


「有名になりたいとか認められたいとか、そういうことよりも自分にしか出来ないことを追求してみたいです」


「なるほどな」


龍平はそれを聞いていい視点を持っているなと感心していた。

汎用性の高い魔導士もそれはそれで需要はあるが、どうしても誰かの代替品となり得てしまう。

例えば、麻耶の【鷹の目】のように独自性(オリジナリティ)のある魔導士は、時と場合によってはS級魔導士すらをも軽く凌駕することが可能なのだ。


「他の魔導士には出来ないこと、か。まぁ言うだけなら簡単だがな」


即ち、言うは易し、行うは難しの典型。それは魔導士を志す若者、いや全ての魔導士に与えられた難題とも言えるだろう。

そしてそれは、世界最強と言われるNBMTの基本理念でもあった。龍平がいい視点を持っていると感心したのはそのためである。


()()()かもしれない。

現段階でもその片鱗はちらほらと見えている。


龍平からすれば何も不思議な事ではない。自分と同じ、風間の血が通っているのだから。

先に智香は若い魔導士の道しるべだと称したが、これは何も智香だけに限った話ではない。

同じくS級魔導士の龍平もまた、後進を育成する指導者とも足りえるのだ。そんな龍平が、才能溢れる若者を見て何も感じないわけもなく、龍平はこの遠い親戚の台頭を密かに心待ちにしているのであった。




翌日、デモ活動が活発になる前にと龍平達は1時間ほど早めに学校へと向かう。流石にこんな早くから誰もいないだろう、と思って教室に入ると、意外な人物がそこにいた。


「鷹野先生……早いですね」


クラス担任である麻耶が一人、誰もいない閑散とした教室にいたのである。一方、その麻耶は、龍平と結衣が仲良く二人一緒に登校してきたことに苦笑していた。


「あはは、2人とも早いね〜」

「先生こそ、どうしてこんなに早いんですか?」


教師が一人で教室にいるというのはなかなか奇異な光景である。しかし直接何やってるんですか? とは流石に聞きにくい。だがその質問の答えは麻耶の口からすぐに出てきた。


「私も学生の時、この時期は登校時間をちょっと早めてたんだよね。だから似たような生徒がいるんじゃないかって思ってたんだけど……」


「先生の時代にもデモとかやってたんですね……」


「まぁ、あったにはあったね。けどここまで露骨に魔導士ヘイトはしてなかったよ」


そう言う麻耶の声音からは少なからずの侮蔑や怒りの念が感じられる。ただデモにうんざりして怒っているというではない。その程度でヘイトという強い言葉を使うほど麻耶は短慮でもない。表現の自由や言論の自由を認めるくらいの度量は大人として持ち合わせている。


では、何が麻耶の怒りをそこまで駆り立てるのか。それは、自分の大切な人へ向けられた謂れのない非難だった。


「これさ、水瀬学長がS級として認められた後からなんだよね。それで国も魔導士育成に力を入れようとしたらこれよ、そこから魔導士の兵器運用だとか戦争法案だとか言うくだらない連中が出てきたのよね」


「そう言えば、そのフレーズは今も度々聞きますね……」


「ようは、印象操作の一環だな。しかし、そういう言葉を流行らせようって動きが一過性のブームにならないのは気味悪いですね。思っているよりも根が深いところまで張っていると警戒するべきでしょう」


同じ言葉を繰り返し言い続ける。印象操作というには稚拙な感じがするが十分有効な手である。あるいはプロパガンダと言い換えれば多少は危機感を持てるだろうか。


特に、そういう言葉のブームというのは変遷的で、流行っては廃れ、また新しい言葉が出てきて流行っては廃れ、はたまた……、という波がある。龍平が警戒すべきと言ったのは、言葉が廃れないこと。それはつまり、誰かが意図的に流行らせようとしているからに他ならないからだ。


それを聞いた麻耶は少し驚いたような表情を浮かべると、「参ったなぁ」と麻耶の纏っていた空気が和らいだ。


「こういう注意喚起って先生の役目のはずなんだけどなぁ。腕に自信がある子はたまに特攻しちゃったりするんだけど、鹿島君は間違ってもそういうことしなさそうだね」


感心感心と頷いている麻耶、だが龍平にとっては麻耶の言葉よりもその横で何故か「龍平君は凄いんですよ」と胸を張っている結衣の方がどちらかというと印象的であった。その後、数十分もするとチラホラとクラスメイト達も登校して教室に入ってくるわけだが、ほとんどの生徒の表情から不平不満のようなものが感じられる。まだ心に余裕がありそうなのは活動家の姿を見なくて済む寮生活をしている生徒くらいなものだった。


「いやマジで工作活動ウザすぎな。駅前占拠とか普通に営業妨害だろ」

「それな。しかもそれを善良な市民とか言って擁護してる政治家がいるのがなー。まぁ案の定ワイロで摘発されたわけだが、ざまぁ」


鬱憤が溜まっている生徒の中にはこのくらい口が悪くなっている者もいる。とはいえ、その善良な市民とやらに魔法をぶち飛ばしていかなかっただけマシだ。麻耶はそんな生徒たちを偉い偉いと宥めに奔走する仕事を始めていた。


一方で、寮から登校してきた生徒は実害を被らない分ここまで酷くはならなかった。


「2人して早いですわね」

「結衣、龍平くん。やほー」


麻耶の入れ替わりのようにやって来た雀とエリナ。2人も教室内の荒んだ雰囲気は感じ取っているのか、そのテンションとは裏腹にどことなく真面目な表情をしている。

そんな2人を龍平は開口一番に咎めた。


「やほー、じゃなくてだな。お前ら、結衣も泊めてやれよ」


部屋が狭いからというだけで結衣1人を仲間外れにするというのはいささか理由としては弱い。

しかし、現場経験や知識の無いただの学生ならいざ知らず、実際に魔導士として活動している雀が事の重大さを理解していないとは到底思えない。龍平は雀をそんな無能ではないと評価していた。


その龍平の考えは正しく、雀にも雀なりの考えがあった。


「龍平君が言いたくなる気持ちもわかるけどさー。まぁ聞いてよ。そりゃ私だって結衣とお泊まり会したかったよ? けど、本当にそれは結衣のためになるのかなぁって考えたわけ」


「あくまでも結衣のためだと?」


「これがクラスの他の誰かって言うならこんなことしなかったよ? けど、結衣は将来的に影響力を持った魔導士になるわけだからね。丁度いい護衛もいることだし、この国の現状知っといた方がいいんじゃないかなぁって」


自分が体のいい護衛扱いされていることを触れなければなるほど一理ある。このまま学校を卒業して本格的に風間として活動を始めた時、そこには知らないじゃ済まされないことだってあるだろう。


龍平はそう思って納得したが、雀のこれはあくまでも表向きの理由だった。

しかし裏の理由は語られるはずもなく、そう例え心の中で、結衣が割と乙女な顔をしているから龍平君とイベント起こしたら面白そう、なんてことを考えていたとしてもそんなこと龍平が勘付くわけもなかった。



そんなやりとりをしているうちにクラスの面々は一部を除いてほとんどが集まる。教室内に若干の緊張感は残っているものの、学校は安全だという意識があるからか少しばかりの余裕が生まれてきているように感じられた。


そして、緊急校内放送が流れたのはその10分後のことであった。

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