第11話 変人の集い
3連休という短い休暇では羽を伸ばすなんてほどの大層なことは出来ず、それも1日仕事をしていた龍平にとってはこの休暇はせいぜい羽を休める程度のいつもの休息と変わらなかった。とはいえ、仕事と比べればそれでも充分な安息のひと時というものである。
龍平はそんな安息を経ていつも通りの学生生活へと戻ったわけだが、学生の全員が龍平のように体を休めていたというわけでもなく休み明けから疲労困憊の者も多々見うけられた。
「何だ悠馬、随分とお疲れのようだな」
「昨日1日中部活の試合があってね、休めた気がしなかったよ」
「それは、休日なのに大変だな」
大変だなと労いつつも部活に入らなかったのは正解だったと改めて認識する。NBMTの仕事もこなしてなおかつ部活動も両立しようとなると流石に身体がもたないだろう。
「そういうわけだからホームルームが始まるまで寝てくるよ、おやすみ」
「あぁ」
悠馬は自分の席に戻るやいなやゴソゴソとカバンを漁り始める。何をしてるのかと龍平が不思議に思っていたら、カバンからタオルを取り出してそれを枕代わりに机に敷いて突っ伏すように寝始めたのだった。
「あいつ、ちゃっかりしてんな」
「ふぁぁ……おはようございます……」
俺も今度しようなどと龍平がバカなことを考えていると、龍平の前の席の主である結衣が悠馬に変わるようにやってくる。普段の彼女は割としっかりしているため、その眠そうな姿にはそこそこ新鮮味があった。
「おはよう。珍しいな、結衣ってそんなに朝弱かったか?」
「弱くはないと思いますけど……ちょっと休みボケで。実家に帰ってたら生活リズムが狂っちゃいました……」
結衣が話をしている間も欠伸をこらえているのがわかるくらいであった。その休みボケとやらがよほどなのだろうと察する。
「あ、すみません。見苦しいですよね」
「いや、俺は全然気にしないが……。まぁ確かに女の子があんまり見せていい姿じゃないかもしれないな」
ずぼらな男子ならいざ知らず、名家の娘が人前でそんなだらしない姿を見せるものではないというものだ。そういう面で龍平の指摘は的外れというわけでは無かったが、それに対して結衣は分かりやすくムッとしたような、つまり言うと機嫌の悪くなった演技をする。
「龍平君ってお母さんみたいなこと言いますね」
「なるほど、どうやら散々言われているみたいだな」
「……………はい」
眠気のせいか上手く頭が回っていないのだろう、結衣はしばらく無言になって自爆したことに気づくと、反論や言い訳もすることなく恥ずかしそうに顔を赤らめながらその事実を認めた。
「うぅ……龍平君いじわるです」
「いや、俺が悪いのか?」
龍平は謂れのない非難だと堂々と言いたかったが、小動物のような結衣が相手だと本当にいじめているのではとそんな気になってしまう。それにこういうのは自分や相手もそうだが、側から見てどうなのかというのも問題なのだ。
「あ、龍平君結衣いじめてる〜」
「ちょっ、雀さん。まだ話は終わってませんわよ」
そう言ってやってきたのは雀とエリナだ。雀は龍平をからかうようにけらけらと笑いながら、エリナはそんな雀を見て呆れながらと2人の様子は対照的である。
「人聞きの悪いことを言うな。というか雀、お前俺たちのやりとり見てただろ。タイミング良すぎだ」
「ありゃ、バレた?」
看破されたにも関わらず雀は悪びれる素ぶりすら見せない。だが、舌を出すその行為すら彼女の自然体のように思えてむしろ彼女らしいと感じさせられる。このようにらしい姿を見せられたらもう何も言えないと、龍平はやれやれと首を竦めるくらいで雀の軽口を軽く流す程度に収めた。そんな龍平と雀のやりとりを見て違和感を感じたのか真っ先にエリナが口を開く。
「あなた達、どことなく距離感が縮まってません?」
「あ、そういえばお互い名前で呼びあってるような……何かあったんですか?」
結衣の指摘はまさにその通りなわけだが、休み前と休み明けで変化が生じているのだから休みの間に何かあったと考えるのは当然といえば当然だろう。ここでの問題はその何かであるわけだが、それは龍平との秘密であるため雀がそれを正直に言うことは無い。
「ふっふっふっ、気になる〜?」
「そうやって勿体ぶった態度を取られると、ここで正直に気になると言ったら負けた気がして癪ですわね……」
「あれ〜、エリナちんその言い方はずるくな〜い?」
それはもはや言っているのではないかというエリナの発言だが、雀はあえてエリナが言われたくなさそうな言葉を使って言い返す。彼女の負けず嫌いでありながらそれでいて正々堂々を好む性格を理解しているからこその『ずるい』言い方だ。
「ぐぬぬ……またすぐそうやって調子に乗って……」
エリナは雀の得意げな表情が気にくわないようで結局龍平たちのことを気にもかけずに日頃の不満のようなものをぶつけ始める。だが雀はその程度は織り込み済みとニヤニヤとしたその表情は変えることはなかった。
