第20話 反魔導士活動
話数を間違えていました
3月、一般的には出会いと別れの季節ということで、テレビを始めとしたマスメディアでは連日のように合格者のインタビューや卒業式の映像が流れる中、龍平達の学園は今日も通常運行していた。
というのも、魔法学園では卒業式は12月、入学式は1月に行われるわけであり、そのため学園に通う生徒や学園の所在する新東京区で働く人は、この時期になると世間とのズレを感じるというのが毎年の恒例となっていた。
そしてもう一つ、この時期は魔導士にとって非常に面倒な時期でもあった。
「そういえばまた駅前でデモ活動やってる人いましたよ」
これが魔導士にとって面倒な理由、この時期には反魔導士を謳ったデモが頻繁に行われるのだ。
表向きには労働環境の向上を述べているものなのだが、 その裏には魔導士の社会進出を抑制しようという思惑が隠されていた。
隠されているとは言ってもそれは少し考えれば分かるレベルの話で、デモを先導している団体を見れば反魔導士運動だと誰でも察することができるものであった。
「大学生とか就活生があのデモに参加してるのを見ると笑っちゃうよねー」
「反魔導士運動に参加したなんて経歴は企業からすればマイナスイメージでしかないのにな。参加した経歴が発覚した時点でまともな企業に就職することはまず不可能だというのに」
上場企業にもなればどこかしらで魔導士と接触する機会がある。故にこういった企業では、反魔導士運動なんてものに参加してしまうような偏った思考の持ち主を入社させることはない。
労働環境を改善するためのデモに参加した結果、自ら労働環境の悪いところへと自分の首を絞めることになるのだ。なんとも皮肉な話である。
「けど、一定数の支持はあるんですよね……」
「まぁ企業によっては魔導士ってだけで待遇が良くなるなんて珍しい話じゃないからな。こればかりはズルいと言われるのも仕方ないな」
そういうところで魔導士はズルいという思いをしたものが反対運動の支持者として加わってしまう。そこに一切の理屈はないのだ。
「けどさ、企業に就職する魔導士なんてほんの一部なわけじゃん? それに平和維持活動や海外青年協力隊では危険なところは魔導士が担ってるわけだし」
「デモを扇動している奴らはさておき、傀儡のようにデモ活動をしている連中なんてただ感情論で動いているだけだからな。まぁでも、あまり優遇措置が酷いと魔導士が企業に就職すること自体が反魔導士運動の口実になってしまうからな。俺たち魔導士は損することになるが、この優遇措置を無くしていくのが魔導士全体の今後の課題だろう」
現時点の世論で魔導士が社会に必要な存在と考えられているとはいえ、それが今後も絶対的に続くとは限らない。なのでなるべく世論がそういう方向に流れないようにする努力が必要なのである。
「魔導士の待遇なんて時代で変わりますものね」
「たしかに、実際最近まで魔女狩りとかやってたくらいだしね〜」
ヨーロッパで18世紀頃まで行われていた魔女裁判は魔導士を淘汰しようとした流れによって生じた歴史の際たる例だ。
もはや止まることはないだろうと思われたその流れも、たった一つのことで簡単に止まった。
それはアルミニウムの登場である。
精錬に莫大な電力を消費するアルミニウムだが、魔導士の力を借りればその電力を賄うことが可能であった。特にアルミニウムの合金であるジュラルミンは軽量で硬く、軍事利用されるのにそう時間はかからなかった。
これにより、魔導士がいなければ戦争に負けるという新しい時代に突入したのである。
「まぁ今は魔女狩りなんて物騒なことはないが、外出するときは厄介事に巻き込まれないように注意しないとな」
「あ、一番巻き込まれそうな龍平がそれを言うんだ……」
龍平はただ注意喚起をしただけだというのにこの扱いである。そして悲しい事に満場一致でそう思われているのか、悠馬の言葉を否定をする者は誰一人としていなかった。
「とにかく、登下校でも1人で行動するのはあまりよろしくないな。結衣も危険だから駅前を通るのは控えた方がいい」
「うっ、確かに不注意すぎました……。以後気をつけます……」
龍平は結衣に対してだけ名指しで厳しく叱るように言う。結衣は反魔導士勢力というものをどこか軽く考えていたようだが、相手は紛うことなき社会勢力、野次馬根性で見物に行けば冗談ではすまされない場合があるのだ。
「分かればいい。それになんだったら俺が結衣の家まで迎えに行くから」
「えっ……そ、そんな2人きりで登校なんてまだ早いといいますか……。そりゃそういうシチュエーションに憧れが無いと言えば嘘になりますけど……」
