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第15話 救命

 龍平がそれに気づいたのは偶然では無く必然のことであった。


「結衣の奴だいぶ魔力を消耗してるな……。吹雪もかなり強くなってきたし、間に合うか……?」


 山頂へと向かいながら龍平は1人そう呟く。数十人の魔力が交錯しているためどれが誰の魔力だなんてことを判断することはできない。そういう能力がある魔導士はいるかもしれないが少なくとも龍平は持ち合わせてはいなかった。

 だが、龍平は結衣の魔力だけは容易に鑑別することが出来る。


 龍平と結衣の魔力の質が一緒と言っても過言では無いほどに似ているのだ。その理由は風間の血にある。血統魔法の概念を考えれば分かるように、魔法というは遺伝子(DNA)にも深く関係する。

 要は、風間ならば『風刃』という血統魔法を使用するためのそれ専用の遺伝子コードがあるのだ。

 だから龍平は結衣の魔力だけははっきりと見極めることが出来たのだ。そして、その結衣の魔力の隣に一つ強大な魔力を持った存在も確認出来た。


「まずいっ……! 『疾風(ハヤテ)』」


 龍平はそれが今回の騒動である山の主の魔力だと察すると速度を上げる。その速さは時速100キロメートルを超える。秒速にして約30メートル。大型台風の風速とほぼ一致している。

 そう、つまり龍平は文字通り風になっていたのだ。


 山を駆けて登るのではなく、他の生徒を無視して飛びながら一気に頂上まで登る。だが、その時丁度結衣が宙に投げ出されていたところであった。先程のように魔力を追えばその位置は分かる。


「……っ! 崖か!」


 突然、結衣の魔力が真下に落下していくのが分かった。衰弱していた結衣が受け身を取れるとは到底思えない。ただ、龍平の速度であれば自由落下する結衣に追いつくことは可能であった。すぐに飛び出した龍平は無防備に落ちていく結衣に追いつくとその身体を強く抱きしめる。


「『風刃・エアロブラスト』」


 吹雪のせいで地面までの距離が把握出来ない。だが、どちらにせよ速度を落とす必要があるのに変わりはない。龍平は上昇気流を発生させるようにして風魔法を噴射し続ける。これなら風がクッションとなって安全に落ちられるというわけだ。

 龍平は魔法で速度を落としながら、ゆっくりと地面に降り立つ。


「だいぶ落ちたな……。気圧的に標高は1000メートルくらいか……? 施設とは反対側だし、これは完全に遭難したな」


 そんな状況だというのに吹雪の影響で辺りの視界は相変わらず悪いままだ。だが幸運なことに落ちてすぐに山小屋を発見することが出来た。国や学校が徹底的に管理しているということもあって遭難者のための山小屋までの目印が至る所にあったのだ。

 龍平は完全に意識が無い結衣を抱えながら急いで山小屋へと駆け込むと、電気も付けずに真っ先にその結衣を床に寝かせる。そしてそのまま上着を一枚脱がせると露わになった首筋にそっと指を当てた。


「脈呼吸共に正常、胸骨圧迫の必要は無いか」


 龍平は救命措置の必要が無いと分かると、続いて山小屋の中を物色する。もともと学校側でこういう事態を想定をしていたのか、小屋の中が綺麗に整っていて目的の物は簡単に見つけることができた。龍平はまず電気をつけると、部屋を暖めるために暖炉や囲炉裏などに片っ端から火を点け薪を焼べる。


「すまん……」


 そして龍平は謝罪の言葉を述べた後に結衣の服を下着まで脱がせた。濡れた衣服が体温を奪い低体温症を招くからだ。その代わりに山小屋にあった毛布3枚を1枚は床に敷いて、残りの2枚を上から覆いかぶせる。龍平もまた同様に衣服を脱いでそれらを干していく。とりあえずの処置は終わらせたということで龍平は次に食料品を物色し始めた。


