第16話 麻耶、動きます
場面は龍平が救助要請の合図を送る少し前まで遡る。山の主の吹雪から避難するべく、逃げてきた生徒達は教員の指示を受け施設内にある宴会場に集められた。クラス毎に分かれて点呼を取るわけだが、当然そこに龍平と結衣の姿はない。
「うそ、結衣がいない……!」
「結衣さん、もしかしてまだ吹雪の中に……」
2人も救援に来た教師に連れられてやっとこ撤退をしたために結衣のことを気にしている余裕なんて無かったのだ。
2人はすぐにでも結衣を探しに行きたいという気持ちに駆られたが、あいにく外の天気は相変わらずの大荒れで、素人でもこの中に突っ込んでいくのは無謀だということくらい容易に想像がついた。
そしてそれは、この吹雪の中に取り残されているのはそれ以上に危険だということもだ。
「そう、風間さんもなのね」
そこにやってきたのは、クラスの生徒の安否確認を終えた麻耶であった。その後ろには悠馬の姿もある。2人の浮かない顔からして良い話ではないという事は聞かなくても分かった。
「も、ってことは他にもいるんですね……」
「龍平がいないんだ。山頂の異変に気付いて向かったはずなんだけど、2人とも見てない?」
「見かけてないですわね。山頂の方は吹雪が酷くて数メートル先を見るのでもやっとでしたから……」
「そっか……」
本来クラスメイトが遭難したともなれば悠馬とエリナのように心配するというのが当たり前なのだろうが、雀は悠馬の報告を聞いてどちらかというと安堵していた。それは龍平に対する絶対的な信頼といってもいいだろう。
「麻耶ちゃん、いつ助けに行ける?」
「この吹雪が収まるまでは無理ね。大丈夫、山の主を刺激しなかったらじきに止むから」
麻耶は全員を安心させるように優しい声でそう言うと、不意にスイッチが切り替わったように引き締まった表情で外の景色を眺める。
「って言ったそばから勢いが収まってきたよ」
とは言ってもすぐに飛び出していくというわけにはいかない。ただ闇雲に山を駆けて探すのでは無く、安全に情報を集める必要がある。そういう時、麻耶のような探知の魔法に長けた魔導士の本領が発揮される。
「『鷹の目』」
麻耶の魔法『鷹の目』には2つの能力がある。1つは純粋な視力の増加による遠望。そしてもう1つは、視点となる座標を設定しての自由な遠視だ。今麻耶が使っているのはこの2つ目の能力で、簡単に説明すると上空に視点を設定し、建物を上から俯瞰するように眺めているという状態だ。そして、麻耶の実力ならば山頂に視点を設定し、そこから全体を俯瞰するということまで可能だ。
「何か大きな動きがあればすぐ分かるんだけど……」
とはいえ、結局視えないと気づくことすら出来ないというのがネックである。例えば、遭難者が吹雪にのまれその体が雪に埋もれてでもしたら気づくことはできないし、あるいは体力の尽きた者が木陰に倒れていても視界に映らずそれに気づくことは出来ない。
だが、今回のような場合は別だ。例えば遭難者がSOSサインの1つでも出そうものなら、麻耶は誰よりも速くその位置を特定することが可能なのだ。
その時、ピューーという笛が鳴ったような甲高い音が山間を木霊した。龍平の出した救助を求めるサインである。それがSOSの一つだと理解しているのは、この場では麻耶と雀だけであった。
「麻耶ちゃん!」
雀に名前を呼ばれた時点で麻耶は既に捜索を始めていたのだろう。そして、生徒達がなんの音だとざわざわしている間に、その捜索は完了していた。驚くべきことにその時間はわずが10秒にも満たない。
「うん、見つけた」
「…………マジ?」
雀は麻耶が何を言ったのか理解すると「ははは……」と脱力したように笑う。いや、笑うことしか出来ないというのが正解だ。本来このような救助要請に対して、音が鳴ったところで、では今からそちらを重点的にかつ数十人単位で探索しましょうという展開になるのが普通なのだが、麻耶はそんな普通の工程をたった1人で一気にすっ飛ばしてしまったのだ。
「ヤバすぎるでしょ……」
それは世界トップクラスの魔導士、言わば化物の領域にいる龍平や智香にも出来ない芸当だ。ヤバすぎると雀は言ったが、そんな次元で済ましていいレベルではないというのが事実である。更にそれを平然とやってのけるのだからこれがまた恐ろしい。