「そうやって文句を言いながらもいつも私とペアを組んでるのはどこの誰かにゃ〜? うりうり〜、もっと素直になりなよエリナちん」
「ちょっ! 横腹をつつくのはやめなさい!」
いや、それどころか雀は更に調子に乗ってエリナを煽る。それはもう活き活きとした表情で清々しい煽りっぷりだ。そんなことが2分ほど続いてようやく最初の話題に戻ってくる。
「結局何の話でしたっけ?」
「なんかもう何でもいいですわ……。そんなことより結衣さん、来週の学外研修ではわたくしと同じ班になりません?」
そして戻ったかと思いきやそれはもう過ぎたことだと更に新しい話題へと変わっていく。そして、そのエリナの提案に対して結衣から出たのは肯定の言葉でも否定の言葉でもなかった。
「学外研修……?」
結衣はそれがピンと来ていないのか頭に疑問符を浮かべて聞き返す。ただ、聞き返されたエリナはまさかこれが空振るとはと唖然とし、雀に関しては「まじかー」と口に出して驚きを露わにしていた。
「1年で最初の大イベントってことでクラスでは結構話題になってたはずだけど……もしかして結衣って私と同じで予定表とか見ないタイプ?」
「あ、いえ。なんかそんなのがあるみたいなのは聞いた気がするんですけど……その内容を知らなくて、そんな一大イベントなんですか?」
「そりゃねぇ……。龍平君、説明してあげて」
「そこで丸投げするのか……。俺も詳しくは知らないんだが、来週丸々いっぱい使って国が所有してる山荘で合宿みたいなことをするんじゃなかったか?」
「そ。まぁ研修っていってもそんな堅苦しいものじゃないって話だよ。結構自由時間もあって自由に遊んでいいみたいだし。何か噂ではスキー場とか温泉とかあるらしいよ」
「温泉……!」
ちなみについ先程雀が言ったクラスで話題になっているというのは専らこのスキー場云々の部分だ。学外研修に行くというよりも学校の行事で遊びに行くという気分なのだろう。結衣もそこに魅力を感じているのか感嘆の声に若干の喜色が混じる。
「結衣さん、まさか貴女まで旅行気分というわけではありませんわよね?」
「うぇ? 私ですか?」
その浮ついた雰囲気を感じ取ったのかエリナがすぐさまに釘をさす。同時に、その釘をさした時の反応で結衣が浮かれていたということもエリナはすぐさま理解した。
「全く……実際に天然の地形を使っての訓練なんてそうそう出来るものではないんですのよ?」
エリナは爛々と目を輝かせていた結衣に対して気が弛んでいるのではないかと嗜める。確かにエリナの言っていることは正論ではあるのだが、その真面目な考えを実行出来るかと言えば高校一年生にはなかなか難しいものがあるだろう。それに、ストイックな姿勢はいいがそれを他者にも要求するというのはまた違う話でもある。
「まぁまぁ、あんまり根を詰めすぎてもなんだし、たまには遊ぶのも悪くないと思うよ〜?」
「はぁ、まぁ雀さんがそう言うのならそうなのかもしれませんわね」
マイペースな雀のお気楽な考えに対して少しは反駁の姿勢を見せるかと思いきや、エリナは意外にもその意見をすんなりと聞き入れる。
「エリナさんって雀さんの意見ならあっさり聞くんですね……。そういえば授業でずっと同じペアでやってるのも意外と言うか……」
「身体強化の魔法を教わるついでですわ。それに、自分より秀でた能力を持っているのですから、そのことに敬意を払うのは魔導士として当然のことですわよ」
結衣は雀のお気楽な性格をエリナが嫌厭しているのではと懸念していたのだがどうやらそんなことはないらしい。結局のところ、エリナもなんだかんだ言いながらも雀のことを認めているということであった。
「何というか意外だな」
「あら、わたくしは貴方のことも評価してますのよ。雀さんにうんざりせず付き合えるってだけでも感心しますわ。それに結衣さんも貴方のことを随分と信頼しているようですし、貴方には何か人を惹きつける力でもありますの?」
エリナのいう能力というのはただ魔法が云々というだけの話ではないのだろう。運動が出来るだとか、頭が良いだとか、人を惹きつけるカリスマというのもまた彼女のいうところの能力なのだ。もっとも、龍平はそのカリスマについては否定するのだが……。
「俺にそんな力は無いよ。まぁでも、周りに変わった奴らが集まるのは事実かもな」
龍平の言葉に変人代表の雀が云々と頷く。だが、確かにと頷く同意と共に返ってきたのは龍平が自分で放った言葉そのものであった。
「でも、それは龍平君が変わってるから似たようなのが集まってるんだよ〜」
「あ、まさに類は友を呼ぶってことですね!」
ドヤ顔をしながら嬉しそうにしている結衣だが、それはつまり自分で自分をその類だと言っているわけであるわけで。これには雀やエリナもそれを自分でいうのかと苦笑いを浮かべる。
「あぁ……なるほど」
肝心な本人がそのことに気づいていなさそうなところが余計に説得力があり、龍平もただただ納得することしか出来なかったのであった。




