表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/53

第18話 当ての無い計画

10万字を超えたからかPVが増えてきました。ありがたいことです。

 龍平が既に魔導士として活動をしていることを打ち明けたその翌日。自由時間に龍平、結衣、雀、エリナの4人で少し話題に出てきた自分の身を守るための護身術の練習をしていた。


「対人戦の基本はなんといっても速度だよ。相手はこっちのことなんて待ってくれないからね」


 特に近接戦闘ではそれが顕著になるわけだが、それにしても雀の魔法発生速度は途轍もなく速い。側から見ると、魔法を使うと認識した時には既に魔法が完成してるといった感じだ。結衣やエリナは速さを意識したことは無かったらしく、雀の魔法に舌を巻く。


「龍平君、ちょっとスパーリングしよ」


「そうだな。急に対人戦の練習って言っても2人ともイメージが湧かないだろうし」


 固定砲台となって大規模な魔法を放ち続けるのとはわけが違う。1を知らない者が10を想像するのは不可能ということで、そのきっかけを作ってやろうと龍平は雀の申し出を受け入れた。


「結衣とエリナちんはちょっと離れててね。あ、あんま遠すぎても良く分かんないだろうから適度にね」


「はい」

「了解ですわ」


 結衣とエリナが離れたところで龍平と雀は5メートル程離れた距離で相対する。殴り合いの喧嘩をするには離れすぎだが、魔法を使うならちょうどいい間合いだ。


「雀、適当にかかってきてくれ」


 龍平が開始の合図は必要ないということで、雀から攻めてこいと宣言する。それに対して雀は、元よりそのつもりだとどこか含みのある笑みを浮かべていた。


「じゃあ遠慮なく」


 そう言った瞬間には魔法を完成させていた。身体強化系、自己加速魔法だ。龍平に向かって勢い良く飛び出すと、ここで更にもう一つ魔法を放った。


「『紫電』」


 格闘戦の間合いに踏み込む前に魔法で牽制を入れる。これは不意打ちが出来るという意味だけでなくカウンターを防ぐという重要な役割があった。対して、龍平は動かなかった。魔法を食らってもなお龍平は平然としていた。


「障壁だ。対人戦なら基本だろ?」


「まぁそうだよね! っと」


 対人戦において障壁は常時展開しておくのが理想だ。だが、魔力が放出されっぱなしであるということと、展開しながら他の魔法を構築しなければならないので充分な慣れが必要である。

 また攻撃に関してはその障壁を破る必要があるわけだが、これにはふたつ方法がある。ひとつは絶え間なく攻撃を仕掛けて障壁を削る方法、守勢に回った相手は集中力が必要になるためプレッシャーによる疲労も期待できる。そしてもうひとつは……


「ってことで障壁ごとぶち抜く一点突破ァ!」


 ジャブやストレートで牽制をしたのち、流れるように身体強化の魔法を右足に集中して強烈な回し蹴りを放つ。


「甘いな」


 それを龍平は右腕に強化の魔法を付与することで防いだ。右腕で蹴りの勢いを殺し、更にそのまま右手で雀の足を掴む。カウンターを仕掛ける絶好のタイミングだが、当然雀も自分の状況を理解している。


