9.流星群と聖女様ー中編ー
「ギルハート様。せっかくユミル様にお会いしに来てくれたのに申し訳ございません。今ユミル様はアマギ様の部屋で何やら大事なお話しをされているようでございまして」
「いや、いい気にしないでくれ」
神告のあった日の夕方、俺はユミルの屋敷にきていた。
目的はユミルに誕生日プレゼントを渡すことだ。
本当は神告の後に渡す予定だったのだが自分が町娘になれたあまりの嬉しさに渡しそびれてしまったのだ。
そして現在ユミル家のメイドであるステラにちょっと待って欲しいと言われ、待合室に通され紅茶を出されているわけなんだが、実は今非常に気まずい。
どのくらい気まずいのかというと、かつて最強と呼ばれた俺が紅茶を持つ手を物凄い勢いで震わせてしまうくらいに気まずい。
おかげで出された紅茶を全く口に運べていない。
「はぁ、全く勘弁してくれよな」
思わず溜息を付く。一体どういうわけなのかというと、事の始まりは神告が終わってから俺の身体に起きたある異変に起因する。
俺は神告で間違いなく無能職の一つ町娘を授かった。
無能職が無能職たる所以は特別な魔法や技能を何一つ使えないからだ。
しかし俺が神より町娘を授かった時、身体を巡った魔力感覚は間違いなく前世と同じものだった。
さらにあの時前世で使える魔法を発動させようとしたら確実に使えるという確信さえもてた。
だがあの場では流石に前世の魔法を発動させることは場所とタイミング的に出来なかった。
だから確かめる意味も込めて帰宅後こっそり裏山に行きそこにある大岩に前世で使っていた魔法を試してみたのだ。
まず試した魔法は「風狼の牙」これは風の上級魔法で幾重にも折り重なった風が真空の刃を形成し対象を上下から一気に切り裂き潰すという間違っても無能職には使えない呪文だ。
結果、俺の前には粉微塵になった元大岩が現れた。
俺は頬に冷たい汗が流れるのを感じながら前世で使えたいくつかの魔法を試してみた。
その結果、闇魔法の「過重化」を使えば辺り一帯の大木がひしゃげ、「雷装一閃」を使えば真っすぐ雷が通過したかのように焼け野原が出現し、風と闇の複合魔法「闇風の棺」を使った際には対象エリアの草木岩全てが粉塵に帰した。
「……ほかにも試すべき事項は残っているが前世の魔法を引き継いでることは間違いないな」
俺は思わずそう言葉を漏らした後に自分の身体をまじまじと見つめる。
そこには適度に膨らんだ胸に、細くて白い指、しなやかな腰に、肉付きのいい尻、そして重い蹴りをだしたら折れてしまいそうな足という前世とは似ても似つかない女の身体があった。
でもこの身体の内側に流れる魔力は前世と変わらぬ最強の一角に数えられた力が巡っている。
「不思議な感覚だな。ただ今気にするべきは」
そこで自分が魔法を放った辺り一帯を見る。
そこには一部は焼け焦げた大地が広がり、一部は地面深くまで抉りとられた大穴があり、一部は溶岩化しており何が起きたらこうなるんだというような地獄絵図が広がっていた。
「ここ、母さんとかたまに山菜取りに来るんだよな。なんて言い訳しよう。溶岩とか穴に落ちたら危ないからとりあえず危険な魔物が出たらしいから近づかないように言っておくか」
そして俺はこの前世に比べたら小さな体に大きな魔力を宿していることを知り、帰宅し、ユミル家に向かった。
その道中も昔使えた魔法で周りに被害が出ないモノがちゃんと使えるかどうか試したがほぼ全ての魔法が使えるようだった。
ユミルの家に着くと取り込んでるとのことだったので、きっとユミルが聖女を得たことで親父さんにこれからの将来は明るいぞとかよくやったとかしこたま褒められてるんだろうと思い、照れてだらしない声を出すユミルの声でも聴くかと「身体強化魔法―聴覚強化―」を使ったのだがこの何気ない行為が俺を窮地に追い込んだ。
