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気に入らない、と彼女は言う。

 CASE3で冷静に慣れたのはこれがあったからとか、どこかでいったきがしなくもなくもなくも。

 その後、取り敢えずお互いに落ち着きを取り戻したので、従来の予定通り、調理室へと向かう事になった。そう言ってしまえば聞こえは良いが、実際はあの死体から一歩でも遠く離れたかっただけである。離れれば離れる程、あれは夢ではなかろうかと思えてくるのは実に不思議な話だ。

「実際、どういう話をしたんだ?」

 大人の授業に首を傾げたという事は、性知識が無い他に、先生からも聞いていないという事だ。つまりあの時点で俺の想定した事態は何も無いという事になる。ならば、夜に呼び出された意味とは? 通常、先生が生徒を夜に呼び出すなどあり得ないので、尋常ならざる用件である事は確かである。

「うん。誕生日プレゼントを渡された」

「は?」

「誕生日プレゼントを―――」

「リピートしろって話じゃねえよ。お前、今日誕生日なのか?」

「うん」

 知らなかった。途端に俺は申し訳なくなり、彼女に頭を下げた。

「ごめん」

「どうして謝るの?」

「いや、誕生日なのに、こんな目に遭わせちまってさ」

 実際、俺が一人かくれんぼを始めなければ校舎はここまで魔境にはならなかっただろう。全ては俺が友達欲しさに一人かくれんぼを始めたからであり、それさえなければ碧花は今頃、普通に帰宅していた。

 彼女は目を丸くしていたが、やがて少しだけ目を細める。

「―――いいよ、気にしなくて。それにね、今日は最高の誕生日だと思ってるんだ」

「え? 何処がだよ」

「君に……じゃない。えっと―――感じた事のないワクワクドキドキを、味わえているからかな」

 俺は時々、碧花が本当に小学生なのか疑わしく思えてしまう。こんな小学生が果たして何処に居る。変な怪物とは遭遇するし、首の落ちた死体を眺める事にはなる……あ、不味い。

 調理室に辿り着いた俺は、早速流し台に顔を突っ込んで、色々吐き出した。出来るだけ考えないようにしていたのに、失敗した。夢だと思えてきたと言ったが、あれは嘘だ。やっぱり頭から離れない。現実味は無かったが、あれは現実だった確信がある。

「…………はあ、はあ」

「大丈夫?」

「ああ…………何か、五キロくらい痩せてそうだわ俺」

 こんなんで五キロも痩せたら体重を気にしている女子は揃って吐き散らかしているだろう。飽くまで気分的な話である。

「お前、強いんだな。ああいうの」

「強くはないけど…………君が私の代わりにリアクションしてくれたからかな。不思議と心は落ち着いているんだ」

 やはりそういう事だったか。おかしいとは思っていたが。俺が先んじて反応してしまったお蔭で、彼女は取り乱さずに済んだらしい。助けるつもりはなかったが嬉しい事だ。あの時の俺では、錯乱状態の碧花に対してどうする事も出来なかった。抱き締めるなんて、度胸も無いし。

 そう考えてもあの落ち着きぶりはどう考えてもおかしいとは思っているが、まさか彼女が実行犯なんて事はあるまい。首を落とすのがどれだけ大変か、知っているだろうか。

 別に俺は知らないけど、骨があるからそう簡単には切れない事は分かっている。

「それに、個人的にはあの怪物の方が私にとっては許容しがたかった。死体は死体という事で受け入れられるけど、あの怪物は何だい。何と言えばいいんだい」

「知らん」

「分からないものが一番怖いんだ……だから私は、全てをはっきりさせないと気が済まない―――」

 碧花は調理室の机の下から椅子を取り出し、俺に座るよう促した。断る理由も無いのでそれに従うと、目の前に彼女が座った。

「誕生日プレゼントを渡されたんだ。確か……何だったかな」

「思い出せないのかよ!」

「興味なかったからね。それに、先生の態度も気に入らなかった」

 その言葉に俺は耳を疑ったが、畑川という男の性格を知る俺は、直ぐに彼女の言わんとした事を理解した。あの先生は、決して悪い人ではないのだが、如何せん一挙手一投足が自分に酔っていると言っても過言ではないくらい、自分に自信を持っている。ナルシスト、という奴だ。確かにイケメンだし、碧花ではないが、誕生日プレゼントを贈る女子生徒は後を絶たない。