「『氷柱苦無』」


「ちっ!」


 雀は右手で氷で出来たクナイを魔法で作り出し、それを龍平に向かって投げる。龍平は仕方なく掴んでいた足を放してバックステップで一旦距離を取る。


「手癖が悪いな」


 その直後に反転、自己加速魔法で開けた距離を一気に詰める。一度距離を取ったのはフェイクで、もう一度更に距離を取ろうというモーションをしておきながら前に出たのだ。


「うそっ……!」


 雀は引っかかったと気づくと焦って地面の雪を思いっきり蹴って飛ばす。苦し紛れの目眩しだ。龍平はそれが分かっていると飛んで来た雪を避けようともしない。


「身体強化『自己加速』『活力向上』『筋力増強』」


「やばっ! 『障壁強化』!」


 そして龍平は更に全身に魔法を付与すると、捨て身の突進で障壁ごと雀を押し倒し、完全にマウントを取ったのだった。


「龍平君って女の子を押し倒すの好きだよね」


「あの状況だとこれが1番手っ取り早かっただけだ。というか、これ以外の方法でお前に勝つのは無理だ」


 マウンティングの時点で戦闘は終わりということで2人は強化魔法を解く。雀は一杯食わされたのが余程悔しかったのか、軽口を言いつつも少し不機嫌そうにしていた。


「姿勢で騙されたのがなぁ……まさか身体コントロールまで出来るなんて……いやぁ冷静にこっちも距離を取って仕切り直せば良かったなぁ」


 そして雀は1人でブツブツと呟いて反省会を始めてしまう。仕方がないので龍平はその間に離れて見ていた結衣とエリナに感想を求めることにした。


「だいたいこんな感じっていうのは分かったか?」


「ほとんど身体強化系の魔法で戦うんですね」


「そうだな。あの距離なら火力も出るし、何より速いからな。それに障壁とも相性がいい。もう少し距離があると逆に身体強化の魔法は使わないことが多い」


「なるほど。たしかに素早く魔法を使わないと一瞬で決まっちゃいそうです」


 結衣の感想に対して龍平はあくまで今回は接近戦だからそうなったと注釈を加える。結衣は接近戦での魔法はコンパクトなものが好ましいとデモンストレーションで理解したようだ。結衣への問答が終わると次はエリナが待ってましたと口を開いた。


「わたくしからもよろしいですか? 雀さんが氷の魔法を使った時に楽々と躱していましたけど、あれは来るのが分かっていたんですの?」


 たった数分前の出来事なのでこれは雀の足を掴んだ時のことだろうと龍平もすぐに理解できた。


「そうだな……分かってはいないが推測はしていた。要は相手の魔力の流動を見て次にどういうことをしてくるかを推測するんだ」


「そんなことができるんですの?」


「少し技術はいるけどな」


 相手の思考を読む、相手の動きを推測する、そういう風に考えると難しく思えるが、龍平はそこまで緻密なことはしておらず、これはあくまで技術の一つだと言う。


「相手が魔法を使っていない時もそうだが、魔法を使う時っていうのは特に魔力が感知しやすいんだ。だからどのくらいの魔力がどこに集まっているって情報に気を張っていれば、相手がどの程度の威力の魔法を使うかはある程度推測することが出来る」


「つまり、それを感知していたから何らかの魔法を使ってくるということは推測出来ていた……というわけですのね」


「そういうことだ。そして、あの状況だと雀は足を掴まれているのを早急に打開したいと思うだろうからな。となると、俺が手を放すような攻撃をしてくるだろうというところくらいまでは推測出来るというわけだ」


 龍平の理屈を聞いてエリナは驚愕の表情を浮かべる。その方法自体は蓋を開けてみれば単純で、エリナにも簡単に理解出来るものであった。だが、納得出来ないことがもう一つあった。


「まさか、あの一瞬でそこまで判断したんですの?」


 たとえば一桁の足し算であっても、フラッシュ計算のように一瞬で数字が移り変わると脳の処理が追いつかないように、龍平と雀のスパーリングでもフラッシュ計算のような戦況の移り変わりがあったはずなのだ。


「あの場面はお互いの考えていることが一緒で読みやすかったからな。普段は魔力の流れを追ってるだけのことが多い。もちろん読みなんて上手く作動していない」


 別段特筆すべきことはしていないと言う龍平に対して、エリナの表情が少し曇る。特別なことをしていないと言うのなら、魔導士ならばこれぐらいは普通に出来て当たり前だということだからだ。