龍平の発言に対して結衣は驚いた表情を見せると、小さくぼそぼそとつぶやきながら何やら乙女チックな妄想に耽けはじめた。結衣の言うようにそういったシチュエーションは少女の憧れなのか、ここには結衣と同じくそんな少女漫画のような展開を望む少女がもう1人いた。
「ちょっと龍平君! なんで結衣にはそういうこと言うのに私には言ってくれないの!?」
「いや、雀は自分の身は自分で守れるだろ?」
ただ、龍平は結衣の身の安全をと考えて言っただけでそこには少女漫画のようなロマンチックな展開のカケラも無かった。
キッパリとNOを突きつけられた雀はがっくりと項垂れる。
「まぁ、そうですよね……」
そしてもう1人、結衣もまた1人で勝手に盛り上がっていただけにダメージを受けていた。
「最近反魔導士運動が活発化してきています。特に駅前はそうですが、登下校の際はなるべく誰かと一緒に行動するように」
ホームルームの時間、やはりと言うべきか麻耶からも注意を喚起する呼びかけがかかった。魔導士は魔法を使えない一般人に対して正当防衛が立証出来ない場合、攻撃等を含めた一切の魔法の使用を禁止されている。それに正当防衛であっても魔法を使わされるという行為がデメリットになる可能性があるため、そもそもそういう状況に陥らないように注意する必要があるのだ。
複数人で行動するというのはそれを防ぐための有効な一つの防護策と言えるだろう。
「電車で通学をしている生徒のために学生寮に臨時に部屋を設けてありますので利用してください。下宿している友達の家に泊まるというのもありです」
いつになく真剣な麻耶にどことなく緊張感が出てくる。これはそれほどまでに深刻な問題なのだと否応にも理解させられた。そしてこれは何も生徒だけに限った問題ではない。魔導士である以上、たとえ教師であっても同じように注意は必要なのだ。
しかし、ここにいるのは思春期真っ盛りの少年少女。全員が全員その深刻さを理解しているとは言えなかった。なまじ魔法という力を持っているだけに危機感が薄れているというのもその原因の一つだった。
下校時、龍平は結衣と共に学校を出る。麻耶の言っていた誰かと一緒に行動しろという言いつけを守ったというよりも、ただ単に結衣の護衛役という意味が大きかった。
普段ならここに雀もいるのだが、今日は寮で生活しているエリナのところに泊まるということで学校で別れていた。
「結衣もエリナのとこに泊まれば良かったんじゃないか?」
「そうしたかったんですけど、1人用の部屋に2人も押しかけるのはちょっと……。誰かが床で寝ることになっちゃうので……」
「なるほどな」
他愛のない会話を交わしながらの下校。日常の一コマ的なシーンではあるが、実はそうではない。龍平は途中から会話に集中しているフリをしながら後方に意識を向けていた。
「結衣」
「ふぇ!? ちょっ……んっ……」
不意に、龍平は結衣の肩を抱くようにしてグイッと強引に身体を引き寄せる。龍平の急な行動に結衣からは素っ頓狂な声が出た。さらに、龍平は非難の声をあげようとする結衣の口に人差し指を当てる。
「しっ、男が1人俺たちをストーキングしてる。後ろは振り向かずに気づかないフリをするんだ」
知らない人が見たら恋人同士が公衆の場でいちゃついているようにも見えるだろう。龍平が怪しまれないように小細工をしながら注意喚起をすると、結衣もその意図に気づいたのか龍平にもたれかかるようにして小さく頷いた。
「次のあの路地を曲がったら風魔法で建物の上に飛んで撒くぞ」
龍平が指をさしたのは路地の中でも一際薄暗く人気の少ないところのもの。学生の街ということで如何わしい店が立ち並ぶなんてことは無いが、料理屋が乱立する場所ではそれと似たような路地裏がいくつも存在する。
龍平と結衣は肩を寄せ合いながら躊躇うことなくその路地裏へと入って行く。2人は自分達の姿が後ろから完全に捉えられなくなるであろう地点まで来たところで飛翔する。普段から鍛えられている龍平がこれを容易く熟せるのは当然なのだが、結衣も学校の実技で三角飛びを習得しているためその動きは負けず劣らず軽やかだ。
退避した建物から見下ろすように覗き込むと、黒いサングラスにマスクをつけた男が1人キョロキョロと辺りを見渡していた。
「ちっ……!」
男は龍平達の姿を見失ったと分かるや否や、悪態をついて来た道を引き返していく。
「なんだか、嫌な感じですね……」
露骨に学生を狙う男の悪意に結衣は嫌悪感を露わにする。同時に、今も現在進行形で誰かに狙われているのではないのかという不安で顔を強張らせていた。
「俺もまさか尾行までされるとは思ってなかった。というか、気がついていなかったら家まで特定されてたぞ……」
「怖いこと言うのやめてくださいよ……」
