第2話 入学前に
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日本の首都、東京。昔から世界でも有名な都市ではあったが、今では世界有数の魔法都市の一つとして知られている。その中でも東京湾を埋め立てて作られた新東京区は他の区と比べても一際異彩を放っている。
『魔法学校の設立』
それが設立されて以来、この区には多くの才ある若者が集うこととなった。
そして鹿島龍平も、本日よりその若者の1人である。
「今何時だ……」
外では太陽が南中に達し、燦々とその輝きを大いに放っている中、龍平はようやく起床する。時刻は丁度正午を回ったところ。
いくら休日とは言え、こんな真昼間まで寝るつもりなど毛頭無かったのだが、前日アメリカから帰ったばかりで絶賛時差ボケ中であったがためにこんな時間まで爆睡してしまっていた。
「まずは生活用品が必要だな」
周りを見渡して龍平はぼやく。入居仕立ての部屋の中には当然物といった物は何も無い。龍平は朝食代わりにカロリー棒を口に含むと買い物に出かけることにした。
最寄りの駅から電車を乗り継いで都心部へと向かう。まず龍平が求めたのは電化製品だ。
「とりあえず冷蔵庫が無いと俺の飯がカロリー棒だからな。それと一緒に必要な家電を揃えるか」
駅を出てすぐの大型の家電量販店に入る。魔法が世に普及し浸透した今でも電化製品の需要が無くなることは無い。
その理由は色々とあるが、まず世界で魔法を使えるのはかなりの少数派であるということ。そして、魔法が使えても冷蔵庫のように年がら年中稼働している電化製品の代わりをするなんてことは不可能であること。
他にも挙げるときりがないので割愛しておくが、とにかく何が言いたいかというと魔法は万能では無いということだ。車や電車、飛行機、船、そういった移動手段や、テレビや冷蔵庫、電子レンジといった電化製品などは誰にとっても必需品なのである。
そういうことで龍平は生活用品一式を電子マネーで購入して家まで宅配を頼む。今は家電量販店でさえもこういったサービスの充実さを売りに出す時代であった。また、家電量販店であっても適度に食品や雑貨まで商品欄に並べている所も少なくは無い。迷走とも見えるかも知れないが、色々店を回るのが面倒だという種の人には何気に需要があった。そして龍平はそういう人間であり、ついでに買えるならと購入しこれらも宅配サービスを利用する。龍平は最終的に50万円程度の買い物をしたが、店を出るときは手ぶらであった。
「この後の予定は学校か」
入学手続きが必要ということで龍平はUターンするように新東京区行きの電車に乗る。他に移動手段が無いわけではないのだが、いかんせんそれは目立ちすぎるので、面倒だとは思いつつも公共機関を使うことにしたのだ。
新東京区に戻ると街並みはガラッと変わる。まず学生向けの寮が学校の周りに多数存在し、そしてその付近には定食屋や料理屋が嫌という程立ち並んでいる。当たり前だがその大半は学生を標的とした物で、コンセプトは基本的に安くて量が多いだ。
ちなみに龍平は学校からは少し距離はあるが、寮では無く一戸建ての家に住んでいる。これは龍平が所属していた魔法組織『NBMT』のメンバーが龍平用にと事前に用意していた物だ。
閑話休題。
龍平は駅から魔法学校への道を歩いて行く。この新東京区の魔法学校は1月の下旬に学校が始まる。そのため12月と新年を跨いで1月の中旬辺りまでは丸々と編入・入学手続きの期間となっていた。
魔法学校は一応、初等部から大学院まであるのだが、昔ながらのエスカレーター式なのは中等部まで。高等部に上がるには魔法偏差値が並以上を求められる。中等部では進級試験に受からなければ留年、もしくはこの学校を諦めて他の魔法学校に転校するしかないのだ。また、高等部からの編入にも試験があって、そこで不合格と出れば当たり前だが入学はできない。
こんな時期に入試を行うのは、試験に落ちてしまった者に対して他の学校に転入する準備期間を与えるせめてもの温情と言っていいだろう。
「でかいな。どんだけ人を詰め込もうとしたらこのサイズになるんだ?」
学校に到着した龍平はまずそのスケールに唖然とする。日本全土から魔導士の卵が入学してくるために規模が大きくなるのは当然といえば当然だ。
学生達は冬休み期間中ということもあって人の気配はあまり感じない。龍平は早速建物の中に入って入り口付近にあった入学・編入の手続きはコチラという案内板を完全に無視すると、地図を片手に学校内を歩き始めた。
「ここか」
数分ほど歩いてドアの前で立ち止まる。その部屋の前に飾られた電子ボードには学長室と書かれている。龍平はドアをノックしてその中にいる人物に呼びかけた。
「智香さん。俺です」
「どうぞ。鍵は開いていますよ」