「それは、わたくし達にもできますの?」


「エリナさんは優秀だからな。そう不安にならずともすぐ出来るようになるさ」


 龍平は別に浮かない表情のエリナを励まそうとかそういうつもりで言ったわけではない。優秀、というのもこれまでのエリナを見てきて思った紛うことなき本心だった。

 一方、そう評されたエリナは安堵したのか、ほっと一息ついて文字通り胸をなでおろす。だが、不安が解消したにもかかわらず、エリナの様子はまだ少しいつもと違った。


「エリナさん?」


 試しに龍平が呼びかけて見るとエリナは何かを決意したように、そしてどこか恥ずかしそうに口を開いた。


「エリナと呼び捨てで構いませんわよ。それより龍平、これからは結衣さんみたいにわたくしにも色々と教えてくださいます?」


 彼女なりに勇気を出して頼んだのだろう。普段のツンケンとした態度はなくすっかりしおらしくなっていた。そんな殊勝な態度を見せられてしまっては断れるはずもない。もっとも、龍平に最初から断る気は無いわけだが。


「エリナは勉強家だな。分かった。俺の分かる範囲のことなら何でも教えるよ」


「ありがとうございます。お優しいんですのね」


 お互いを名前で呼び合い距離がぐっと近くなる龍平とエリナ。今のエリナからは最初に自己紹介をした時のような刺々しさは完全に消え、積極的に龍平と仲良くなりたいと思っているように見受けられた。

 そして、そんな2人のやり取りを結衣は黙って側で眺めながら小さく呟く。


「あれ? もしかして私忘れられてます?」


 2人が良い雰囲気になっていることに疎外感を覚えた結衣は寂しそうに足元の雪を丸めて遊び始めるのであった。


 その日からは特に大きな騒動はなく、龍平達は空いた時間に近接戦の練習をしたり、学生らしく遊んだりと過ごして学外研修の全日程はつつがなく終了した。

 小松空港から龍平達を乗せた飛行機が羽田の地に降り立つと、空港から一歩外に出たところで悠馬や雀が何やら感動の声を上げていた。


「おぉぉぉ……雪が無い!」

「そしてなんかあったかい!」


 彼らにとって一番堪えたのはやはり寒さだったのか、北陸の地に降り立った時は縮こまっていたのに今は大はしゃぎであった。ただ、その寒さも悪いことばかりではなかったようだ。


「けど、温泉の無い生活に戻ってしまうのは少し残念ですね」


「確かに、白銀の世界を一望しながらの温泉は風情がありましたわね。あ、でしたら今度の長期休暇に泊まりがけでどこか温泉にでも行きません?」


「いいね! 賛成!」


 つい今しがた一つの予定が終わったというのに女性陣はもう次の予定を立てて盛り上がっている。先程まで悠馬とはしゃいでいたはずの雀もちゃっかりと混じっていた。


「龍平君も一緒にどうですか?」


「誘ってくれるのはありがたいんだが、結衣は俺が男子ってことを忘れていないか?」


 結衣は特に男だとか女だとかそういうことを全く気にせずに誘ったのかもしれないが、他の面々が気にしないとは限らない。龍平自身、現実的に考えれば否定的な意見が出るであろうと思っていた。


「私は龍平君なら全然いいよ?」


「ま、ボディガードは必要ですわよね」


 だが、龍平の懸念とは裏腹に雀とエリナはすんなりと龍平の同行を承諾した。どうやら彼女らにとって龍平の存在は無害と位置付けられているようだ。


「お前達はもっと男を警戒した方がいいぞ」


 彼女達からの信頼を嬉しいと思う反面、そんな簡単に人を信頼して大丈夫かと心配になる龍平。しかし注意をしたところで彼女達には全く響かず、三人ともピンと来ていない様子で首を傾げていた。


「いや、でも龍平君ですし」

「だって龍平君じゃん」

「龍平ですものね」


「なんかその言い方は釈然としないな。まぁいいか、それより皆待ってるしバスに乗ろう」


 龍平は遠くで早く来いと手招きしている麻耶の姿を見つけて反論することを諦める。そもそも三対一の時点で反論したところで無意味というところもあった。

 学園に向かうバスに乗り込んだ後も、結衣達女子組は旅行の計画を立てるなどして大いに盛り上がっていた。龍平と悠馬は後部座席に座っている結衣達の様子を眺めながら同じような会話を繰り広げている。