 

 彼女が言っているのは、その事だろう。


「なんて言ってたんだ?」

「さあ。途中から聞いていないよ。凄くどうでもいい事だったのは覚えてる。話の半分が自分を持ち上げる内容だったのも、何となくは覚えてる」

「あー……イメージは出来る。実際にイケメンな奴のナルシストって手に負えないよな。だって、本当にかっこいい訳だし」

「そうかい? 私は……の方が―――ずっと、素敵なんだけど」

「え?」

「いいや、何でも。まあ、野暮用ってのはそれくらいだよ。どうだい、本当に野暮用だっただろ? 私は大して内容も覚えていないし、やり取り自体は実に平和だったんだ。それが終わって廊下に出ていたら君と出会って、後は今まで通りだね」

 当然と言えば当然だが、小学生たる俺達には真相を見つけられる推理力は無い。碧花に事情を聴いたところで、推理らしいものすら出来そうもない。明かすも何も、最初から深淵の底にあった真相に俺達が触れられる道理はなかった。

 何気なく窓から外を見遣る。

「…………なあ。何だか馬鹿に夜が長くないか?」

 一応窓を開けようとはしてみるが、壁に開閉を要求しているが如く開かない。おかしい。どう考えても、空が白むくらいの時間は経っている筈だ。

「時間でも止まってるんじゃないの」

「馬鹿な事言うなよッ。そんな非科学的な事がある訳ないだろ!」

「じゃああの怪物は、どう科学的に説明するんだい?」


 ………………。


「時間が止まった時って、どうやって対処すればいいんだ?」

「狩也君。対処法というのは、最初にそれに出会った者が構築しなければならないんだよ」

「お、おう」

「だから君が対処法を導き出さない事には、私も教えられない。頑張ってくれ」  

 この長ったらしい会話は一言で終わる。『知らない』とだけ言えば、それで話は終わりだ。それなのに碧花は、やたら回りくどい言い回しで否定してきた。お蔭で俺は、気分的には上げて落とされた気分だ。

 勝手に上がったのは勿論俺なので、その点に関して彼女に非はない。そもそも対処法を知っている奴などこの世界に果たして何人居るのかという話になってしまう。

「おいおいおいおいおいおいおいおい! これじゃあ警察も呼べないじゃないかよお!」

「呼ぶの?」

「呼ぶだろ普通! だって、死んでるんだぞ!」

 今まではオカルト染みた目に遭っていたから、仮に連絡したとしても、警察に対処されるとは考えにくかった。来てはくれるかもしれないが、救援というよりかは補導しに来るだけだろう。だが今は、明確に死体が見つかってしまった。それも猟奇的な死体だ。小学生にはあまりにも重すぎる死の光景―――


 フラッシュバック。再び俺は吐き出した。


 最悪な気分である。

「…………はあ。携帯、持ってたりするか?」

「世代が違うんだ、悪いね」

「は? お前、何歳だよ」

「君と同じ年だけど」

「じゃあ全盛期じゃねえか! …………まあ俺も人の事は言えないけどな、携帯買ってもらってないし」

「貧しい家なんだね」

「お前にだけは言われたくないよ!」

 同族嫌悪ここに極まれり。俺はここに来て携帯を持っていない事を人生で一番後悔した。携帯さえ買っておけば、俺はここで悩む事も無かったというのに。

 何気なく碧花を見ると、彼女は俺の発言に対してきょとんとした表情を浮かべていた。

「何だ?」

「いや、私は持ってないとは一言も言ってないから、勝手に同族にしてくれてるのはどうなのかなって」

「え? じゃあ持ってるのか?」

「先生に壊された」





 は?





 怪物と言い、先生の奇行といい、その死体といい。とっくの昔に理解の許容量を超えているが、もう驚きはしなかった。今世紀最大の厄日だと思えば、不思議と全てが許せる気がしたのである。

 碧花に馬鹿にされた事以外。

 説明を求める俺の言葉は、口よりも先に表情が浮かべていたらしい。先んじて碧花が口を開いた。

「思い出せる限りになってしまうけど。確かこんな流れだったよ―――」

 

 

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