こういう時には男よりも女の方が狙われるとそう相場が決まっている。なにせ尾行までして隙をうかがってきた相手だ。家まで押し掛けるという大胆な行動を取ってきてもおかしくはない。その上、そんな相手があの男1人だけという保証もないのだ。これで結衣が不安になるというのは当然と言えば当然であった。
龍平も結衣が不安がっているということは分かったのでそういう心配事を無くすことが出来る方法を告げることにした。
「結衣、今日は俺の家に泊まれ」
「うぇぇ!? そんないきなりですか!? 確かにそれなら不審者に狙われないかもですけど……」
龍平からのまさかの提案に結衣はあたふたと戸惑いつつもその意味はしっかりと理解している。しかし、これまで男子と遊んだこともなかった結衣からすれば男子の家で2人きりでお泊りだなんてシチュエーションは彼女を当惑させるのには十分であった。
ただ、やはり知らない人に家を監視されるかもしれないという恐怖には耐えることは出来ず、結衣が納得するのにそう時間はかからなかった。
「まぁ何もないが、くつろいでくれ」
「お、お邪魔しま〜す……」
数分後、おずおずとした様子で龍平の家に足を踏み入れる結衣の姿があった。そんな結衣の緊張は龍平の到底一人暮らしとは思えない部屋模様を見て一瞬で霧散した。
「広い部屋ですね……。あれ、なんか大きいテーブルに椅子が二つあるんですけど、それにソファも二人がけのやつですし……」
「ちょくちょく知り合いが遊びに来るんだ。この部屋自体もともとその知り合いから譲り受けてな。それより何か飲みたいものはあるか? お茶、紅茶、コーヒー、ビー……、いやこれは違うな」
「最後のが少し気になりましたけどお茶をお願いします」
龍平の家の冷蔵庫には基本的に上記の飲み物は完備されている。ちなみに龍平の言いかけたビールだが、当然龍平のものではなく智香の備蓄品だ。智香は割と居座る気満々のためビール以外にも物を置いて帰ったりする。
「あ、人をダメにするやつだ」
結衣の目に入ったのは所謂ビーズクッションという俗に言う人をダメにするソファというやつで、普段はだらけるのが好きな智香がその文言に惚れ込んで購入したものだ。ただ、思ったよりもその文言通りの快適さだったために龍平もテレビを見るときなんかには毎日のように使用している。
「俺も最初は侮ってたけど、思ったよりいいぞ」
「ほんとですか? 私まだ試したことなくて、ちょっと座ってみてもいいですか?」
「別にいいけど、やけに食い気味だな」
そんなに興味あるか? という龍平の疑問に結衣は答えることはなく、どこか緊張した様子でビーズクッションへと腰を下ろした。
「おぉ……? おぉぉ……!?」
座ったと同時に感嘆の声があがる。このクッションの人をダメにする所以は座りやすいように変形するところだ。初めは球形をしていたクッションだが、今は結衣の身体を包み込むように変形している。
「ぐへへへ〜」
数秒もすれば結衣は女の子が出してはいけないような声を出しながらだらしなく顔をにやつかせていた。人をダメにするソファがその名に恥じず、また1人の人間をダメにしてしまった瞬間である。
「陥落したか……」
龍平は結衣の失態を眺めながらテーブルの上にお茶を置く。こんな平和な姿を見せられると働く気力も失せてしまうというものだ。
「よし、ピザでも頼むか」
失った気力はそう易々と戻ることはなく、仕方がないので夕食の手を抜いて引きこもり三種の神器の一つ、宅配ピザを使うことにした。ちなみにあとの二つはポテチとコーラである。
龍平が席を立ってピザの注文を終えるまで時間にして数分、その間に結衣は冷静になったのか今は椅子に座ってお茶を飲んでいた。
龍平はそんな結衣の顔を見て良いことを思いついたと鞄から色々と取り出しそれらをドスンと机の上に置く。お茶を飲んでホッと一息ついたその束の間、結衣の顔色が変わるのは一瞬であった。
「な、なんですかそれは……!?」
「良い機会だ。みっちり勉強をしようじゃないか」
、「ひっ……!」
いくら嫌がってもこの状況で積み上げられた教科書から逃れるすべは無い。彼女自身も苦手でもやらなければならないことだという意識はあるため嫌がっても抵抗は無かった。
さて、勉強が苦手という生徒の特徴に教科書を読まない、あるいは読んでも内容が理解出来ないというものが挙げられる。結衣はその後者であり、教科書の内容をかいつまんで説明するというのが手っ取り早い方法であった。
「これから分かることはなんだ? 接点t。(a,b)を通るように引いた時の接点t、だから、この点とこの点とこの点が出るわけだ」
「じゃあ、この点は……?」
「この点は出ねぇよ。(a,b)を通らない接線なんだから」
龍平は説明しながら結衣の頭が混乱状態に陥っていると察する。いや、察するも何も「おーん?」と謎の擬音を発している姿を見れば混乱状態なのは一目瞭然であった。