「水も非常食もだいぶあるな。お、カップスープ発見。とりあえずお湯を沸かすか」


 備えてあった電気ケトルでお湯を沸かすと、龍平はお湯を注いで1分間を内心ワクワクしながら待ち続ける。一応遭難しているはずなのだが、龍平の気分は完全に遠足である。


「こういうところで食うインスタントは心踊るものがあるよなぁ……。さて、いただきま……」


 龍平が食べようと思った瞬間、不意に意識を失っていたはずの結衣の身体がピクッと動いた。そして、少し動いたと思ったら今度は飛び起きるようにガバッと毛布を蹴飛ばすように勢いよく身体を起こした。


「ここは……?」


 結衣は見覚えのない天井見覚えのない場所に怪訝そうな表情を浮かべている。ちなみに龍平からはその怪訝そうな表情ではなく、下着1枚の柔らかそうな背中が丸見えであった。


「起きたか。いや、こっちは向かなくていいお互い目のやり場に困るだろう」


「目のやり場…………? ってなんで服を着ていないんですか!? って私も!?」


「だから忠告したんだが………。服は乾かしている最中だ。乾くまでもう少し辛抱してくれ」


「…………そ、そうですか」


 納得したと結衣は恥ずかしそうにして毛布を羽織る。そして冷静になったところでようやく肝心なことを思い出した。


「山の主はどうなりましたか!? …………あれ、そういえば何で龍平君がいるんですか?」


 コロコロと表情の変わって忙しい結衣を見て内心で苦笑する。


「ま、運良く助けられたってところだな。山の主がどうなったかは分からないが、吹雪が止んでいないところを見るとまだ暴れてるだろう。ま、それはいいとして食欲はあるか?」


「あ、ありがとうございます……」


 龍平が手に持っていたスープを差し出すと、結衣は素直にそれを受け取る。そして受け取って一口飲んだところで結衣はそこで改めて自分の格好と龍平の格好を見比べた。


「ごめんなさい寒いですよね。もう私は大丈夫ですから毛布持ってっちゃってください」


「いいよ。自分で思ってるよりも体力を消費してるはずだ。少しでも羽織っていた方が良い」


「でも、そんな格好じゃ風邪を引いちゃいますよ……」


 結衣は龍平が心遣いで毛布を断固として受け取らないと分かると、少しムキになったのか大胆な行動に出た。


「じゃああの、一緒にどうですか……?」


 一体何をするのかと思えば結衣は恥ずかしそうに顔を耳まで真っ赤にしながら毛布の端を広げて龍平をその中へと誘う。


「いや、流石にまずいだろ。俺たちほぼ裸なんだぞ?」


「でもほら! 雪山で遭難した時は裸で温め合うと言いますし……」


「その話に医学的な根拠があるかはともかくだが、こんな小屋の中でまでそれをする必要がないということは分かるぞ」


「…………じゃあ龍平君が入らないって言うんだったら私もこの毛布使いません」


 結衣は爆弾発言をして暴走したかと思えば、今度は拗ねたようにして被っていた毛布を放ってしまう。結衣には龍平の心遣いを無下にしているという自覚は当然ある。だが、身を削らせてまで一方的な施しを受けるというのは彼女の矜持が許さなかった。


「はぁ……分かったよ」


 結衣がとても折れる雰囲気では無いので仕方なく龍平が妥協する。龍平が放られた毛布を拾ってそれを結衣に被せると、結衣はその被された毛布の端を広げて龍平をそこに誘導した。その時、偶然龍平の肩と結衣の肩が触れた。


