第14話 山の主を怒らせる
この山の山頂には決して怒らせてはならない山の主がいる。話の出所は分からないがそのような噂がクラス中、いや、学年中に広まっていた。そうなれば当然の帰結というべきか、噂の真相を確かめるべく、はたまた怖いもの見たさにと登頂しようという生徒が現れるわけだが、事態を把握した教師陣からそれらを禁止するという注意が出たのであった。
そんなことがあった後に迎えた最初の自由時間。龍平はというと悠馬の特訓に付き合っていた。
「そういえばとなりのクラスの男子グループがバレないように確かめに行くって言ってたよ」
「まぁ注意してもしなくてもどうせ行くやつは行くからな。学校が関与してる施設でそんなヤバいやつはないと思うが……」
「それもそうだよね。じゃあ龍平的には山の主っていうのは信じてない感じ?」
「いや、ただの噂話だと一概に斬り捨てることはできないな。不死の山じゃないが、山にはそういう霊的な面があると信じられているのも事実だ」
「あ、たしかに地方の伝承とか言い伝えとかに良くあるよね」
そもそも、古を生きた人々は八百万という言葉が出来るくらいスピリチュアルな存在を信仰していたのだ。その信仰こそが、それらの曖昧で模糊な存在を認定する。別に世界規模で見ても珍しくのないことだ。古代ギリシャ、古代エジプト等古くから人の営みのあった地域ではそれらは特に如実に見られ、尚もその信仰は神話という形となって現在まで語り継がれている。
などど言って得意な顔をしているが龍平のこれは以前に三重に行った時にいた雀のチームメンバーの受け売りだったりする。
「そういうことだ。だからまぁ山の主なんてのがいてもおかしくはないだろう…………ってどこ見てるんだ?」
「気のせいかな……? なんか山頂の方荒れてない?」
「何だって?」
悠馬に指摘されて山頂の方を眺めてみれば、確かに結構な勢いで吹雪いているようにみえた。山の天気は変わりやすい、なんて言葉があるがこのタイミングで自然のせいだと言い切ることは流石に見通しが甘すぎる。
「少し様子を見てくる。悠馬は施設にいてくれ」
そして、龍平が動き始めたこの時既に危機と言っても良いほどに事態は進行していた。
同刻、龍平達とは別行動をしていた結衣、雀、エリナの3人は早い段階から行動をしていたのか既に山頂付近まで山を登っていた。しかし、今は足止めを食らって立ち往生の真っ最中であった。
「吹雪の壁ですわね……」
3人が立ち止まる数メートル先、そこを境に奇妙な天候の壁が存在していた。何か普通でないことが起こっていると言うことは分かるが、この奇怪な現象に突っ込んで行く勇気は流石に持ち合わせてはいない。
故に、一度立ち止まって現状を確認する。
「何グループくらい先に行ってた?」
「私の確認した限りでは10グループほどですね……」
彼女達は何も興味本位で登っていたというわけではない。むしろ何かあってからでは遅いと噂の真相を確かめに行ったグループを追っていたのだ。
「つまり、この吹雪の中に4、50人が取り残されてるってことですわね……その人数で山の主に勝てるのなら良いのですが……」
実際、数の暴力という言葉があるように数というのは兵の練度なんて些細なものだとそれを覆す力を持っている。魔導士50人は決して少ない人数ではない。しかし、その条件は状況一つで変わってしまう。
「仮に山の主ってやつが本当にいるんだとしたらまぁ無理だね。地の利が相手にありすぎるよ」
地の利というのは地形的に慣れていてその分有利だ、というような小さな話ではない。霊的な存在は、大地のエネルギー、地脈とも呼ばれるそんな想像も出来ないようなスピリチュアルな力を利とするのだ。
その優位を覆すには地脈そのものを歪ませなければならない。そのために最も簡単な方法は、山を破壊することだったりする。
「まぁ弱点があるとすれば、山頂から少し離れればその力は弱まるってことかな。多分だけど、この吹雪いてるとことこっち側の切れ目が山の主の支配出来る境界なんだと思う」
「つまり、まずは先行した人達をこの支配領域から逃す必要があるということですか」
「問題は全員に撤退の連絡が届くかどうか……いえ、そんな悠長にしてる場合でもなさそうですわね」
数十人単位の魔法の気配で戦いが始まってしまったということが分かる。今は1分1秒が惜しいということくらい現場に出たことのないエリナでも理解できた。
「とりあえず、私と結衣で撤退する人達を支援するからエリナちんは攻撃を防ぐことに専念して。同じ氷系統のエリナちんならしばらくは凌げると思うけど無理はしないでね」
「あなた達もですわよ。全員が退却する時間くらい私がいくらでも作って差し上げますから」