「こればっかりはなぁ……」
理論が分からないならやり方を暗記するのが手っ取り早い点数の取り方だからもう覚えてもらうしかない。龍平は今教えた通りにやってみなと練習がてらページをめくり次の問題を提示する。その時の結衣の顔は感情が欠如した人形のようになっていたわけだが、やらなきゃ覚えられないと龍平はそれに気付きながらも容赦なく解くように促した。
「鬼がいます……」
流石に高校生にもなってやりたくないと駄々をこねるようなことはないが、それでも一度は抵抗する。その抵抗のかいがあったとは言えないが、ちょうどそのタイミングで来客を知らせるインターホンがなった。
時間を見ればすでに夕食時になっていたためにそれが宅配ピザだという結論が出るのはそう時間はかからなかった。
そして当然それは結衣も同じで、龍平が隣を見ればどこか勝ち誇った顔の彼女がそこにいた。
「どうぞ」
早く出てきてはいかがですか? と促す、もとい煽る結衣の表情は勉強をしているときの鬱屈そうなものとは打って変わって、これでもかというほどに活き活きとしている。
「朝三暮四って知ってるか?」
「もちろんですよ、猿と一緒にされちゃ困ります! ところでなぜいまそんなことを?」
無論、夕食の後に数学を再開するからそのつもりで言ったのだが、龍平はピンときていない結衣の反応を見て頭の中で密かに国語の宿題を追加したのだった。
ピザを食べていると結衣がふとこんなことを呟いた。
「龍平くんはイタリアに行ったことありますか?」
「えらくピンポイントだな。ピザから連想したのは分かるが。いや、まぁあるといえばあるんだけどな」
龍平は6年前にシチリア島へ行っている。なので質問の答えは丸なのだが、その際は仕事で赴いただけなので本当にただ行っただけだった。もっと言えば、イタリアの本島は全くと言っていいほど滞在していない。そのため、あると言えばあるという煮え切らない答えをしてしまった。
そんなことを知る由もない結衣からすれば観光に行ったのかな? と考えるのが自然である。
「地中海の穏やかな気候いいですよね〜」
「あぁ、日本とあまり緯度が変わらないのに全然違った印象だな。瀬戸内海は似てると言われているらしいが」
もっとも、龍平が滞在した時はクラーケンが大暴れしていたので地中海性気候の穏やかさなんてものはなくとてつもない大荒れだったのだが、それを教えることなく当たり障りのない嘘でお茶を濁す。
「そう言う結衣はどうなんだ?」
「私も行ったことありますよ。5年ほど前に父がクラーケン騒動の復興支援に行ったのでその付き添いで家族旅行って感じで」
「へぇー」
1年後ともなれば復興はほぼほぼ終わっていたと龍平は認識している。数十人の高ランク魔導士の活躍で被害は最小限に収まったからだ。
「テレビでは電波障害のせいであまり映像が出回らなくて分からなかったですけど、現地に行ってようやく熾烈な争いだったんだって分かりました。私の父がA級魔導士の国際ライセンスを持っているんですけど、それでもトップ魔導士には到底及ばないと父は口癖のように言ってますよ」
A級魔導士の国際ライセンス、それは優秀と言われる魔導士の中でもさらに選りすぐりのエリートだという証明のようなものだ。当然、どれだけ努力してもそのレベルに立てない者もいる。そしてその人をして到底及ばないと言わせるのがS級魔導士やそれに近いと言われるようなトップ魔導士である。
「クラーケンみたいな怪物が出るなんてそうそう無いですけど、天災は忘れた頃にやって来ると言いますし不安です。少なくとも現時点で私なんかは戦力になれないですし……」
「結衣は魔法力だけなら既にC級、それもB級に近いレベルだとは思うがな」
しかし、実際に現場に出れば結衣の実力なんてC級にすら及ばなくなるのだ。それはずばり経験の差、その経験というのがモノを言う場面が多々見受けられる、それが現場だ。ただ、無知の知ではないが、それを理解しているだけ結衣は足手まといにはならないだろう。
「前の宿泊研修でも思いましたけど、私にはまだまだ実戦は無理そうです。本当に天災が来ないのを祈るばかりですよ」
未曾有の被害が出る可能性があるから来ない方がいいというのはもちろんなのだが、戦える魔導士ならば少し考えは変わってくるだろう。なぜならそれが魔導士としてこれ以上ない絶好の活躍の場になるからだ。逆に、活躍が出来ない魔導士は逃げることしか出来ないわけであり、つまり役立たずの烙印を押されるのだ。
それを忌避するという意味でも結衣は天災の招来を是としていなかったわけだが、これが盛大なフラグだったということはこの時2人は微塵も思っていなかったのだった。




