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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE5

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86/332

黒幕は愛する者の為に

 もうすぐ文化祭入るから許してクレメンス。

 それから、どれくらい時間が経ったのかを俺に聞くのは大いに間違っている。碧花の胸が柔らかくて気持ち良くて、俺はすっかり眠りこけてしまったからだ。泣き疲れて眠るというのはよくある事だが、こんな状況下でそれをする俺の身体は中々鈍感なのだと思う。いつ怪物が来るかも分からないのに、碧花の胸の中が安全地帯とは誰も言っていないのだが。

 俺の意識が覚醒したのは、突然だった。

「…………ん」

 いつの間にか彼女の感触がコンクリートになっていたので、肩がかなり痛かった。起き上がると、俺の隣に彼女が居ない。襲撃された、という訳ではないだろう。だったらどうして俺が襲撃されていないのだ。

「―――碧花?」

 立ち上がって、屋上をうろついてみる。一度見通せば直ぐに分かるのに、俺は何故だかうろついていた。そして当たり前だが、碧花が居ない事を悟ると、俺は階段を下りて行った。死体やら怪物やら色々遭遇し過ぎて、実は心の中では処理しきれていないのだが、一度眠ると気分がリフレッシュされるのは本当らしい。もう吐き出す事はない。

 屋上に居て気付いたが、まだ夜が明けないらしい。これはどう考えてもおかしい。俺は一度眠ったのにも拘らず、同じ夜が続くなんてあり得ない話だ。あり得ないと言えば怪物やら死体が動くのもあり得ないが、一人かくれんぼなんてやろうとした時点で今更というもの。どうせ動くならぬいぐるみにして欲しいのに、何だってあんな気持ち悪い奴等ばっかり。

 恐怖を味わったものを、そのまま同じ環境に放置しておくのは良し悪しである。俺は余裕を示すかの如く悪態を吐いた。取り敢えず、碧花を探さなければならない。

「碧花ッ!」

 校舎中に響き渡る様に名前を呼ぶ。これで返事が返ってきたら多分偽物では無いだろうか。あり得ない事が立て続けに起きると、非常識は時として常識になり得る。この遊びが終わらない内は、俺も非常識世界の住人だった。


 もうこんな目に遭うのはコリゴリだとは、思っている。


 なのでこれが終わったら、俺は金輪際こんな世界に足を踏み入れないと思われる。こういう世界に足を踏み入れて良いのは狂人だけだ。俺は出来れば常人でありたい。そしてそれなりに生きて死ねればそれで満足だ。出来れば碧花と…………いや、流石に高望みか。彼女が俺の事を好きな筈がない。好きと言っても種類がある。彼女の場合、ライクに違いない。

 小学生でこんな事を考えるのもあれだが、俺には運命の赤い糸など存在しないのかもしれない。まだ分からないが、今から未来に絶望していても仕方ないので、高校ではイメチェン出来たらと思う。そうすれば彼女なんて余裕で作れる筈だ。

 肉体的な面でも、精神的な面でも。碧花を上回れる女性が居るとは思えないが、そこは妥協というか何と言うか。そもそも、彼女と知り合えた事自体が奇跡なのだから、妥協も糞もあるまい。彼女を基準にしていては一生出来るものか。

 良くテレビ番組なんかで『私、身長が一八〇以上で、年収が一千万以上の人じゃないと結婚できない』とか言ってる阿呆たれが居るが、あれにはなりたくない。個人を選ぶのは個人の勝手だが、相手にだって相手の勝手がある。前述の発言をする奴は相手にばかり理想を求める癖に、相手にしてみれば理想的とは言い難い容姿とスキルな場合が非常に多い。

 それと同じで、俺は碧花と付き合えたり、結婚出来るのならそれに越した事は無いが、碧花にだって人を選ぶ権利がある。その場合、俺というものは必然的に下位へ来るのがオチだ。

 何故って?

