第13話 球体と浮力
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書き溜めですが
「いや〜、全然ダメだったね。参った参った」
鬼役を麻耶と交代した雀が遠巻きに眺めていた龍平達の元へとやってくる。龍平達、と複数形なのは雀が麻耶ばかり狙っていたこともあって暇していた逃走役が集まっていたからだ。
「でも惜しかったですよ? 追いつめてましたし」
「あ〜、そう見えた? けどそれも麻耶ちゃんの罠だったんだよね〜。油断を誘うっていうのもそうだけど、その油断をきっちり咎めてくるあたりほんと只者じゃないよ」
雀は麻耶のことを手放しで賞賛しているが、その雀だって現役の魔導士だ。これまでに培った経験もそうだが、それなりに色々な魔導士とも会ってきている。つまり雀は、それらを含めて麻耶がそんなその他大勢の魔導士とは格が違うと言っているのだ。
「全然分かりませんでした……。A級魔導士の称号は伊達ではないってことですか……」
「日本で数パーセントしかいないA級魔導士が凡夫なわけがないってね。エリナちんでも麻耶ちゃん相手じゃ厳しいだろうね〜」
そう言っている間にも、視線の先では先程交代したばかりのエリナが麻耶にあっけなく捕まってしまう。
「でもそんなに俊敏に動けるお二人も十分凄いですよ。私はどうにも雪の上だと動きづらくて……そういえば、龍平君も問題無さそうに動けてますね」
「まぁこれは慣れれば誰でも出来るさ。結衣はこんな積もった雪の上を歩くのも初めてなんだろ? むしろ初めてでそこまで動ける方が凄いぞ。ほら、悠馬を見てみろよ」
そう言って龍平が指をさした方向にはつい先程まで自信満々勝ち誇っていたはずの悠馬の姿がある。その悠馬はというと数歩走っては転倒し、雪に顔を埋めるという動作をずっと繰り返していた。
「その調子だと100メートル走20秒は掛かりそうだな」
「くっそー! 何で龍平はそんなに余裕そうなのさ。風間さんも初めてとは思えないくらい習得はやいし」
「お前の場合は闇雲に力を込めすぎなんだよ。少しは結衣の化物地味た魔力コントロールを参考にしろ」
「いやいや化物って……」
もっといい表現の仕方があるだろうにという悠馬。ただ、龍平は魔法をコントロールするのがそれほど得意では無いため、結衣のこの適応力を見て「どんな魔法センスしてるんだ」と割と本気でドン引きしていた。
「龍平君はデリカシーがないなぁ……女の子に対して失礼だよ〜?」
「じゃあ雀はこんな短時間でほいほい習得してるのを見てどう思った?」
「え、それ聞いちゃう? 多分龍平君と同じだよ?」
もはや隠す気もないらしい。そもそも龍平も実戦経験のある魔導士ならば全員が同じように思うだろうと想像していたため「ですよねー」くらいのリアクションしかとることができなかった。
「しかし、結衣はこういう細かい魔法のコントロールまで得意なんだな。雀みたいな近接タイプってわけでもないのに」
「小さい頃に父から魔導士の基本だからってことでこういうのは厳しく指導されてたので、そのおかげもあって今では割と得意なんです」
「なるほど。魔導士の基本ねぇ……」
結衣に悪気があったというわけではないのだろう。龍平は結衣の言った言葉を繰り返すとちらりと悠馬の方に視線を向ける。そこではさっきよりは少し良くなったが、まだまだ雪の上でうまくバランスを取れずひたすら悪戦苦闘する悠馬の姿があった。
「確かに、あれだと実戦で使い物にならないもんな」
「聞こえてるからね!? そういうのはせめて本人のいないところで言ってくれません!? あと、頑張る僕に激励の言葉の一つくらいあってもいいよね?」
「なんだ、アドバイスじゃなくて激励の言葉が欲しいのか?」
「龍平先生! 激励なんていらないからアドバイスください!」
ほんの今しがた激励の言葉をくれと言った側からこの掌返しである。楽して上達したいという魂胆を隠さないというスタイルが逆に斬新だったのか、結衣辺りは困惑しつつも笑みを浮かべていた。
「まったく、あなた達はいつも騒がしいですわね」
気付けば、ついさっきまでここにいなかったエリナが呆れた様子で立っていた。続けて何戦かしていたのか、その表情からは若干の疲れの色が読み取れる。
「お、エリナちんお疲れ〜」
「お疲れ? 何を寝ぼけたことを言ってますの? 今から全員で先生に挑みますわよ」
今の今まで散々コテンパンに負かされたというのに、いやむしろそのせいでエリナの負けず嫌いに火がついていた。
「えー、全員では流石に卑怯じゃない?」
「あら、雀さんはあの先生にそんな情け容赦が必要だと思いますの?」
「………………いらないか! さーて、私もさっきのリベンジしよーっと。はい、2人も参加ね」
「えっ!? 私もですか?」