「ひゃっ!」


「ちょっ、変な声出すなよ」


「すみません、いきなりだったので。もう大丈夫です」


 大丈夫ということのアピールなのだろうか、そう言いながら結衣は龍平の肩に寄りかかる。


「別に寄りかかって来なくてもいいんだぞ?」


「暖まるなら少しでも近づいた方が効率がいいですよ」


「いや、まぁそうだな。結衣がいいならいいんだ」


 何も疑わず、純粋に不思議そうな目を向けられてしまったものだから龍平は萎縮してしまった。女の子が男に無防備なのはあまり良くない、と考えていたのが恥ずかしく思えるくらい結衣は真面目であった。信頼されているのか、それともただ男として見られていないだけなのか、そのどちらかは分からないが龍平はとりあえず役得とだけ思うことにしてそれ以上を考えるのをやめる。


「龍平君も飲んでください」


 そんなことを考えていた刹那に結衣が手に持っていたスープを差し出してきたものだから、龍平は心の中でこれは男として見られていないんだなと勝手に察した。それならば変に意識して断る必要も無いかということで龍平はそれを素直に受け取る。


「じゃあ遠慮なく」


 そう言って龍平がそれをそのまま口に運ぶと、結衣の口から「あっ……」と小さく声が漏る。ちらっと横目で見てみれば、どこか気恥ずかしそうにしている結衣の姿があった。だが、藪蛇になると思った龍平はそれを言及しないことにした。


「そ、外はどうなってるんでしょうか……?」


「だいぶ吹雪はおさまってきたかな……。けど、助けを呼ぶのはもう少しかかりそうだ」


 明らかに動揺している結衣の声音に対しても龍平は特に言及することなくただ淡々と答える。作業のように言ってしまったためにそれは少し素っ気ない態度になってしまった。


「すみません、ご迷惑をおかけします……」


「あぁいや、そういうつもりで言ったんじゃないんだ。別に迷惑とか思ってないから、そんな暗い顔すんな」


 シュンと暗い表情を浮かべた結衣に対して、龍平はついつい反射的に手が出てしまった。しょんぼりとした結衣を宥めるように手を頭の上に置く。気付いた時にはもう遅かったのだが、特に結衣はそれに反応せず、抵抗することもなく受け入れていた。


「あ、悪い。つい……」


「い、いえ……意外だったのでちょっとびっくりしましたけど……」


「そ、そうだ服。もうだいぶ干してるし、かなり乾いてるはずだ」


 むしろ嫌な顔の一つでもしてくれた方が龍平的には心の余裕が出来たのだが、思いのほか好反応で思わずあからさまな話題転換に出てしまう。それを言うタイミングかどうかは別として、お互いずっとこのままほぼ全裸でいるというわけにもいかないという事もあって気まずい空気になることはなかった。お互い服手にとって、問題がないことを確認する。


「服、着たか?」


「はい。もうこちらを向いても大丈夫ですよ」


 とても今更感があるのだが、一応着替えをしているところは見ないでそれが終わるのを後ろを向いて待っていた。服を着たことを確認して龍平はおもむろに立ち上がる。


「じゃ、助け呼ぶか」


「……え? そんなこと出来るんですか?」


 さも当然というように龍平が救助を呼ぶと言ったわけなのだが、どうやら結衣にはその方法が皆目見当がつかなかったようだ。そんなわけで龍平は結衣を連れて小屋から出る。天気良し、とまではいかないが既に吹雪は止んでいた。


「結衣は鏑矢って分かるか?」


「鏑矢…………音で合図を出す弓矢のことですか?」


「それだ。まぁこれは音は打ち上げ花火が上空に上がっていく時の音に近いんだが、とにかくその音でSOSを送るってわけだ。見てな」


 そういうと龍平は真上に向かって魔法を打ち上げる。それは、ピューーーと甲高い音を上げながら空へと上がっていってパン! と大きな音を出して弾けた。更に龍平はそれを間髪いれずにもう1発打ち上げる。


「これが魔導士で世界共通とされている救助の要請をするサインだ。しばらくすれば鷹野先生辺りが来てくれるだろう」


「鷹野先生が?」


「ああ、なんたってあの人は人命救助のスペシャリストだからな」



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