簡単な役割分担だが、しないよりは断然マシだ。たとえ時間に追われていても、最低限の準備も無しに突っ込んでいくというのはあまりにも愚策である。
「『フラウ』行きますわよ」
「来てください『八咫烏』」
更にエリナと結衣の2人は精霊召喚で地力を底上げし、彼女らなりの最低限の準備を完了させる。
「さてと、じゃあ行きますか」
雀の合図を皮切りにして3人は吹雪の中へと足を踏み入れた。数メートル先も見えないような不明瞭な視界の中、まるで平地でも走るような勢いで3人は雪道を駆け上がっていく。1分もすれば戦場はすぐそばというところまで近づいていた。
「2人とも、いつでも障壁を出せるようにしといてね!」
悪天候に声もかき消されてしまうが近くにいればその限りでは無い。2人は聞こえたという含みを込めてOKと手で丸を作って答えた。
「それじゃ、エリナちんは出来るだけ前に行って時間を稼いで来て! その間に私と結衣で全員に撤退するよう指示して回るよ!」
「はい!」
「了解ですわ!」
ここからは別行動のため3人は散開する。この作戦は雀と結衣の迅速な行動とエリナの耐久力の両方が肝だ。そしてもう一つ、忘れてはいけないのは胆力。
だがこの時、雀はこの時2人のやる気からその大事な要素を見落としてしまっていたのであった。いや、雀だけではない。結衣もエリナも、自分達がやらなくてはならないという使命感から判断力が鈍っていたのだ。
「皆さん障壁で身を守りながら山を降ってください! この吹雪から出れば他の人と合流できます!」
結衣は先行していたグループを見つけてはすぐに退却するように指示を出す。指示を出したら更に前へと進み他のグループにも同様に指示を出していく。そんなことを何回かと続けているうちに、結衣は気づけば最前線まで来ていた。
吹雪のせいで全貌までは見えなかったが、そこでは今回の騒動の引き金となった山の主なるものの姿も確認できた。シルエットからその大きさはおよそ10メートルほどだと推測できる。
いくつかのグループがそんな山の主と交戦している中、結衣は怯むことなくその激戦地帯に突っ込んで行った。
「攻撃する必要はありません! 守りながら撤退してください! 援護します!」
「あ、あぁ……すまん助かった……」
先陣にいた生徒達の消耗はかなり激しい。それもそのはず。標高2000メートルということもあって地上よりわずかだが酸素が薄い。そして更にこの吹雪だ。障壁で身を守りながらの戦闘なんて高度なことを経験も訓練も不足している学生にそもそも出来るはずがないのだ。
「立てますか?」
「ほんとすまん……。俺達が岩を壊しちまったばっかりに……」
「岩、ですか……?」
「あ、あぁ……山頂にある小さな石碑みたいなやつだ。それをついうっかり倒しちまったら、この化け物が出てきたんだ…………っておい! 1人じゃ危ねぇぞ!」
結衣は、今回の騒動の原因を理解すると男子生徒の制止の声も聞かずに飛び出していた。
「山頂にある石碑、きっとそれを元に戻せば……」
早急になんとかしなければならないという気持ちが先行しすぎていたのだろう。一度戻ってまだまだ余力のあるメンバー、もっと言うと教師を呼ぶなりして全てを任せてしまっても良かったのだ。冷静に考えれば分かることだが、ここは自分がやらねばという使命感が結衣の判断を鈍らせた。
「凄い魔力が溢れ出てる……あそこに石碑があるみたいですね」
石碑の場所に当たりをつけると結衣はやはり1人でその場所へと向かう。そこには男子生徒が言っていたように倒れた石碑があった。
「きっとこれですね。これを元に戻せば……」
だが、石碑を起こそうと指を触れたその瞬間、辺り一帯を吹き荒れる吹雪が一気に強さを増した。それと同時に得体の知れないどこかどんよりとした空気が結衣を襲う。その気配のようなものを感じて結衣がゆっくりと後ろを振り返ると、気づけばすぐ背後に山の主と思われる何かがそこにいた。恐ろしいことに、既に山の主の魔法はほぼ構築されている。
「しまっ……障壁…………!」
これを直に食らうのは不味い。そう思って急いで結衣は障壁を出そうとしたが、しかし結衣の目の前に身を守る盾が展開されることは無かった。サーッと血の気が一気に引いていく。
「え、あれ……?」
魔力切れ、それを理解するのにそう時間はかからなかった。それと同時に、目の前の敵の強大さがようやく理解出来た。その瞳が紅く妖しく光るのと同時に、突風のようなものが吹いて結衣は無防備に宙に投げ出される。
そして結衣は、自分の魔力の命灯が消えていくのを感じ絶望に打ちひしがれながら意識を失うのであった。