「今度の長期休暇ってことはゴールデンウィークになるのかな?」


「会話から察するにそういうことらしいな。一応俺も誘われてるんだが、悠馬は予定空いてるか?」


 龍平としては男子一人というのもなかなか大変かもしれないので、悠馬が来てくれれば何かと楽だと考えていたのだが、そんな龍平の思惑はあっけなく空振りに終わることとなった。


「僕も行きたいのは山々なんだけど、部活の合宿があるんだよね」


 ちなみに学園から配布されたスケジュール帳ではゴールデンウィークの休みは四月末の土曜日から一週間となっている。つまり、土日月火水木金土日の九日間の連休ということだ。悠馬はその休みのほとんどが合宿で潰れると言う。


「ほら、連休が明けたら学園祭があるからさ。それで先輩からチームに誘われてるんだよね」


「チーム?」


「学園祭のメインイベント、対抗戦のチームだよ。だからスリーマンセルの特訓も兼ねて合宿ってわけ」


 悠馬に言われて龍平はスケジュールを確認してみると、確かにゴールデンウィークが明けてその二週間後の木金土日に学園祭と書かれていた。

 学園祭の期間中は学園は一般開放されるのだが、対抗戦は学生の部だけではなく、一般の部という形でプロの当日参加まで受付をしている変わり種のイベントだ。


「それは大変だな」


「まぁね。でも出場するからには少しでも良い成績を残したいしね」


 対抗戦の成績をただのイベントの成績と侮ることは出来ない。なぜなら対抗戦の観客は学生だけではないからだ。学園のOB、プロの魔導士チーム、もしくは国家もが観客であり、つまり対抗戦で良い成績を残すということは、それらの全てに自分の名を売り込めるチャンスなのだ。

 とはいえ、現実はそう甘くはない。対抗戦の参加者は実力のある三年生がほとんどであり、下級生は一試合勝つのも相当に厳しいというのが現実だ。


「良い成績っていうと、ベスト4とかベスト8とかか?」


「まさか、二年の先輩達は三年チームと善戦出来れば御の字って言ってたくらいだよ。まぁでも一勝はしたいかなぁ」


 どうやら悠馬はあわよくば優勝、などというそんな夢を見ずにかなり現実的なことを考えていたようだ。それでも一勝はしたいと思うのは最初から負けに行くつもりはないのだから当然だろう。そもそもそうでなければ休みを返上してまで合宿をする理由がない。


「分かった。なら仕方ないな」


 そんな努力の邪魔をするわけにはいかないので龍平は悠馬を連れて行くことをきっぱりと諦める。

 もともと男一人でもなんとかなるだろうくらいには考えていたのだ。というのも、これまでの付き合いが一番浅かったエリナですら同行に難色を示さなかったというのが大きい。本当に学外研修様々である。

 その学外研修のせいで秘密がバレてしまったのは誤算ではあったが、龍平は信頼を勝ち取れたのならそれはそれでよしと前向きに考えていた。


「ってなわけでお土産はよろしく」


「了解。とはいえまだどこ行くかも決まってないんだけどな」


 後部座席では現在進行形で結衣達からやれ熱海だのやれ箱根だのと東京から割と近場な有名どころの温泉地があがっている。現実的かつ少し遠目のところだと草津や伊豆という意見もあがってきた。

 ちなみに交通費などこ予算を考慮しないところだと別府や指宿、洞爺湖という意見も出てきていた。もうブレインストーミングにもほどがある。


「あいつら予算考えてるよな……?」


「龍平、女の子には優しくね」


「お前、他人事だと思って……」


 暗に「女の子の意見に文句は言わないよね? ね?」と明らかにこの状況を面白がっている悠馬を龍平は睨みつける。だが、それも後ろから美ら海という結衣の声が聞こえてきたためにそれどころでは無くなった。


「おいおいおい、流石に沖縄はもうただの旅行だろ……」


「いいじゃん水族館とか行ってきなよ」


 悠馬は笑いを堪えながら性懲りもなく龍平を煽っていく。そんな悠馬を見て龍平は、とりあえずどこに行くにせよこいつの土産は水槽内装用のサンゴで決定だなと、そんなことを心の中で考えていたのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