返事を貰って部屋に入ると、そこにはタブレットPCに向かって作業をしている若い女性の姿があった。龍平が智香と呼んだこの人物、彼女も龍平と同じく『NBMT』の一員である。
彼女の名は水瀬智香。大学生時代に海外で活動をしていたところを『NBMT』に勧誘されると、水魔術のエキスパートとして世界にその頭角を現す。その後間も無くして魔法学校の学長の座についたスーパーエリートだ。龍平とはかれこれ6年ほどの付き合いになる。
「久しぶりですね」
智香は龍平の姿をみると笑みを浮かべる。学長という立場になってからと言うもの、あまり気楽に海外に出るということが出来なくなってしまったために必然と現地で合流することが少なくなってしまっていた。
なので龍平とこうして面と向かって会うのは久しいと思えるくらいには過去のことだったりする。
最も、衛生通話をしたりという事はあるので疎遠になっていたということは無いのだが、直接顔を合わせるのはそれとはまた別な話なので久しいと感じるのは不思議なことではない。
「お久しぶりです。すみません、智香さんの仕事を増やしてしまって」
今回入学するに当たって龍平は正当な手続きを行っていなかった。本来ならば家族や親戚といった身内の承諾書が必要だったりするのだが、龍平はそこの項目を全てスルーしている。書類上は入学試験を受けたことになっているし、養育者もいることになっている。
簡単に言ってしまえば裏口入学。これらは全て学長である智香の計らいであった。
「龍平君の過去の資料を適当に作っただけです。大した手間でもありませんし、気にすることはありませんよ」
「それでもですよ、ありがとうございます」
手間では無かったとは言っているがそれでも手を煩わせたことには変わりはない。そのことに関して感謝の言葉は当然と言えるだろう。しかし、智香は堅苦しい礼を言う龍平に少々不満気だった。
「龍平君はどんどん可愛げが無くなっていきますね」
「どうしたんですか藪から棒に?」
「ビジネスライクな関係ならそれが正しいかも知れませんが、私達はそんなことを気にするような仲でもないでしょう」
「感謝の意を伝えるのに仲は関係無いと思いますが……」
龍平の返事に智香は隠そうともせずに溜息をつく。それは龍平の堅苦しさに対する諦めの現れだった。
「このことについては今度ゆっくり話しましょう。そんなことよりこれを見てください」
智香が一枚の資料を龍平に手渡す。そこにはある一人の新入生の名前が書かれていた。プライバシーも個人情報もあったものではないが、当然そのあたりのことは龍平も弁えている。
「『風間』結衣?」
女生徒の苗字に心当たりのある単語。しかし龍平はその名前の方にまでは心当たりは無かった。
「分家ではありますが、風間の1人です。注意してください」
「注意って、ちょっと大袈裟すぎやしませんか? それに向こうも俺のことなんて知らないと思いますが」
同じ家に住んでいた兄妹というのなら、或いは常日頃から頻繁に交流があったというのなら話は別だが、あいにく龍平にそんな記憶は無い。なのでそれは向こうも同じだろうと考える。しかし、智香は当の本人以上に風間の名前に警戒心と敵意を抱いていた。
「ですが可能性は0ではありません。龍平君を追い出してからというもの、本家に跡継ぎが出来る気配もなくあの一族の上層部はかなりきな臭いことになっています。あくまで龍平君が『あの力』を使う気が無いのなら、下手な行動は避けるべきです」
「そんなことになっていたんですか……。下手な行動と言うのはよく分かりませんけど、面倒事は勘弁ですからね。心に留めておきますよ」
「それがいいと思います。そういえば、力で思い出しましたがちゃんと抑えれるようになりましたか?」
「9年経ってもまだ完璧には無理です。何か不都合があったりしますか?」
龍平が9年前に得たシルフの力はあまりにも強大で、その制御の難易度は他の魔法の比では無かった。そのせいか、龍平は風魔法に関しては細かい力加減をあまり得意としていない。とはいっても、それはあくまで智香のような最上位の魔導士のレベルと比べてであって並の魔導士程度には可能であった。
「いえ、ただ現状を知っておこうと思っただけです。それにコントロールに関しては私もようやくって感じですから」
そういうと智香は朗らかな笑みを浮かべる。智香は龍平と出会って以来、いつも何かと龍平を気にかけていることが多かった。それは同情などでは無く、どちらかといえば姉弟愛に近いものであり、智香もそれを好きで行っている節があった。
「何であれ、龍平君なら上手くやってくれるでしょう。気負うことなく学園生活を楽しんでください」
「まぁ折角の機会ですからね。智香さんに迷惑をかけない程度には楽しみますよ」
6歳の時に家を追い出され、波乱万丈な生活を送って9年。かつての故郷である日本で龍平の初めての学園生活が始まろうとしていた。