雀は嫌でも理解させられた。麻耶もまた、龍平や智香と同じように本物の魔導士であると。
「じゃ、私は2人を迎えに行くからみんなは部屋に戻ってて。あ、くれぐれも外には出ないように」
全員がまださっきの音は何だったんだと呆けている間に、麻耶は指示だけを出して宴会場をでていってしまった。
「私も行こっと」
「あっ! こら雀さん! 先生は外に出るなと………って聞くわけないですわよね」
こうしちゃいられないと雀はエリナの制止も聞かずに部屋を飛び出すと、すぐさま先行する麻耶に追いつく。その麻耶はというと雀の姿を見て若干呆れたような顔をしていた。
「もうちょっと先生の言うこと聞いてほしいなぁ……。まぁでも伊賀さんだしいっか。ちゃんとついてきてね」
「はーい!」
「んじゃ、行くよ」
麻耶はそう言うと、身体強化の魔法を巧みに使いながら雪道を走り始めた。麻耶のような支援系の魔法を得意とする魔導士は、体力面や肉体面の魔法を不得手としていることが多い。逆に雀のように近接戦闘や隠密行動を得意とする魔導士にとってはそれが本分なわけだが、雀はまたもや麻耶に驚かされることになった。
「って、めちゃくちゃ速いし……ッ!」
雀は本気を出しているのに麻耶に着いて行くのがやっとということに唖然とする。まさか自分の得意分野で圧倒されるなんて思ってもいなかったのだ。というより、どこの世界に前衛よりアグレッシブでアクティブな後衛がいるという話だ。
「おぉ、伊賀さん凄いね。私これでも前線に出れるくらいには鍛えてるんだけどなー」
「いや、まぁ……」
一方で麻耶は雀のことを賞賛するわけだが、雀は思わず苦笑いを浮かべてしまう。今のこの状況は短距離走の選手にマラソン選手が「君足が速いね」と並走しながら言っているようなもの。しかし麻耶はそんな頓珍漢を体現してしまっているのだ。
それが出来るのは、他の誰にも扱えない唯一無二の魔法に胡座をかかず、更にその上を目指し日々の研鑽を怠らなかったからに他ならない。
「自信なくなるなぁ……」
魔導士というのは良くも悪くも実力がものを言う世界だ。色々魔法の種類があるためそれぞれに得意不得意があるのは仕方のないことだが、現役を名乗る以上総合力で他の魔導士と差が生じるというのはあまり好ましいとは言えない。
なぜならそこの優劣で劣っているというのは、単純に魔導士としての価値が低いということであり、そんな魔導士の先に待ちうけているのは自分の上位互換で溢れた紛れもないディストピアだけだからだ。
なら努力すれば良いじゃん?と雀は以前思っていたが、なるほど確かに圧倒的な才能を見せつけられると心が折れるという気持ちも今なら分かる気がした。もっとも、気がするだけで雀自身はそういう圧倒的な才能を持った人を見ると逆にやる気が出るという稀有なタイプなのだが……。
「いやいや、伊賀さんはもっと自信を持っていいよ。少なくとも私が高1の時にこのレベルについていけたのは水瀬学長ぐらいじゃないかな?まぁあの人は苦手ジャンルとか無いし、水瀬智香に次ぐ2位は実質1位みたいな格言も生まれたくらいだしノーカンでしょ」
「うへー、苦手ジャンルが無いって当時から完全無欠じゃん……」
「そりゃもう、ほんと格好良かったんだよ〜。最初は私もすごいなぁ……って遠くから眺めてるだけだったんだけど、ある時ともちゃんの方から私に声をかけてくれてね。でね、その時なんて言ったと思う? 綺麗な目をしていますねって言ってきたんだよ凄くない!? いつも私が『鷹の目』使って見てたのを分かってたんだって! その時はこれ死んだなぁって思ってたんだけどともちゃんは責めるどころかほどほどにねって優しく頭をポンポンってしてきたんだよ? かっこよすぎると思わない?」
「あ、はい……なんというか麻耶ちゃんが学長のこと好きすぎるってことは分かりました。というか鷹の目でストーキングってなんて無駄な能力の使い方を……」
雀は暴走して急に饒舌になる麻耶に若干引きつつも、結局大きな才能を目の前にしても挫けなかった人が魔導士として成功するのかもなぁと密かに思った。
それから2人は10分ほど他愛のない話しながら山道を駆けて龍平達のいる山小屋へとたどり着いたのであった。




