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孤独に打ち克て

 さて、これからどうしようか。

 いつまでも立てこもっている訳にもいかないし、そろそろこの遊びの幕引きと洒落込みたい所だが、最早人形だか何だか分からん奴と遭遇する危険が生まれた以上、遊びながら探すという、今考えてみれば俺も碧花も気が狂っていたとしか思えない探し方は実行出来ない。計画立てて進む必要がある。


―――あのよく分からない『何か』を思い出すだけで、再び四肢が痺れてきたので、考えないようにしておく。


「どうする?」

「どうする、と言われても」

 そりゃそうだ。碧花は野暮用があってここに来ただけで、ひとりかくれんぼとは本来何の関係も無い。そんな彼女が居なければ、きっと俺はあそこで一生竦んでいただろうが、何にしても既に彼女には大いなる迷惑が掛かっている。俺は一刻も早く人形を見つけたかった。多分、あれは人形じゃないという前提で進めている。

 もしもあれが人形だったら、とても俺は一人かくれんぼの幕を下ろせそうもない。碧花という存在を盾にどうにか動けたのだ。それなしに対面して、動ける自信が無い。

「窓でも割って逃げるかい?」

「それだと、収拾がつかなくなるだろ」

「私はそれでもいいんだけど―――」

 碧花は突き放す様にそう言いかけてから、俺の方を見遣った。

「でも、君には助けられた。最後まで付き合うよ」

「あ、有難う。なあ水鏡。今、こんな事を頼むのはおかしいかなって思うけど、その……もう一回、手握らせてくれないか?」

 下心一切抜きに、彼女と手を繫いでいると非常に落ち着くのだ。それが彼女だからこそなのか、彼女でもなのかは分からないが、どっちにしても今は二人きり。『隣に居る』という実感が、俺の中には必要不可欠だった。手を繫ぐくらいと言っては何だが、この時の俺はてっきり軽く承諾を受けられると思っていた。

 こんな風に前置きすれば、どういう返事を返したかは言うまでもあるまい。碧花は首を振ったのだ。

「……断る。大体、君はどうして私の手をそうも掴みたがるんだい?」

「落ち着くんだよ! 頼むっ、手を握らせてくれ!」

 男子としてみっともなくはないのかと、俺の中のゴーストが囁いた。けれども、一ミリも恥ずかしくない。たとえ言い方を最悪にした場合、純朴なJKと援交関係を結びたがっている(援助交際とは女性側からやるものだが、要はその常識に逆らうくらいみっともない姿なのである)サラリーマンに見えたとしても、計画を立てる都合上、どうしてもあの怪物の事が頭を過って離れない。だから彼女の温もりが欲しかった。深い意味は無い。

 断じて。

「…………どんなに頼んだとしても、私はうんとは言わないよ」

「今言った!」

「揚げ足を取らないでくれ。君は小学生か」

「お前もだろ」

「…………」

「ごめん」

 今の凍てついた目線は、出来れば二度と受けたくない視線だった。温もりとは正反対に、俺の心の中が凍り付いていく感じがした。

「私は、そういう風に教育されているんだよ。そりゃ、勿論嘘っぱちだって知ってるけどね。ずっと、『手をああいう風に繫いだら子供が出来る』なんて教え込まれてきたんだ。普通に繫ぐならまだしも、あれは二度とやらないよ。それとも君は、責任を取ってくれるのかい?」

「え?」

「もし、というか絶対にあり得ないけど。子供が出来たら……君は、責任を取ってくれるの?」

 碧花の瞳には不信感というよりかは、その問いに対する答えへの興味が浮き出ていた。答えを誤れば死ぬという事は無いだろうが、しかし間違ってしまえば、俺は彼女との間にあった何かを失ってしまう気がする。痺れは起きないものの、身体が急速に硬直していくのを感じた。

「…………俺は、責任とかそういうの分からないし、ここで取れるなんて言っても、お前に論破される未来が見えてる。俺は馬鹿だから……お前みたいに頭が良くないから、口論を仕掛けたって負けるのも分かってる」

「うん」

「でも一つだけ、言える。お前は俺を信じてくれた。だったら俺も、お前の事を信じる! 責任が何なのか知らないけど、俺はずっと、お前の傍に居るッ」

 未熟な結論。小学生にしては相応の、穴だらけな帰結だと言える。また、論点のズレた答えとも言える。碧花が吹っ掛けたのは親としての責任を取れるのかどうか、という話であり、信じるか否かでも、ましてや傍に居るか否かの話ではない。これがまともな議論や口論であれば、俺の結論を碧花は鼻で笑ったに違いない。

