第1話 風との邂逅
12月24日、世間ではクリスマスイブと呼ばれるイベントで盛り上がっている中、1人の少年がアメリカ、アリゾナ州の有名な観光名所グランドキャニオンを訪れていた。普通ならばその圧倒的な大自然を前に感嘆の声の一つでもあげるものなのかもしれないが、その少年はそのようなものには目をくれずただひたすらある場所を目指していた。
「あれからもう9年か」
その少年──名を鹿島龍平という──は少々訳ありの人物だ。
その出来事は今から9年前に遡る。
古来より占い師や魔女、悪魔祓い、etc……何らかの特別な力を持ったもの達の存在は確認されていた。そして西暦にして1900年を過ぎた辺りから、彼らは統一して魔導士という名称で呼ばれることとなった。
呼称が決まってから彼らの台頭は速かった。これまでは眉唾とされていたこともあり身を潜めていた勢力がこぞって名を挙げ始めたのだ。龍平のかつての先祖もそうだった。
世に数々の風属性の魔導士を輩出してきた名門『風間』。龍平はそこの跡取りとして育てられてきた。物心がついた頃から、いやおそらくその前からだろう。彼は毎日のように『風』について聞かされる日々を送っていた。
それは一族の期待の現れ。龍平が立派な『風』の魔導士になり、そして『風間』に貢献してくれるように……と。
4歳の時であった。一般的に魔法が使えると言われる年齢になっても龍平の風魔法の才は一向に現れなかった。この時はまだ、大人たちは少々人より成長が遅いのだとそう結論付けただけで龍平のことをとやかく言うことは無かった。
しかしその後も龍平の魔法の才は一向に現れなかった。いや、厳密には風属性以外の魔法は正常に使えたのだ。だが風魔法が使えないということは、こと『風間』において致命的であった。
そしてついに堪え切れなくなった『風間』はその戸籍から風間龍平の名を抹消する。それと同時に龍平は『風間』の家を追い出されることになった。
これが当時龍平が6歳の時のことである。
「正直ありえないと言いたいけど、でもそのおかげで今の俺がいるんだよな」
龍平は自分が生き残ったことを天命とすら感じていた。天命というそんな言葉も仰々しいとは思わない程に。
そしてその天命たらしめん要素がこの地にあった。
「よっ、元気だったかシルフ」
龍平がそう呼びかければ何もない虚空から1人の女性が現れた。透き通った空色の髪を風に靡かせたその姿は、人のモノとは思えないような妖艶さを滲み出している。龍平がシルフと呼んだ彼女こそ、まさしく風の精霊王、『風の創始者』そのものであった。
「龍平か、久しいな。以前会った時とは大分姿形が変わっているが……、まぁ壮健そうで何よりだ。して、私の力を全く使わなかったがお主はあれから何をしていたのだ?」
「世界を回っていたんだ。世界中を飛び回ってのボランティア活動だよ」
ボランティア活動、と龍平は大したことなさげに言うが龍平が世界にもたらした功績は大きい。
国境に関係なく活動する魔導士団体『NBMT』に所属し、災害地域や紛争地域を飛び回る生活。復興支援や難民保護、孤児院の設立やその資金援助と数々のことをしてきた。それを聞いたシルフはクックックと喉を鳴らす。
「あれを奉仕活動と言うか。お主の名声は、ここにいてもよく聞こえてきたものだぞ」
「なんだ、知ってたのか?」
「全てでは無い。あらかたのことは風が教えてくれるのだ。それで、そんな世界中を飛び回っているはずのお主が私に何の用だ?」
「暫く休養をとることにしたんだ。春から東京の魔導士の育成学校に行くからその報告にな」
龍平の宣言にシルフは目を見開いて驚く。魔導士の育成学校など、世界で活躍している龍平が行ったところでまるで意味が無いからだ。
「これはまた急に突飛なことを言い出したものだな。学校なんざ今更お主が行く必要ないだろう。やれやれ、いつまで私を使わないつもりだ」
「それはほんとすまん。けど、いくら実力社会でもせめて高校はでとけってリーダーに言われたんだよ。ガキの頃から面倒見て貰ってるし、俺もいい加減あの人達から独り立ちしないといけないからな。まぁ何人かからは行かないでくれと泣きつかれたが……」
龍平は所属している「NBMT」のメンバーのことを思い出す。龍平は勝手ではあるが彼らのことを家族だと思っていた。
「ふむ……。まぁお主の人生だ、好きにするといい。が、退屈でも腐るなと一つ助言をしておこう」
「一応向こうでも仕事はするつもりだからさ。魔法の腕が落ちるなんてことはないと思うぞ」
「そうか。ふむ、そういえば東京には水の女もいたな。ならば心配は無用か。しかし、それでは私を使う機会は本当の本当に来なさそうじゃな」
「露骨に嫌そうにするなよ。というか、俺は出来ればその機会は来ないでほしいくらいなんだが」
「ふっ……相変わらず連れない男だ。まぁよい。私は気長に待つさ」
シルフはそれだけ言うと風と共に去ってしまう。無論、龍平もシルフがそういう奴だと言うことは知っていた。
「相変わらずなのはお互い様だろ」
シルフが去ったことで既に用は無くなったと龍平もその場を去っていく。しかし、忘れ物に気づくとすぐに振り返ってこう言った。
「あぁそうだ。シルフ、メリークリスマス」
先程までシルフがいた場所にそう語りかけると、それに呼応するかのように一筋の風が龍平の頬を撫でたのであった。