なぜなら二人は将来は明るいどころか真っ暗だって話をしてるし、照れてだらしない声どころか部屋中に泣き声が響いてるし、予想と180度違う光景が広がっていたからだ。
「はぁ、全く勘弁してくれよな」
まさか昔の魔法を使えるようになったが故、こんな状況を知るはめになるとは、さっきから紅茶を持つ手の震えが止まらない。
にしてもアレイスター学園か。前世にはそんな学校なかったな。確かに職によっては王都からスカウトが来たり、俺みたいに全国手配されたりすることはあったけど、学校に強制入学なんてのはこの300年で出来た制度だろう。
「っていうかどうすんだよコレ。絶対今日渡せないぞ」
胸ポケットから誕生日プレゼント用に買った白いガーベラをモチーフとしたヘアピンを取り出す。
「それどころかユミルは王都に行くのか。そしたらもうユミルと会うこともなくなるんだな」
正直に言って今の俺の力があればアレイスターの入試さえ受けることが出来れば合格することは容易いだろう。
だがアレイスターは将来、国の要職に就くヤツを育成する機関だという。
それは場合によっては前世のような日々戦い続けることになる修羅の道を今世でも送らなければいけなくなる可能性もあるということだ。
町娘の職を手に入れた俺はこのまま力を隠して暮らし、特別なスキルや魔法を使う必要がない仕事をすれば間違いなく前世で願い焦がれた平穏な日常を送ることが出来る。
俺が命懸けで手に入れた成果をこの新しい命を捨ててまでユミルに付き添ってやる必要はあるだろうか。
振り返ってみるとアイツとは小さい頃からずっと一緒に育ってきた。
家の花瓶を割ってしまい一人で怒られるのが嫌だと泣くユミルのために仕方なく一緒に謝りに行ってやったり、いつも俺の後をついてきては何もないところで転んで膝をすりむくユミルを手当てしてやったり、勉強が辛いと喚くユミルを励ましてやったりもした。
む? よくよく考えると今世の俺はあいつの世話ばっかりしてきた人生じゃないか。
この14年間でここまで面倒をみてやったのだから残りの人生は各々別の道を歩んでも良いんじゃないのか。そもそも前世のあの苦労をこんな事で水泡に帰すなんていうのは頭の悪い奴がすることだ。
そうだようやく俺は念願の平穏で安穏な日々を送れる環境を手に入れることが出来たんだ。
いまさら何を迷う必要がある。そもそも王族や貴族の嫁になって要職に就くなんてよくよく考えればエリート街道まっしぐらのむしろ喜ぶべき事項だ。
「決まりだな。俺は町娘として平穏で安穏な日常を過ごさせてもらう。悪いなユミル」
俺は本人には決して届くことのない別れの言葉を告げ、そっと席を立った。
そしてステラに真っ白のガーベラのヘアピンを託しユミルの家を後にした。
帰り道、ふと空を見上げると眩いオレンジの空が夜の暗い闇に半分ほど喰われていた。
どういうわけかそんな空を見ているとユミルの横顔がチラつき、思わず足を止めてしまう。
「あいつこれからは王都で一人になっちまうんだよな」
俺の意思とは無関係に何故かそんな言葉が口から落ちた。
俺は前世では常に一人だった。
それでも別に構わないと思いながら生きてきた。
でも心の奥の方では言葉に出さずとも気持ちに出さないようにしても、ずっと人に焦がれていた。幸せを平穏を求めていた。
「何を今更感傷に浸っているんだギルハート。過去の自分と未来のユミルを重ねることに意味なんかない。ここで同情したら俺の前世の苦労もこれからの生活も全てが台無しになるんだぞ」
俺は自分にそう言い聞かせた後、何故かその場に立ち尽くし、空のオレンジが全て黒に飲み込まれるのをただただ見つめていた。
ブックマークありがとうございます。おかげでなんとかまだ頑張れそうです。
そして流星群と聖女様は次回で完結です。
またこちらの方が目に止まりやすいかと思いタイトルを少しだけいじらせてもらいました。