 けれども今は違った。碧花は暫く目を瞬かせて、それから俺の発言が信じられんとばかりに、前のめりになって俺に詰め寄った。

「今、何て言ったの」

 小学生にしてはやけに凄みのある問いに、俺はかなり怯んだ。

「ず、ずっと傍に居るって」

「何があってもかい?」

「な、何があっても…………ああ。お前が何しても、誰がなんて言っても―――俺はお前の傍に居るよ。傍に居て欲しくないんだったら別だけどさ。それでも、お前の味方で居るッ」


 常識的に考えれば、そういった宣言は、幼稚園の頃に行われる『大きくなったら結婚しよう』宣言や、幼い少女が父親にする『パパと結婚する』宣言と同じものだった。まともに取り合うだけ無駄で、宣言した本人も気付かぬうちに忘れている場合が殆どである。特に後者は大抵言われた側、つまり父親の方が覚えていて、いつの間にか黒歴史となっているのが通例だが。



 今回は碧花と狩也。二人共が小学生であり、共に未熟な存在だった。



 狩也は狩也で出来もしないような事を言ってみせる年齢だったし、碧花も碧花で、それを真に受けてしまう様な年齢だった。その両者の間でなされた約束は、当然真なるものとして交わされる。交わされなければならない。

 

 俺の発言を吟味しているかの如く碧花は何度も何度も目を瞬かせて、やがてゆっくりと小指を持ち上げると、俺の目の前に突き出してきた。

「な、何だよ」

「約束出来る? どんな時にも私の傍に居るって。そうでなくても、味方で居るって」

 吊り橋効果がどうしてそういう風に呼ばれているか。それは吊り橋に入った時の恐怖感がどうのこうのと言われているが、俺は個人的にこう思っている。

 金の切れ目が縁の切れ目と言う様に、吊り橋効果もまた、切れ目があるのだと。それは吊り橋が切れた時だ。そうなれば普通は死ぬだろうし、運よく助かったとして、二人に協力する箇所は無い。自分が生き残る為に垂れ下がった吊り橋を上るだけだ。

 何が言いたいのかよく分からなかったと思うので要約すると、俺は彼女の小指に、彼女との全てを感じ取っていた。この小指を取らなければ、彼女は遠くへ行ってしまい、二度と俺とは関わらないのではという予感がしたのだ。

「私に手をよこせと言ったんだ。君からも何か払う必要があるとは思わないかい?」

「そんな物騒な事言ってねえよ! ……約束してくれたら、繫いでいいのか?」

「勿論。ただ、この約束は永久だ。君は死ぬまで、いや死んでもこの約束を守らなきゃいけなくなる。それでもいいのかい?」

「死んでもってどうやってやるんだよ…………」

 或いは、守ろうと思う気概の話をしているのかもしれない。何にせよ、ここは俺にとって一種のターニングポイントな気がした。彼女と手を繫ぐ事は今の状況でのみ必要だが、彼女との約束は以降永久に働く。リスクとリターンを考えれば釣り合っていないのは明白だった。


 ただしそれはリスクの方に傾いているという意味ではなく。リターンの方に傾いているという意味だ。特に躊躇う理由もない事に気付いた俺は、小指を彼女の小指に絡ませた。


「へ…………!」

 何故か碧花は、自分から持ち出してきた約束にも拘らず、俺の行動に酷く驚いた様子だった。彼女にしてみれば究極の選択だったのだろうが、俺にしてみれば甘すぎる選択というか、選択になっていない選択だった。

 この約束の醍醐味とは何か。それは碧花の傍に居るという事である。言い換えると、今まで高嶺の花として憧れの対象だった彼女が、直ぐ近くに居てくれるのだ。たとえ俺が異性として意識されていなくてもいい。友達でもいい。彼女の傍で、彼女の表情を見たかった。彼女と話をしたかった。こんな出会いがなければ永久的孤独を味わっていた俺にしてみれば、死ぬまでとか死んでもとか、どうでも良かった。


 碧花が俺の、生きる理由になっているから。


「き、君。ほ、本気で言ってるの……?」

「ああ」 

「な、何で……そんな、躊躇いなく。出来るの」

 何でと言われても。俺は頭を掻きながら、必死で理由を考えてみた。




「…………だって俺達。友達だろ?」 




 精一杯の笑顔を作って笑いかけると。彼女は頬を紅潮させて、

「…………まだ、仲間だよ。狩也君。勝手に関係を進展……させないでくれ」

 とても嬉しそうに、微笑むのだった。 

 ロリ花は純朴。

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どっちも可愛いらしいもんだ
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