 俺に何のスキルがあるというのだ。体育が得意な訳でも、勉強が得意という訳でもない。そんな男を選ぶなんてよっぽど妥協している時くらいだ。そして碧花くらい美人になると、俺の番が来るまで妥協する事はまずない。あんな美人、誰だって欲しいに決まっている。

 頭は良いし、スタイルは抜群だし、いつだって取り乱す事もなく、微笑んだ顔は最高に可愛くて。

 むしろ俺は、そんな彼女の胸の中で眠れた事を誇りに思うべきだ。感想を一言で述べるなら、



 凄く柔らかかった。



 下着越しだったとしても、その感想は変わらない。

「碧花ッ!」

 一階まで下りて、もう一度呼んでみる。反応は無い。あまり気は進まなかったが、俺は調理室の方まで行ってみる事にした。作った塩水は死体の襲撃があったせいで置き去りなので、ひょっとするとこちらに来ているのではないかと思ったのだ。

 そんな俺の予想はビタリと当たっていた。調理室の中から、碧花の声が聞こえたのである。入ろうとは思えない。

 何やら碧花の声が、おかしいから。



「ゴミクズが」



 俺が聞こえたのは今の一言だけだ。会話の流れがあったのは間違いないが、聞き取れたのはその最後の一文。およそ彼女らしくもない乱暴極まる言葉だった。

 今までの流れから言って、俺に向けられたものでないのは確かだが、その発言を聞いた瞬間、俺の心は一瞬にして永久凍土を迎える事となった。これは屋上で感じた感覚と同じである。あの時も俺は、彼女の声に抵抗する気力を持てなかった。根こそぎ持っていかれたとも云う。

―――怒っている。

 まるで初めて感情を理解したロボットの様に、俺は馬鹿でも分かりそうな事実を自分の中で反芻した。碧花が怒っているのだ。そうでなければ、俺はここまで心が冷え込まない。何故だか命の危険を感じていた。

 何となしに目を瞑ってみると、どうだろう。次の瞬間。俺の全方位に無数の刃物が突きつけられた様に感じた。無限の深淵の縁より、死の宣告が這い上がってきたとも言うべき恐怖が、俺の周囲に広がっていたのだ。

「うわああ!」

 俺は直ぐに目を開き、勢いで調理室に飛び込んだ。危うく床に頭を打つ所だったが、幸運にも碧花が受け止めてくれたお蔭で、無傷だ。

「…………大丈夫?」

「あ、ああ。有難う」

 少女の顔には、つい先程感じた怒りは無かった。澄まし顔ではあるが、それはいつもの碧花という事でもある。

 心臓がいつまでも高鳴っているが、これを恋と勘違いする奴は、馬鹿だ。

「何でここが分かったの?」

「何でって……いや、何となくというか。お前こそ、何でここに居るんだよ! 凄い心配したんだぞッ!」

「ごめんね。君があんまり辛そうだったから、私が代わりに幕を引いてあげようかなと思って」

「幕?」

 俺から離れると、彼女は無言で流し台の方を指さした。






 そこには、バラバラに刻まれたぬいぐるみがあった。






 仮に切るとして、腹部だけ良いのにも拘らず、目は抉られ、腕は捥がれ、足は結ばれ、綿は当然の如く全部抜かれて。愛着のある人形でも無かったが、ここまで凄惨に解体されると、俺も絶句する他ない。

「な…………な」

 塩水に浸かった痕跡がある。計量カップに入っていた塩水も無くなっていたので、ちゃんとした手順で終わらせたらしい。唯一違うのは事後処理だが、このバラバラ死体を、俺は燃やさなくちゃいけないのか。

「ぜ、全部お前が?」

「そう」

「俺が寝てる間に?」

「そう」

 …………肩の力が、全部抜けた。

 言いたい事はあるが、もう、何も言うまい。後はこれを燃やして、それで終了である。一人かくれんぼが終了した事を信じたくて、俺は窓に手を掛けてみる。

 普通に開いた!

「お、終わった…………終わったんだな………………終わったんだよなッ」

「そうだね。終わった。何もかも、全てね」

 彼女の声はとてもつまらなそうだったが、今の俺にそれを気にしていられる余裕は無かった。

 人に任せる形になってしまったが、ともかくもう、こんな世界とはおさらばなのだ。嬉しくない筈がない。もう都市伝説なんてこりごりだ。これからは日常生活が帰ってくる。日常と言えば、俺は孤立している事を今の今まですっかり忘れていたが、それすらも何だか、愛おしく感じてきた。少なくとも、こんな気の狂ってしまいそうな事態に直面し続けるよかマシである。俺は人間よりも怪物が怖い。素直にそう言おうではないか。

「―――良し、帰るか!」

 足取り軽く、俺は碧花を横目に置きつつ、調理室の扉を開けた。


 

 

























「………………ゴ゛ボ゛ッ」

 扉を開けた俺を待ち受けていたのは、首の無い死体による襲撃だった。腹部を刺された俺は、二、三歩よろめいて―――背後に、倒れ込む。 

「―――狩也君ッ!」

 碧花の声を最期に、俺の意識は泡沫と消えた。

 誰がいつ狩也君に危害が加えられないと言ったのか。

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