エリナだけではない。雀も賛同し、無理やり連れて行かれる感じで龍平と結衣も同行を余儀なくされる。ちなみに悠馬は戦力外通告だ。
「麻耶ちゃ〜ん! 今度は私たち4人が鬼をするからー!」
「え? いや、待ってタンマ流石に無理だから!」
「ふっふっふ、問答無用……ですわ!」
「ちょーい! もっと先生を労ってよー!」
こうして唐突に始まった4対1の戦いは、鬱憤のたまっていたエリナと雀の大暴れによって龍平達の勝利で終わったのであった。
初日ということもあってそこまで厳しいこともなく、この後の予定も自由時間とざっくりとした緩いものであった。自由行動が許されるということで生徒達の気の合う仲間とこれから何するだの、何して遊ぶだの、はしゃぐ姿が至る所で見られる。
「私達はどうする? お風呂でも行く?」
「温泉ですね……!」
「結衣さん反応速すぎですわ……」
龍平と仲の良い女子3人組も予定を決めるとテキパキと(主に結衣に連れられ)行動を開始する。その一方、龍平と悠馬の男組はその場に残っていた。
「で、俺たちはどうする?」
「僕はもうちょっと練習してようかな? やっぱり僕だけ出来ないっていうのは嫌だからね」
「分かった。どうせやることもないし付き合うよ」
「悪いね」
他のクラスメイトが遊ぶなり休憩するなりとしている中、追加で自主練をしようという向上心は評価するべきだろう。龍平は、ただ楽観するわけでもなく劣等感を持ちつつもそれを克服しようとする姿勢を見せた悠馬を少し見直していた。
その姿勢に免じてアドバイスくらいはしてやろうと龍平が思っていたのだが、そこに龍平よりも適任な人物が現れた。
「いやぁ、教え子が頑張っているのに先生が遊んでるわけにもいかないか〜」
言っていることは嫌味っぽくはあるが、口調や態度はどこも嫌そうにせずにただ表面上だけそういう風に見せて麻耶がやってくる。
「僕達自主的に練習するんで大丈夫ですよ?」
「いーのいーの。先生も1人で遊ぶくらいなら生徒の面倒見てる方が楽しいからね〜。鹿島君は……もう出来るから見なくてもいいよね? さっき散々追いかけ回してくれたし」
生徒4人からの逆襲は本当に大変だったのだろう。同じ嫌味を言っているのだがこちらは本当にもう嫌だという感情が声にまで溢れてきていた。
「俺よりも雀たちに文句を言ってくださいよ」
「あー、伊賀さんね〜。さっきエリナさんにも言ったんだけど、彼女は多分実戦経験者だね。ほんと、本職と近接戦なんてやりたくないわ」
「えぇっ!? そんなにレベルが高いんですか?」
この麻耶の予想は合っているわけだが、何故かそれを聞いて悠馬がショックを受けている。悠馬自身入学してすぐに行われた魔力測定の結果で実力を判断するのは当てにならないと察していたが、それでも教師にそこまで言わせるものなのかと驚きを隠せなかった。
ただ、麻耶も雀の実力に驚いていたのか、少し悠馬に同調気味である。
「いやほんとね、風間さんとかはまだ実戦経験が無いから凄い学生で通用するレベルなんだよね。けど伊賀さんは少なくともそれより1枚は上手だなぁって感じがしたから」
「マジですか……」
「まだ1年生なんだからそんなに悲観する必要なんてないのよ? こんなのは赤萩君のこれからの頑張り次第でどうとでもなるから。焦る気持ちも分かるけど、一つ一つ丁寧に積み重ねていくのがやっぱり一番の近道だと私は思うな。少なくとも、そうやって私は今ここにいるから」
今ここにいる、そう言う麻耶の表情には一点の曇りもない。それが彼女の魔導士としての誇りでもあるのだろう。普段の接しやすい人柄のせいでつい忘れそうになるが、彼女はA級魔導士でありそこら辺にいる並みの魔導士ではないのだ。
そこに並々ならぬ努力があったというのは想像に難くない。言うなれば、努力は決して裏切らないということを知っているのだ。
(努力に裏打ちされた絶対的な自信か……。流石、水瀬智香の盟友は伊達じゃないってことか)
龍平はふと、以前家に智香が来た時のことを思い出す。その時に智香が麻耶を信頼しているのはなんとなく理解していたわけだが、今回その理由がはっきりと分かったのであった。
龍平達が個人練習に励む中、女子3人組はというと施設の中にある大浴場でゆっくりと癒しの時間を楽しんでいた。
「やはり、日本の温泉文化は素晴らしいですわね。こうお湯に浸かっているだけで肩が軽くなった気がしますわ。って2人してそんな真剣な顔をしてどうしましたの?」
「「…………」」
つい先程まで温泉の極楽に身を委ねていたはずの2人はエリナの質問に対して全く反応も示さない。2人して金髪美女の入浴というのに目を奪われていた……というわけではなく、エリナのある一部分に目を奪われていたのだ。
「「浮いてる……」」
「どこ見て言ってますの!?」
エリナが視線から逃れようと腕でガードしようとすると、それらは逆に誇張するように寄せ上がる。
「揉んだらご利益あるかな?」
「雀さん、あなたもしかしてそっちの趣味が……」
エリナの問いかけに対して雀は一旦エリナを狙う手を止めて考え込む。そもそも考え込んでいる時点でアウトだろと、エリナは黙って一歩後ずさった。いや、雀から離れたのはエリナだけでなく結衣もであった。
「なんで逃げるの!? 大丈夫そんな趣味無いから!」
同性愛の疑惑をかけられてはたまったものではないと慌てて否定をする。だが、何か根拠を示さなければ否定というものは成立しないのだ。
「あ、じゃあどういう人がタイプなんですか?」
自分がいじられないと分かっているため楽しそうに結衣が質問する。というより、ただガールズトークなるものを楽しみたいだけなのかもしれない。
「うぇぇ? 急にぐいぐいくるねぇ……。けど好きなタイプかぁ。うーん、少なくとも自分より強い人かなぁ」
「どこの戦闘民族ですの……」
こういう時はもっと顔とか性格とかを言うものだろうと思いきや、まさかのバーサク思考で思わずエリナが一体それはどこの村の掟だと突っ込んでしまう。
「えー分かんない? 強い人とか凄い人とか見るとなんかドキドキしちゃうって、なんか気持ちが昂ぶっちゃうというか」
「なんだか変態っぽいですわね。そもそも雀さんより強い男子生徒なんてそうそういるのもでもないでしょうに……」
「え〜そのくらいちゃんと探したらいくらでもいるでしょ〜」
「どうだか、鷹野先生から雀さんの動きは実戦経験者のそれだと伺いましたわよ。実際のところ、その辺りはどうなんですの?」
エリナは学生の中では極めて優秀だ。彼女自身、凡夫には負けるつもりはないという自信もあった。そんなエリナだが雀には敵わないとその実力を認めていたのだ。ただの凡人ではないなと思っていたところに麻耶からもはや答え合わせのようなヒントを出されたのだ。彼女の中で既に合点がいっていたのか、どうなんだ?と疑問形で聞いてはいるが、ニュアンス的にはむしろ確認といってもいいものであった。
「ありゃりゃ、麻耶ちゃんにはバレちゃってたか〜……流石、麻耶ちゃんの『鷹の目』は何でもお見通しってわけね」
「『鷹の目』……鷹野先生の得意とする血統魔法ですか」
血統魔法というのは、使える者が限られる特異的な魔法の一種だ。その別名を遺伝子魔法とも言い、その血族に遺伝していくという特徴がある。 麻耶のような有名どころの魔導士となると、その魔法の名前がそのまま通り名として広まるというのも珍しいことではない。
「血統魔法かぁ……うちにはそういうかっこいいのないからなぁ。そういえば結衣は最初の魔法測定の時に使ってたよね?」
「そうですね。風間家の血統魔法は『風刃』という主に中遠距離戦を制すことを目的とした対人、対怪物用の魔法です」
「いーなー。神話生物みたいな天災を相手に立ち向かえるんでしょ? あれは近接戦じゃ流石に戦えないからなあ」
そのような天災を望むというのはいささか不謹慎ではあるのだが、そういう他の職種の人間が立ち入れないような特別な場面だからこそ、魔導士としての真価が試されるというのもまた事実だ。つまり、天災が魔導士の最も活躍出来る仕事場だということは間違いない。
「雀さんよく分かってますわね。そう、最前線こそ魔導士の華ですわ!」
「私はそこまで自信がないですね……。もちろん危険な最前線に率先して立てる魔導士にニーズがあるというのは分かりますけど」
「何を弱気な。日本の将来の魔導士界を担う結衣さんがそんな調子でどうしますの?」
まだ見たこともない戦場に自信が持てないというのは当然のことだ。むしろ慢心するよりは断然マシといものである。とはいえ、過度に恐怖心を持つというのも苦手意識に繋がるためそのあたりの塩梅は難しい。
「エリナちんはやっぱ自信ありって感じ?」
「正直、ほんのついさっきその自信ごと先生に打ち砕かされましたわ。流石にあのレベルの魔導士がゴロゴロといる世界においそれと足を踏み入れる勇気はまだないですわね……」
まだ、という以上あくまでも現時点での話だ。自信を打ち砕かれたと言ってはいるが、最終的な目標は変わっていないのだろう、そこには強い意志のようなものが感じられる。
「まぁでもそっか……。麻耶ちゃんに手玉に取られてるうちはまだまだってことなんだね〜」
「ですわね。けど逆に言えばあの人を負かせられるようになれば充分ってことですわ。卒業するまでに絶対ギャフンと言わせてやりますわよ」
エリナは負けたままではいられないとリベンジを宣言する。言霊ではないが、口にすることで自らを鼓舞しているのか、何にせよ元々才能のある者が更にやる気になったのだ。この先エリナがどうなるか、という未来は誰にも分からないが、ただ一つ、近い将来麻耶がとてつもなく苦労するということは結衣にも雀にも容易に想像がついた。